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ネオコン戦略の復活

2005年2月16日   田中 宇

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 アメリカでは2期目のブッシュ政権のスタートとともに、ネオコンの戦略が一気に復活した感がある。1月20日にブッシュがおこなった大統領就任演説では「全世界を民主化しない限り、アメリカの安全は確保できない」という趣旨のことが盛り込まれていた。これは1期目のブッシュ政権が打ち出した「中東を強制的に民主化する」「悪の枢軸を倒さないとアメリカは安全にならない」といった考え方を拡大したものである。

 ブッシュの就任演説にはネタ本があった。イスラエルの閣僚であるナタン・シャランスキーが書いた「民主主義論:圧政とテロに打ち勝つ自由の力」(The Case for Democracy: The Power of Freedom to Overcome Tyranny and Terror)という本である。シャランスキーは旧ソ連で生まれ育ったユダヤ人で、1970年代に反体制知識人でユダヤ人のサハロフ博士のもとで働いて反体制活動家となり、ソ連崩壊後にイスラエルに移住して政治家となり、リクード右派の論客となった人物である。(関連記事

 シャランスキーは著書で、世界のあらゆる国を民主化することが世界平和につながるという主張を展開している。ブッシュはこの考えに感銘を受け、昨年11月にシャランスキーをホワイトハウスに招いて考え方を聞き、いろいろな人に会うたびに「シャランスキーの本を読みなさい」と勧めていた。

 就任演説では、シャランスキーの本のキーワードである「フリーダム」「リバティ」「圧政(ティラニー)」といった単語が何回も繰り返された。演説の中でマスコミに多く引用された「わが国の自由を守るためには、他国の自由を実現しなければならない」というくだりは、そっくりシャランスキーの本から取ってきたものである。(関連記事

 シャランスキーの考え方をブッシュに勧めたのは、ネオコンの一人で1980年代からシャランスキーの弟子だったエリオット・アブラムスで、彼はブッシュ政権が2期目に入った後、国家安全保障会議のメンバーから、国家安全保障担当の大統領副補佐官へと昇格している。(関連記事

 ブッシュ政権がイラク占領を泥沼化させ、世界に対する強硬姿勢も変えないため、アメリカの軍事力や外交力が無駄に消耗していると考える人々が、アメリカ共和党内部で増えている。このため、昨年の大統領選挙の期間中は、ブッシュ側近の中で強硬派を構成するネオコン軍団は影を潜めていた。

 だが、2期目のスタートともに、ネオコンが掲げていた「世界強制民主化」の戦略をブッシュがはっきり再び表明したことから考えると、ネオコンが一時的に影を潜めたのは、共和党内で高まった「ネオコンを外せ」という主張をかわすための作戦だったようだ。ネオコンの評論家として有名なロバート・キーガンは、ブッシュの就任演説を「これぞ真のネオコン(新保守主義)だ」と絶賛した。(関連記事

▼中国やロシアをも敵視する新戦略?

 ネオコンの台頭を抑えたい現実主義者(中道派)は「就任演説におけるブッシュの発言は理想を述べただけであって、具体的に世界を強制的に民主化するための新たな戦略を開始するわけではない」と説明し、就任演説を聞いて世界に広がった懸念を打ち消そうとした。中道派として知られるパパブッシュは、息子の就任演説に対するコメントとして「演説を深読みしてはいけない」と述べている。(関連記事

 だが、就任演説の2日前に行われた、コンドリーサ・ライス国務長官の就任をめぐる議会上院の公聴会でのライスの発言と、2月2日にブッシュ大統領が行った今年の政策を発表する「年頭教書演説」という、2期目のブッシュ政権の方針を説明したと考えられる2つの発表には、いずれも「世界民主化」の方針が盛り込まれている。これだけ繰り返されると「世界民主化」は、単なる理想論とは考えにくい。

 ライスは上院の公聴会で、イラン、北朝鮮のほか、キューバ、ミャンマー(ビルマ)、ベラルーシ、ジンバブエの6カ国の名前を挙げて「圧政国家」(outposts of tyranny)という呼び名でくくり、これらの国々で人々が圧政に苦しんでいることが問題だと述べた。(関連記事

