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近づく多極化の大団円

2009年9月19日   田中 宇

 9月17日、米オバマ大統領が、ポーランドとチェコに設置を予定していたミサイル防衛設備(地対空ミサイル基地)の計画を取り止めると発表した。この計画は前ブッシュ政権時代に決定され、表向き、イランが米国に向けて長距離ミサイルを発射した場合の迎撃設備とされていたが、東欧はイランから米国への弾道上に位置しておらず、実際にはロシアのミサイルを迎撃する設備と考えられ、ロシアから強い反対を受けていた。しかも、米国のミサイル防衛設備はまだ開発途上で、実験は度重なる失敗をしていた。 (White House to Scrap Bush's Approach to Missile Shield) (カナダもアメリカ離れ

 オバマがこの迎撃基地の計画を取り止める理由として発表したことも「敵はイラン」の建前に基づくもので「イランの脅威は、長距離ミサイルよりも中短距離ミサイルの方が大きいので、もっとイランに近いイスラエルとコーカサス(アゼルバイジャン)に迎撃設備を置いた方が良いと判断した」という理由だった。イスラエルへの迎撃ミサイルは、すでに配備されている。米政府は、欧州にもっと小規模な既存のミサイルを配備するとも発表している。 (New US anti-missile system in Israel, Azerbaijan to replace scrapped shield in E. Europe

 アゼルバイジャンの迎撃設備は、同国にあるロシアの基地に設置する構想だ。ロシア敵視は一気に弱められている。変更後の新計画の開始は2011年で、そもそも2年後に本当にアゼルバイジャンにイラン敵視の米軍迎撃ミサイルの配備計画が始まるかどうかも怪しい。ここ数年、アゼルバイジャンはイランと親密な関係にある。米国では、野党の共和党が「イランとロシアの両方を増長させてしまう愚策だ」と非難したが、オバマは「これは(前政権から留任した共和党寄りの)ゲイツ国防長官が決めたことだ」と言い返した。 (U.S. to scrap missile shield plan

 オバマ政権の計画変更は、以前から予測されていた。すでに8月27日にポーランドの新聞で報じられ「米国はもっとロシアに敵対的でない国に迎撃ミサイルを設置することにした」と解説された。今回のタイミングで発表されたのは、最近、イランの核問題への対応について米露で交渉があったからだろう。米国は、イラン問題でロシアの協力をとりつけるために、迎撃ミサイル基地問題で対露譲歩したというのが、米国の分析者の一般的な見方だ。 (Report: Obama Poised to Scrap Eastern Europe Missile Shield

 ロシア政府は、オバマがミサイル防衛で譲歩した後も、核問題でイランを制裁することには反対だと明確に表明している。プーチン首相は「米国は、次はロシアのWTO加盟を支持してくれ」とまで要求した。そのため米共和党は、オバマの譲歩は無駄だったと批判している。しかし実は、敵だったはずの国に無意味な譲歩を行うのは、ブッシュが北朝鮮に対して譲歩を重ねて以来の、米政府の超党派的なお家芸である。 (Putin calls for follow-up to missile U-turn

▼捨てられた東欧

 ミサイル防衛構想はレーガン政権時代から常に予算を大幅に上回る金食い虫であり、東欧2カ国への迎撃ミサイルの配備も、当初予定の8億ドルから、5倍の40億ドル以上へと大幅に増加していた。金融救済支出や今後の健康保険改革などで急速に財政赤字が増える米政府は、予算を切り詰めねばならない状況にある。これも計画変更の一因だろう。 (Real cost of US missile shield under question

 ロシアは9月6日から、アフガニスタンに武器や物資を運ぶ米軍が自国上空を通過することを許可しており、アフガンへの従来の補給路だったパキスタンが政情不安定になっていく中、米国はこの面でもロシアを敵視できなくなっている。この点も、今回のオバマの計画変更と関係ありそうだ。 (US-Russia Deal on Afghan Flights Takes Effect

 東欧は、地政学的にロシアとドイツという2つの強国にはさまれ、独露(第2次大戦後は米ソ)の都合で分割・蹂躙されたり、独露を敵対させようとする英国の謀略の駒として使われたりして、不運な歴史をたどってきた。冷戦終結後、東欧はポーランドを筆頭に、米国との関係を強化して独露からの自立を保とうとした。

 しかし、米国はブッシュ政権時代から、自立をめざす東欧諸国の親米姿勢を逆手にとって、ポーランド軍をイラク派兵させて苦労させたり、ミサイル防衛計画で米露対立を煽る駒として使ったりした挙げ句、最後に余力のなくなった米国は、今回のオバマの計画変更によって東欧を捨てた。今回の計画変更は、米国に対する東欧の期待感を根本から失わせるだろう。長期的にみて、東欧は再び独露からの板挟み状態に戻っていきそうだ。 (America and eastern Europe - End of an affair?

