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ロンドンテロ:国際協調派のための911

2005年7月8日  田中 宇

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 7月7日、ロンドンで同時多発型のテロが起きた。2001年の911事件が、米ブッシュ政権による戦争政策に使われてしまって以来、大きなテロが起きるたびに、そのテロが持つ国際政治における「意味」や「意図」を深読みするようになったのは、私だけではないだろう。

 今回のロンドンのテロ事件には、今のところ、ブレア政権が意図的に発生を黙認したと思われるふしはない。イギリスの警察当局が、テロ発生直前に、ロンドンのイスラエル大使館にテロ発生を警告したという記事が出たが、イスラエル政府は「警報は、テロ直前ではなく、1発目のテロの直後に届いた」としており、この日ちょうどロンドンにイスラエルのネタニヤフ蔵相が講演のために滞在していたため、英当局が危険を知らせたのだとされている。「イスラエル」「ネタニヤフ」と聞くと「怪しい」と感じる人も多いかもしれないが、一応、イスラエル側の言い分は筋が通っている。(関連記事

 だが、911事件や、2004年3月11日にスペインのマドリードで起きた列車爆破テロ事件(311事件)など、アルカイダの犯行とされる過去の大事件の中には、当局が発生を黙認したか、関与していたとしか思えないものがある。アルカイダなる組織も、実態がまるで不明瞭なままである。911も311も「テロ事件」というより「テロを使った政治謀略事件」として分析した方が良いものである。(関連記事その1その2

 アフガン戦争の際には、米当局はパキスタンの懇願を受けたという理由で、アルカイダやタリバンの幹部の逃亡を容認したと指摘されている。(関連記事

 911は、アメリカをイスラム世界との戦争に突入させた。キリスト教(+ユダヤ教)世界と、イスラム世界との戦いは、1996年ごろから提唱されていたサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」の構図を現実化するものだった。911の直後には、一時的だが、ブッシュ大統領は「十字軍(中世に、エルサレム奪還のために侵攻した欧州のキリスト教軍)」という言葉も使っていた。

 911後のアメリカが採った「アルカイダに味方するものは、すべてアルカイダとみなす」「アメリカに対抗しようとする勢力は、すべて先制的に潰す」といった方針は、アメリカの敵をどんどん増やすことにつながり、最後には重要な同盟国だった西欧(独仏)までを敵に回す結果となった。

 世界に敵対と分裂をまき散らした911後のアメリカに比べると、今回のロンドンの同時多発テロに対するブレア政権のコメントは、逆方向だ。「すべての宗教のロンドン市民が標的にされた」「イギリスだけでなく、すべての国がテロの標的になりうるという点で、世界に対する挑戦だ」といった感じで、むしろこのテロをきっかけに、世界が結束してテロ対策に当たろうと呼びかける「国際協調派」の方向性を持つものになっている。

▼単独覇権派に乗っ取られたテロ戦争を立て直す

 国際協調派と米単独覇権派は、以前から対立していたが、911の後にも、あのテロ事件をどのような政策につなげるかという対立があった。国際協調派は「テロの原因は貧困にある。イスラム世界など発展途上国の貧困をなくす経済支援をすることが、長期的なテロ対策として有効だ」といった主張を展開していた。

 国際協調派が優勢だったとしたら、911後、アフガニスタンは戦争で破壊されず、逆に経済支援などが行われていたかもしれない。そうなっていたら「テロ戦争」は、かつての「冷戦」に代わる、世界を何十年にもわたって米英中心で結束させるための「世界の枠組み」として定着させることができたかもしれない。しかし実際には、テロ戦争はネオコンに乗っ取られ、アメリカをイラクの泥沼に引きずり込んだ。

 今回のロンドンのテロに対するブレア政権の主張は、911を機に当初アメリカの国際協調派が発動しようとした対応と似ている。911は単独覇権派を強化したが、今回のテロは国際協調派を強化しそうである。ロンドンのテロを機に、テロ戦争は立て直され「バージョンアップ」されるのかもしれない。

 テロの朝、ロンドンから数百キロ北のグレンイーグルズで始まったG8サミットにも、ブレアが世界を国際協調派の方向でまとめようとするテーマが設定されていた。アフリカなど最貧国の債務帳消しと、地球温暖化対策である。

 これらの問題に対応するには、先進国と途上国が結束し、国連など国際機関の予算を増やし、機能を強化することが必要である。911後にブッシュ政権が国連など国際機関をないがしろにして弱体化させたのを、ブレアが元に戻そうとしている感がある。新しい国際問題を提示することにより、イラク戦争など、泥沼化した以前の国際問題から目をそらすこともできる。

 以前の記事に書いたように、もともと国際機関や国際社会は、イギリスが作ったものなので、それを守ることは、イギリスの国益になるのだと思われる。(関連記事

▼中国の台頭を是認するブレアの協調主義

 グレンイーグルズのサミット会場では、テレビカメラの前で、テロに対する声明を発表するブレアを中心にG8に参加した各国首脳が横2列に並び、全員でテロに反対する姿勢を見せた。

