急落する世界経済とG202009年4月3日 田中 宇4月2日にロンドンでG20金融サミットが開かれる直前、先進諸国(米欧日など)の経済機関であるOECDは、今年の先進諸国全体の経済成長率がマイナス4・3%の大不況になり、大半の先進諸国で失業率が10%に達するとの予測を発表した。世界経済の復活は、早くても来年になるという。 (OECD predicts 10% jobless rate) 発展途上国を含めた全世界の今年の経済成長率については、先月半ばにIMFが、0・5−1%のマイナス成長になると予測している。またWTOは、今年の世界の貿易総額は昨年より9%減ると予測し、保護主義の台頭を懸念する報告書を発表した。世界経済は、第二次大戦以来の大不況になることが、しだいに確実となっている。 (International bodies warn G20 leaders) G20サミットでは、主催国である英国が、財政出動や減税による景気対策の増額を参加各国に求め、その効果で世界経済の悪化を食い止めようとした。しかし、OECDは報告書の中で、これだけ経済の悪化が急激だと、世界の諸国は追加の財政出動や減税を行う余裕は少なく、景気対策増額による世界経済の回復は難しいと指摘した。 (G20 leaders get OECD warning that global trade is in freefall) 英国は米国を引っ張り込み、米英協調でG20参加各国に財政出動を求めたが、ドイツやフランスは、景気対策のために財政赤字を急拡大するのは危険だと反対した。独仏は、むしろヘッジファンドやタックスヘイブン(租税回避地)といった投機筋の資金源を絶つことを先にやるべきだと言って、米英と対立した。OECDの分析に基づくと、米英の策には無理があり、独仏の方がまっとうだ。 (G20 agreements begin to take shape at summit) しかし、1億玉砕的な対米従属を貫くわが日本は、麻生首相がFT紙のインタビューで、米英の財政出動急増策に反対するドイツを名指しで批判し「珍しく日本が意見を言った」と報じられた。頑張って意見を言ったのだろうが、それが対米従属の維持を目的とした「提灯持ち」でしかないところが悲しい。以前から、日本の首脳が国際社会で何か発言する時は、ほぼすべて対米従属強化の方向である。日本国にとって世界との関係は対米従属のみであり、それ以外の世界との関係は存在しない。 (Aso lays bare G20 split on downturn) G20サミットは全体として、世界的経済危機に対する処方箋を出すことができず「サミットはショーにすぎない。世界のエリートたちは、先行きに危機感を持っているものの、何をしたらいいかわからず、今後何が起きるかも予測がつかないようだ」と評されている。 (The G-20's summit of fear) ▼オバマは世界経済の主導役を降りる宣言 米国では3月後半、景気が底を打ちつつあるという経済「専門家」たちの予測が出回り、株価が上がった。だが、これは金融筋が個人投資家を騙すプロパガンダであるようだ。4月に入り、金融危機の元凶である米国の住宅市況は今年1月に前年比19%という暴落状態で、まだまだ底打ちは遠いことが明らかになった。マイアミやサンフランシスコでは、すでに住宅価格が半値になったが、まだ下落している。 (Has the Economy Hit Bottom Yet?) (Record Drop in January Index of Home Prices) 米国では、商業不動産の価格も下がり、ビルの空室率は戦後最悪だった1980年代の不況時に近くなっている。 (Commercial real estate loan defaults skyrocket) 自動車メーカーのGMとクライスラーの倒産も、時間の問題となってきた。米オバマ政権は3月30日、GMとクライスラーが申請していた救済融資の前提となる再建案を却下し、GMには経営者の交代と、60日以内に別の再建案を練るよう命じ、クライスラーには30日以内にイタリアのフィアット社との合併話を決めるよう求めた。 (Bankruptcy Is Now `More Probable,' New G.M. Chief Says) 米政府高官は「クライスラーは、消費者から高く評価される車種を一つも持っていないので、潰しても良いんだ」と、匿名で言いふらし始めている。GMは、再建策がうまく練れない場合は倒産の手続きに入ることを米財務省に申し入れた。GMやクライスラーが倒産すると、米国の失業率はますます上がり、不況感に拍車がかかる。 (White House to let Chrysler fail) (G.M. Willing to Consider Bankruptcy) まだ世の中には「米経済はいずれ回復し、再び世界を牽引する圧倒的な経済大国に戻る」と思っている人が多いだろうが、すでにオバマ大統領は「もはや米国が世界経済の唯一の牽引役である時代は終わった」と宣言している。 オバマはG20サミットの前夜、英ブラウン首相との共同記者会見の席上「米国は巨額の財政赤字を抱え、国民の貯蓄率も低いので、今後長いこと、赤字を減らす独力を続けねばならない」「米経済が今後回復するとしても、それは米国自身のために回復するのであって、世界から頼ってもらうために回復するのではない」「世界は、もはや米国を旺盛な消費市場だと思って頼ることはできない」という趣旨の発言を放った。 (U.S. signals new era for global economy) この件を報じた上記のMSNBCの記事は「オバマの宣言は、世界経済において米国が支配的な影響力を持たない新しい時代がきたことを示している」と書いている。これは私が以前から指摘してきた「世界経済の多極化」「消費地の多極化」を意味している。私がオバマを「隠れ多極主義者」の優れた役者であると思える点は、この多極化宣言を、米英中心主義を何とか維持したいと頑張っている英国のブラウン首相を隣に座らせた米英共同記者会見の席上で放ったことである。 (アメリカ経済の延命策の終わりとその後) ▼巨大なヘッジファンドと化す米国 米政府は、金融救済策についても成功しそうもない状態が進んでいる。PPPIPと呼ばれる米政府の新たな金融救済策は、大手ヘッジファンドなど数社の民間の機関投資家に、金融機関の不良債権の買い取りと運用を委託して、金融機関の不良債権を減らす政策だ。買った不良債権が値上がりすれば、ヘッジファンドなどの利益となるが、値下がりした場合の損失は米政府の損失、つまり米国民の損失となる。この政策は、米国を高リスクの巨大なヘッジファンドにしてしまうものだと批判されている。 (Geithner's Hedge Fund) 米政府から不良債権の買い取りを受託できるのは、すでに100億ドル以上の不良債権を買っている機関投資のみだ。米政府は、一昨年夏の金融危機の始まり以来、米国民の税金や、連銀が刷るドル(米国の国際信用が具現化したもの)を巨額に浪費し、一部の金融機関のみが儲かる非効率なやり方で、各種の「金融救済策」を行い、ほとんど失敗しているが、そのやり方がここでも繰り返されている。 (Treasury's Very Private Asset Fund) ブッシュとオバマという2政権の米政府がやっていることは、腐敗とか汚職とかいう範疇を越えた、米国を破産させ、世界の金融システムを崩壊させる行為である。政策の方向転換は行われず、途方もない自滅行為がどんどん進行し、拡大している。 (Bankrupting the world) 米国の金融当局である連銀、財務省、FDIC(いわゆる預金保険機構)などは、金融救済と景気対策の目的で、合計で12兆8000億ドルの資金利用枠を設定したと報じられている。このうち、実際に使われたのは4兆1700億ドルで、残りの8兆ドル以上は、これから金融危機が悪化していく際に使われることになる。資金枠のうち約8兆ドルは連銀の融資枠で、財政赤字増や米国民の税金投入による財務省の分の枠は3兆ドル弱と比較的少ない(そのうち2兆ドル弱がすでに使われた)。 (Financial Rescue Nears GDP as Pledges Top $12.8 Trillion) 現在12兆8000億ドルの米当局の救済資金枠は、つい3カ月前の昨年末には8兆7000億ドルだった。わずか3カ月で4兆ドルも増額している。そして、これだけの金を用意しても、金融危機の悪化に歯止めがかからない。単位が間違ってますよというお門違いな指摘をしてくる読者がいるので書いておくが、4兆円とか4億ドルではなく、4兆ドルである。金融の「専門家」たちが豪語するとおり、ドルは無限に刷れるのかもしれないが、金融危機対策に必要なお金も、無限にかかるのである。 (Bailout payout tops $8 trillion) 今後、米国金融危機の悪化は必至で、いずれ13兆ドル近い資金枠のすべてが使われていくだろう。その際、財務省の枠より連銀の枠の方がずっと大きいことは、財政赤字そのものの急増よりも、連銀によるドルの刷りすぎによる超インフレや、ドル刷りすぎを懸念する外国人(中国やアラブ)による米国債買い控えによる財政破綻が起きる可能性の方が大きいと考えられる。米国が延命できるかどうかの焦点は「ドルの健全性」に絞られていくことになる。ドルの発行額は、この5カ月間で4倍近く増えているとの指摘もある。 (Inflation Accidents can happen) 米連銀が先月後半、ドルの大量発行につながる量的緩和策を強化したことを受け、JPモルガン、モルガンスタンレー、シティといった米大手銀行は、ドルが下落する懸念が強まったとして、顧客の投資家たちに「ユーロを買え」と勧めている。連銀が量的緩和策をせざるを得なくなったのは、モルガンやシティがデリバティブをやりすぎて不良債権を抱えた結果であり、彼ら自身がドルの危険性を指摘するのは皮肉な話だ。 (Euro Currency of Choice as Fed Easing Devalues dollar) ▼覇権多極化を体現していくG20 すでに述べたように、オバマは、世界的な消費国としての米国の地位の低下を宣言したが、今後懸念される最大の米国の地位低下は「ドル」に関わるものだ。G20サミットに合わせ、中国とロシアは「ドルではなく、IMFのSDR(特別引き出し権)を世界の備蓄通貨にすべきだ」と提唱した。中国は最近、アルゼンチン、韓国、インドネシア、マレーシアなどの国々と、貿易決済にドルではなく相互の通貨を使う通貨スワップ協定を結び、ドル離れを実行し始めている。 (Argentine media hails Argentina-China currency swap deal) (China is just sabre-rattling over the dollar) ロシアのメドベージェフ大統領はG20サミットに合わせ「世界の各地域に地域通貨を作り、それらを加重平均したバスケットにするかたちで新たな世界の備蓄通貨を作るのがよい」「バスケットの中には金地金を含めても良い」と提案した。これは、以前からIMFやG7などで構想されていた、多極的な基軸通貨体制である。 (IMFが誘導するドルの軟着陸) メドベージェフは「これはドルやポンドを潰そうとする構想ではない。新体制の方が効率が良いので、そちらに移行すべきだということだ」と言っている。この言い方は、米英が金融的に自滅し、ドルが基軸通貨として使いものにならなくなっているので、通貨の多極化がやむを得ず必要になっている現状を表している。 (Medvedev Resurrects Idea of Replacing dollar as Reserve Currency) ロシア政府は、ドル崩壊を前提に、金本位制に戻ることすら提案している。実際のところ、ASEAN+3による「チェンマイ・イニシアチブ」のアジア通貨統合や、サウジを中心とするペルシャ湾岸アラブ諸国(GCC)の通貨統合などが進めば、地域通貨が国際基軸通貨になりうるが、ASEAN+3もGCCも、まだ対米従属の願望が強く、ドルから独立した地域通貨の創設までには時間がかかりそうだ。その一方で、ドルの崩壊は待ったなしに進みうるから、一時的な金本位制への回帰は、十分ありうる事態である。 (Russia backs return to Gold Standard to solve financial crisis) とはいえ、一筋縄ではいかないのが金地金の世界である。G20でIMFの金放出の話が出たことから、金相場はむしろ下落している。仏銀行のソシエテジェネラルは、不況で宝飾品の売れ行きが悪化し、年末までに金価格は2割下がるかもしれないと予測している。 (Gold price could fall 20% by end-year - SocGen) だが、ソシエテの予測も「ドル防衛」のための政治的な策略かもしれない。スイスの銀行UBSは「金は今後5年以内に1オンス2500ドルまで上がりうる」と予測している。金地金は古くから覇権を左右する富の源泉であり、それだけに金をめぐる言説は政治的、謀略的だ。「経済と政治は別物」「相場は需給で決まる」と思い込む傾向が強い戦後の日本人が軽々に投資する対象ではないかもしれない。 (UBS bullish on Gold price nearing $2,500 %%%) 今回のG20サミットは、大した成果も上がらずに終わるが、このサミットは昨年11月に米ワシントンDCで初回が行われた時すでに、サミットの成果発表では大したものは出てこない状況だった。 (転換期に入った世界経済) むしろ、米英の金融自滅やドルの崩壊が、数カ月ごとのG20サミットの開催と同時並行的に進むことで、毎回のサミットでは、世界の覇権が米英独占から多極的な新状況(いわゆる「新世界秩序」)へと転換していく状況を象徴する宣言がその都度行われ、覇権の多極化を定着させていく機能を果たしていくと考えられる。 田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |