朝鮮戦争再発の可能性2009年6月9日 田中 宇この記事は「北朝鮮は核武装、日本は?」 <URL> の続きです。 私はここ数日、ひょっとして朝鮮半島でもうすぐ戦争が始まるのではないかという懸念を抱くようになった。1953年の朝鮮戦争の停戦以来、韓国と北朝鮮は何度も小規模な戦闘になったことがあるが、米軍が参加する大規模な本格戦争には発展していない。北朝鮮が騒ぐのは米韓などからの経済支援がほしいからであって大戦争など望んでいないし、米国も韓国や中国の経済発展に投資しており極東の大戦争は望まないというのが、従来の構図だった。 だから今回も、北の核実験後、海上の南北分界線の周辺で南北が相互に侵犯して緊張が高まっても、本格戦争にはならないという見方もできる。しかし、もっと巨視的な、世界の覇権構造をめぐる米英中枢の暗闘との関係で見ると、今の状況は、朝鮮半島で戦争が起こっても不思議ではない感じがする。 朝鮮戦争は1950年に北朝鮮が韓国に侵攻して武力による南北統一を試みたために発生したが、あの戦争は東アジアをめぐる政治の構図を大きく変えた。当時は49年に中国の内戦で共産党が国民党を台湾に追い出して中華人民共和国を創設したばかりで、米国では、それまで加勢していた国民党を見捨て、勝った共産党政権を承認する新姿勢に転換しようとする動きが起きた。当時、中国はすでに新生国際連合の安保理常任理事国に選ばれ、世界の5大国の一つとして米国から認知されていた。 (国連創設時の中国は、国民党主導だが国共合作を前提とした中華民国政権で、その後国民党が内戦に敗れて台湾に逃げたため、台湾の中華民国が常任理事国になったが、常任理事国の権限は小さな台湾ではなく、巨大な中国大陸を統治する政府に与えられると考えるのが自然だ。その後、常任理事国の地位が台湾から北京の中華人民共和国に移転するまでに20年の期間があったが、これは朝鮮戦争後、覇権国である米英が冷戦体制をとり、台湾から北京への常任理事国権限の移転を阻止していたからと解釈すべきだ) 当時の米国では、中ソを5大国の中に迎えて多極的な覇権構造を作ろうとする動き(多極主義)と、英国の発案に乗って米欧とソ連などとの永続的な対立構造(冷戦)を作ろうとする動き(米英中心主義)があり、米国が共産中国と国交を結ぶ方向は多極主義的だった。しかしこの動きは、50年の北朝鮮軍の韓国侵攻によって潰えた。3年間の朝鮮戦争の中で、米軍が反撃北進して中国国境に迫ったため、中国は北朝鮮側に立って参戦せざるを得なくなり、米中は決定的に敵対した。冷戦が東アジアに波及し、米国では多極主義的な戦略が影を潜めた。 日本敗戦後の朝鮮では、南北とも、めぼしい政治活動家は左翼だった。北朝鮮側は、韓国への軍事侵攻などしなくても、時間をかけて韓国の左翼と結託して韓国を反米左翼化させ、北朝鮮に有利な南北統一への動きを政治的に進めることができたはずだ。それなのに北朝鮮は、拙速な軍事侵攻による南北統一を試みてしまった。これは単に、金日成の愚かさが原因なのかもしれないが、北の南侵によって、冷戦を欧州からアジアに拡大したかった英米中心主義(軍産英複合体)の野望が劇的に成功しているところから考えて、むしろ金日成による南侵を誘発する策略が米英側から行われた結果であると考えられる。 具体的には、米国は開戦5カ月前の50年1月、米国が守るべき極東の一線として対馬海峡を通る防衛線(アチソンライン)を発表し、米軍が韓国を防衛圏と考えていないかのような姿勢を見せ、北朝鮮側の冒険主義を煽ったふしがある。1990年のイラクのクウェート侵攻前、米国側がサダム・フセインに対して「米国はイラクとクウェートの国境紛争には介入しない」と示唆して侵攻を誘発したのと同種の策略である。米国側は、北朝鮮が韓国などでの諜報活動から得る情報の中に「今韓国を侵攻すればうまくいく」と北に思わせるような偽情報を紛れ込ませることもできたはずだ。 真珠湾攻撃やナチスのポーランド侵攻など、相手から先に手を出させる誘発作戦を成功させ、正当性を確保してから100倍返しをするのがアングロサクソンの戦争方法である(大義なしに侵攻した03年の米イラク戦争は自滅的な例外であり、あの戦争で米国は覇権を喪失している)。 ▼朝鮮再戦争を喜ぶ日本 1950年の朝鮮戦争前には、米国の対中国政策として親中国的な多極主義が優勢で、軍産英複合体の反中国的な戦略は弱かったが、朝鮮戦争によって一気に形勢が逆転した。今また、米国では、中国の急速な台頭を誘発・容認する多極主義が優勢だ。そして、イラクとアフガンの泥沼化、英イスラエルの窮地など、軍産英複合体は世界的に窮地に追い込まれている。 今後、ドルが崩壊して北米のみの共通通貨「アメロ」と交代し、東アジアの中心通貨が人民元になったりしたら、世界の多極化は不可逆的となり、米英中心主義は死んでしまう。この米英中心主義の窮地を一発逆転するために、朝鮮戦争の再発が誘発されるおそれがあると、私は懸念している。 (U.S. Weighs Intercepting North Korean Shipments ) 北朝鮮の核実験を受けて、米国は、日韓などを誘って、公海上で北朝鮮の船を臨時検査する「拡散安全保障イニシアチブ(PSI)」を実施しようとしている。PSIの検査対象は、大量破壊兵器の原材料を運んでいそうな怪しい船だが、どの船が怪しいかというのは主観的な問題であり、米軍は北朝鮮の通常の貿易船を臨検していくかもしれない。北朝鮮はこれを宣戦布告とみなし、直接遠くの米国には反撃できないので、韓国との軍事衝突を起こす可能性がある。今は北も、一触即発の雰囲気を作っているだけかもしれないが、米国が一線を越えれば、北も一線を越え、戦争になりうる。すでにロシアは、戦争になるかもしれないとの懸念を表明している。 PSIに基づく北朝鮮船に対する臨検は、まだ実際には一度も実施されたことがない。PSIは国連決議に基づくものではなく、米国が単独覇権主義を採っていたときに米国務省にいたネオコンのジョン・ボルトンが作ったものだ。国際法では、武力行使が許されているのは、国連安保理で武力による問題解決が不可避だと決議された場合のみだ。PSIについては、一部の国々の軍隊が怪しいと主観的に思った公海上の商船を強制査察することが合法なのか、違法な武力行使にあたらないのかという点が、精査されていない。中国は、PSIの合法性が疑問だとして、参加していない。 米国がPSIを強硬に実施し、北朝鮮と米韓日が戦闘状態に入った場合、中国は中立を保ったまま仲裁しようとするだろうが、戦火が拡大すると、しだいに中立が保ちにくくなる。60年前の朝鮮戦争と同様、米韓軍が北朝鮮の対中国国境に迫ったりしたら、前回と同様、中国は北朝鮮側に立って参戦せざるを得なくなる。こうなると、米国の多極主義者が企図していた、中国を台頭させて米中協調で世界を支配するといった多極化戦略はつぶれ、代わりに冷戦型の米中対立が復活する。 冷戦前と異なり、米国の資本家は韓国や中国に巨額の投資をしているので、もはや米国は朝鮮半島で中国と戦争するなどという馬鹿なことはしないだろうとは言い切れない。米英中心主義は昔から、潰されるよりは世界戦争を起こして逆転した方が良いと思っている(だから2度も大戦が起きた)。投資の儲けは、一度戦争をやって焼け野原にした後、復興していけば回収できる。前の記事に書いたが、米国には、パキスタンの核技術が北朝鮮に流れるようにして北朝鮮を核武装させたのは米国自身だとする分析もある。世界の支配構造全体を賭けた戦いなのだから、米英中枢の両派は必死で、何でもやりうる。金日成・金正日親子やサダム・フセイン、ヒットラー、旧日本軍部などは、このアングロサクソン内部の長期暗闘のチェスの駒にすぎない。 (Is North Korea About to Blow Up the World? by Justin Raimondo) しかし、駒は駒としての勝ち負けがある。米国が本当に北朝鮮と戦争してくれるかもしれない状況になったので、韓国の右派政権や日本といった、恒久対米従属を希求する人々は、にわかに活気づき、喜々として(うれしさをこらえて厳しい顔をして)「戦争を覚悟せねばならない」と国民に呼びかけ、北朝鮮非難の声を高めている。 朝鮮戦争を再発できれば、米国にとって東アジアで最重要の国は中国から日本に戻る。日本にとっては「中国ざまみろ」である。在韓・在日米軍の駐留も続く。