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強まる日中韓の協調

2009年12月15日   田中 宇

 米国の北朝鮮担当特使であるスティーブン・ボズワースが北朝鮮訪問を終えた。今回の訪朝は、オバマ政権の米政府の高官による初めての訪朝で、マスコミ報道は、ボズワースは訪朝で次の6カ国協議の開催日を北朝鮮側と詰めることができず「北を6カ国協議に再出席させる」という訪朝の目的を達成できなかったので、訪朝は失敗だったという論調だ。 (US Envoy's North Korea Trip Brings No Commitment on Nuclear Talks) (「6カ国」早期再開は困難=必要性は北と「共通理解」

 しかし、大方の論調とは対照的に、私は、今回のボズワースの訪朝を、米朝双方にとって潜在的だが画期的なものであると感じている。その理由は、今回の訪朝によって米朝は「北朝鮮が6カ国協議に戻って核兵器を廃棄したら、米国は朝鮮戦争を停戦から終戦に転換し、米朝は国交を正常化する」という、今後の道筋について合意したと考えられるからだ。 (Pyongyang stage set for Bosworth talks

 ボズワースの上司にあたる米クリントン国務長官は11月下旬に「北朝鮮が、検証可能で不可逆的な朝鮮半島の非核化(核廃棄)に協力するなら、北朝鮮にとって良いことがたくさんあると、米国は以前から言い続けてきた。(北が核廃棄に応じるなら)北の希望である米朝関係の正常化、朝鮮戦争の停戦を米朝の和平条約に替えること、米国から北への経済開発協力といった事項について、米国は(実施を)検討するだろう」と述べている。要するに「北朝鮮が核廃棄したら、米は北を敵視するのをやめて、和平条約を結んでやる」ということだ。これは、米国が2005年9月の6カ国協議で北に対して約束したことでもある。 (Is the U.S. Moving Toward a Peace Treaty with N.Korea?) (北朝鮮6カ国合意の深層

 米朝が議題とする「朝鮮半島の非核化」は、日米韓の側では、北の核廃絶だけを想定しているが、北は、自国が非核化する過程で、在韓米軍や在日米軍の核兵器も問題にするに違いない。オバマが言うところの「世界核廃絶」の一環としても符合するので、平壌から、北朝鮮を睨む新たな米軍の拠点となるグアム島までの、広域の非核化を意味することになりうる。グアムから平壌までが非核化されたら、中国の核はどうするのか、中国は口で平和を好むようなことを言うだけで核廃棄しないのか、という話にもなる。

 訪朝したボズワースに対し、北側は「核廃棄したら本当に和平条約を結んでくれるのか」と詰問した可能性が高いが、北朝鮮外務省はボズワースが帰った後「米朝は(6カ国協議の必要性について)共通認識に達した」「(米朝は)相互の食い違いをさらに小さくするために協力し合うことで合意した」と発表した。北朝鮮が、米国との関係で、このような前向きな発表をするのは珍しい。金正日は、今回の米朝協議が思い通りの成果を挙げたと考えていることが、この発表からうかがえる。北朝鮮が喜んだ「米朝の共通認識」とは「北が6カ国協議に戻ったら、米国は北と国交正常化交渉を開始する」という道筋ではないかと推察できる。 (North Korea Agrees on Need for 6-Party Nuclear Talks

「米朝の共通認識」という言葉は、ボズワースが訪朝後のソウルでの記者会見でも使った言葉だ。韓国在住分析者のドナルド・カークは、米朝が平壌での交渉で発表に使う用語まで決めたのではないかと分析している。「共通認識」は同じで、違う点は、北は米朝和平条約を、米は6カ国協議の再開を強調するという、力点の置き方だけだ。 (Diplomatic deja vu in Pyongyang