 この映像で興味深かったのは、ブレアの向かって右側に、ブッシュ大統領、中国の胡錦涛主席、ドイツのシュレーダー首相が並び、左側にはフランスのシラク大統領、ターバンを巻いたインドのシン首相、ロシアのプーチン大統領という順番で並んでいたことである。

 今回のG8会議は、同時に「G8+5」という非公式会合でもある。英米仏独伊加日露の8カ国のほかに、中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカの5つの発展途上大国の首脳が呼ばれていた。(関連記事

 そのためテロ反対の写真撮影に、胡錦涛やシンが混じっていた。並び順は偶然だったのかもしれないし「全人類がテロに反対している」という雰囲気が醸し出すために、黄色人種やターバン姿の人に前列に立ってもらったという見方もあり得るが、有色人種というなら、小泉首相はプーチン大統領の後ろで目立たず、南アフリカのムベキ大統領も後列だった。

 私が感じたのは、前列に並んでいる人々の国々、つまり英米のアングロサクソン連合と、独仏の欧州連合、中国・ロシア・インドのユーラシア連合の3つの大国連合が、世界の指導者中の指導者である、ということを示唆しているのではないか、ということだった。

 911後のアメリカは、中国とロシアを敵視する傾向があったが、今後「第2テロ戦争」があるとしたら、それは中国とロシアも味方に入れ、全世界が結束するための「見えない仮想敵」として「アルカイダ」という実体不明のテロ組織が設定される、ということではないか。これぞ、本来は911で米の協調派がやりたかったテロ戦争だったのではないか、と感じた。

 胡錦涛とプーチンは、グレンイーグルズに来る前日、中央アジアのカザフスタンで、ユーラシア連合の一部である「上海協力機構」(中露と中央アジア諸国の集まり)の会議で「アメリカは、アフガン戦争を理由に中央アジア諸国に作った軍事基地を早く撤去せよ(撤退期限を示せ)」と決議したばかりである。(関連記事

 ブッシュが、自分に喧嘩を売った胡錦涛のとなりに並び、会議でもこの件に関して中国とロシアに文句を言わなかったことは、アメリカがイラクの泥沼化とともに、何も言わずに単独覇権主義を引っ込めたことを感じさせる。そしてその代わりに出てきたのが、ブレア中心の国際協調主義である。

▼日本は方向転換を迫られるかも

 中国・ロシア・インドが入っているということは、ブレアの国際協調主義が、多極主義的な色彩を持っていることを表している。国際協調主義には2種類ある。一つは海洋国家と大陸国家は相容れないという「地政学」の考え方に基づき、英米・独仏・日本といった海洋国家連合が、中国・ロシアなどの大陸国家群を封じ込めるという「冷戦型」の国際協調主義である。

 もう一つは、大陸国家群とも協調し、世界中の諸大国が均衡的に並び立つことでバランスさせようとする、国連安保理の5つの常任理事国を設定した時に使われた「国連型」の多極主義的な国際協調主義である。

 今後、米英が後者の方向に世界を誘導していくのだとすれば、困る国の一つは日本である。日本の上層部は戦後一貫して、アメリカを中心とした冷戦型の協調主義体制が持続することを望んできた。小泉さんの靖国神社訪問も、中国・韓国との対立も、日米英は中露と対立する、という冷戦型の枠組みがあればこそ、戦略として生きてくる。

 イギリスが多極主義的な世界体制を誘導し、アメリカもそれを黙認し、米英連合、独仏連合、中露印連合、という大国諸連合が世界の枠組みになると、日本は入るところがなくなり、孤立してしまう。

 中国としては、露印との連合とは別に、日本・韓国などと「東アジア共同体」を作ることを目指し、日本との戦略対話を進めたがっていた時期もあったが、中国側の条件だった小泉首相の靖国参拝停止が拒否されたため、今年5月の呉儀中国副首相の小泉会談キャンセル事件を機に、動きは止まっている。(関連記事

 今後、英米が、中露印のユーラシア連合の強大化を黙認する姿勢を続けた場合、日本はどこかの時点で、冷戦型の国際協調体制の再来を待つ姿勢を止めざるを得なくなる。その場合、日本は孤立するわけにはいかないので、政権交代などを通じて方向転換して、中国や韓国との東アジア共同体を強化していかざるを得なくなるかもしれない。

 日本では、冷戦型世界の枠組み持続を前提とした小泉政権の外交政策(靖国参拝など)を支援するためなのか、マスコミが総出で反中国・反韓国の傾向を煽る報道を続けており、多くの日本人の思考がそれに影響されている。だが、日本の外交政策の大前提となっている世界の枠組み自体が変化したことが確認され、新事態に対応しなければならなくなったら、このプロパガンダ戦略は静かに消え、別の逆方向のプロパガンダ戦略にすり替わるのかもしれない。



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