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朝鮮戦争が再発する?

2010年11月28日   田中 宇

この記事は「意外と効果的な北朝鮮の過激策」の続きです。

 11月23日、韓国と北朝鮮の間で砲撃戦が起こり、北朝鮮が韓国領の延坪島を砲撃した事件は、韓国の側からの挑発行為で始まった可能性が高くなっている。韓国軍は、砲撃戦の約1時間前にあたる当日の午後1時ごろ、軍事演習の一環として、北朝鮮の領海に向けて砲撃を行ったことを認めている。韓国軍は「北朝鮮の方向にむけて撃っていない」として、韓国側の砲撃が今回の戦闘の引き金になったことを否定している。だが、挑発したら喧嘩(戦争)になることは人類の常識で、東京の海老蔵のような愚息ですら知っている。 (Is the U.S indirectly provoking China?

 11月23日に米軍も演習に参加するはずだったのに、米軍は直前になって参加をとりやめ、韓国軍だけで演習をしたという指摘も出てきた。米軍は、最初から北朝鮮を挑発するつもりで、自分たちは戦死したくないので、韓国軍にだけ演習をやらせ、どこにどう撃つかを、遠くから韓国軍に指示していた可能性がある。米国の謀略で韓国兵だけが犠牲になるのは、3月末の天安艦沈没事件と同じ構図だ。 (US Marine won’t participate in exercise in West Sea) (Korean Conundrum: Is There a Way Out? by Justin Raimondo

 砲撃戦の翌日、11月24日に、米空母ジョージワシントンが横須賀から韓国・北朝鮮沖の黄海に向けて出港した。11月28日から4日間の日程で、同空母を含む米軍と韓国軍が、砲撃戦のあった南北の海上分界線の近くの北朝鮮沖で、合同軍事演習を行うことも発表された。マスコミでは、23日の砲撃戦を受けて報復的に、米空母も参加する米韓軍事演習が行われるかのような書き方になっている記事が目立つが、実際は違う。 (U.S. aircraft carrier heads for Korean waters

 米軍は、28日からの米韓演習について、ずっと前から決まっていたことで、23日の砲撃戦に対する反応ではないと発表している。23日の砲撃戦が、米軍の挑発行為の結果であったとしたら、米軍は、ずっと前から決めていた米韓演習の実施を北朝鮮のせいにするために、銃撃戦を誘発した可能性が高くなる。あるいは、中国が反対してきた米空母の黄海入りを北朝鮮のせいにするため、銃撃戦を誘発したことになる。 (U.S. says naval maneuvers with S. Korea were in the works before crisis

▼オバマではなく軍産複合体が戦争誘導

 北朝鮮側は、自国のすぐ近くで行われる米韓軍事演習に猛反発している。北朝鮮軍は11月27日、在韓米軍のシャープ司令官が23日の砲撃現場である延坪島を視察しにきたことにタイミングを合わせ、延坪島の近くの北朝鮮領海で挑発的な軍事演習をやり返した。北朝鮮は、相手が米軍だからといって尻込みしないという強気を見せた。28日からの演習で、米韓が北を再度挑発すると、一時的な砲撃ではなく、本格的な朝鮮戦争の再発が起こりかねない。朝鮮戦争は1953年以来、停戦しているだけで終結していない。 (North Korea warns region is on brink of war due to drills

 北朝鮮は、ロシア極東地域の建設現場などに当局の命令で出稼ぎに行かせていた約2万人の国民を急遽、北朝鮮本国に帰国させていると、英国の新聞が報じた。戦争が始まったら国民総出で防衛するつもりなのだろう。フィリピン政府は、韓国に出稼ぎに行っている5万人について、戦争が始まったらとりあえず日本に避難させるべく、日本政府と交渉している。みんな、戦争が始まるかもしれないと考えている。 (Expats recalled as North Korea prepares for war) (The Threat of War in Korea: Philippines prepares for possible mass evacuation from S.Korea, requests Japan's aid

 米韓が挑発したら、北朝鮮は反撃する。北朝鮮は政権の世襲期に入っており、国内の結束を維持するため、強気の態度しかとれない。朝鮮戦争が再発するかどうかは、北朝鮮の出方ではなく、米国がどの程度、北朝鮮を挑発するかという、米国側の意志にかかっている。韓国政府は、自国が破壊される戦争再発を望まないだろうが、韓国は軍事的に完全に米国の傘下にあり、米国が北朝鮮を挑発して戦争を起こしたいなら、韓国が止めることはできない。オバマ大統領は、北朝鮮の問題を軍事的にではなく外交的に解決したいと表明しているが、オバマは事態を掌握できていない。米軍(軍産複合体)が、勝手に事態を悪化させ、朝鮮戦争を再発しうる。 (US sees diplomatic, not military response to Korea

▼米国は韓国経済を潰す気か?

「北朝鮮が核兵器開発を再開したので、米国は、抑止せざるを得なくなり、北に対する抑止策を中国にやらせるためにも、空母を黄海に派遣して中朝を威嚇することにしたのだ」という説明もあるが、これもおかしい。北朝鮮は03年から、核兵器開発としてウラン濃縮をやっていることを示唆しており、見て見ぬふりをしてきたのはCIAなど米国の方だ。米国が北の核開発を抑止したいなら、もっと早くやれた。 (Why We're Always Fooled by North Korea

 北朝鮮側は「米国は、東アジアに対する軍事支配を強化するため、軍事演習と称し、朝鮮半島の敵対を意図的に煽っている」と非難している。米空母の黄海派遣が、軍産複合体の利益のための行為なら、この北の見方が妥当なものになる。 (N. Korea accuses U.S. of prompting its attack on S. Korea

 米政府は財政難がひどくなり、今まで聖域扱いされていた防衛費に対する削減が不可欠になっている。問題は、防衛費が減らされるかどうかではなく、防衛費のどの部分がどのくらい減らされるかということになっていると指摘されている。しかし、軍産複合体ががんばって朝鮮半島の敵対を煽って戦争に持ち込めれば、米政府は防衛費を減らすことができなくなり、軍産複合体の儲けは減らない。1950年に金日成をその気にさせて南侵させ、朝鮮戦争を起こした時と同じ構図だ。 (Pentagon In The Fiscal Crosshairs) (朝鮮戦争再発の可能性

 とはいえ、1950年と今では状況がまったく違う。軍産複合体は、韓国軍に兵器を売って儲けているが、その儲けは、韓国経済が発展しているからこそ得られている。軍産複合体と結びつきが深い米共和党系の資本、たとえばパパブッシュが関係していたカーライルなどは、韓国の民間企業にも積極投資してきた。朝鮮戦争が再発し、韓国経済が破滅したら、軍産複合体は、金の卵を生む鶏を失う。 (Nobody wins this wargame with North Korea

 だから、ふつうに考えれば、軍産複合体は韓国で戦争を起こしたいと思わないはずだ。韓国企業は、世界の新興市場において中国のライバルとして活躍している。韓国経済が潰れると、新興市場における中国企業の力が相対的に強くなる。米国は中国の台頭を抑止するために空母を黄海に入れるとも言われているのに、韓国が潰れて中国の台頭が加速するのは、米国にとって明らかな不利である。戦争になって失うものが大きいのは、極貧の北朝鮮ではなく、先進国並みの豊かさを持つ韓国の方だ。これらの点からも、米国が韓国で戦争を起こしたくないと考えられる。だが現実は、損得と関係なく動くことも多い。

▼中国に対する「引っぱり出し作戦」の一つ

 すでに何度か記事にしたが、今年から北朝鮮は、中国の傘下に入って経済開放を進める方向に歩み出している。米国は、北朝鮮を挑発して南北敵対を強めたり、空母を黄海に入れるなど、中国が嫌がることをあえてやることで、中国に対し、北朝鮮をもっと抑止しろと圧力をかけているのだという説明も出ている。 (中国の傘下で生き残る北朝鮮) (代替わり劇を使って国策を転換する北朝鮮) (U.S. Calls on China to Use Influence to Restrain North Korea