 ドイツでは間もなく総選挙があるが、ドイツの選挙でどちらが勝っても、その後のドイツはフランスとの関係親密化を加速させ、英国を除外するかたちでEU統合(政治・軍事統合)に拍車をかけると予測されている。独仏中心のEUは、ロシアと緊密な戦略関係を結びたがっている。東欧は、その大構想の中に入らざるを得ない。 (The return of Franco-German leadership By DOMINIQUE MOISI

 9月1日の第二次大戦開戦記念日の前後には、ロシアとポーランドの間で、大戦開戦の責任論をめぐって歴史解釈の論争が起きた。ポーランドは「独ソ不可侵条約が開戦を誘発した」とロシアを批判し、ロシアは「(英国に乗せられてドイツを挑発した)ポーランドの冒険主義が開戦の原因だ」とポーランドを批判した。米国では、戦後の英国による米国牛耳りを批判する「米国第一主義」の論客パット・ブキャナンが、ポーランドをけしかけてナチスドイツの侵攻を誘発した英国を批判した。英国の国際影響力が急速に落ちる中で、英国が隠蔽してきた解釈が論争のかたちをとって表れ、ポーランドの歴史的な業が露呈している。 (History Becomes a Battlefield as Putin Flies Into Poland) (Did Hitler Want War? by Patrick J. Buchanan

 オバマが今回のミサイル計画の変更を発表した9月17日は、第二次大戦初期の1939年、ソ連軍がロシア系住民を保護する名目でポーランドに突然侵攻し、独ソでポーランドを分割する行為を開始した記念日である。ポーランドにとって歴史的悲憤の日に、オバマはポーランドを見捨てた。米政府は、9月1日の大戦開戦日にポーランドで行われた記念式典にも高官を派遣せず、冷淡な態度をとっている(独露からは高官が参列した)。 (Obama Missile Plan Wins Russia Praise, No Iran Shift

(米政府は、未完成のミサイル防衛設備の代わりに従来型のパトリオット迎撃ミサイルをポーランドに配備する構想を明らかにしたが、財政難で軍事費の削減を余儀なくされる中、今後の米政府がパトリオットをポーランドに配備するとは考えにくく、口だけの空約束だろう)

▼ロシア敵視は隠れ多極主義

 ブッシュからオバマに至る米政府は、ロシアを敵視、威嚇して怒らせ、対露包囲網を作って冷戦を再現するかのような戦略を採った挙げ句、米国自身の覇権戦略の失敗の末にロシア敵視を維持できなくなって不器用な譲歩を繰り返し、ロシアに棚ぼた的な影響力の拡大を許している。米国は、中国やイラン、北朝鮮などに対しても、同種の敵対策とその後の譲歩、影響力拡大の容認を行っている。

 その一方で米国は、無二の同盟相手だったはずの英国や、米国に忠誠を誓って協力を申し出るポーランドやカナダなどを、イラクやアフガンの占領につき合わせ、ゲリラ戦の泥沼に引っ張り込んで苦況に陥らせ、同盟国が撤退せざるを得なくなると裏切り者呼ばわりして意地悪した。また米政府は、同盟相手のはずの日本を無視する一方、脅威であるはずの中国が自国にとってアジアの最重要国だと言い募っている。

 当然ながら、米国中心(英米中心)の世界体制は崩れ、NATOはアフガンの失敗で崩壊に向かい、中露などBRICが台頭し、G7はG20に代わり、世界の覇権構造は多極化している。米国のあまりにひどい失策の連続によって世界が多極化していく流れは、大統領がオバマになっても変わっていない。私は、米国は表向きは自国の単独覇権を維持拡大したいと言いつつ、実際には単独覇権を意図的に崩壊させ、世界の体制を多極化し、長期的な世界経済の成長を確保する「隠れ多極主義」の戦略を採っているのではないかと2005年ごろから考えてきた。この3年あまり、米国自身の重過失的な失策の積み重ねによって、米国覇権の崩壊は進行する一方で、隠れ多極主義の仮説は、現状を分析するのに適していると私には思える。

 隠れ多極主義の仮説に立つと、米国がミサイル防衛施設をポーランドなどに設置する計画を打ち出してロシアを怒らせるのは、ロシアの地域覇権を拡大してやるためであり、最終的に米国は東欧へのミサイル防衛施設の配備をやめてしまうだろうと、私は以前から考えてきた。昨年3月の「米露の接近、英の孤立」という記事で、そう書いた。昨年9月の「ミサイル防衛システムの茶番劇」では「ポーランドは歴史的に何度も経験した、大国に振り回された挙げ句に捨てられる悲劇を、再び味わうことになる」とも書いた。 (米露の接近、英の孤立) (ミサイル防衛システムの茶番劇

 米英の覇権が強く、ロシアが米英に立ち向かうことに躊躇していた状況がある限り、米国はロシアを挑発し、ロシアを奮起させ続ける。だが、米英覇権の崩壊が進み、代わりにロシアや中国やイランなどといった非米反米の諸国が、国連など国際社会の主流に出てくる主役交代の瞬間、多極化の瞬間が近づくと、米国はロシアを挑発し続ける必要がなくなり、東欧へのミサイル防衛計画も保持する必要がなくなって破棄される。私はそのように予測してきた。

 この私の分析に基づくなら、今回オバマが東欧へのミサイル配備を破棄したのは「多極化の瞬間」が近づいていることを意味している。マスコミが歪曲報道をするかもしれないので一般の人々が気づくかどうかはわからないが、世界の政治構造が劇的に転換する時が近づいている。

▼大国扱いされるイラン

 劇的な転換は、米露関係をめぐって起きるのではない。米露関係そのものは、脇役である。米国はグルジアを扇動してロシアと戦わせようとしている。ロシアはこの点で米国からの敵対策をまだ受けており、米露関係自体はあまり好転しない(米露は9月21日に核軍縮交渉を行う予定で、軍縮は進展しそうだが)。劇的な転換は、中東情勢、特にイランとイスラエルをめぐる話として起きている。 (US Sees Progress on Nuclear Arms Deal With Russia

 10月1日、トルコのおそらくイスタンブールで、イランと「国際社会」との、初めての本格的な交渉が開かれる。「国際社会」の出席国は、国連安保理常任理事国(米英仏露中)と、イランとの経済関係か深いドイツの合計6カ国だ。この会議は、イラン核問題のこれまでの会議とは質が異なっている。これまでは6カ国がイランに「核開発の中止」を要求する会議だったが、今回はイランが「中東の安定」「世界の核兵器の廃絶」などをめぐる提案を出し、イランと6カ国が対等な立場で話し合う。イランは、すでに世界的な大国として扱われている。 (Iran bullish ahead of nuclear talks

 しかも、この会議では「イランの核開発問題」は話し合われない。イランは自国の核開発がウラン濃縮度の低い発電用開発であると主張し続け、IAEA(国連の国際原子力機関)もそれを認めている。発電用の核開発は、日本や欧米諸国も行っており、IAEAが合法と認めている。イランは、自国の核開発は問題ないのだから話し合う必要はないと主張し、それが通っている。ロシアや中国は、イランが「中東の安定」について協力してくれるというだけで、会議を開く意義は十分にあると言っている。米国の右派論客の中にも同種の意見が存在する。 (Russia hints it will support Iran, not oil embargo) (China welcomes Iran's nuclear package) (Cohen: Talk With Iran

 米政府は、10月1日にイランとの会議しても「核問題」が解決されない場合、イランに対するガソリン輸出停止などの経済制裁を国連で決議すると言っているが、イラン制裁は中露が明確に反対しており、国連安保理で通らない。イランは、もう制裁されない。米国のイラン敵視は口だけである。