 ライスが名前を挙げた6カ国のうち、ミャンマーは人権問題で欧米から制裁されている分、中国との関係が強い。アメリカがミャンマーの政権を転覆しようと試みることは、中国に対する敵対行為となる。同様にベラルーシは旧ソ連の中で最もロシアと親密な国で、ベラルーシの政権転覆は、ロシアへの敵視と表裏一体となっている。(関連記事

 キューバは、ブラジルやベネズエラといった中南米の「非米同盟」諸国が関係を強化しており、アメリカがキューバの政権転覆を試みると、中南米の反米意識を煽ることになる。ブッシュ政権が掲げる「世界民主化」は中国、ロシア、ブラジルといったアメリカに対抗して勃興しつつある大国群との対立を激化させる内容になっている。

 2月2日の年頭教書演説では、ブッシュはイランを「主要なテロ支援国家」と呼び、イラン国民に対して「われわれが支援してあげるから、内側からの政権転覆をしなさい」と呼びかけている。(関連記事

 タカ派の新聞であるウォールストリート・ジャーナルには、ブッシュの就任演説を「理想論」として片付けようとする中道派に対抗するかのように「大統領就任演説は現実主義の政治の終焉を意味する」と宣言する分析記事を載せた。(関連記事

▼イラン侵攻の準備が進行中?

 ブッシュ政権が2期目に入るとともに出てきたこれらの「世界民主化」の方針表明の断片をつなげると、アメリカはイラクに続いてイランの政権を転覆させ、その後さらに北朝鮮やその他の圧政国家の政権転覆を試みる、というシナリオが見えてくる。すでに、イラン国内で米軍の特殊部隊が活動していることや、一昨年のイラク侵攻後、アメリカの無人偵察機がイラン上空を侵犯して偵察飛行していることが確認されている。(関連記事

 アメリカはイラク占領で兵力を消耗してしまっているが、これを補ってイラン侵攻など「世界民主化」の続きを実現できるよう、毎年2万5千人ずつ米軍の総兵力数を増強すべきだという主張も、ネオコンの組織「アメリカ新世紀のためのプロジェクト」(PNAC)から出されている。(関連記事

(イラクに送られたら死と隣り合わせの苦しい軍隊生活を送らねばならないので、最近は米軍の新兵募集は予定数を3割も下回った人数しか集められなくなっている。PNACの主張を実現するためには、徴兵制の施行が必要になる)(関連記事

 アメリカがイランに侵攻するとしたら、その名目はイランの核兵器開発疑惑だろうが、以前の記事に書いたように、アメリカはイランが核兵器を開発していることを示す決定的な証拠を持っていない。イラク侵攻に際してアメリカは「フセインが大量破壊兵器を開発しているという決定的な証拠を持っている」とウソをついたが、これと同じウソに基づく侵攻がイランに対して繰り返されるかもしれない。(関連記事

▼イラン侵攻はない?

 とはいうものの現実的には、ブッシュ政権の「世界民主化」や、その一部としてのイラン侵攻などが成功するとはとても思えない。イラクと同じやり方でイランに侵攻したら、イラクと同じような経緯で失敗し、アメリカはイラクだけでなくイランでも占領失敗の泥沼にはまることになる。

 ブッシュは就任演説で「世界民主化」の意義深さを得々と語ったが、世界民主化作戦の第1弾として行われたイラク侵攻が大失敗し、イラク人の大半がアメリカを憎む状況になっていることについて、ひとことも触れなかった。第1弾のイラクが失敗したのに、その教訓を全く踏まえずに第2弾のイランに進撃するのは、あまりに馬鹿げた戦略である。(関連記事

(マスコミの報道のみに接している読者の中には、1月30日に行われたイラクの選挙を見て「イラク占領は成功しつつあるのではないか」と考える人もいるかもしれない。だが、あの選挙はイラクの安定化にはつながらず、あまり意味がない。少数派のスンニ派やクルド人を政権内にどう取り込むかという国家体制の重要点については、選挙ではなく各派の指導者間の交渉で行わねばならない。イラクのような多民族国家の体制を選挙だけで決めようとすると、少数派が抵抗し、内戦を誘発してしまう)