 北朝鮮が、本気で核兵器を廃棄する気があるかどうかは疑わしい。米国は北に「検証可能で不可逆的な核廃棄」を求めているが、これはブッシュ政権下では「核兵器を全廃棄したことが証明できない限り、まだ核を持っているとみなす」という方針を意味していた。ある国の政府が、自国の山中などに何発かの弾頭を隠し持つことは簡単であり、自国がそれをしていないことを明確に証明するのは不可能である。米国はイラクに「まだ大量破壊兵器を持っているはずだ」と言って侵攻したが、実はイラクは国連が不許可とする大量破壊兵器をすべて廃棄していたことが後でわかった。

 米国にはこの前科があるので、北朝鮮は、米オバマ政権がブッシュ時代と同じ厳格な「検証可能で不可逆的な核廃棄」を求めるなら、核廃棄に応じず、6カ国協議にも参加しないはずだ。今回、北朝鮮が「米国と共通認識ができた」と喜んでいるということは、オバマ政権の「検証可能で不可逆的な核廃棄」が口だけで、北は抜け穴を用意してもらったと考えられる。今後、北が6カ国協議に出て「核廃絶」を実施したとしても、実際に廃絶するのは何発かの北の核の一部であり、残りは北の国内に隠匿されるだろう。

▼日本の政権交代が6カ国協議再開に道を開いた

 6カ国協議の主催国である中国は、米国が北朝鮮を軍事攻撃したり、諜報作戦で政権転覆させたりして朝鮮半島が混乱することを最も嫌がっている。中国は、米朝が和解し、米国が在韓米軍を撤退させるなら、北が何発かの核兵器を隠匿することに目をつぶるだろう。ロシアも似たような姿勢だ。日本も、中国主導のアジア協調に積極参加する小沢一郎の民主党政権になったので、今や本質的には中国と似た姿勢だろう。韓国は、6カ国協議の6カ国の中で「北の核隠匿」を最も嫌がるだろうが、米中が隠匿を黙認するなら、ほとんど反対できない。

 米代表のボズワースは訪朝で、次の6カ国協議の開催日について北と合意できなかったと言っているが、本当だろうか。ボズワースは、北と協議した後、ソウル、北京、東京、モスクワを回り、6カ国協議のすべての参加国に、訪朝での協議内容を報告し、その後で米国に帰国している。次の日程について米朝が何も合意できなかったのなら、4カ国を全部回って報告する必要はない。米朝で何か重要なことを合意したから、4カ国に直接に行って報告する必要があったと考えられる。6カ国協議は、来春には開かれるのではないかと感じられる。 (US Says Time for 'Strategic Patience' With North Korea

 ボズワースが平壌にいる間に記者会見した米国務省の広報官は「北朝鮮が6カ国協議に戻るなら、米国は米朝直接交渉のためにしっかりしたチャンネルを設ける」と述べている。来年、6カ国協議が再開され、それと同時に、ニューヨークの国連本部などを舞台に、米朝直接交渉のルートが開かれるのではないか。 (US Assures North Korea of 'Robust' Direct Talks Channel

 今回、米朝が概要を合意したと思われる「北は核廃絶する、米は北への敵視をやめ、和平条約を結ぶ」という交換取引は、すでにブッシュ政権時代の05年9月の6カ国協議で合意されていた。しかし、その実施は行われず、北は核実験を行い、合意は破棄されていた。その理由は、一般には、北が核廃棄に対して真剣に取り組まなかったからとされている。だが私は、当時のブッシュ政権の異様な譲歩の仕方から考えて「北が一部の核を廃棄しただけで残りを隠匿しても、米は黙認し、和平条約を結ぶ」という米朝間の談合は当時から存在していたと考えるのが自然だ。むしろ、05年の6カ国合意が履行されなかった理由は、日本と韓国が反対したからだと考えられる。

 北が核を廃棄し、6カ国協議の目的が達成されたら、6カ国協議は、恒久的な「東アジア安全保障体制」に格上げするつもりだと、当時のライス元国務長官らブッシュ政権の複数の高官たちが言っていた。その方針はブッシュ以上に「対話重視」の姿勢を強めたオバマ政権にも踏襲されていると思われるが、自民党政権時代の日本政府にとっては、日米中露韓朝が対等な立場になる東アジア新安保体制ができると、日米安保体制は解体され、日本の対米従属が続けられなくなる。 (アジアのことをアジアに任せる

 当時の日本は、6カ国協議の進展に本気で協力するつもりが全くなかった。韓国の盧武鉉政権は和平派で、6カ国協議の進展を歓迎していたが、韓国内では対米従属の維持を望む勢力が強く、盧武鉉はスキャンダル続きで強力な主導力を発揮できなくなり、07年には対米従属の再強化をめざす李明博が大統領に当選した。米国が、クリントン政権時代の米朝直接交渉をわざわざ反故にして、ブッシュ政権で中国中心の6カ国協議に転換したことの、隠れた最大の目的は、日本と韓国に対米従属をやめさせ、東アジア諸国どうしの協調体制を作ってその中に日韓を入れるという「隠れ多極主義」の推進である。日韓が嫌がるので、米国は6カ国協議を進められなくなった。

 状況が変わったのは、今年8月の選挙で日本に民主党政権ができてからだ。総選挙の実施が決まった後の8月初旬には、クリントン元大統領(現国務長官の夫)が、北に拘束された米国人記者を助ける名目で「個人の資格」で訪朝し、金正日と会った。この時に、今回のボズワース訪朝につながる流れが作られたのだろう。 (◆クリントン元大統領訪朝の意味

 6カ国協議の推進は、日韓の抵抗によって4年間遅れたものの、在韓米軍が韓国軍に有事の指揮権を移譲する期限は、以前から2012年に設定されており、今からでも準備は間に合う。2012年までに、北の核廃棄が実施され(演じられ)、同時に米朝と韓国・北朝鮮の和解交渉が進展し、韓国での有事指揮権が在韓米軍から韓国軍に委譲され、在韓米軍の撤退に筋道がつき、6カ国協議は東アジア安全保障体制に衣替えすると宣言されるというのが、6カ国協議が最も成功した場合のシナリオだろう。(成功するかどうか、まだわからないが) (朝鮮戦争の終戦、在韓米軍の撤収?

▼小沢一郎の新冊封外交

 日本政府は民主党政権になって、この東アジア新安保体制への準備を全力で開始している。鳩山首相が「東アジア共同体」の構想を発表し、中国や韓国を重視する外交を開始したのはその一つだし、普天間基地の移設問題を使って在日米軍問題を日本国内の議論に発展させ、沖縄の米海兵隊は全部グアムに移ることでかまわないという世論の納得を引き出しつつあるのも、その一つだ。

 最近では、民主党の小沢一郎幹事長が、143人の民主党国会議員を含む総勢630人の団体(「日中交流協議機構・長城計画」訪中団)を率いて中国を訪問したことが象徴的だ。小沢訪中団を受け入れた中国側は、胡錦涛主席が小沢と会談し、143人の国会議員全員と握手して歓迎した。日本ではいつも仏頂面の小沢は、北京では満面の笑みだった。

 小沢訪中団の雰囲気は、唐や明の時代に、日本を含む周辺諸国が、定期的に中国に代表団を送り、中国側は手厚くもてなし、周辺諸国側は中国に対して臣下として礼をする「冊封体制」の復活を思わせる。すでに北朝鮮やミャンマー、パキスタンなどは、台頭する中国の「新冊封体制」のもとで経済支援を受け、韓国も中国を尊敬・重視する姿勢を示しているが、今回政権交代した日本も、その体制下に入った観がある。日本が中国の冊封下に入るのは、1400年代の足利義満のとき以来、600年ぶりだ。

 小沢が率いた訪中団(長城計画)は、1986年以来、今回が16回目であり、小沢は自民党時代から、長城計画として訪中していた。小沢のウェブサイトの説明には「1972年、私が師と仰ぐ先達の方々のご協力によって、念願の日中国交正常化がなされて以来」とあり、田中角栄元首相を師と仰ぐ小沢が、角栄の遺志を継いで毎年中国を訪問してきたことがうかがえる。今回は、民主党が与党になって初めての小沢訪中団となったが、中国政府から見れば、日中関係の「井戸を掘った」功労者である角栄の孫たちが大挙して中国に冊封的な礼節の訪問をしにきたようなもので、角栄の正統な後継者は自民党ではなく民主党だと思えるだろう。 (「(日中)交流協議機構・長城計画」訪中団のご案内

 中国側の受け入れ機関は、共産党の共産主義青年団(共青団)を中核とする中華全国青年連合会である。共青団は次世代の共産党幹部を選抜育成する機関であり、胡錦涛の出身母体でもある。日本の与党の若手議員と、中国の独裁党の若手幹部が定期的に交流することで、日本と中国は政治面での長期的な人脈を構築できる。小沢の目論見は、中心的な趣旨が「日中の青年リーダーどうしの交流」であり、日米関係を凌駕する日中の政治的な関係を長期的に作っていく目的に見える。

 小沢がこの訪中団を重視するのは、日本外務省を経由しない日中交流のルートだからかもしれない。伝統的に「対米従属省」である外務省を通すと、どんな妨害工作をやられるかわからないし、日中の密談内容が米国や自民党、マスコミなどに筒抜けになりかねないが、民主党と中国共産党の直接交流である小沢訪中団は、外務省にスパイされる心配が少ない。

▼媚中と媚米の売国奴くらべ

 日中が急速に接近すると、不安を持つのは間にいる韓国である。小沢は、北京で胡錦涛と会談した翌日の12月12日、訪中団を北京に残したまま韓国ソウルに飛び、ソウルの国民大学で講演し、日韓併合以後の日本の支配について謝罪するとともに、在日朝鮮人を中心とする永住外国人に地方参政権を賦与する法律を来年1月に国会で成立させるつもりだと述べた。小沢は「私が動かす新しい日本が重視するのは中国だけじゃない。韓国のことも忘れていませんよ」と表明したわけだ。 (政権法案「来年現実に」=韓国で講演、植民地支配は謝罪−民主・小沢氏

 小沢はその後、韓国の李明博大統領と会食し、2人は、日韓併合100周年となる来年(2010年)を「日韓の次の100年の友好を作る年」にすると発表した。 (Japan and SKorea pledge better bilateral relations

 私の予測では、日韓併合から200周年が来る前に、日韓は再び「併合」しているだろう。次回の併合は、EU型の東アジア共同体に日本と韓国が入ることで行われる。前回の併合は、朝鮮が日本の一部になることだったが、次回の併合は、日本と韓国が対等な関係で東アジア共同体という超国家組織の一部になる。ついでに言うと、東アジア共同体にはいくつかの中国語訳が存在してきたが、シンガポールでは「大東亜共栄圏」というのが訳語の一つだった。アジアの歴史の中で、日韓併合や大東亜共栄圏は、1度目は日本帝国の主導で行われ、2度目は今後の世界多極化の流れの中で行われることになる。2度目は中国の主導となる観が強いが、東アジアを統合に向けて隠然と後押ししてきたのは、隠れ多極主義の米国である。

 小沢一郎は、この東アジア統合の流れに合わせる形で、鳩山政権の「東アジア共同体構想」や、今回の新冊封的な大訪中団を実施してきたと考えられる。対米従属の遺構に浸かったまま、世界多極化への大転換に気づいていない多くの日本人から見ると、小沢の中国・アジア重視の戦略は、不快な「媚中」や、危険な「日米同盟軽視」に見え、小沢は「売国奴」に見えるだろう。 (長城計画に観る小沢一郎氏の正体

 しかし、米国は経済と金融財政が急速に悪化し、改善策もほとんど失敗しており、今後数年内に財政破綻(米国債の債務不履行)やドル崩壊を引き起こす可能性が高い。日本が今後も対米従属を続けていると、ドルと米国債の崩壊の中で、日本も無理心中的な国家破綻に陥る。米国は、軍事外交的にも衰退し、中国に対して東アジアの覇権を譲渡するような動き(中露重視、日韓軽視)さえ進めている。米国こそ「媚中」である。米国が崩壊に向かっていることを見据えれば、中国や東アジアを重視する小沢ではなく、米国に最後まで従属することを主張する人々の方が、日本の国益を損なう主張をしていることになる。「媚米」こそ売国奴である。

▼皇室への言論封殺を解く

 中国の次期主席と目される習近平副主席が12月14日から日本を訪問し、15日には天皇陛下に会う。この会見は、実施から20日前の11月26日に首相官邸から宮内庁に申請があったが、これが日本政府の慣行である「1カ月ルール」を満たしていなかった(申請日が実施日の1カ月前を切っていた)ため、宮内庁がいったん断った。だが、小沢訪中の直前に、再び鳩山首相から宮内庁に強い要請があり、15日に習近平と天皇との会見が持たれることになった。これについて、宮内庁長官が12月11日の記者会見で「大国だから1カ月ルールを破る会見が許されるという首相の考え方はおかしい」という主旨の発言を行い、マスコミは小沢批判で盛り上がり、連立与党内からも批判が出た。

 だが、宮内庁長官は首相の指揮下にいる内閣府の官僚である。また、日本国憲法3条では「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とする」となっている。鳩山は「世界一の人口を持つ隣国である中国との関係は非常に大事なので、陛下のお体が許すならという状況下でお願いした」と言い、小沢は12月14日の記者会見で「(首相の考え方に)どうしても反対なら、辞表を提出した後で言うべきだ」「内閣が必要と考える国事行為を天皇陛下にお願いすることは、憲法の理念や本旨に沿っている」「(習近平との会見は日本にとって重要なので)天皇陛下のお体がすぐれないなら(習近平会見より)優先度の低い行事をお休みになればよい」と述べた。

 今まさに展開しているこの出来事を、私なりに分析すると、2つのことが見えてくる。一つは、中国政府や習近平が、今回の件で小沢や鳩山が「反中国」で固まる日本のマスコミと対決してまで習近平と天皇との会見を実現させることに対し、かなりの恩義を感じていることだ。中国のマスコミは、この件に関し、鳩山政権を高く評価している。この事態は、既存の日本の対米従属・反中国の立場に立つなら「小沢や鳩山は、天皇に無理を強いてまで、中国に媚びを売る売国奴だ」という主張になるが、今後、米国の覇権が低下して多極化し、日本が米国の助けなしに中国と向き合わねばならなくなる見通しと重ね合わせると、中国が日本(民主党政権)を批判しにくくなる状況を作っており、日本を有利にしている。

 二つ目の視点は「皇室の政治利用」との関係だ。戦後の日本は、憲法4条に「天皇は、憲法で定めた国事以外の、国政に関する権力を持たない」との主旨が盛り込まれ、この点が過剰に実施された結果、皇室は社会一般の事柄に対してさえ、自分の意見を言うことが大きく制限されている。今回の習近平会見の件で、小沢は「天皇陛下ご自身に聞いてみたら、会いましょうとおっしゃると思う」と記者会見で述べたが、実際には、天皇が自分の気持ちを国民に向かって述べることは、今の日本では事実上、許されていない。

 皇室は「物言わぬ人々」にされ、言論面で皇居に幽閉されている。こうした現状が、皇室と国民にとって良いことかどうかという議論はこれまで全くタブーで、何か言うと右翼に怒鳴り込まれかねないので、誰も何も言いたがらなかった。この戦後の皇室に対する言論封殺は、憲法の条項を悪用し、官僚と自民党、右翼、マスコミが組んで行ってきたもので、左翼も「反天皇」で踊らされ、協力していた。民主党政権は、このタブーにあえて触れることで、国民がタブーの構造の存在を気づくように仕向けている観がある。

 岡田外相は10月下旬に、国会開会式での天皇のごあいさつについて「陛下の思いが入ったお言葉をいただきたい」という主旨の発言を行い、左右両翼から「天皇の政治的中立を無視している」と批判された。この岡田発言も、今回の習近平会見をめぐる小沢鳩山の動きと同様、皇室への言論封殺の封印を解除しようとする流れである。

 団塊の世代の日本人には天皇嫌いの左翼が多いが、今の若い人の多くは皇室に好感を持っている。皇室が宮内庁官僚の作文を朗読するのではなく、自分たちの心から出てくる言葉で語り始めれば、日本人の多くは元気づけられ、感涙し、未曾有の不況を乗り切る気力を与えられる。今回、外国要人と天皇との会見設定の「1カ月ルール」が問題になったが、皇室の記者会見も何カ月も前から定めたものしか行われない。これらは、皇室が過労にならないようにとの配慮から行われているとされるが、実際には、官僚が作ったがんじがらめの制度は、むしろ皇室方を抑圧している。

 皇室の方々は「十分なご休養」ではなく、日本国民のためになることをしたくてうずうずしているはずだ。もし天皇が定期的にテレビに出て国民に語りかけたり、若い皇室がラジオ放送で好きなことを語ったり、ウェブログを書いたりすれば、日本はもっと面白くなる。天皇は日本国民統合の象徴だと憲法1条に書いてあるが、国民の統合には、天皇の「お言葉」が必要だ。言葉を奪われた現状では、象徴として機能できない。皇室方が語るときには、なるべく政府批判はしないという自粛をする程度で、憲法4条の「国政不介入」は守ったことになると考えるべきだ。

▼対中協調は経済が目的

 話を元に戻す。小沢の大訪中団や、習近平と天皇との会見の問題で、私が気づいた三つ目の視点は「中国は日本にとってどういう国なのか」という議論が、今後の日本で高まりうることだ。政治面で見ると、日本人が中国と親しくすると「売国奴」になるが、経済面で見ると、日本はむしろ中国と親しくすることが求められている。

 従来の日本製品の輸出先だった米国市場は、金融崩壊と失業増の結果、購買力が大幅に落ち、今後数年間は満足な復活をしそうもない。日本は社会が成熟し、国内消費も増えにくい。日本経済を成長させるには、急成長する世界最大国である隣の中国への投資や販売を増やすのが最も有効だ。中国は独裁国なので、外国からの進出企業が許認可をとるために政治的な関係が重要だ。欧米豪加の政治家は、自国の製品やサービスを売らせてくれと、積極的に中国に接近している。だが日本は、隣国なのに、政治家や財界人が中国に接近すると「売国奴」と言われる。反中(対米従属)右派は、日本の不況を悪化させている。

 このように見ると、天皇がご自分を守るルールに特例を設けて、来日した習近平(次期首脳)と会うことは、中国にとって「オバマ訪中」に匹敵する「返礼を要すること」であり、日本企業とその従業員である日本国民にとって、中国との経済関係によって利益や雇用を拡大できる動きである。習近平会見は「天皇の政治利用」ではなく「天皇の経済利用」である。天皇にとって、習近平会見は「国民の幸せ(経済活性化)に貢献すること」であり、皇室の役割そのものである。

 民主党政権の動きに対し、日本の財界はほとんど沈黙しているが、財界は、小沢が日中関係を好転させていることに対し「中国での企業活動にプラスだ」と感謝しているはずだ。財界が公然と小沢に支持表明しないのは、それをすると右翼の街宣車が本社前でがなり立て、営業妨害されるからだろう。

▼戦後のタブーにあえて踏み込む

 小沢や鳩山は、従来の日本の政界や言論界で「マスコミや世論を敵に回すことになるので提起しない方が良い」と考えられてきた「米軍基地は日本に必要なのか?」「日本は対米従属のままで良いのか?」「中国、朝鮮、ロシアを嫌うのは国益に合うのか?」「皇室と国民の関係はこれでいいのか?」などといった問題を、あえて蒸し返している。この動きは、世論に問いを吹き込むことで、これらの「戦後のタブー」を露呈させ、米国覇権が壊れて世界が多極化する今後、日本がどのような国になるのが良いかを、日本人が模索できるようにしているように見える。

 戦後、官僚主導の体制下で「戦後のタブー」を封印し続ける役割を果たしてきたマスコミは、小沢や鳩山がタブーに触れるたびに、猛烈に非難する。しかし、普天間基地の辺野古移転問題を例に考えると、最初は「辺野古移転を断れば、米国が激怒し、取り返しのつかないことになる」とマスコミが喧伝していたこの件は、騒動や議論が続くうちに「実は海兵隊はグアムへの全移転でかまわない」という話がぽろっと出てきたりして、議論の形勢がいつの間にか変わっている。今や日本人のかなりの部分が「もう沖縄に米軍基地を作る必要はないのではないか」と思い始めている。 (官僚が隠す沖縄海兵隊グアム全移転

 在日米軍という、戦後のタブーの一つに対する封印が解け「西山事件」の再議論など、歴史をさかのぼって本質を再確認しようとする動きも始まっている。こうした戦後封印の解除は、戦後体制の一部だった自民党政権下ではできなかったことである。その意味で、小沢や鳩山は、政権交代によって得た歴史的役割を、きちんと果たしている。

 指導者となる政治家に必要なのは「天」(歴史的因果)が自分に何をさせたがっているかを自覚する洞察力である。小沢は、独善的な態度が敵を作りやすいという性格の問題があるが、歴史的な自分の役割を知っており、その点ですぐれた政治家である。マスコミ(対米従属派)は、政権獲得前から対米従属離脱を示唆してきた小沢に、つとめて悪いイメージをかぶせてきた。「小沢=悪」と思う読者が多いかもしれないが「米国債が債務不履行になっても日本は対米従属を貫くべきだ」と考える人以外は、プロパガンダの存在を念頭に置いてニュースに接した方が良い。

▼米韓より前に中韓FTA?

 日本のことを延々と書いたが、今回の記事の本題は「日中韓」である(書いている間に事態が動き、記事が長くなり、配信も遅れている)。話をまとめることにする。米国のボズワース特使の訪朝によって、来年の6カ国協議開催と、北核廃棄・米朝と南北の和解・日韓の対米従属の終わり・東アジア新安保体制への転換という流れが復活している。この流れを受けて日本では、東アジア共同体構想が出たり、小沢の大訪中団が繰り出したり、既存の宮内庁体制を破る形で天皇の習近平会見が行われる動きになっている。習近平は、日本の次に訪問する韓国では、中国と韓国のFTA(自由貿易協定)について話すと言っている。 (Chinese VP hopes to see S. Korea-China FTA

 韓国は米国とのFTAを強く望んできたが、米議会の反対でまだ実現していない。米韓より先に中韓のFTAが締結されると、韓国は経済面で対米従属を離れ、東アジアに統合される傾向が強くなる。来年は、日中韓の東アジア3カ国間の協調関係が強まりそうだ。6カ国協議が進展すると、日朝問題でも何らかの動きがあるだろう。ボズワースは訪朝帰りに東京で「北朝鮮は拉致問題などに関する日朝対話に前向きだ」と言っている。



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