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台湾を見捨てるアメリカ

2004年11月2日   田中 宇

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 10月24−25日に中国を訪問したアメリカのパウエル国務長官が「台湾と中国は平和的に統一すべきだ」「台湾は主権国家ではない」という発言を北京で行った。これは台中問題に対するアメリカの方針転換であると受け取られ、台湾の政府や政財界を動揺させている。(関連記事

 パウエル発言に対する台湾側の反応で最も正鵠をうがっていると思えるのは、野党親民党の党首である宋楚瑜のコメントだ。宋楚瑜は、パウエルの発言は4つの点で従来のアメリカの政策を大きく変えたと見ている。1点目は、従来アメリカは台中間の仲介役をしないと言っていたが、パウエルはアメリカが積極的に仲裁役をすると言っている。2点目は、従来アメリカは台中関係の「現状維持」を望んでいたが、パウエルは台中の「平和統一」を望んでいる。統一とは、台湾が中国の一部になってしまうことである。(関連記事

 3つ目は、従来のアメリカは台中問題について「戦略的曖昧さ」を立場としていたが、今では「戦略的にはっきり言う」方針をとり、台湾の独立にはっきり反対を表明するようになった。4つ目は、アメリカはこれまで台湾が「独立した主権国家ではない」と公式に言ったことはなかったが、パウエルは今回台湾の国家主権を公式に否定した。宋楚瑜はこの4点の変化は、ブッシュとケリーのどちらが大統領になっても継承されるだろうと予測し、これは台湾の外交史上最大の危機であり、陳水扁政権は問題を曖昧化せず危機であることをはっきり認め、対策を採るべきだと主張した。

 陳水扁政権は、駐米代表(大使)の李大維が国務省の東アジア担当の次官補に真意をただし、アメリカ側が中国との国交正常化後も台湾に武器を売り続けることなどを約束した1982年の「6つの保障」(Six Assurances)を変えるつもりはなく、アメリカは台湾問題に対して態度を変えていないという確証を得たと発表した。(関連記事

 パウエル自身、10月28日に訪米中の中国軍の参謀長・梁光烈と会った際に「アメリカの台中政策は変わっていない」と述べ、発言を微妙に修正した。またパウエルはCNBCテレビのインタビューで、自らの発言の真意は、台中は統一(reunification)すべきだということではなく、台中は問題を解決(resolution)すべきだということだったと弁明した。北京でのパウエルの発言は「誤解を招く表現」として訂正されたようにも見える。(関連記事その1その2

 しかし、宋楚瑜も言っているように、アメリカの次期政権が台中政策を変えることは、ほぼ間違いないと思われる。最近、中国や台湾の外交関係者たちは「アメリカは今後、台中双方にはっきりものを言う『双方向明晰化』(双向清晰化)の傾向を強め、中国には台湾を武力侵攻するな(不可武)、台湾には独立傾向を強めるな(不能獨)と、従来よりはっきりした口調で要求するようになるだろう」と分析しており、パウエルの発言はこの方向に沿ったものである。(関連記事

 ケリー候補の中国政策が先日ニューヨークで発行されている中国語新聞「星島日報」の質問書に回答したところによると、ケリー陣営の対中政策も「双方向明晰化」の線に沿っている。(関連記事

▼北朝鮮問題を解決するために台湾を見捨てる?

 以前の記事に書いたが、パウエルは今年初め、今後のアメリカは中国やロシアをテコ入れするという趣旨の論文を発表しており、北京での対中国譲歩・台湾切り捨ての発言も、その流れに沿っている。中国やロシアを強化するのは、今後アメリカの軍事力や外交力、経済力が衰えていきそうな中で、冷戦後アメリカが担ってきたユーラシアを安定化させる役割の一部を中国やロシアに肩代わりさせることで世界の混乱を防ごうとする意図ではないかと思える。(アメリカの覇権衰退についてはこちら

 パウエルが今回中国、日本、韓国を訪問した主目的は、北朝鮮の核開発問題をめぐる6カ国協議を進展させることだったと報じられている。6カ国協議でアメリカが強硬姿勢をとりすぎた結果、北朝鮮は今年9月、もう6カ国協議には出ないと宣言した。困ったブッシュ政権はパウエルを北京に派遣し、中国に対して「台湾問題でアメリカが中国寄りの立場を表明するから、北朝鮮の問題を中国主導で解決する動きを強めてほしい」と持ちかけた、というのがパウエルの爆弾発言の背景だろう。(関連記事

 北朝鮮の目標は、アメリカとの間に不可侵条約を結び、国家的な存続をはかることである。中国と交渉しても、アメリカを動かせなければ意味がない。中国政府は「北朝鮮はアメリカとの交渉を望んでいるし、問題を解決困難にしたのはアメリカなのだから、アメリカが態度を軟化させて北朝鮮と交渉すべきだ」と主張して6カ国協議の中心になることに消極的だったが、アメリカは「台湾問題で譲歩するから」「G7に入れてやるから」などという条件を出して、北朝鮮問題を中国に肩代わりさせようとしている。

 パウエル発言が飛び出したのは、アメリカ大統領選挙まで1週間という非常に微妙なタイミングだった。パウエルは、ブッシュ政権の中でも、ネオコンやチェイニー副大統領による世界の不安定化を防ごうとしていた人物だ。しかもブッシュが再選された場合でも、パウエルはもう国務長官にはならない可能性が大きい。選挙で次期政権が決まった後にパウエルが中国に行っても「もう辞める人だから」と考えられて発言の効力が薄れる。パウエルが中国を動かせるのは、今回が最後のチャンスだったことになる。

▼アメリカの冷戦政策から生まれた台湾国家

 台中関係にとって、アメリカの態度は最も重要な要素である。それは歴史的に見て、台湾という国家の存在が、アメリカによって生み出されたものだからである。台湾は、1949年に中国の国民党勢力が共産党との内戦に敗れて台湾に逃げ込み、アメリカが冷戦体制下の「中国封じ込め」政策の一環として台湾の国民党政権(中華民国)を支援したことから、中国とは別の国家としての歴史が始まった。

 その後、1972年にアメリカはニクソン訪中を機に台湾支持から中共支持へと方向転換を開始したが、アメリカ内部のタカ派(冷戦派)はこの転換に反発し、アメリカが台湾を守ることを定めた「台湾関係法」を実現して対抗した。これ以降、アメリカ歴代政権の中枢では、親中国派(現実主義派、中道派、対中投資で儲けたい大資本家)と、反中国派(タカ派、軍事産業)との戦いが続いている。この間、台湾は独裁体制から民主体制へと変革を実現し、国際的に見ても十分に立派な「国家」といえる体制を作った。だが、その一方で中国は高度経済成長を実現してアメリカの資本家たちを儲けさせており、米中枢ではしだいに親中国派が優勢になっている観がある。

 中国の覇権力が強くなっていることを感じさせるのは、台湾問題だけではない。チベット問題についても、チベット人の最高指導者ダライラマが最近「チベットは独立するよりも、中国の傘下にいた方が発展できる」と発言している。かつては反中国の急先鋒だったダライラマの変節は最近始まったものではなく、中国がインドとの外交関係を改善した昨年春からのことだ。(関連記事その1その2

 また最近、中国の南隣にあるミャンマーで、改革派の象徴だったキンニュン首相が辞任させられたが、これもミャンマー軍事政権が生き残るための最大の頼みの綱が北隣の中国であることを考えると、これまでミャンマーの独裁や人権侵害に文句を言ってきたアメリカの影響力が減退し、その分中国の覇権が拡大したことを反映した動きであると感じられる。(関連記事

 こうした中、国際的に台湾と親密な関係を結んでいるのは、アメリカを除くと小国ばかりで、アメリカに見捨てられると台湾は国家的な危機に陥る。パウエル発言の重大さは、その点にある。

 ブッシュ政権は、政治献金してくれる軍事産業を喜ばせるため、台湾の弱みにつけ込んで、台湾が買いたい潜水艦や地対空ミサイルを高値で売ろうとする戦略を採ってきた。台湾側では「アメリカから高い武器を買うより、別のことに税金を使った方が良い」と主張する政治運動が起き、議会(立法院)が紛糾し、台北や高雄で市民のデモが行われた。(関連記事

