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世界の変化に追いつくための解散総選挙

2005年8月10日   田中 宇

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 私が以前から感じていたことに「小泉首相の政治スタイルは、ブッシュ大統領を真似た部分がある」というのがある。

 いったん戦略の方向性を決めたら、それがうまくいかなくなって周囲から批判が相次いでも頑固に変えない、というのが両者の類似点の一つだ。また、人々が「なぜこんな方針を採るのか」と疑問に思っても理由を明らかにしない、もしくは本当の理由ではないと感じられる「別の説明」をし続ける点も似ている。

 たとえば小泉の靖国神社参拝は「個人の信仰」を表向きの理由としているが、中国が日本との関係を強化したいと接近してくるたびに参拝を実施したり意思表明したりしており、真の理由は日中関係を制御することであろう。

 ブッシュ大統領の場合、失敗が明白になっても「強制民主化」「先制攻撃」といった政策を変えない頑固さがある。イラクが大失敗しているのに、この政策を変えないのはなぜか、納得のいく説明もなされていない。

 日本の政治だけを見ている人は「小泉はもともと一匹狼の政治家で、誰にも本心を言わずに奇抜な戦略を思いつくのは、彼の個性から来るものだ」という説明をするかもしれない。だが日米関係の文脈をも重ねてみると、小泉がブッシュと同じ行動規範を採ることで、対米従属を国是としてきた日本が、激動期に入ったアメリカに何とかついていこうとしたのではないかと感じられる。

 911からイラク戦争にかけて、ブッシュ政権が前代未聞の単独覇権主義に傾いていくのと同期するように、小泉政権も独断性を増し、国会での答弁もぶっきらぼうな、タカ派的な傾向を強めた。

▼ブッシュの自滅戦略と小泉の自爆解散

 ここ数日の、小泉首相が郵政民営化法案を強硬に通そうとして衆議院が解散総選挙になった経緯は、ブッシュと政治スタイルが似ていると改めて感じさせる状況になっている。

 ブッシュは、イラクが泥沼化しても「自分に味方しない者は敵とみなす」という単独覇権主義を掲げ続けるという自滅的な戦略を採った結果、アメリカの国際的威信は落ち、世界は多極化に向かっている。

 小泉は、郵政民営化法案に対して自民党内からも再考を促す声が高まったにもかかわらず「法案に賛成しない者は敵とみなす」という強硬姿勢を続けるという自滅的な戦略を採った結果、参院で否決され、国会を解散せざるを得なくなった。反対派議員らはこの解散を「自爆テロ解散」と呼んでいるという。(関連記事

 9月11日の衆議院選挙で自民党が圧勝しない限り、小泉政権の続投はないが、その可能性は低い。民主党が公明党と連立して政権をとるか、もしくは自民党が勝っても僅差となる公算が大きく、小泉はその責任をとって首相を降りることになりそうだ。

 アジア・タイムスには「政治的自殺をはかった小泉」というタイトルの英文記事も出た。小泉が任期半ばで政権を失うのに対し、ブッシュは再選されたという違いはあるものの、強硬姿勢を貫いて自滅した小泉のやり方は、ブッシュとそっくりである。(関連記事

▼国家戦略行き詰まりの末の解散総選挙

 小泉がブッシュを真似た頑固な強硬策を展開した結果、政権を失いつつあることには、もう一歩深い意味がある。日本は、もはや従来のような対米従属一本槍の国家戦略を採ることが不可能になりつつあることを示している。

 ブッシュ政権の単独覇権主義は、わざわざ世界中に敵を増やす政策であり、必然的に、アメリカが自滅的に世界から撤退する結果を招いている。日本がそうしたアメリカの戦略に追随することは、自らを苦況に追い込むものであり、持続不能である。これは親米とか反米とかいう政治信条ではなく、それ以前の問題である。

 アメリカはもともと世界を多極化するために自滅的な単独覇権主義を続けているのではないかというのが従来からの私の見方でもあるが、この分析が正しいとしたら、小泉の対米徹底従属は、アメリカの真意を見誤ったものであり、最初から失敗が運命づけられていたことになる。

