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福島4号機燃料プール危機を考える

2012年5月30日   田中 宇

 4月6日、米国民主党のロン・ワイデン上院議員ら、米議会上院のエネルギー天然資源委員会の委員たちが、福島第一原発を訪問した。ワイデン議員らは、福島訪問後に報告書をまとめて発表した。 (Wyden calls for quicker cleanup in Japan

 報告書によると、福島原発の状況は報じられているよりはるかに悪い。特に、4号機の格納容器の脇の地上4階の高さにある使用済み核燃料プールが、今後の大きな余震によって倒壊したり亀裂が入ったりして、プールに入っている1565本の使用済み核燃料が放射性物質をまき散らす事態になりそうだという。福島原発が貯蔵している燃料棒は全体でチェルノブイリ以上の量の放射性物質を含み、余震で燃料プールが倒壊すると、最悪の場合、上空の気流に乗って北半球全体に放射能がまき散らされ、日本が壊滅するだけでなく、米国の国家安全をも脅かす。日本政府は、燃料プールを含む福島原発の事態を早急に改善すべきであり、海外に支援を求めた方が良いと、ワイデンらは指摘した。 (Senator: Fukushima Fuel Pool Is a National Security Issue for AMERICA

 昨春の震災と津波で冷却装置が止まり、水素爆発が起きた福島原発では、外壁の損傷が激しい4号機の燃料プールが外気にさらされており、4号機が特に危ないという話になっている。ワイデン議員の警告を機に、福島の燃料プールが余震で倒壊して北半球が壊滅するのが時間の問題だといった話が、インターネットなどを通じ、米国の市民団体などの間に広がった。 (Which Will Collapse First, the Economy or the Spent Fuel Pool at Fukushima?

 米国は西海岸をのぞき、地震の起きない地域が多く、地震列島日本の原発が世界を壊滅させる構図は米国人の目に衝撃的であり、311震災後、米国のネット上で繰り返し語られてきた。ここにきて、それが発展し、4号機のプールが「人類最大の脅威」として語られ出した。「フクシマのプールが倒壊したら、放射能が米国に到達するまで数日かかる。その間に家族を南半球に避難させるつもりだ」と米国の学者が言ったりした。 (The Top Short-Term Threat to Humanity: The Fuel Pools of Fukushima

 米政府の原子力安全委員会(NRC)は、昨春の福島事故の2週間後に作成した調査報告書の中で、福島原発の燃料プールが当初の推定よりもひどく損傷していると指摘している。これが、米国側が最初に燃料プールの危険を指摘したケースだが、当時は燃料プールよりも、原子炉(圧力容器)が余震で倒れて中の燃料が再臨界を起こして放射能をまき散らす懸念の方が、起こりそうなこととして指摘されていた。 (U.S. Sees Array of New Threats at Japan's Nuclear Plant

 その後、福島は何度も余震に見舞われたが、原発の施設が倒壊するほどのものでなく、格納容器内の再臨界は起きていない。もはや余震で原子炉が再度壊れて世界に大損害を与える可能性が減っているためなのか、今回の「大危機」は、燃料プールへと焦点が移っている。 (日本は原子力を捨てさせられた?

▼燃料プール倒壊の確率は非常に低い

 ワイデン議員の福島訪問を機に、米国の運動家やネット市民の間で「福島の燃料プールが世界を滅ぼす」という危機感が強まり、それは日本のネット界にも飛び火した。福島の燃料プールが倒壊したら、首都圏から南東北にかけての3500万人の避難が必要だとか、日本は国家として機能しなくなるといった見方が飛び交っている。東京電力は、昨春の事故後、4号機のプールの下に鉄骨を入れてコンクリートを流し込む補強工事を行い、プールの強度を20%高めたと発表したが、もはや大半の人が東電を信用していない中、人々の納得は得られなかった。

 東電は、来年末までに4号機に隣接して土台を作ってクレーンを建て、その後3年ほどかけて、プール内の使用済み核燃料を取り出し、より安全な場所に移送する計画を進めている。しかしネット界では「3年以内に余震が起きて燃料プールが倒壊するに違いない」「燃料プールが倒壊する可能性が低いと言う人は東電の回し者」といった言い方が目立つ状態だ。

 将来の地震を予測するのは非常に困難だと私は考えているので、4号機のプールを大損傷させる余震が起こらないとは言い切れないが、起こる可能性が高いとも言えない。とはいえ、大きな余震が起きて4号機のプールに亀裂が入って水が抜けても、空気の対流によって冷却が行われ、プール内の使用済み燃料棒の温度は170度ほどで止まると、テレビ朝日が東北大学に依頼した概算で判明している。テレビ朝日の番組では、プール事態が瓦解して燃料棒ががれきの下で密集して埋もれた場合、もっと温度が上がり、溶融と再臨界が起きるかもしれないと、北半球壊滅的な「最悪の事態」を描いているが、そうなる確率は、プール内の水が抜ける可能性よりずっと低い。 (テレビ朝日 報道ステーション「徹底検証:福島第一原発4号機」

 4号機のプールの水が抜けて燃料棒がむき出しになることは、震災直後にも起きた。放射線の放出量が増加したが、放水や注水の努力を経て、再びプールは水で満たされている。震災後、原発からの放射性物質の漏洩が続き、福島県内などで蓄積された放射線濃度が高まり続けている。だが、関東圏を含む広範囲な避難が必要になるかもしれないという懸念が現実のものになりかけたのは、震災直後、福島原発が放射性物質を含んだ蒸気放出(ベント)を繰り返した時の数日間だけである。

 一般に、稼働中の原子炉の事故より、停止中の原子炉の事故の方が軽微に終わることが多いし、原子炉より燃料プールの事故の方が軽微に終わることが多い。世間では「余震で事故が起きないと言い切れない」という点だけが強調され、人々をいたずらに不安に陥れている。私が見るところ、今後の余震で4号機のプールが倒壊する確率は、非常に低い(ゼロではないが)。「4号機プールはたぶん倒壊する」といった言い方をする人は、事態を客観的に見ず、人心をかき乱す扇動をしている。

 震災時から現在まで、南東北や関東地方で生活してきた人々(私たち)の多くは、原発事故がもたらした危険性だけでなく、多様な情報によって不安が掻き立てられることを体感し、その上で、自分なりに納得した心の状態を再確立し、生きている。この生活の知恵が、今回の新たな危機に対しても生かせるはずだ。

 今回の4号機プール危機は、昨春の原発事故直後に、事故の評価が4から7に引き上げられた時と同様、米国が福島事故の重大さを大きめに評価し、表(国家間)と裏(ネット界)から日本に影響を及ぼした結果として起きている。今回の危機は、ワイデン上院議員の福島訪問に端を発している。テレビ朝日などの報道では、今回の危機が自然発生的に関係者たちが懸念を高めた結果として起きていると説明したが、私が見るところ、もっと国際政治的な動きである。

 なぜ米国当局が福島原発事故の重大性を大きく評価し続けているかという理由について、私は、オバマ政権の核廃絶構想と関係があるのでないかと考えている。これについては、以前の3本の記事で分析したので、そちらを読んでいただきたい。(日本の全体にとって特に重要な事案なので、4月に書いた有料記事を無料版に切り替え、誰でも読めるようにした) (日本の原発は再稼働しない) (日本も脱原発に向かう) (日本は原子力を捨てさせられた?

▼燃料プール危機は脱原発につながる

 脱原発派の人々は、4号機の燃料プールの危機を扇動することで、日本での原発の再稼働に反対する世論を盛り上げ、国内の原発をすべて廃止に持ち込みたいのだろう。日本の原発を全廃する脱原発の目標は、たぶん達成される。もともと「原発を止めると夏場にひどい停電が起きる」という電力業界の主張には誇張がある。日本の電力需給バランスにはかなりの供給余力があり、原発がなくても日本はやっていける。国内のすべての原発が停止したまま、今年の夏を乗り切れてしまうと、日本の世論は「原発がなくてもやっていけるじゃないか。もう稼働しなくてよい」という方に傾き、事態は原発の全廃に近づく。

 5月5日の北海道電力の泊原発3号機の停止を前に、日本の政府や財界は、関西電力の大飯3、4号機の再稼働に必要な地元の同意を得ようと動いたが、政府が(おそらく意図的に)迷走する動きをしたため、地元の同意が得られず、再稼働は実現していない。原発の再稼働は決定から実施まで2カ月近くかかる。今夏、大飯原発を稼働させ「原発ゼロ」の事態を避けるには、6月中旬までに再稼働を決めねばならない。まず無理だ。

 4月に書いた「日本の原発は再稼働しない」などの記事で分析したように、米当局は、覇権体制の転換に付随する世界的な核兵器廃絶との関係で、日本の原発の再稼働を歓迎せず、日本の原発の危険性を大きく見積もり、原発廃止の方向の圧力をかけている。官僚機構や財界など、日本国内の「原子力村」は、再稼働に躍起なので、政府民主党の政治家は再稼働に向けて努力するふりをして右往左往してみせるが、大事なところで下手を打ち、住民を怒らせたり不安にさせたりして、再稼働が実現しないようにしている。

 こうした土台の上に、今回さらに米国発で扇動された福島4号機の燃料プールの危機が加わり、日本の世論はさらに脱原発の方に傾いている。脱原発派のうしろには、米当局という強力な助っ人がいる。燃料プール危機は、日本人を不安に陥れる点で困りものだが、日本の原発の全廃につながる点で「良いこと」でもある。

 米国には、福島原発と同じGE(ゼネラルエレクトリック)のマーク1型と2型の沸騰水型軽水炉が31機ある。日本の原発が全廃されていくなら、いずれ米国でも原発廃止の動きが強まるかもしれない。日本の原発がすべて停止するのをしり目に、韓国では2機の原発が新たに稼働している。中国も原発建設を再開することを決めた。こうしたアンバランスな状態が今後どうなっていくかも注目される。

 また、野党の自民党は5月22日、党の原子力政策として「新原発技術が登場しない限り脱原発は不可避」という方針をたたき台として出した。党内の原発推進派の横やりで「新たな技術的対応が可能か否かを見極める」という文言に替えられたが、たたき台の中の「新原発技術」が、私の記事「日本の原発は再稼働しない」で紹介した、使用済み核燃料を燃料として使えて事故の可能性が低いという触れ込みの「進行波炉」など第4世代の原発の実用化のことを指しているのだとしたら、それもまた米国が日本を誘導したい方向性と同じであり、興味深い。



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