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中国の台頭と日本の未来

2006年11月21日   田中 宇

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 かつて、アジア・アフリカなどの多くの発展途上国にとって、日本は発展のモデルだった。世界には、欧米文明以外の文明に立脚している国が多いが、日本が、日本的なものを残したまま、欧米の技術やノウハウを取り入れて発展に成功したことは、同様に富国強兵を目指す非欧米系の国々にとってお手本だった。

 たとえば、イスラム世界に属するトルコで、近代最初の指導者であるケマル・アタトゥルクが、日本を自国の近代化の手本として考えていたことは有名な話である。トルコの隣のイランでも、1950−70年代の権力者だったパーレビ国王は、自国を「第2の日本」にすることが夢だと語っていた。

 ところが今、アジア・アフリカの多くの途上国にとって、日本をしのぐ発展のお手本になりつつある国がある。それは、中国である。

 途上国の中には政治体制が不安定なため、独裁政治をやらざるを得ない国が多いが、独裁政治をやると、欧米諸国から経済制裁され、投資や貿易が制限される。欧米が好む経済運営をやらない国、欧米流の経済運営をやったが破綻した国は、IMFからも金を貸してもらえなくなる。これらの欧米に嫌われた国は、以前なら貧困に耐えるしかなかった。しかし最近では、中国がこれらの国々に金を貸し、貿易や投資もやってくれる。

 最近の中国は、巨額の貿易黒字を積み上げ、外貨は潤沢だから、外国に貸す金には困らない。世界の油田の多くは、反米的な政権の国にあるが、欧米がこれらの国の油田開発を渋っている間に、中国の石油会社が入り込んでいる。スーダンなどが好例だ。途上国の中には、冷戦時代に社会主義をやった国が多いが、中国は、社会主義から市場経済への転換のノウハウも持っている。日用品や繊維製品の製造技術も持っている。途上国は、欧米やIMFから嫌われても、中国との関係を強化すれば、もう欧米に土下座する必要はなくなりつつある。(関連記事

 中国が、欧米の規範や支配秩序を無視して、途上国との関係を強化しているのと対照的に、日本は、欧米中心の世界秩序を補強するという考え方の範囲内で、途上国への援助をやってきた。日本は、戦前は「欧米に追いつき、追い越す」ことを目標にしていたが、戦後は「忠実な欧米の一員として世界に貢献する」ことを国の目標にしている。欧米の言うことを聞かず、IMFが援助しなくなった国を、日本が援助し続けるわけにはいかない。

 欧米から敵視される国は、欧米の価値観から見れば「悪い国」だが、昨今のように、アメリカがイスラム教への敵視や単独覇権主義を振り回し、世界中に反欧米の意識が広がっている状況下では、欧米の価値観は、もはや必ずしも「善」ではない。多くの途上国にとって、欧米中心の世界秩序に貢献したいと考える日本のあり方は、魅力的でなくなっている。

 ブッシュ政権が頑固に続けている単独覇権主義や世界民主化の構想は、中国が途上国の中で影響力を拡大することに貢献してしまっている一方、日本が世界での影響力を縮小させてしまうことにつながっている。

▼中国に学ぶ「イスラム主義市場経済」

 日本は、対米従属が国是なので、アメリカから嫌われた国々とはつき合わず、疎遠になろうとする。イランのアザデガン油田の開発を事実上放棄したのが、良い例である。かつて中東随一の親日国として知られていたイランは、今では経済的にも政治的にも、中国との関係が強くなっている。

 イスラエルやアメリカが今後イランと戦争する可能性があるが、もしイランがイラクのようにボロボロにされずにすんだら、その後のイランは、中国式の経済発展をしていくだろう。中国が社会主義を基盤に市場経済を取り入れたのと同じように、イランはイスラム主義を基盤に市場経済を取り入れようとしている。イラン人(ペルシャ人)は、もともと中国人に負けない「商売の民族」だった。(関連記事

 中国は、国内のイスラム教徒であるウイグル人を弾圧しているので、イスラム世界から嫌われていると思う人もいるかもしれないが、それは違う。イスラム世界には、多民族国家が多い。スンニ派による、シーア派など少数派への弾圧もある。イスラム諸国は、欧米流の民主主義を実践することの難しさを理解しているため、中国政府が少数派に対して厳しい態度をとることには寛容である。(関連記事

 中国は11月初めには、アフリカ諸国の代表を北京に集め、初めての中国・アフリカサミットを開いた。従来アフリカは西欧諸国の「裏庭」であり、欧米の言うことを聞かない指導者を「人権侵害」などの名目で制裁し、間接的な植民地支配が続いてきた。中国は、その支配体系に風穴を開けている。(関連記事

 中国の石油会社は、アフリカ各地で石油や天然ガスの開発を請け負っているし、アンゴラなど、大昔にイギリスなどが敷いて、その後放棄された鉄道を、中国が作り直すケースも出てきている。(関連記事

 中国がアフリカに進出する目的は、石油やガスを入手するとともに、建設事業を受注し、日用品を売るためである。進出の目的は欧米諸国とほぼ同じで、中国製の日用品や衣料品が出回った結果、アフリカの地元の産業がすたれているという批判も出ている。かつて、イギリスがインドの綿織物職人を失業させたのと同じ構図である。しかし、中国は、欧米式の「人権」を振り回す巧妙な間接支配をやらないので、アフリカ諸国の指導者から好まれている。(関連記事その1その2

 北京で中国・アフリカサミットが開かれた直後、韓国でもアフリカ諸国を招待して韓国・アフリカフォーラムが開かれている。中国のアフリカ進出の尻馬に乗って、韓国もアフリカで儲けようと動いている。(関連記事

▼ミャンマー人になって商売する中国人

 このほか、中国は中南米にも積極的に進出している。中南米はこれまでアメリカの「裏庭」だったが、ブッシュ政権の強硬策が嫌われて中南米には反米的な左翼政権が次々とできており、アメリカと疎遠にする代わりに中国との関係を強化しようとする国が目立つようになっている。(関連記事

 中国は、ミャンマー、ラオス、パキスタン、中央アジア諸国、北朝鮮といった近隣諸国に対しても、経済支援を行い、道路やパイプラインの建設を進める一方、地下資源を買い、中国製品を売り込んでいる。(関連記事

 北朝鮮が中国式経済システムの一部になっているのではないかということは前回の記事に書いたが、同様のことはミャンマーとの間でも起きている。ミャンマーは欧米から経済制裁を受けているが、陸続きの中国からは、制裁に関係なく商品が流入し、ミャンマー北部の主要都市マンダレーでは、人口の4分の1が中国からの商人ら移民で、彼らは賄賂を払ってミャンマーの市民権を買い、ミャンマー人として経済活動をしているという。中国流の隠然とした影響力の実態を象徴する話である。(関連記事

▼中国の影響力は拡大し続けそう

 中国は経済・軍事・外交という、覇権を構成する3つの方面のいずれにおいても、世界的な力を拡大し、日本を凌駕しつつあり、欧米に追いつきつつある。最近では、中国はロシアと同盟関係を強化しており、欧米と中ロが覇を競う場面が増えている。

 今週、ベトナムにブッシュ大統領や安倍首相らアジア太平洋諸国の首脳が集まってAPEC会議が開かれたが、アジアではアメリカが含まれない上海協力機構(中ロが中心)や東アジアサミット(ASEAN+日中韓)の方が、APECより重要だという見方が出始めている。米議会で民主党が優勢になり、保護主義の貿易政策を強化しそうなので、アジアにとってアメリカの重要性は低下するという予測もある。(関連記事

 中国を仮想敵視するとともに対米従属の傾向が強くなった日本人にとって気になるのは、中国は今後も強くなり続けるのかどうか、中国と欧米との力のバランスは中国にとって有利になるのかどうか、ということだ。

 私が見るところでは、国際社会における中国の影響力や経済力は、今後も拡大し続ける可能性が高い。そう考えられるのは、欧米特にアメリカのブッシュ政権が、中国の覇権拡大を容認ないし誘発するような政策をやり続けているからである。

 ブッシュ政権は、独裁国や人権侵害国、大量破壊兵器開発国に対する制裁を強化、堅持しており、西欧もそのやり方におおむね従っているが、これは欧米の制裁を受けた国の窮地を救う名目で中国が入り込む傾向を強めるばかりである。

