6者協議進展で困る日本2007年7月10日 田中 宇6月下旬に北朝鮮を金融制裁していたデルタ銀行の問題が解決した後、北朝鮮の核問題が早いテンポで進展している。6月21日には、デルタ銀行問題の解決が決まってからまだ数時間しか経っていないうちに、アメリカのヒル国務次官補が平壌を訪問した。米高官の平壌訪問は5年ぶりで、これまで北朝鮮と直接交渉しない強硬姿勢を採っていたブッシュ政権は、直接交渉する穏健な姿勢に大転換したのだと報じられている。(ブッシュ政権は、イラクやイランで失敗しているので、一つぐらい成功例を残すため、北朝鮮問題で穏健姿勢に転換したのだと解説されている)(関連記事) 北朝鮮の核問題には、プルトニウム型核兵器の開発疑惑と、ウラン型核兵器の開発疑惑がある。プルトニウム型の方は、寧辺の核施設の閉鎖によって問題解決の方向に動き出すが、ウラン型の方は、北朝鮮が本当にウラン濃縮設備を持っているのかどうかも確認されていない。アメリカは、北朝鮮はパキスタンからウラン濃縮設備(遠心分離器)を買ったはずだと主張している。ヒルの平壌訪問直前の時点の報道によると、ブッシュ政権は平壌を訪問するヒルに対し、もし北朝鮮が本当にウラン濃縮設備を持っているのなら、アメリカが買い取っても良いと提案をさせることを検討していた。(その後、この件での続報はない)(関連記事) ヒルは平壌訪問の前日、日本を訪問したが、拉致問題を口実に6者協議の進展を阻害している日本政府に対し、ヒルは平壌訪問について事前に何も伝えなかった。麻生外相はその後、ヒルの平壌訪問を知り、ヒルを批判する発言をした。6者協議を早く進展させたいアメリカと、拉致問題を口実に協議を進展させたくない日本との亀裂が目立つ展開となっている。 ▼8月の南北首脳会談があり得る? 平壌訪問後、記者会見したヒルは、7月中に6者協議の外相会談を開き、今後の最大の難関である北のウラン濃縮施設の廃棄が実現できれば、今年中に、朝鮮半島の南北和平のプロセス(南北と米中による朝鮮戦争の終戦に向けた会合)と、6者協議を東アジアの恒久的な集団地域安保体制(地域安全保障フォーラム)に格上げしていく作業を進められ、来年にはすべての交渉を成功裏に完成させられると表明した。(関連記事) また、韓国の盧武鉉大統領は、デルタ銀行問題が解決する1週間前の6月15日に、北の核問題が解決の方向に動けば、8月15日前後に盧武鉉と金正日による南北首脳会談を実現できると述べている。(関連記事) 6月30日には、韓国が援助物資として5万トンの重油を北朝鮮に送り始めた。5万トンの輸送には20日間かかる予定だ。北朝鮮側は、原油送付が始まる前には、5万トン全部の重油が到着してからでないと寧辺の核施設を閉鎖しないと表明していたが、その後、最初の原油が到着した段階で核施設を閉鎖するという形に、やや譲歩した。7月14日もしくは17日に次回の6者協議が予定されており、その前に寧辺の核施設が封印されていれば、協議が進展する可能性が高くなる。IAEAは、8人の査察団の平壌訪問の準備をしている。(関連記事その1、その2、その3) これらの動きを総合すると、ヒルや盧武鉉らが目論んでいる最速の日程は、7月14日前後に寧辺の核施設の停止と封印を行い、それとともに次官級の6者協議を開いて、北のウラン濃縮施設の問題について話し、7月末には6者協議を外相級に格上げして行い、8月15日前後には盧武鉉と金正日が南北サミットを開き、年内にはそこに米中も加わって朝鮮戦争の終戦に向けた会談を行うという目標日程だろう。(関連記事) ▼朝鮮戦争の終戦、在韓米軍の撤収? とはいうものの、すでに7月末に予定の外相会談は、日本の参院選挙などがあって6人の外相の間で日程調整がつかず、7月中には開けそうもない。ウラン濃縮施設の問題が、すんなり解決していく目処があるのかどうかも分からない。6者協議の前途はまだ多難である。(関連記事) しかし昨今の事態の展開からうかがえる重要なことは、ブッシュ政権が、6者協議の進展を非常に急いでいるということである。ヒルが、来年までに北朝鮮関係のすべての交渉を完了することを目標にしているということは、ブッシュ政権は自分たちの任期中に、朝鮮半島の問題を解決してしまいたいと思っているということである。6者協議の最大の推進力は、ブッシュ政権が朝鮮の問題を解決したいと思っていることである。アメリカが問題を解決したいと思っている限り、デルタ銀行問題のように米政権内の何らかの事情で進展が一時的に遅れることはあっても、いずれ交渉は進んでいく。 北の核問題が解決し、朝鮮戦争の終戦が実現し、6者協議が東アジアの多国間安保体制に格上げされれば、アメリカは在韓米軍を大幅削減し、おそらく撤収に向かう。アメリカと韓国は6月28日、有事の際の指揮権を在韓米軍から韓国軍に委譲する手続きを2012年4月までに終わらせる協約に調印した。1950年代の朝鮮戦争以来、韓国軍は在韓米軍の指揮下で戦う態勢になっており、朝鮮戦争の停戦自体、アメリカと北朝鮮、中国との協定であり、韓国は参加していなかった。2009年末には、有事における指揮権が全面的にアメリカ側から韓国側に委譲される。(関連記事) 有事指揮権の早期委譲はアメリカが求めてきたことで、韓国政府は、委譲へのテンポが早すぎるといって尻込みしてきた。ブッシュ政権は、急いで6者協議を進め、急いで韓国での有事指揮権を手放している。在韓米軍の中心をなす米陸軍第8軍の本部は解散せず、残ることになったが、この残存は、急な撤兵による防衛力の低下を恐れる韓国側に配慮した象徴的な意味が大きく、兵力としては大幅減になりそうだ。(関連記事) 親米・反北朝鮮の方針を掲げてきた韓国の保守系野党であるハンナラ党は7月6日、6者協議の進展で南北関係が改善しそうなことを受け、従来の北朝鮮に対する敵視戦略を中止し、北との関係強化を容認する新方針を打ち出した。韓国では「対米従属・北朝鮮敵視」の時代が終焉して「南北和解・非米化」の時代が始まっている。(関連記事) ▼朝鮮半島を不可逆的に非米化したいブッシュ政権 アメリカが北朝鮮の問題を解決したければ、中国中心の6者協議などという厄介な手法を採らず、最初から北朝鮮と直接2国間交渉すればいいとも考えられる。そのようにせず、あくまで中国を中心とする多国間で解決し、実績を作った6者会談が朝鮮問題解決後の東アジアの多国間安保体制に移行するというシナリオをとり続けるのが、隠れ多極主義者としてのブッシュ政権のやり方である。ブッシュの任期は09年1月までで、それ以降は誰が次期大統領になっても、今のような隠れ多極主義の戦略が終わりになる可能性がある。 来年の米大統領選挙で民主党の候補が勝った場合、その後のアメリカはブッシュの「隠れ多極主義」から、クリントン時代のような「米英中心主義」の方向に戻ろうとするだろう。米有力シンクタンクである外交問題評議会(CFR)のレポートによると、来年の大統領選の候補者のうち、民主党の候補者はおおむね「北朝鮮と直接交渉する」という方針を掲げている半面、共和党の候補者の多くは「北朝鮮とは直接交渉せず、中国に交渉を任せる」というブッシュ政権を踏襲する方針を採っている。 米民主党は、中国の台頭を容認しつつも、今のように中国とロシア、イスラム諸国などが反米の方向性で結束することは許さず、上手に中国とロシアなどを反目させるように仕向け、欧米(米英)中心主義の復活を目指しそうだ。だから、隠れ多極主義のブッシュ政権は、自分たちの任期中に、できるだけ世界の多極化を不可逆的に進めておきたいのだろう。ブッシュの任期中に6者協議の成功、朝鮮戦争の終戦と南北和平、在韓米軍の撤退が決まってしまえば、もはやアメリカは朝鮮半島の覇権を不可逆的に失い、東アジアは中国を中心として多極化する。 ▼台湾問題を使って日米安保維持を画策した日本 ブッシュ政権は早くから、世界的な「米軍再編」を推進しており、出先の地上軍を減らす代わりに、後方の空軍力を増強している。在韓米軍の撤収は、その一つである。在韓米軍を撤収する代わりに、米国領であるグアム島の軍事施設を拡張している。拡張が大規模なので、地元で反対運動が起きているが、米議会は「島民には反対する権限などない」と冷淡である。グアム島の基地拡張は、在日米軍の削減の代わりとなるものでもある。(関連記事その1、その2) 在日米軍の最大の存在意義は、朝鮮半島有事への備えである。朝鮮半島の緊張緩和は、在日米軍の存在意義を失わせる。6者協議の成功は、在日米軍の撤収、そして日米安保条約の事実上の終わりにつながる。 アメリカはすでに、沖縄の海兵隊のかなりの部分をグアム島に移転させ、日本の防衛庁を省に昇格させ、日本に独自防衛力を強化させている。日米は、ミサイル防衛システム(地対空迎撃ミサイル)の共同構築を急いでいる。これは建前上は「北朝鮮のミサイル脅威に対抗する」という目的になっているが、本当に北のミサイルが脅威なら、日米はミサイル問題を6者協議のテーマにしたがるはずだ。私が見るところ、迎撃ミサイル強化の実質的な理由は「日本が在日米軍撤退後の防衛力を懸念しているので」ということだ。(関連記事) (そもそも、アメリカ製の迎撃ミサイルの能力は疑わしい。防衛省の研究担当者は今春、東京の外国人特派員協会での記者会見で、ミサイル防衛システムの能力を問われ「実際にどの程度迎撃できるかということより、迎撃システムを持っていることで国民が安心できることが重要だ」という主旨の返答をしている。防衛省も、米の迎撃システムの能力は怪しいと知っているようだ)(関連記事) 日本政府はおそらく、6者協議が成功したら次は在韓米軍の撤退、在日米軍の撤退へと話が進むことを、以前から知っている。だからこそ、2005年の日米「2+2」会議(外相・防衛相会談)で、日本側の提案によって「台湾海峡有事」問題を、日米安保体制の要件に加えることにしたのだろう。