 しかし実際のところ、北朝鮮を威嚇したり、空母を黄海に入れることは、中国を威圧して米国の要求に従わせるどころか、逆に「覇権国である限り、米国は、朝鮮半島や中国周辺を不安定にさせ続けるのだから、米国の要求に従うのではなく、米国を覇権国の座から引きずり下ろした方が良い」と中国が考える傾向を強めてしまう。 (中国軍を怒らせる米国の戦略

 そもそも、以前の記事に書いたとおり、中国が北朝鮮を傘下に入れたり、黄海への米空母の進出に徹底的に反対するようになったのは、米国が中国の覇権拡大を誘導した結果である。米国は03年以来、北の核問題を中国主導の6カ国協議で解決する方針をとり続け、中国が主導を嫌がり、北朝鮮が米国との直接協議しか望まなかったのに、米国は無視し、中国が北朝鮮の面倒を見ざるを得なくなるように仕向けた。 (アジアのことをアジアに任せる

 黄海に関しては、米国は、西太平洋における軍事影響力をグアム島まで撤退する方針を中国に伝え、中国が黄海や東シナ海、南シナ海を自国の影響圏に組み入れることを黙認した。その上で米国は、黄海(北朝鮮)や東シナ海(尖閣諸島)、南シナ海(南沙群島)で中国を怒らることをやり続けた。中国共産党の上層部では、地域覇権の拡大を希求する人民解放軍の政治力が強まり、米国と対立したくない中国外務省をしのぐ勢いとなっている。これは、米国の中国に対する隠れ多極主義的な「引っぱり出し作戦」の成果である。 (Spooked by China's Hawks? So Are the Chinese

 米国は、表側で中国封じ込め戦略をやっているが、裏側では中国の覇権強化を支援している。中国は2015年までに空母を建造する計画だが、米国の国防総省の高官は以前、米中軍事対話の中で、中国に対し「空母建造を手伝いたい」と申し出て、中国の建造意欲を掻き立てた。 (Aircraft carrier plan shows China naval ambitions

 軍産複合体の重要な利権の一つである原子力(核開発)の分野でも最近、東芝傘下の企業である米国ウエスティングハウス社(WH)が、原子炉建造に関する7万5千件以上の技術文書を中国側にわたしている。これはWH社が、中国市場に参入する際に中国側が要求した技術供与を実行したものだが、おそらく中国側は原子炉建設の技術を短期間に向上させ、中国市場だけでなく、これから原子炉の建設需要が急増しそうな発展途上国をも席巻し、米国や日本の原子力産業に自滅的な打撃を与えると予測される。東芝は、米国の隠れ多極主義につき合わされている。 (US group gives China details of nuclear technology

▼いずれ中国は金融兵器で米を攻撃する

 米国が朝鮮戦争の再発を煽る中で、中国はロシアとともに、米韓に自制を求め、6カ国協議の再開を提唱している。中国政府は協議再開に向け、特使を韓国と北朝鮮に急派した。中国政府は11月28日、12月上旬の協議再開を公式に提案したが、韓国政府は即座に拒絶の発表を行った。 (Top Chinese official abruptly visits S. Korea amid tension) (South Korea Rejects China Call for Talks as Naval Drills Begin

 日本人の常識からすると、米国が「善」で中露は「悪」のはずだが、実際には米国が戦争を煽り、中露が平和を求めている。北朝鮮は中露の近傍、米国の遠方にあるので、中露が安定を求め、米国は扇動している。韓国や米国が了解しない限り、6カ国協議は開けない。たとえ開催自体ができても、成果は少ない。中露の協議再開案は実現しないだろう。 (World edgy on Korea, Russia sees "colossal danger"

 中国政府は、自国の近くで戦争を煽る米国に怒り、苦情を言っているが、効果はない。6カ国協議も進まない。中国は安定を脅かされているが、外交的に問題を解決しようとしてもできない。となると残るは、直接的に米国の力を抑止するしかない。 (CHINA TELLS AMERICA: Turn Around The USS George Washington

 米国は、中国よりはるかに強い軍事力を持っている。中露が結束しても、米国には勝てない。しかし、中国が米国の力を抑止できる分野は、軍事だけではない。「金融兵器」がある。世界最大の米国債保有国である中国が、米国債やドルをうまく売り放てば、米国の覇権は財政通貨面から崩壊する。米政府は最近、中国に対し「来年1月までに人民元の対ドル為替を切り上げろ」と要求したが、人民元の切り上げも、やり方によっては、ドルに対する信用失墜を引き起こし、金融兵器になる。米国の人民元切り上げ要求は自滅的である。 (US asks China to raise yuan by January

 従来「金融兵器」は米英の覇権維持策として使われていた(97年のアジア通貨危機など)。今はドル防衛のためユーロ潰しの金融兵器が発動され、アイルランドからスペインへと矛先が向こうとしている。しかし、その一方で米英も金融バブルの崩壊によって金融の力が大幅に落ち、未曾有の財政赤字だ。

 今後、カリフォルニアやイリノイなどで州財政が破綻すると予測され、連邦政府が何らかの救済に入らざるを得ない。その分も赤字増となる。債権の担保となっている住宅相場の下落によって、バンカメなど大手銀行が破綻しそうだが、その救済負担も米国の赤字増となる。いずれ米国債は、誰も買いたくない債券になる。米国の金融覇権力は大幅に落ちており、中国が少し突っついただけで崩壊しうる。ドルの崩壊感が強まるとともに、食糧など各種の国際商品の相場(ドル建て)が高騰し、中国など新興市場諸国はインフレが激化している。各国は、たとえドルを支持したくても、できなくなっている。 (The U.S. Economy: Stand by for more worse news

 中国の上層部では最近、当局の顧問たちが相次いで「ドルを見放した方が良い」「中国はドル崩壊に備え始めた方が良い」「米連銀は自滅的だ。監視せよ」などと言っている。「中国が米国に対して金融兵器を発動すべきだ」という意味だ。これらは公的には「個人的な放言」とみなされているが、発言内容が中国で報じられるということは、共産党内で検討課題になっているということだ。 (China says G20 should monitor US Fed) (U.S. dollar printing is huge risk -China c.bank adviser

 G20の議長をつとめるフランスのサルコジ大統領は、中国に人民元の国際化を急がせ、人民元を基軸通貨の一つに仕立て、使いものにならなくなっているドルに代わる多極型の国際基軸通貨体制を早く作りたいと考えている。サルコジは、08年のリーマンショック直後から、ドルは使いものにならなくなると警告し続けてきた。 (French G20 agenda to push bigger yuan role

 先日、中国とロシアは、相互貿易にドルではなく相互通貨(元とルーブル)を使うことを決めた。これも、中露による米国覇権に対する突き崩し策である。中露は「米国が嫌いなのではなく、ドルが使いものにならなくなっているので自衛策として貿易の非ドル化が必要になった」と釈明している。 (China, Russia quit dollar

 FT紙は最近「ドルに代わる備蓄通貨が出てくるとしたら、それは間違いなく人民元だ」と書いた。その記事は「世界(の基軸通貨)は、ゆっくりだが着実に『緑のお札』(greenbacks ドル)から『赤いお札』(redbacks 人民元)に向かって動きつつある」と締めくくっている。さすが旧覇権国の新聞だけあって、ときどき本質的なことを書く。FTに比べると、日本の新聞はとてもみすぼらしい。 (Renminbi would be natural reserve currency

 中国が米国債を売ったり人民元の為替を切り上げたりすることは、米国より中国にとって負担が大きいという、米英マスコミの報道もある。しかしマスコミも歪曲しており、現実がどうであるか判断がつかない。米国が朝鮮半島問題で中国を追い詰めると、中国は金融兵器を発動してドル崩壊を引き起こし、米国の覇権が意外に早く崩れるかもしれない。今の米国は隠れ多極主義の道を進んでいるので、米国が中国にドル崩壊を起こさせる展開は、十分あり得る。



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