鳩山辞任と日本の今後2010年6月2日 田中 宇今日は、パレスチナのガザに救援物資を届けようとした欧米やトルコの市民運動の船団がイスラエル軍に襲撃された事件について書こうと分析していたが、そこに鳩山首相が辞めるニュースが入り、そちらを先に考察して書くことにした。 鳩山首相の辞任理由について、鳩山や小沢一郎に汚職の疑惑が起きて人気が下がったからという「政治とカネ」の話として書かれることが多いようだ。しかし鳩山や小沢のスキャンダルは、官僚機構やマスコミなどの対米従属派が、日本を対米従属から脱却させようとした鳩山や小沢を引きずり下ろすべく、微罪的な話を誇張して騒ぎにしたものだ。 検察は、水谷建設の社長をたらしこんで小沢に不利な発言をさせ、それを唯一の証拠として「陸山会事件」で小沢を起訴しようとして失敗し、次は素人集団である検察審査会を動かして「起訴相当」の結論を出させたが、結局その後も小沢を起訴することはできず、検察は5月21日、最終的に小沢を不起訴にした(あっけなく不起訴を決めたのは、鳩山政権が終わるのを見越したからかもしれない)。 6月2日に鳩山が辞めたのは、政治資金のスキャンダルが主因ではなく、普天間基地の移設問題で、5月末という、昨年から決まっていた期限までに事態を前進させられなかったからだろう。対米従属を脱しようとする小沢・鳩山は、日本の対米従属の象徴である沖縄の基地問題に焦点を合わせ、普天間基地の移設問題で、地元沖縄の世論を反基地の方に扇動しつつ、普天間を国外(県外)移転に持っていこうとした。 その結果、沖縄の世論は「基地は要らない」という方向に見事に集約されたが、東京での暗闘はもつれ、小沢・鳩山は、対米従属派の阻止を乗り越えることができなかった。「日本から思いやり予算がもらえる限りにおいて、米軍を日本に駐留させ続けたい」という米国の姿勢は変わらず、軍事技術的にも海兵隊は米本土にいれば十分で、沖縄にいる必要はない。米軍にとって日本には、自衛隊から借りる寄港地と補給庫、有事用滑走路があれば十分だ。日本側で「思いやり予算(グアム移転費)を出すのはやめる」と国内合意できれば、米軍基地に撤退してもらえるのだが、そうすると対米従属の国是が崩れるため、官界、自民党、マスコミ、学界などを戦後ずっと席巻してきた対米従属派が全力で阻止し、民主党内でも反小沢的な動きが起きた。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) ▼小沢一郎の権力の行方 鳩山が首相を辞めるのと同時に、小沢は民主党の幹事長を辞任した。これによって、対米従属派と脱却派との暗闘は、従属派の勝利で終わるのだろうか。それは、今後の民主党内で小沢が権威を失うかどうかによる。私は、鳩山政権の主要テーマだった普天間移設問題の期限を、昨年の時点で「来年5月末」と決めたのは小沢だったのではないかと思うのだが、その線で考えると、5月末までに普天間問題に目処がつかず、その結果として鳩山が辞めるというのは、小沢が、首相という「将棋のコマ」を、人気が落ちた鳩山から、まだあまり非難中傷攻撃をかけられていない菅直人あたりに入れ替える動きという感じがする。 5月になって鳩山は、対米従属の脱却より自らの政権維持を重視し、沖縄に行って「抑止力のため沖縄に米軍基地が必要だ」と発言し、普天間基地の県外移設なしで何とか話をまとめようと最後のあがきをした。しかしこれは沖縄の人々(特に、ずっと東京に義理立てして島内の反基地世論に抵抗していたが、もうやっていけないと、最近になって反基地の方針に転向した仲井真知事や、土建屋政治の人々)を「いまさら何言ってんの?。はしごを外すな」と仰天・激怒させただけだった。 (普天間に関する鳩山の方針転換を、韓国の天安艦沈没事件で北朝鮮との日米韓の対立が高まったことと関連づけて考える人がいるが、両者の関係は薄いと私は思う。日本政府は、天安艦事件に謀略的な裏があることを早い段階から察知していたようで、わりと慎重に対応してきた) (韓国軍艦沈没事件その後) そして鳩山は、自分をコマとして使い切る小沢に対して、最後に首相を辞めるときに「あなたも幹事長を辞めてください」と詰め寄り、小沢も一緒に辞めさせたと報じられている。このような経緯からは、鳩山と小沢は徹頭徹尾の同志ではなく、小沢が戦略を立てる黒幕、鳩山が実行役という役割分担だったことがうかがえる。 今後、幹事長を辞任した小沢が、民主党内で力を失う場合、対米従属脱却派は力を喪失するだろう。その後の民主党は、自民党と対して変わらない方針しか残らない。沖縄の人々は、不満を抱きつつ泣き寝入りになるかもしれない。沖縄の民意が結束して盛り上がっても、それだけでは基地問題を転換できない現実がある。東京の政官界での暗闘で対米従属派を縮小させないと、沖縄から基地はなくならない。 しかし民主党には、小沢以外に、党をまとめて選挙に勝てる指南役がいないように見える。小沢は幹事長を辞めたが、党内の肩書きはあまり重要でない。7月の参議院選挙に向けて党をまとめ、参院選である程度の結果を出せれば、民主党内の小沢の権威は失われないと考えられる。自民党は依然として、復活のための新たな強い党是(対米従属以外の保守の政治軸)を打ち出せていない。地方分権や政界再編を前提に、春先に作られたいくつかの新党も、その後、まだ歴史的な出番が来ていない感じが増した。私は4月に「大阪夏の陣」と題する記事を書いたが、夏の陣は夏以降に延期されそうだ。だがそもそも今後、地方分権が進むとしたら、それは中央集権体制の解体と、対米従属からの離脱の方向になる。最近結成された諸新党が活躍するときは、官僚機構が解体されるときでもある。渡辺喜美は、小沢一郎と似た「日米中等距離外交」を前から提起している。 (日本の政治再編:大阪夏の陣) 最近は、地方分権の分野でも暗闘が激化している観がある。対米従属脱却派が、地方分権運動の象徴的な存在として推している政治家として、大阪府の橋下徹知事らと並んで、宮崎県の東国原英夫知事がいるが、東国原は最近、家畜伝染病の口蹄疫の問題で「私的な政治活動をやりすぎて」対応が遅れたとマスコミに強く非難されている。小沢や鳩山を攻撃してきた右翼(対米従属派の金で動く人々)は、この口蹄疫の問題も攻撃対象に加えている。もしかすると、口蹄疫の問題が発生した初期段階で、東国原から相談を受けた官僚の側が「大したことない」と返答し、東国原を引っかけて対応の遅れを誘発したのかもしれない。 近年、不況の強まりとともにマスコミは広告収入や発行部数が減って赤字になっている。赤字になって経済的に窮すると「貧すれば鈍す」で、少しの金をもらうだけで記事の傾向を歪曲する傾向が強まり、ますますプロパガンダ機関になる。昔から、各国の諜報機関や公安は、潰れかけた雑誌社などに入り込んでプロパガンダを発し、弱体化した左翼組織や民族主義組織などの中に入り込んで「やらせテロ」をする。新聞より雑誌、駅売りの週刊誌より定期購読誌の方が、少ない金で動かせるので、新聞より雑誌の方がプロパガンダ色が強くなっている。今後も民主党を非難中傷する対米従属派のプロパガンダは続くだろう。 (スペイン列車テロの深層) (朝日新聞、初の営業赤字 3月期、広告収入減で) ▼米国経済危機の先行きとの関係 日本がなかなか対米従属を脱却しない理由の一つとして考えられるものに、米国の経済的な延命がある。08年秋にリーマン・ブラザーズが倒産し、米英中心体制のG7が多極型のG20に取って代わられて「ドルに代わる国際基軸通貨が必要だ」という指摘があちこちから出てきた時には、ドルは2-3年以内に崩壊しそうな感じがあった。しかしその後、昨年末から米国でレバレッジ(債券バブル)の再燃によって金あまり状態が再現され、この資金でドル崩壊が防御され、株高が演出され、金相場は抑圧され、国債先物(CDS)の売りでユーロ潰しが謀られている。 ドル崩壊が早く進んでいたら、日本でも「対米従属を続けても仕方がない」という気運が強まり、東アジア共同体の推進や、在日米軍の撤退が具現化していたかもしれないが、ドルが延命しているので「米国の覇権が続くかもしれないので、とりあえず対米従属を続けながら様子を見た方が良い」という方向性が強くなっている。ただ、米国の金融界は依然として不安定で、米中枢も暗闘的な状況なので、今後も突然の崩壊感の強まりがあり得る。 (世界金融は回復か悪化か) 話をまとめる。鳩山辞任をめぐる話で重視すべき点は、民主党内での小沢の権力が弱まるかどうかだ。これまでの経緯を見ると、民主党内には、選挙戦をまとめる他の有力な指導者がいないように見えるし、自民党や諸新党が7月の参院選で民主党を大きく打ち負かす結果を出すとも予測されていないので、民主党内での小沢の力は弱まりそうもない。小沢が権力を握る限り、対米従属派と、小沢が動かす従属離脱派との暗闘が続く。普天間問題は、参院選後に再燃するだろう。米国の金融延命策が軌道に乗れば、対米従属派が巻き返せるが、逆に米国で大きな金融危機が再発してドルの崩壊感が強まると、日本は対米従属派が弱まる。 11月の沖縄県知事選挙で、宜野湾市の伊波洋一市長(擁立の動きあり)あたりが立って勝てば、沖縄の世論はますます強固になる。米軍の訓練を全国に拡散することや県外移転構想の具体化は、沖縄県民と同様の「在日米軍はいらない」という思いを全国に拡大するだけだ。軍事的に考えても、日本は自衛隊だけで十分に守れる。天安艦事件の歪曲を見てもわかるように、米軍の存在はむしろ東アジアを不安定にし、日本人や韓国人を精神的にねじ曲げる依存症をひどくするだけである。日韓ともに、右翼は対米従属派の傀儡役に徹してきたが、そのような従来の役回りから早く脱して、自民族を対米依存症から脱却させる民族的な先導役になってほしいと思う。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転)
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