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台頭する中国の内と外

2009年10月16日   田中 宇

 中国は「情報公開の少ない国」とよく言われる。中国は共産党という秘密結社的組織による独裁だから、秘密主義が基本姿勢、報道は宣伝であり、党中央は下部や外部の人々が党上層部の事情を詮索しようとすることを「知る権利の執行」ではなく「敵対行為」とみなす傾向を持つのは不思議ではない。FT紙は国慶節(建国記念日)を機に出した記事で、中国上層部の人事決定の秘密体質について書いている。 (Communist China at 60 Who really rules in the People's Republic

 しかし、中国とは対照的に情報公開が進んでいる米国や欧州についての本質は、情報公開があるがゆえに良く理解できる状況になっているかというと、全くそんなことはない。911以降に米国政府が採った戦略の中には自滅的で理解困難なものが多いが、米マスコミを読んでもその理由はわからない。マスコミは意図的に本質を外しているのではないかとも感じられる。EU統合の本質についても、欧米マスコミを読むだけでは理解が困難で、自分の頭で裏読みをすることが不可欠だ。

 私が米欧発の情報を10年以上読み込んで感じるのは、米欧の「情報公開」とは「政府に関する情報は公開が原則だが、一般国民や外国に知られたくない部分については、歪曲的な意味づけ(あざむき)、価値観や統計のとり方のごまかしを行い、本質が漏れにくいようにする」という戦略を含んでいることだ。人権侵害する独裁制の国を経済制裁する「善行」が、実は発展途上国に対する「支配・搾取」だということが一つの例だ。 (人権外交の終わり

 米欧で流通する膨大な情報を読み解くには「裏読み」が必要だが、当局の側は、政府やマスコミの情報歪曲を指摘する人を「陰謀論者」扱いして、一般国民が歪曲の指摘に耳を傾けないようにする防御策も持っている。欧州の支配層は、全部秘密にする戦略より、歪曲情報を発信して人を欺くやり方の方がすぐれていると昔から知っていたようだ。以前の記事に書いた「コロンブスはポルトガルのスパイで、スペイン王室にキューバをインドだと思わせ、侵略競争の中でスペインを抑止した」という説が、古い時代の例である。 (世界史解読(2)欧州の勃興

 欺きの情報戦略は、欧州(イスラム側を含めた地中海地域)のユダヤ的な諜報ネットワークの一つの伝統的な戦略でもあり、フランス革命後は、人々に「国民」という自覚を持たせてただ働きさせるプロパガンダ戦略(マスコミ運営)につながって欧米の国力増進に寄与し、洗練された戦略になった。

▼中国の情報操作はまだ「ちんぴら級」

 欧米の500年の筋金入りの欺き戦略に比べると、中国共産党の秘密主義は野暮で古くさく、立場が弱い。「情報公開しない政府は悪だ」と米欧から非難され、中国政府は情報発信の種類を増やしたりして対応しているが、その多くは本質的でない「化粧」であると欧米に見破られている。

 中国政府は昨年、米欧の金融情報系通信社が中国で事業することを許したが、最近になって「外国発の情報を中国で流すのはよいが、中国国内での取材は許さない」と発表し、米欧は怒ってWTOに提訴した。中国政府は、情報操作の力比べではまだ米欧にかなわないと思っている。 (China bans foreign financial news operations

 中国は国際台頭の準備として軍事力を急拡大している。米欧は、中国に対し「世界から脅威と思われたくなければ、軍事情報をもっと公開せよ」と圧力をかけている。中国政府は、10月1日の国慶節の北京での軍事パレードで、示威行為と情報公開をかねて、以前には公開していなかった50種類近くの新兵器をパレードに参加させ、国内外に見せた。

 しかし、パレードが行われた北京中心部の長安街の沿道の住宅や事務所の人々は、事前に当局から「パレード中はベランダに出るな。窓のブラインドを閉めろ。外部者を家に呼ぶな。凧上げも禁止」と厳しく命じられた。上から新兵器の写真などを撮られてはたまらないというわけだ。市民が沿道に近づくことも禁止された。 (China's military struts its stuff

 沿道の北京飯店に部屋をとり、禁止令を無視してこっそり国慶節リハーサルの写真撮影をしていた日本の共同通信の記者は、公安に見つかって暴行を受けた。中国当局から見れば、軍事機密を外国マスコミが撮影しようとしたのだから、中国に対する敵対行為であり、荒い対応は当然だ。だが、暴行は日本での中国嫌悪報道を増加させた。欧米の情報操作の洗練さと巨悪ぶりに比べると、中国政府の情報技能はまだまだ低く、すぐに手が出る粗暴なちんぴら級である。 (China's military struts its stuff) (姜瑜報道官、共同通信の記者が殴られた事件に談話発表

▼中国中枢の対立軸

 米国の中枢やその関係筋が発信する情報を多読して裏読みしてきた私には、中国中枢の寡黙な秘密主義よりも、米国の饒舌な欺瞞戦略の方が分析しやすい。今後、世界にとって中国の動きが重要になると、私の国際情勢分析は精度が落ちるかもしれない。とはいえ、中国情勢の本質は全く漏洩してこないわけでもない。

 最近では、9月中旬の共産党中央委員会総会(4中総会)で、胡錦涛主席の後継者と目される習近平が中央軍事委員会の委員に選ばれなかったことが、共産党中枢での権力闘争の存在を感じさせている。中国の最高権力者は、政府の国家主席、共産党の中央委員会の総書記、軍の共産党中央軍事委員会主席という、政府・党・軍の3つの最高職を兼務する必要がある。そして次期の最高権力者は、国家副主席、党中央軍事委員会副主席という、政府と軍の次席ポストを持ち、総書記を選出する母体である共産党の中央政治局常務委員会の委員であるのが従来の慣例だった。しかし習近平は、まだ中央軍事委員会に入れてもらっていない。

 この件が問題になったのは、今年7月5日に新疆ウイグル自治区のウルムチ市で起きた暴動事件の際だ。ウルムチ暴動は、胡錦涛がG8サミット参加のためイタリアに向けて出国した日の晩に起きた。中国政府は、最高指導者である胡錦涛が不在の中でウルムチ暴動に対応せねばならなかったが、軍に出動を命じることができるのは胡錦涛だけだった。胡錦涛が外国訪問で不在の際には、2番手で国家副主席の習近平が国事の執行を任されていたが、習近平は中央軍事委員会の委員ですらなかったので、軍に出動を命じる権限がなかった。党中央常務委員と中央軍事委員を兼務しているのは胡錦涛だけだった。胡錦涛は、G8サミット参加を途中退席し、急いで北京に帰国せざるを得なかった。 (◆ウイグルと漢族の板挟みになる中国政府

 先代の政権で江沢民が最高権力者だったときには、2番手で後継者だった胡錦涛は、中央軍事委員会副主席と国家副主席を兼務していた。だから江沢民が中南米を歴訪中の01年4月に海南島沖で米軍偵察機と中国戦闘機が接触し、米軍機が中国に不時着して乗組員が拘束される事件が起きたとき、胡錦涛は障害なく指揮をとることができた。しかし、今年のウルムチ事件への対応はスムーズでなかった。 (No question, Hu's in charge

 こうした経緯から、9月の4中総会では、習近平を中央軍事委員会の副主席に就任させると推測されていた。胡錦涛の任期は2012年までであり、後継者を決めて準備に入る必要があった。しかし実際には、習近平は中央軍事委員会に入れてもらえなかった。胡錦涛と習近平の関係が悪化し、習近平が胡錦涛の後継者ではなくなったのかとも思われたが、習近平は次期の中国政府を担う「第5世代」の中で最も昇進している状態は変わらず、後継者の変更は考えにくかった。 (China's leaders give little away to Xi Jinping

 この件について「共青団と太子党の対立が背景にある」という見方が出ている。胡錦涛は共産主義青年団(共青団)の出身だが、共青団の人脈は軍と強いつながりに欠けている。一方、習近平は、広東省で改革開放政策の基盤を作った古くからの党の高官である習仲勲の息子で、党の高官の同世代の子息たちとの人脈が強い「太子党」の一人である。古くからの党幹部の中には中国軍を築いた将軍が多く、太子党は軍と生まれながらの強い関係を持っている。

 胡錦涛が、後継者である習近平を早めに中央軍事委員会に入れてしまうと、習近平は、胡錦涛と軍とのつながりが薄いことを利用して、太子党の人脈を引き連れて軍を乗っ取りかねない。それを警戒して胡錦涛は、習近平をなかなか中央軍事委員会に入れたがらず、胡錦涛はもしかすると、あらかじめ決められていた政権担当期間が終わった2012年以降も中央軍事委員会の主席ポストを手放さず居座るかもしれないとの予測もある。先代の江沢民も、その前のトウ小平も、中央軍事委員会主席のポストだけは、なかなか下りなかった。 (Beijing's Secret Succession Battle

 中国の中枢に共青団と太子党の暗闘があるとしても、それは決定的なものではない。胡錦涛の後継者として、当初は共青団の後輩である李克強が有力だったが、その後は李克強よりも習近平の方が党中央常務委員会の中での序列が上になり、習近平が最有力の後継者となっている。もし中国中枢で共青団と太子党の暗闘が強いなら、胡錦涛は習近平ではなく李克強を後継者にしたはずだ。今後2012年にかけて、中国中枢の人事の動きが注目される。

▼米国の都合で早められた中国の台頭

 世界での中国の影響力(覇権)は今後ますます拡大するだろうから「中国の次の最高指導者が誰になるか、どんな人々が党中枢で力を持つかによって、世界の未来は変わる」という見方が、言論界で強くなるかもしれない。しかし、私はその見方はとらない。中国がここまで急速に台頭したのは、胡錦涛ら共産党幹部の世界戦略が見事だったからではない。トウ小平は「世界的な台頭を目指す前に、国内の安定と発展に十分な時間をかけろ」と言い残しており、江沢民や胡錦涛は、その遺言に沿って中国を運営してきた。 (多極化の進展と中国

 中国が急速に台頭したのは、中国自身の戦略の成果ではなく、米国の側が世界の多極化と、その一環として中国の台頭を望んだからである。軍産英イスラエル複合体が、クーデター的な911事件を契機として、冷戦型の世界体制を復活させる「テロ戦争」をやって米英中心体制の再強化を目論まなかったら、中国の台頭は、もっとなだらかなものになっていたはずだ。

 多極主義者がせっかく米ソ冷戦を終わらせて世界を多極化しようと思ったのに、米英中心主義者が911を誘発し、世界を冷戦型に引き戻そうとした。それで多極主義者は、テロ戦争に協力するふりをして過剰にやって失敗させる戦略をとり、イラクとアフガンの大失敗や金融大崩壊を起こし、世界の劇的な多極化と中国の急台頭を誘導した。中国中枢は、ドルや米国市場の崩壊を前にして「国内が安定するまでは国際台頭は目指さない」などと言っていられなくなり、発展途上諸国からの期待も受けて、途上諸国や新興諸国の先導役として急台頭せざるを得なくなった。

 胡錦涛は有能な指導者だが、彼がトップでなくても中国は台頭した。次の指導者が誰になっても、中国の台頭は止まらないだろう。今後、中国の台頭が止まるとしたら、それは中国の失策からではなく、英米中心主義が意外な復活を見せ、米英が中国を潰しにかかった場合である。しかし、今のところ英米中心主義が復活しそうな予兆はない。

【続く】



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