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見えてきた尖閣問題の意味

2010年12月4日   田中 宇

 12月3日から10日までの日程で、日米合同軍事演習「キーンソード」が始まった。日米演習として史上最大規模のものだという。演習は、日本の領土領空領海の防衛を目的とし、冷戦末期の1986年から行われ、今回が10回目となる。野外での軍事演習「キーンソード」(切れ味の良い刀)と、司令部で指揮をシミュレーションする演習「キーンエッジ」(切れ味の良い刃物)の2種類の演習を、毎年交互に行うことになっている。 (Keen Sword

 この演習の目的は建前として日本防衛なのだが、実際には「別の目的」が見え隠れする。1996年と98年に行われたキーンソードでは、レーダーで探知されにくい新型のステルス戦闘機が使われた。96年の演習は、史上初めて米軍の空母が日本海で日米合同演習に参加した。これらを脅威と感じた北朝鮮の労働新聞は「米国は訓練のふりをして、ステルス戦闘機で北朝鮮を先制攻撃するつもりだ」と非難した。96年は、米国が北朝鮮と94年に結んだ核の枠組み合意が、米軍産複合体が強めたタカ派戦略によって崩れていった時期だ。北朝鮮と日米の敵対を強める働きをした96年のキーンソードは、枠組み合意の崩壊を加速した。 (Keen Sword

 01年の911事件によって中東方面に没頭するようになった米軍は極東を軽視し、米国は北朝鮮問題を中国に任せる傾向を強め、最近までキーンソードは岩国基地などを中心に地味に行われていた。だが今年の演習は、10年ぶりに「敵対扇動」の形式を取り戻した。90年代後半に敵視された北朝鮮に加え、今年の演習では尖閣諸島や沖縄を中国から守るテーマが加わった。今回の演習は「敵国」が沖縄のいずれかの島に侵攻し、上陸占領したと仮定し、島を奪還する演習などが行われる。「敵国」が中国を想定しているのは明らかだ。 (Japan, US to conduct biggest ever military drill

 マスコミの論調は「尖閣での衝突事件は中国側が起こした敵対だ。中国は尖閣を占領しようと侵攻してくるかもしれないのだから、日米軍事演習は中国の脅威に対する当然の防衛だ」というものだ。しかし実は「敵国が尖閣諸島などを侵攻して占領する」ことを想定した日米軍事演習を12月に実施する計画は、9月7日に尖閣沖で日中が衝突事件を起こす前の8月後半にはすでに決まっており、報道されていた。「尖閣諸島は日米安保体制の範囲内だ」と日米政府が言い出したのも今年8月だ。 (Japan, US said to plan exercises near Diaoyutais

 尖閣で衝突が起きたから、中国を仮想敵とする軍事演習が行われたのではない。中国を仮想敵とする軍事演習や新防衛体制を計画している最中に、中国との劇的な敵対状況を作り出す尖閣の衝突が起きた。しかも、日中間の劇的な敵対状況は、衝突そのものに起因するのではなく、衝突した中国漁船の船長らを、日本政府が日本の法律を適用して起訴する姿勢を見せたため、中国政府が「尖閣の領土紛争を棚上げしてきた従来の日中の慣行(了解事項)を日本が破った」とみなし、対立が激化した。

 日本が船長を起訴する姿勢を見せなければ、対立は起きなかった。つまり、まず最初に、中国が尖閣諸島に侵攻してくるシナリオの日米軍事演習が企画され、その後、尖閣沖の衝突事件で日本が中国を怒らせて敵対状態が作られ、その後になって実際の軍事演習が行われ「疑いのない日本領である尖閣に中国が攻めてきそうなので、やむを得ず軍事演習が行われる」というイメージの報道が流れている。日本人は、米国と、その国内傀儡勢力に騙されている。 (日中対立の再燃