 今回の解散総選挙は、直接の原因である郵政民営化の問題だけが原因ではない。小泉首相の外交政策や、ブッシュを真似た政治スタイルが政界の内外から反発を受け、ここ数年日本が展開してきた国家戦略ではうまくいかないことが明らかになった末の解散である。日本の国家戦略を見直す必要がある時期に、政権交代の可能性をはらんだ総選挙が行われる。

 小泉政権には対米従属という方針があり、単独覇権主義のアメリカがいつか中国を懲らしめてくれるという分析があったのだろうが、情勢分析では、日本は間違っており、中国や韓国の方が正しかった。事態は逆に、米中関係が水面下でどんどん緊密になる方向にある。

 日本は国連の安保理常任理事国になるため、ドイツなどと4カ国連合を作っているが、中国は今年5月に日本との戦略対話の芽が消えた後、現状の日本が常任理事国就任になることには反対している。そして、先日アメリカの国連大使になったばかりのネオコンのジョン・ボルトンは、就任早々、中国側と話し合い、日本など4カ国連合の常任理事国就任には反対することを米中で申し合わせている。(関連記事

 中国の政権転覆を目論んでいたはずのボルトンが、中国と談合して日本の動きを阻んでいる。小泉首相や外務省が希求してきた「中国を仮想敵とする日米同盟」など、実はまぼろしにすぎなかったのである。

▼誰が政権をとっても国家戦略は転換される

 休会に入った6カ国協議でのアメリカの熱心さを見ると、日本人の多くが(大嫌いだと思わされるような報道に接しているので)大嫌いな北朝鮮とも、いずれ日本は国交を回復しなければならなくなると予測される。

 アメリカは賛同したが、北朝鮮の賛同が今一つ得られなかった中国案では、アメリカと北朝鮮、日本と北朝鮮はそれぞれ国交を正常化することが盛り込まれている。アメリカが北朝鮮と国交を正常化したら、たとえ日本の全国民が北朝鮮を嫌いでも、日本政府は北朝鮮と国交を正常化しなければならないだろう。さもないと、日本はアメリカと反米諸国の両方から、のけ者にされかねない。今回の6カ国協議では、日本はすでに半分のけ者にされていた。(関連記事

 こうした現状を見ると、対米従属のみを頼りにした小泉政権の戦略は明らかに破綻している。その意味では、日本は良い時期に政権交代の時期を迎えることになる。小泉が、あえて無理に郵政民営化法案を国会に通そうとしたのは、自らの国家戦略の失敗を認識し、法案が否決されて解散総選挙で政権交代につなげた方が、日本国のためになると判断したからかもしれない、などという推測も私の頭の中に浮かんだ。

 日本の政界が無能でなければ、次に政権に就く人々は、自民党であれ民主党であれ、中国や韓国、ロシアとの関係を強化し、首相の靖国参拝問題、東シナ海油田問題、竹島問題、拉致問題、北方領土問題などを解決の方向に持っていくよう、相手国と交渉すると予測される。アメリカとは引き続き「強い同盟関係」であると表明されるだろうが、日本の外交は対米従属一本槍を少しずつ脱し、多様化されていくと期待される。

 自民党の中枢には、安部晋三氏など、小泉以上に反中国(近隣国嫌い)と目される人もおり、そのような人が次期首相になる可能性もある。しかし、すでにこの路線は破綻していることが明確な以上、そうした人が首相になった場合でも、上手に方向転換していくはずである。

 洋の東西を問わず、優れた政治家は現実主義者であり、非現実的に自らの信条にこだわることはない。表向きは自らの信条にこだわり続けるふりをして、実は現実主義的な対応をするのが、巧妙な政治家である。

 8月8日に解散総選挙が決まった後、為替相場は円高ドル安となった。マスコミでは「解散総選挙というマイナス要因を消化した後、円が買われた」と説明されたが、これは陳腐な見方である。解散総選挙は、日本が政権交代によって、アメリカ(ドル)の一極支配体制のみを信奉する戦略から、アジア共通通貨など基軸通貨を多極化する動きに協力する戦略へと転換するのではないかという期待を生み、それが円買いドル売りにつながったと見るべきである。