 これはアメリカの「失策」の結果と考えられないこともないが、私はむしろアメリカの中枢に、中国をテコ入れして「大国」になってもらおうと意図的に考えている人々(多極主義者)がいる結果であると考えている。アメリカのキッシンジャー元国務長官やロックフェラー家の人々は、中国の中枢の人々に頻繁にアドバイスを与えているし、ポールソン財務長官は、対中国投資で儲けているゴールドマンサックスの出身である。(関連記事

(多極化とは、先進国より経済発展の潜在力があって儲かる中国などの途上国を強化するという、資本の理論に基づいた戦略である)

▼日本もかつて覇権委譲を受けた

 かつて、19世紀にイギリスの覇権が陰り出したとき、イギリスは極東における覇権を日本に委譲した。イギリスは長州藩をテコ入れし、ロンドンに留学していた伊藤博文らに支援を約束し、伊藤らは明治維新を起こして権力者になった。明治の日本は、イギリスの制度を真似て作られ、天皇を国家元首にすることでヨーロッパの王室を真似た立憲君主制が作られた。

 その後、イギリスなど西欧の世界覇権は、第一次大戦の自滅的な破壊によって縮小したが、アジアにおいてその真空状態を埋めたのが、明治維新によって欧風・近代的に改造された日本だった。問題は、日本だけでなく、アメリカもイギリスから覇権を委譲されていたことで、アメリカは太平洋にも覇権を拡張していたため日本と衝突し、日本は第二次大戦に敗れ、アメリカに覇権を奪われた。

 その後はアメリカが世界最大の覇権国となったが、1970年代から覇権の陰りが始まったため、アメリカは「三極委員会」や「G5」などを作り、欧州と日本にも覇権を分散しようとした。欧州は冷戦後のEU統合によって覇権への道を歩み始めたが、日本は対米従属がうまく機能していたので覇権の委譲を断り、今日に至っている。日本に断られたアメリカは、代わりに中国に覇権を委譲する戦略に転じ、1978年の米中国交正常化後、中国ではトウ小平が改革開放政策を開始し、経済発展への道を歩み始めた。

 最近になって日本人は「中国に負けたくない」と思い始めているが、負けたくないのなら1970年代のアメリカからの覇権委譲を断るべきではなかった(当時の日本政府は、国民には何も知らせず、覇権拒否と対米従属の継続を決めたのだろうが)。

 実は日本ばかりでなく、中国もアメリカからの覇権の委譲を断り続けてきた。北朝鮮の6カ国協議で、中国は最初「会場係」としてのみ機能しようとしたことが、それを象徴している。アメリカが北朝鮮を解決不能な方向にどんどん押しやってしまうので、仕方なく中国は韓半島の覇権をとることにした。(関連記事

▼「衰退管理期」に入ったアメリカ

 アメリカは中国の覇権拡大を誘発してきたのと同様に、プーチンのロシアに対しても、覇権拡大を誘発してきた。プーチンが大統領になった当初、ロシアは「オリガルヒ」と呼ばれる親米の新興資本家たち(主にユダヤ人)に牛耳られていたが、その後プーチンがオリガルヒを1人ずつ退治していく際、アメリカは黙認し続けた。今やプーチンは、欧米系の石油会社を追い出して石油利権を国有化し、中国と同様、アフリカや中東などで影響力を拡大している。(関連記事

 アメリカは、インドに核技術を譲渡しようとしており、インドを中国に対抗できる親米勢力にしようとしているという見方もあるが、インドと中国は近年良い関係にあり、インドを強化しても、中国包囲網の形勢にはつながらない。逆に、インドを南アジアの覇権国にして、多極化を誘発していることにしかならない(インド自身は覇権拡大に消極的だが)。(関連記事

 その半面、アメリカ自身は、イラクで軍事の泥沼にはまり、議会が民主党優勢になってもイラクからの早期撤退はやりそうもない(先週は早期撤退しそうだったが、この一週間で民主党はブッシュに譲歩した)。イラク戦争は、アメリカにとって、覇権のひどい「浪費」である。イラクが大量破壊兵器を開発しているという開戦事由の「大義」がウソだったうえ、囚人虐待の暴露などでアメリカの威信は失墜し、戦費も急増に歯止めがかからない。(関連記事