 ところがここに来て、パウエル発言に象徴されるアメリカの対中国譲歩が強まり「アメリカは次期政権になったら、中国の言うことを聞いて、もう台湾に武器を売ってくれなくなるかもしれない」という懸念が台湾政府内で増している。その一方で、民進党元党首の許信良は「台湾が武器を買うほど、中国も武器を増やして軍事競争になり、最後は戦争になりかねない。武器を買うのは危険だ」と述べている。(関連記事

▼日韓の反中国政治家を連携させたい陳水扁

 今年3月に陳水扁が総統(大統領)に再選された後、台湾政府は、ブッシュ政権内の反中国派(タカ派)や、中国の勃興を懸念する東アジア諸国と連携して「中国包囲網」を再強化する構想を進めようとしている。

 以前の記事にも書いたが、台湾関係法と日米安保条約を連携させて日米同盟に台湾も入れてもらうとともに、そこに韓国、フィリピン、シンガポール、オーストラリアなども取り込んで新たな中国包囲網を作ろうとするものだ。台湾は、この「アジア太平洋安全保障機構」(亞太安全合作機制)と呼ぶこの構想をアメリカ側に提案したものの、アメリカ側の答えは「実現は難しい」というものだった。(関連記事

 アメリカがダメなら直接アジアの近隣国の右派系政治家を誘おうと、台湾は先週、日本から石原慎太郎東京都知事、韓国から金泳三元大統領を招待した。ちょうどパウエル発言が飛び出す前後に台湾に滞在していた2人は、パウエルを批判して「ナンセンス」「台湾は立派な主権国家だ」などと述べた。しかし2人の本国では、日本の小泉政権は靖国問題などで中国側と対立する姿勢を見せているものの台湾に対する態度は冷たいままで、韓国の盧武鉉政権も北朝鮮問題で中国との関係を強めている。(関連記事

 韓国では、盧武鉉政権が北朝鮮に対する宥和姿勢を強めているが、これに反発する韓国の政府内や軍内の勢力による、南北間に亀裂を入れようとする動きがいくつか起きている。北朝鮮を強く嫌っている金泳三が台湾を訪問したのも、韓国の流れを逆転させようとする動きの一つと思われる。(関連記事

▼靖国問題で譲歩するから台湾を国家承認するなという作戦

 アメリカが台湾を見捨てても、アジア諸国が台湾を国家承認すれば、台湾は中国と別の国として存続できる可能性が高まる。今後、アメリカの世界覇権力が弱まるとすれば、その後は台湾問題をアジア諸国間の外交課題の一つとして解決していく必要があるが、中国が強気になりすぎると、周辺国の中で中国に対する警戒感が高まり、対抗的に台湾を国家承認しようとする動きが出てくるかもしれない。

 それを防ぐため、中国政府は「いざというときに譲歩できる材料を今のうちに用意しておく」という政策をとっているという。香港での報道によると、中国政府は、日本に対しては「靖国問題」、韓国に対しては「高句麗問題」、東南アジア諸国に対しては「南沙群島問題」を譲歩材料として用意している。(関連記事

(高句麗問題とは、中国政府系の研究者が、古代に朝鮮半島北部から中国東北部にかけて存在していた高句麗国について「中国の地方政権の一つだった」とする見解を出し、韓国側がこれに激怒していること)

 中国は最近、靖国問題で日本を批判する姿勢を強めているが、これは今後、国際的に台湾の地位が問題になり、日本政府が台湾を国家として承認するかもしれないという姿勢を見せたとき「靖国問題で譲歩するから台湾を承認するな」と日本に持ちかけるために、日中間の対立点として戦略的に残してある、ということだ。

 すでに日本では、中国投資を重視する財界などから「台湾との外交関係を持つな」と政府に圧力がかかっている。今後、アメリカが衰退する代わりに中国が勃興する動きがはっきりしてきたら、対米従属一辺倒の日本政府は困窮し、中国に逆らわないでおこうという機運がますます強まることになる。

 アメリカの覇権に潜在的な陰りが見え出すとともに、台湾と同様に、アメリカの支持が失われると国家として危機に陥る仕掛けになっていたイスラエルでも、ガザ撤退をめぐる騒動など、危険な動きが増している。世界は911とイラク戦争によってかなり不安定になった観があるが、もしかするとまだこれまでの動きは序の口にすぎないのかもしれない。



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