目的に中台問題を追加しておけば、朝鮮半島の緊張が緩和した後も、日本はアメリカから日米安保条約を解消されることはないとの読みだろう。 しかしその後、台湾海峡有事について、日米は合同軍事戦略を何も立案していないことが分かったと報じられている。台湾問題は看板だけだった。さらに今年5月の日米2+2の会議後の共同声明では、台湾海峡という言葉自体が全く盛り込まれなかった。台湾問題を使って日米安保体制を何とか維持しようとした日本政府の画策は、静かにアメリカに潰されたようだ。(関連記事) ▼日米同盟維持のための拉致問題 日米同盟は、日本の外交政策の唯一絶対の要点であり、それが失われることは、少なくとも今の日本政府、特に外務省にとって破滅そのものである。それなのにアメリカは、6者協議を全力で進めたい構えだ。日本政府は、何とかして6者協議の進展を止めたい。しかし、正面切ってアメリカを批判すると「反米の日本はもう同盟国じゃない」と言い返されかねず、逆効果である。日本政府は、アメリカと対決する形をとらずに、6者協議の進展を阻止する必要がある。その戦略に使われているのが「拉致問題」である。 日本が「拉致問題が解決しない限り、北朝鮮は信用できないし、支援したくない」という姿勢をとり続けていると、6者協議は日本抜きに進展し、6者協議の成功後に作られる東アジアの集団安保体制の枠組みにも、日本は入らない状態になる。日本は孤立するが、アメリカとしては、親米の日本を見捨てるわけにもいかず、米韓同盟を切り捨て、台湾を見捨てても、日米同盟だけは維持し続けてくれるかもしれない。そのような展開を、日本政府は望んでいると思われる。 日本政府は「北朝鮮は信用できない」と言っているが、信用できない限り、北朝鮮が拉致問題について新たな情報を出してきても、日本は拒絶して終わる可能性が高く、解決不能である。日本政府が対米従属の維持を目的に、拉致問題を振りかざしているのだとすれば、永久に解決不能な方が好都合である。 拉致問題については、6月末に北朝鮮政府筋が、韓国や欧米のマスコミに「金正日は、北の国内関係機関に拉致問題の経緯について再度の徹底調査を命じ、日本との関係改善に意欲を見せている」という情報を流した。これは匿名情報だが、十分にあり得る話だ。6者協議において、日本以外の5カ国は今や、協議の進展を望んでいるから、アメリカや中国が金正日に「北朝鮮の方からも、拉致問題の解決に努力してほしい」と求めても不思議ではない。北朝鮮自身、拉致問題を解決すれば日本からの経済援助が入るので、うまく解決したいはずである。(関連記事) しかし、日本は北朝鮮からのメッセージを無視したようで、その後7月に入り、日朝双方の政府が互いを非難し合う展開になっている。日朝政府関係者が、どこかで拉致問題の解決に向けてひそかに話し合っているのなら、こんな非難合戦にはならない。安倍政権下での拉致問題の解決はなさそうだ。(関連記事その1、その2) アメリカは、拉致問題を口実にした日本政府の6者協議阻止戦略を知っている。今年4月に訪米した安倍首相に対し、ブッシュ政権は「日朝間の拉致問題の解決は、アメリカが北朝鮮をテロ支援国家の指定から解除する場合の必須条件ではない。拉致問題が解決されていなくても、アメリカは北朝鮮をテロ支援国家の指定から外すことがあり得る」と伝えている。(関連記事) 北朝鮮側が「日本だって朝鮮人を拉致した」と反論できるようにした、米議会による「従軍慰安婦問題」の決議に象徴されるように、今後、アメリカが「日本はずし」的な、日本の足をすくう行為を強める可能性がある。(関連記事) ▼次期大統領が民主党になったら 対米従属しかない日本は、しだいに立場が悪くなっているが、米の次期大統領が民主党になれば、救われる可能性もある。特に6者協議が成功に至る前にブッシュ政権の任期が終われば、日本には有利だ。今年5月、民主党系のシンクタンクSCISの研究者は「日米同盟の中に中国も取り込んで、米日中3極の協調関係を強化すべきだ」とする提案を発表している。(関連記事) 前回の記事で紹介したリチャード・ホルブルック(ヒラリー・クリントン候補の顧問)が米中の外交協調を主張しているのと合わせ、民主党は中国を取り込んだ上で、欧米中心の世界体制の復活を考えている。アメリカが中国を取り込む際、日本を無視しないで「日米中3極」にする戦略があり得る。(関連記事) ただし、この場合でも、日本が対米従属のみにこだわり、中国との積極的な関係改善に抵抗すると、ビル・クリントン大統領が1998年に訪中した際に日本に立ち寄らなかった時の「ジャパン・パッシング」が再現されることになる。アメリカにとっては今や、日本より中国の方が重要である。
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