 アメリカ経済は、ポールソンの財務省が企業会計の粉飾を大目に見る政策をとっているため企業の業績は良いが、この反動で一般市民の賃金はむしろ下がっており、消費を支えていた住宅バブルの崩壊も本格化しつつあるので、好況感は長続きせず、長期的には経済は悪化の方向である。今後数年内に、ドルの覇権も崩れる可能性が大きい。ニューヨークタイムスは最近「米経済は、あらゆる確度からみて失速しつつある」と指摘する記事を載せている。(関連記事その1その2

 全体的に見て、アメリカが弱くなり、中国やロシアが強くなる傾向は、今後も続きそうである。英ガーディアン紙は、最近ブッシュ政権内で強硬派が追い出されて「ベーカー委員会」など現実派が強くなったことの意味を「アメリカは自分の帝国の衰退を管理する時期に入った」と読み解く記事を最近出した。(関連記事

 日本のマスコミは、アメリカが抱える危機についてほとんど分析しないので、日本人の多くは私の分析に懐疑的だが、私自身は、欧米のメディアを毎日読んだ上で、多極化の傾向が強まっているとますます強く感じるようになっている。

▼非中国系の国として期待される日本

 世界が多極化していく中で、今後日本が採り得る選択肢はいくつかある。一つは「アメリカは覇権が縮小しても依然として世界の大国群の一つであり続けるだろうから、日本は従来どおり対米従属を続け、多極化は無視し、中国やロシアとはなるべくつき合わない」という、積極的にアメリカの従属国を続ける道がある。日本人には、中国やロシアは信用できないと思う気持ちが強いので、彼らとつき合うぐらいなら、アメリカとともに沈下していった方がましだという考え方が成り立ちうる。

 しかし今後、経済発展の中心はアメリカからアジアに移っていくと予測されるので、どこかの時点で、日本はアジアに対する独自外交を始めることが必要になる。そこで2番目の道が出てくる。

 2番目の道は、アメリカへの従属を制限し、独自のアジア外交を始めることである。戦後の日本は実質的な「外交」をほとんどやめて対米従属一本槍になっているが、これを戦前の自立した外交や覇権拡大をやっていた状態に戻すということである。

「戦前に戻る」といっても、また「侵略戦争」をするということではない。60年前には、侵略による領土拡張が覇権拡大の主な方法だったが、今は違う。中国のように、投資や貿易、援助といった経済関係を政治的に使い、友好的に影響力を拡大していくのが、今の覇権拡大のやり方である。戦後の日本は、世界中と投資や貿易の関係を持っているが、政治的な影響力拡大の意志は全く持っていないという、特異な状況だった。

 地政学的に考えた場合、日本が独自の外交をやって国際的な影響力を拡大するとしたら、まずロシアとの関係を改善し、極東やシベリアの開発に協力し、石油や天然ガスを得ることが必要である。また、韓国や中国と関係を強化し、北朝鮮の問題に対する今のような後ろ向きの対応をやめて中韓と協力し、その後の韓半島と中国東北3省の経済発展に参加することも必要になる。沖縄、台湾、フィリピン、東南アジアとの関係強化という「南」の方向もあるが、これは台湾と中国の関係の中で日本がどこに位置するかを考えねばならない。

(日本には、台湾の反中国の独立派を支援すべきだという意見が強い。だが、中国の台頭とアメリカの譲歩によって台湾独立派はどんどん弱くなっており、陳水扁政権は風前の灯火だ。今から日本が台湾独立派に協力してもうまく行かず、自滅行為になる。むしろ日本は、国民党側との関係を強化し始めた方が良い)

 東アジアと東南アジア諸国のほとんどは、中国人の影響を強く受けている。インドネシアやマレーシアのように経済を華人に握られているか、シンガポール、タイ、フィリピンなどのように中国系の政治家が影響力を持っている。朝鮮とモンゴルは分断され、半分は中国の影響下にある。

 そんなアジアの中で、日本は、中国系の閣僚がおらず、経済を華人に握られていないほとんど唯一の有力な国である。アジア諸国は、中国だけがアジアの覇権国である状態は「中国単独覇権体制」になるので嫌だと思っている。中国系ではない有力国として、日本の影響力の拡大は歓迎されるはずである。



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