▼近隣国との「戦後」を終わらせる必要

 世界は多極化する傾向を強め、東アジアにおいてもアメリカの覇権の力が弱まり、それと反比例して中国、ロシアなどの地域大国の力が増している。アメリカ一辺倒が不可能になる以上、日本は、中国、ロシア、韓国などの近隣諸国と戦略的な関係を強化していくことが必要になっている。

 日本にとって、周辺国との関係を強化するには「戦後」を終わらせる必要がある。戦後、中国や韓国、北朝鮮などのアジア諸国は、反日感情を民族主義、愛国主義の運動に転化し、それを使って国内を思想的に統一してきた。韓国が竹島(独島)の領有権を主張したり、中国当局が旧満州の集団埋葬所を「日本軍による虐殺の跡」と称し、学習用の見学対象に指定していることなどは、その例である。

 これに対し日本政府は、中国や韓国などの反日的な愛国教育の存在を無視ないし黙認し、いきすぎたプロパガンダ教育の是正を求めるということは一切行わない暗黙の方針をずっと採っていた。日本にとって、過去の行為に関する反論をしないことが、戦後の世界を生きるための処世術だったのだろう。「いさぎよく罪を認めた人は弁解しないのが良い」という日本的な価値観に基づいた方針である。日本側がこのような方針を採ってきた以上、中国や韓国の側が勝手に日本の過去を誇張して非難するのは自然な動きだった。

 1970年代後半から、アメリカが日本の覇権再拡大を認める方向に動いた後、首相の靖国神社参拝問題や、教科書問題、南京大虐殺問題などが出てきたが、日本側では中国や韓国の誇張を逆非難する動きは少なかった。むしろ、左翼が主流だった戦後日本の知識界では、中国のプロパガンダを積極的に信じる人が多かった。

 日本政府の対応は、一昨年あたりから微妙に変わった。首相の靖国参拝、教科書問題、竹島問題、尖閣諸島問題、東シナ海油田などに関し、日本側の主張をしだいに明確に言うようになり、マスコミを使った扇動が目立ち始めた。拉致問題を使い、マスコミに恫喝をかけるネオコン風の政治活動家も出現した。

(この日本政府の戦略は、中国や韓国が、世界の多極化に合わせた自分たちの「アメリカ抜きの東アジア共同体」に日本を参加させようとする動きを拒否するためのものだったと思われる)

▼「戦後問題」を終わらせるには順序が大事

 それまで黙っていた日本側が急に主張し始めたことに対し、中国や韓国の側は「日本が反動的な傾向を強めた」と感じ、反日感情を強めた。日本のマスコミでは、自国政府の微妙な戦略変更は報じられず、中国や韓国の側の反日運動だけが報じられた結果、日本の一般国民は中国や韓国に対する反感を強めることになった。

 本来、日本側が中韓との戦後問題を解決したいと考えるなら、急に声高な主張をするのではなく、政府間で望ましい両国関係について戦略対話を行い、中韓政府にプロパガンダを収束させてもらう必要があった。第二次大戦の敵同士だったドイツとロシアなどは、すでにその手の対話を行い「戦後」を終わらせている。

 中国は今年5月にジャカルタで行われた小泉・胡錦涛会談を、この戦略対話の皮切りとしたいと考えていたようだが、小泉は話に乗らず、失敗した。

 日本の世論の多くは「悪いのは偏見的な反日感情を持つ中国や韓国だ」と考えているようだが、私はそうは思わない。悪いのは、こうした「戦後」の間違った状態を解消するための順番を踏んだ国家間の対話をせず、むしろ戦後問題を終わらせることを難しくする「正しいことを言って何が悪い」という風潮を日本国内で作った小泉政権の方である。

 東アジア共同体への日本の協力を必要としている中国や韓国は、日本の政権が代わったら、再び戦略対話を申し入れる動きをとるだろう。選挙で誰が勝っても、日本の次政権はおそらくそれに乗るだろうから、今後は日本と近隣諸国との関係は改善されていくと予測される。今回の解散総選挙は、日本が世界の多極化の動きに追いつくための契機となるだろう、というのが私の見方である。



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