▼手を汚さない米軍

 演習が計画されて尖閣事件が起きる流れの中で、自衛隊が尖閣の近くにある与那国島に100−200人規模の通信傍受・監視部隊を置く計画や、北海道に駐留する自衛隊を沖縄に移動していく計画などが報じられた。ソ連を最大の脅威とみなす冷戦時代の自衛隊の布陣が、中国を最大の脅威とみなす新たな布陣へと変わっていく方向だ。9月の尖閣の衝突事件と、遅くとも8月には計画されていた日米合同演習と、中国を新たな自衛隊の仮想敵とみなして布陣を移動する計画は、三位一体のものとみるべきだろう。 (US sails with Japan to flashpoint channel

 自衛隊の重心が北海道から沖縄に移動する計画が進められるのと合わせて、前原外相が北方領土をながめるために北海道に行き、前原に指示されるかのように菅首相も北方領土をながめに行くという。これは「政府は北海道を見捨てるのか。ロシアはいまだに脅威だぞ」と騒ぎそうな北海道民をなだめるための先制行動のようにも見える。

 先に敵を定め、その後で敵との対立が激化する事件が引き起こされる構図は、日米軍事演習だけでなく、米韓軍事演習をめぐっても存在する。最近の記事「朝鮮戦争が再発する?」に書いたが、米韓は、先に北朝鮮を脅威とみなす軍事演習を計画し、計画立案から実際の軍事演習が始まる直前の11月23日、別の定例演習を北朝鮮の近海でやった。その演習で、韓国軍が北朝鮮領海に着弾する威嚇を行い、北朝鮮軍が反撃して延坪島を激しく砲撃することを誘発し、南北の緊張が一気に高まったところで、米空母が黄海に入ってきて、本番の米韓演習が行われる流れだ。 (朝鮮戦争が再発する?

 日米のキーンソードは、米韓の合同軍事演習と同時期に行われることが多かったが、今年も米韓の演習が終わった直後に、日米の演習が始まった。今回の日米演習は、米韓演習よりずっと規模が大きい。今回は史上初めて、韓国軍の代表が日米合同演習にオブザーバーとして参加する。

 前にも書いたが、米国は、軍事演習をやっているうちに本当に敵が来て、本物の戦争になる展開を好んでやってきた。911や湾岸戦争、今春の天安艦事件、今回の延坪島砲撃事件や、尖閣沖の衝突と日米合同演習の流れは、いずれもこの範疇に入る。世界最強の米軍は、ふつうの戦争だと簡単に終わってしまい、軍事費の上乗せが難しい。だから、わざと演習中に本物の戦争が起きるよう誘導し、米軍が苦戦する状況を意図的に作って、軍事費を確保しようという話だ。冷戦中、特にソ連が対米戦意を失った1960年代以降、米軍はソ連の脅威をさんざん誇張し、一触即発の米ソ対立を延々と演出した(それをうまいことやったのが、まだ若きネオコンの面々だった)。 (意外と効果的な北朝鮮の過激策

 9月7日の尖閣衝突の際、ちょうど日米が尖閣沖で合同軍事演習を行っているところに中国漁船が入ってきたという未確認情報がある。実は9月の段階でキーンソードの野外演習が始まっており、日本政府が発表していない動画の中に、演習に参加した米軍艦が映っているものがあるという。この話が事実なら、まさに演習をやっているうちに本当の戦争が起きそうな事態だったことになる。だが、私はこの話の事実性に懐疑的だ。

 当時、日米が何らかの演習をやっていた可能性はあるが、それは尖閣沖での野外演習の段階ではなく、米軍司令部でコンピューターを使ったシミュレーション演習をした段階だろう。ただ、尖閣沖での日中衝突を想定したシミュレーションをやっているうちに、本当に尖閣沖で日中衝突が起きた可能性はある。湾岸戦争の発端となったイラクのクウェート侵攻時も、米フロリダ州の米軍司令部で、クウェートに侵攻するイラク軍を迎え撃つシミュレーションをやっているまさにその時に、イラクがクウェートに侵攻し、司令部は大混乱になったとされている。それと同じ展開だ。

 尖閣沖の情報は逐次、米軍に入っていた可能性が高い。韓国で起きた天安艦事件や延坪島砲撃事件でも、現場で戦いをやらされたのは韓国軍だけで、米軍は現場から離れた場所で、監視・監督をしていた。米軍は、できるだけ自分の手を汚さず、日韓の軍や当局を情報操作してやらせている。

▼危険な「ちょい対立」戦略

 そもそも、韓国が北朝鮮と対立し、日本が中朝と対立し続けるのは、日韓がどうしても対米従属を続けたいと考え、米韓と北朝鮮、日米と中朝が対立する構図を何とか残したいと思っているからだ。日韓の強い願望に対し、米国は「それなら、戦争の瀬戸際まで事態を進めてあげよう」とばかり、韓国に黄海での対決をそそのかし、日本に尖閣での対決をそそのかした。このような構図の中で、米軍が手を汚す必要などない。日韓が、真の自衛を怠って米軍に頼ろうとする思考停止を続ける以上、いたずらに危機を扇動する米軍を、日韓は批判できない。 (Needed: A New US Defense Policy for Japan by Doug Bandow

 日本人の多くが「米国は日本を永久に傘下に置きたいのだ」と考えているが、これは間違いだ。日本人は外務省など対米従属派のプロパガンダを軽信している。実際は逆で、日本側が永久の対米従属を望み、米国なしでは生きていけない国家の態勢を意図的に続け、日米と中朝の敵対構造が強まるのを喜んでいる。 (アメリカの戦略を誤解している日本人

 米国が本気で中国を潰そうと、あるいは封じ込めようとしているとは考えられない。対米従属のためにわざと近視眼的な国家戦略しか持たないようにしている戦後の日本と全く異なり、米国は覇権国としての自覚を持ち、この100年ほど、長期的な世界戦略を常に持っている。米国が中国を潰したり封じ込めたりする気なら、2008年にG8(米英中心体制)を無力化して代わりにG20(米中が対等な多極型体制)を世界の意思決定機構の中心にすえなかったはずだ。米国が、日韓の対米従属願望を使って中国と敵対する図式を強化するのは、中国を怒らせて台頭を誘発し、世界を多極型に転換するための一策と考えるのが、私からみると最もまっとうだ。 (世界システムの転換と中国

 日本自身、最大の貿易相手国は中国であり、中国と本気で対決できない。日本の当局は、中国と「ちょい対立」「ミニ冷戦」をやることで、日中の経済関係にひびをいれずに「日米VS中国」の構図を作り、日米同盟を強化したい。対米従属派のプロパガンダは「中国をやっつけろ」ではなく「中国を信じるな」「中国を嫌いになろう」である。「ちょい嫌中」ともいえる(近年の日本の「ちょいブーム」は嫌いだ。本気でやらない人はつまらない。このつまらなさの背景に対米従属精神があると私は勘ぐっている)。日本を韓国、中国を北朝鮮に置き換えると、韓国の戦略も同様だ。

 米国は、得意の「やりすぎ戦略」によって、日本や韓国の「ちょい対立」戦略を「本気の対立」にしてしまおうとしている。イスラエルは、911でテロ戦争を誘発してイスラム世界との「ちょい対立」の構図を作り、米イスラエル同盟を強化しようとした。だが、米国の隠れ多極主義者たちは、やりすぎ戦略によってイスラム世界の人々を本気で反米反イスラエルにしてしまい、中東全域でイスラム主義が台頭し、イスラエルはいつ「最終戦争」で滅亡しても不思議でないほど追い込まれている。隠れ多極主義者(反シオニズムユダヤ)の勝利である。

 同じ隠れ多極主義の構図を、尖閣や黄海の対立に当てはめると、日本や韓国は、米国の過剰な軍事策によって対立のボリュームを異常に上げられてしまい、お気楽な「ちょい対立」のつもりが、韓国経済が壊滅する朝鮮再戦争や、日本企業が中国から徹底的に追い出されて日本経済破綻といった破滅に追いやられかねない。日米同盟強化は、危険な火遊びである。



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