 またイラクの現状を見ると、米軍が新たにイランに侵攻することはとてもできないと感じられる。米当局は「イラク人の兵士や警察官を募集・訓練してイラクの治安維持を担わせて米軍と交代させ、米軍はしだいにイラクから撤兵する」というシナリオを描いたが破綻している。訓練を実施してもゲリラに脅されてみんな逃げてしまい、これまで5万人の兵士と13万人の警察官を訓練したのに、実際に治安維持の現場に派遣して役に立つ人材は5千人しかいないと概算されている。(関連記事

 このような状況なので、イラクの米軍司令官は「イランに対する攻撃は、早くても2006年までは無理だ」と述べている。(関連記事

 アメリカがイスラエルを使ってイランを空爆させるという説もあるが、イスラエルはアラブ側との和平交渉を開始し、戦争ではなく外交を重視する時期に入ったため、イランを攻撃する可能性は低い。

 ニューヨークタイムスのコラムニスト、トーマス・フリードマンは「ヨーロッパの人々はブッシュがイランを侵攻すると予測しているが、これは間違いだ。もうブッシュ政権はどこにも侵攻しない。アメリカにはイラクでの任務を終えることができるだけの兵力もないし、軍事費も足りない」と書いている。ブッシュの「世界民主化作戦」は見せ掛けだけのようだ。(関連記事

▼アメリカから距離を置くイスラエル

 アメリカがイランに侵攻できないにもかかわらず、ブッシュはなぜ、できもしない大言壮語をするのだろうか。ブッシュが不可能な「世界民主化作戦」にこだわり続けるので、世界のあちこちで、アメリカを見限ってアメリカ抜きで世界の運営を始めてしまう「非米同盟」的な多極化の動きが強まっている。

 以前から私は「ネオコンは、アメリカの単独覇権主義を推進するふりをして、実は世界を多極化しようとする勢力の隠れた別働隊なのではないか。だからイラク戦争で故意に失敗しても政権から追放されないのではないか」と疑っているのだが、その疑いはますます強くなっている。(関連記事

 ブッシュとイスラエルとの関係も親密ではないことが分かってきた。ブッシュは、イスラエルのシャランスキーに感化されて世界民主化作戦を打ち出したことは冒頭に書いたが、シャランスキーは、イスラエルのシャロン首相が開始しているガザからの撤退に強く反対している。「ブッシュ政権はイスラエルに牛耳られている」といった見方がよくなされるが、ブッシュが応援しているのは、シャロン政権ではなく、今やシャロンの敵になっているシャランスキーら撤退反対の少数の過激派(リクード右派)である。(関連記事

 イスラエルの与党リクードの中心はシャロンやネタニヤフで、いずれもかつてはネオコンと非常に親しい右派だったはずだが、今やシャロンはパレスチナ側との和平交渉を再開するに当たって仲介者としてアメリカよりエジプトを信頼し、ブッシュ政権のタカ派姿勢を迷惑だと感じている。ネタニヤフも日和見に転じている。もはやシャロンやネタニヤフは、ブッシュやネオコンを敬遠している。(関連記事その1その2

 それはおそらく、イスラム過激派との敵対を扇動するブッシュ政権との結託を続けると、イスラエルが世界から憎まれる傾向が増し、最後にはイスラエルが破綻してしまうからだろう。シャロンは米のイラク侵攻直前の2002年末、突然ガザからの一方的な撤退を行う政策を開始したが、これはネオコンが米軍をイラク占領の泥沼に陥らせるつもりなのを見て、独自にパレスチナ問題を解決してイスラエルを安定させる必要性を痛感したからだと考えられる。

 シャロンとネタニヤフはアメリカに太いパイプを持ち、ブッシュ政権の中枢で何が起きているか把握してきただけに、ネオコンの「世界民主化」の主張が実はアメリカを自滅させる作戦であることに途中から気づいたのだろう。

 ブッシュの「世界民主化」宣言を機に、世界のあちこちで多極化が始まっている現状については、次回に説明する。

【続く】



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