 10月1日の会議では、米国とイランとの直接交渉も予定されていたが、イランのモッタキ外相は最近、米国との直接交渉は行われないと言っている。つまり10月1日の会議は、北朝鮮をめぐる6カ国協議の形式に近い。会議を切り盛りするのは米国ではなく、ロシアとEU(独仏)であろう。すでにイランの無罪が確定しつつある「核問題」ではなく、イランやアフガニスタン、パレスチナといった「中東の安定」が中心議題となる。独仏英は、アフガンで米軍につき合って進軍し、ゲリラ戦の泥沼にはまってひどい目にあっているので、アフガンの隣国であるイランが協力してくれるのはうれしい。 (Mottaki: No direct Iran-US talks

 イランと「国際社会」との会議は「核兵器開発疑惑」から大きく離れてしまったかに見えるが、実は「核兵器」の話は大きな議題である。それは「中東から核兵器を廃絶する」という話だ。今回の会議を用意したのはIAEAだが、IAEAは最近「中東から核兵器を廃絶しよう」と決議した。現在の中東で核兵器を持っているのはイスラエルだけである。この決議には100カ国以上が賛成し、イスラエルと米国は棄権した。イスラエルは400発の核兵器を持ちながら、NPT(核拡散防止条約)に加盟せず、国連による原子炉の査察も拒んでいる。 (IAEA Members Agree on Call for Nuke-Free Mideast

 イスラエル政府は「イスラム諸国は欧米と違って信用できないので、今の中東では核廃絶するわけにはいかない」と表明した。最近は、国連の人権理事会でも「イスラエル軍はガザ侵攻時に戦争犯罪をおかした」とする報告書を発表しており、国連ではイランではなくイスラエルがすっかり悪者になっている。 (UN finds strong evidence of war crimes committed during the Gaza conflict

 この流れの中で開かれるイランと「国際社会」との会議では、イランが「国連がイスラエルを核査察して核兵器開発を廃棄させるべきだ。そうすれば中東から核兵器は廃絶される」と力説し、ロシアや中国は「まあそうですな」と言い、独仏は沈黙し、英国は聞こえないふりをし、米国はそっぽを向く、という展開が予測される。

(IAEAの事務局長は12月までエジプト人のエルバラダイで、任期末の彼は率先して「中東の核廃絶」の議案を進めているが、彼の後継者として決まっているのは日本人の外交官・天野之弥である。日本政府が自民党のままだったら、天野は英国MI6の代理人みたいな振る舞いをしただろうが、民主党政権になったので天野がエルバラダイの姿勢を踏襲する可能性が増している。イスラエルでは「日本の民主党政権はアラブ寄りになり、イスラエルに入植地撤退を要求してくるのではないか」との予測が出ている) (◆IAEA事務局長に日本人選出の意味) (What Japan's new era means for Israel

▼オバマが安保理議長をやる意味

 米国のオバマはイラン主導の反イスラエル的な展開を嫌悪するふりをして、実は協力している。今月末にニューヨークの国連本部で国連総会が開かれ、9月24日には安全保障理事会が開かれるが、この安保理ではオバマ自身が議長をつとめることが予定されている。安保理の議長は持ち回り制で今年は米国なのだが、通常なら大統領ではなく国連大使が議長を行う。だが今回の安保理は、中心的な議題が「世界の核兵器廃絶」であり、オバマは核廃絶にことのほか熱心なので、自分が安保理の議長をつとめることにしたという。米大統領が国連安保理の議長をつとめるのは、これが初めてである。 (Obama to seal US-UN2 relationship

 オバマは、自分が議長をつとめることで、ブッシュ前政権が国連を敵視・無視していた印象を世界的に払拭できると言っているが、オバマが扱う議題で真の標的になっているのは、IAEAの中東非核決議に表れているように、イスラエルである。オバマが安保理の議長をつとめる3日前には、米露の核軍縮交渉が行われ、米露が3分の1ずつ核兵器を廃絶する話が具体化に向けて一歩前進しそうだ。 (US proposes nuclear resolution at UN2

 英国も、他の大国がやるなら自国も核兵器を廃絶するといっている。米英露が核廃絶するなら、フランスと中国も反対できないだろう。5大国以外の核保有国は、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルであるが、印パは両国の和解を通じた核廃絶、北朝鮮には6カ国協議があり、最終的な成功は未確定だが、廃絶への枠組み自体は見えている。ここでも、残るはイスラエルだけになる。 (オバマの核軍縮

 イスラエルはどう出るのだろうか。最近、ネタニヤフ首相が安全保障担当の側近を連れて秘密裏にモスクワを訪問し、プーチン首相と会談した。そのことについては改めて書きたい。



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