朝鮮は焼け野原になっても、日本には戦争特需が再来するかもしれない。テポドンが飛んできても当たらないので大したことはない。冷戦党だった自民党は、存在意義を再び国民に認めてもらえる。昨年の福田首相辞任後に起きそうだった自民解党の政界大再編を何とか先延ばししておいてよかったという話になる。 ▼朝鮮再戦争なら中国はドルを潰す しかし、米国と中国が戦争に近づくとしたら、経済の面から違う展開が起こりうる。中国は今、米国債を世界で最も多く買っている。ガイトナー財務長官が中国を訪問して「米国債は安全ですから、これからも買ってください」と説いて回ったばかりである。金融対策の失敗と財政赤字の急増、ドルの刷りすぎで、米国債の世界的な信用は潜在的に落下し続けている。すでに中国国内では、米国債は危ないという見方が強まっている。(China airs fears on US debt, dollar--lawmaker) そんな中で、米国が北朝鮮に強硬姿勢をとって開戦し、中国を戦争に巻き込もうと迫ってきたら、中国はどうするか。軍隊を中朝国境に差し向ける前に、まず米国債を売って米国の長期金利を高騰させ、ドルに対する信頼性を下落させようとするはずだ。中国は、ロシアなどと組んで進めている、ドルを使わない貿易決済体制の実現を急ぐだろう。すでにドルと米国債は張り子の虎で、米英のマスコミやアナリストの客観性を装ったプロパガンダで何とか支えられているにすぎないことを、中国側は知っているはずだ。ドルを支え続けるのも壊すのも、中国の方針しだいである。 米中対立になって中国がドルを破壊するのなら、日本は、中国ざまみろとか対米従属万歳と喜んでいる場合ではない。日本が対米従属を続けたいのは、米国が最強の覇権国だからである。ドルや米国の覇権が崩壊しては元も子もない。 戦争になったら、国連安保理でも、中国はこれまでの慎重さをかなぐり捨て、常任理事国としてPSIの違法性を突くだろう。PSIの基本はブッシュの単独覇権主義なので、イスラム世界は中国の側につく。原油高騰が煽られる。ロシアは、以前に欧露協調で米国の強硬姿勢をなだめようとしたイラン問題の関係でPSIに参加しているが、北朝鮮問題で中国が反米的になってPSIを非難し始めたら、ロシアも同調するだろう。国連では、創設以来の60年間の米英による国連支配を打破しようとする動きが強まる。 (The path with North Korea) 中国にドルを壊されるのなら、米国は北朝鮮と戦争するはずがないと考えるのが常識論だ。しかし私が見るところ、ブッシュ前政権以来の米国は、中国やロシアやイスラム世界をわざと怒らせて反米で結束させ、世界を多極化しようとしてきた観がある。中国は米国からの挑発に乗らず、米国から嫌がらせを受けても黙って受け流してきた。その分、ブッシュの多極化戦略は効果が出なかった。ところが今、オバマ政権になって、もしかすると北朝鮮と本当に戦争し、今度こそ中国を怒らせる(反米の側に追いやる)ことができるかもしれないという場面になっている。 オバマは、イスラエルや英国に対する冷淡さを見ると、どうもブッシュの戦略を継承する隠れ多極主義である。しかもオバマは、イスラエルの入植地建設を強硬に禁じるなど、大胆なところがある(彼は選挙時から大胆さを売り物にしてきた)。そう考えると、オバマが一線を越えて北朝鮮と戦争になり、中国を怒らせてドル崩壊を早めるという展開があり得る。 こうした私の予測は、確定的なものではない。米英中心主義と多極主義の暗闘の構図が間違っていないとしても、両派の今の力関係を測ることは難しい。力関係によっては、一発逆転の戦争勃発まで至らないかもしれない。しかし半面、6カ国協議が再開されて北朝鮮問題が外交で解決する見通しがないのも事実である。北朝鮮は、核実験した以上、核武装まで一気に進みたいと思っているだろうし、国際社会における米国の力も落ちているので、たとえ米国が北との直接交渉に応じたとしても、米国主導の問題解決は困難だ。宙ぶらりんのまま、一触即発の危険な状態が続くことは間違いない。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |