他の記事を読む

石油大国サウジアラビアの反撃

2004年5月28日   田中 宇

 記事の無料メール配信

 原油価格が史上最高値を更新した。原油価格はこの1年間で35%上昇し、1バレル42ドル近くまで上がった。この水準は、過去の高騰時に比べると、まだそれほどの脅威ではないとされる。現在のドルの価値に置き換えると、1991年の湾岸戦争時には1バレル60ドルまで上がったし、1970年代の石油危機の時には80ドルにまでなった。とはいえ、今回の原油高は長引きそうで、今後もっと高騰する可能性もある。(関連記事

 一般に、今回の原油高の理由として挙げられている理由は数点ある。その一つは中東などの産油国をめぐる情勢が悪化していることからくる懸念だ。これは「リスク・プレミアム」と呼ばれているが、最大の産油国であるサウジアラビアをはじめ、ベネズエラ、ナイジェリアの情勢不安定化が、それぞれ1ドルから5ドルの上昇要因になっているとみられている。イラクの石油生産が開戦前の予測をかなり下回っていることも、相場上昇要因になっている。(関連記事

 5月初めには、サウジアラビア西部の工業都市ヤンブで、エクソン・モービル系列の石油化学工場がテロ攻撃にあい、アメリカ人やイギリス人数人が死亡した。サウジアラビアの石油関連施設を狙ったテロはこれが初めてで、これはサウジの石油生産に対する懸念を強めることになった。もしサウジでイスラム主義勢力によって政権が転覆されるようなことがあれば、原油相場は一気に高騰することになる。(関連記事

 中国をはじめとする東アジア諸国で石油需要が増えていることも、高騰の一因だ。中国は世界で最も石油の消費が急拡大している国で、2003年の中国の原油輸入量は前年比で31%も伸び、アメリカに次いで世界第2位の石油消費国・輸入国となっている。以前は日本が世界第2位の消費国だったが、中国は2003年に日本を抜き去った。中国は経済成長が激しく、2003年には電力需要も前年より11%も伸びた。

 中国では都市部で電力不足による停電が問題に悩まされるようになり、中国政府は各地で急いで発電所の建設を進めているが、この影響で石油需要が急増している。中国では以前は主に国産の石炭を燃料に使っていたが、石炭は大気汚染の原因となるため石油への切り替えが進んでおり、この点も石油消費増につながっている。(関連記事

 アジア諸国は石油の輸入先の中東依存度が高いが、イラク戦争によって中東が不安定化したため、中国や韓国、インド、台湾などが不安に駆られて石油の戦略備蓄量を増やしている。そのことも原油の需要増の一因である。(関連記事

 原油高の一因は、2003年4月に世界の産油国で構成するOPECが、総産油量の4%に当たる日産100万バレルを減産したことにあるが、この減産幅はさほど大きくない。それなのに原油価格が高騰したのは、最大の消費国であるアメリカの石油会社がコスト削減のため、ここ20年ほど原油の備蓄施設を減らし続けており、その分需給バランスの短期的な変化に適応できなくなっていることが理由だった。

▼911事件は濡れ衣だった

 これらの理由は、マスコミに出ている分析記事にあるものだが、これらのほかに私が原油高の原因と感じているのは、サウジアラビアとアメリカの関係の変化である。サウジアラビア政府は「原油価格がこれ以上高騰するのはサウジにとってもマイナスだ」「他のOPEC諸国を説得して増産を実現しようとしている」と発言しているが、これは欧米からの非難をかわすための口だけの弁明で、実はサウジはもう原油価格を下げるつもりはないのではないか、と私は疑っている。(関連記事

 2001年の911事件以来、サウジアラビアはアメリカ政府からテロの濡れ衣を着せられている。FBIは事件発生の直後、19人のイスラム教徒青年を犯人として発表し、そのうち15人はサウジアラビア人であると発表されたが、実はこれはかなり怪しい話である。15人のサウジ人のうち6人は、名前、顔写真、生年月日が一致する人が、9月11日当日にアメリカ以外の場所におり、テロ事件とは全く関係なく生きていることがFBIの発表から数日以内に判明している。(関連記事

 ワリド・アルシェリはモロッコ航空に勤務するパイロット、サレム・アルハズミはサウジアラビア・ヤンブ市の石油化学工場の従業員、アハメド・アルナミはサウジアラビア航空の管理部門の社員、サヒード・アルガムディはチュニジア在住のパイロット、アブドルアジズ・アルオマリはリヤドに住むエンジニアだった。ハリド・アルミドハも、詳細は不明だがサウジアラビアに在住する事件とは無関係な人であると報じられた。(関連記事

 FBIはこれらの6人が人違いであることを認め、それは広く報じられているが、今日に至るまで、FBIは人違いの6人分を削除せず、最初に発表した名簿をそのまま公式の場で「犯人リスト」として使い続けている。リストの15人のサウジ人のうち、残る9人については名前と生年月日、顔写真以上の情報は分かっておらず、マスコミもほとんど報じていない。サウジ人以外の4人については足跡が分かっているのに比べ、サウジ人の「犯人」たちはなぞに包まれている。これは、事件の捜査としてまるで異常である。(関連記事

 その後も米当局は、サウジアラビアをことさらにテロ支援国家として描きたがる姿勢をとり続けた。2002年7月には、国防総省のネオコンの拠点である「国防政策委員会」で「サウド家をアラビアから追い出せ」(Taking Saudi Out of Arabia)と題する報告書が発表された。報告書は「イスラム原理主義のテロ組織に資金援助しているサウジアラビアこそ、テロ組織の中枢であり、アメリカにとって最も危険な敵である。米政府は、サウジにテロ支援を止めるよう最後通牒を突きつけ、サウジが従わない場合、資金源を絶つために、サウジの油田や在米資産を没収するべきだ」と主張していた。(関連記事

 昨年7月、ホワイトハウスは911の発生前後の諜報活動や捜査についてまとめた報告書を議会に提出したが、その中のサウジアラビアに関する28ページ分が機密指定され、公開されなかった。その後の新聞報道によると、機密にされた部分にはサウジ政府の高官が911の実行犯を直接支援していたと書かれていたが、断定的に書いているわりには、その証拠を何も示していなかった。機密にしたのは、マスコミに断片的な情報だけが流れ、根拠がなくても「サウジ政府がテロに関与していた」という報道だけが一人歩きする状態を作り出そうとしたのだと思われる。(関連記事

▼ナショナリズムとしての原油高騰作戦

 サウジアラビアは、世界の産油国の中で唯一、膨大な石油の余剰生産力を持った国である。他の産油国の多くは生産能力いっぱいまで採油・輸出しているのに対し、サウジは大きな余力があるので、生産量を上下することで原油価格を操作できる。サウジは長らく中東きっての親米国だったので、原油価格が上がってくるとアメリカのために増産し、下がりすぎて他の産油国が困ると減産して原油相場を押し上げる、といった価格調整の役割を果たしててきた。サウジ王室は、アメリカや他の産油国から重視され、OPECの盟主としてふるまってきた。

 だが911以降、アメリカではサウジに対する中傷的な非難が続き、ネオコン系の言論人は「サウジと縁を切るべきだ」と主張し続けた。その一方で、サウジ国内では反米気運が高まり、アメリカに追従する王室に対する反発もくすぶるようになった。

 このような中、イラク侵攻後、原油価格が上昇し続けた。サウジ政府は今年2月、OPECを動かし、日産100万バレルを減産するという方向性を打ち出した。原油価格が上昇する中での減産は価格の高騰を招きかねず、アメリカからは減産するなという圧力がかかった。だが、サウジ政府は考えを曲げず、サウジの地元紙には「アメリカは産油国が必要としている減産を無理やりやめさせようとしている」とする反米の記事を掲載した。OPECは4月に減産に踏み切り、相場は史上最高値を更新した。(関連記事

 国民の反米感情と、アメリカからの非難と圧力の板ばさみになったサウジ王室は、これまでの親米的なスタンスを変更し、アメリカが困っても石油価格を下げない方針に転換したのではないかと思われる(サウジ政府は情報公開をしていないので真相は分からない)。こうすることにより、原油価格の高騰分が政府収入の増加につながり、それを国民の生活を向上させる用途に回すことで、国民の反政府感情をなだめることができる。「サウジ王家は、アメリカの圧力に負けずに原油高を維持し、サウジ国民のために金を稼いだ」と主張することもできる。

▼イラクみたいになるよりは・・・

 アメリカによるイラク占領の泥沼化は、中東の人々の自国政権に対する感情に変化を与えている。それまで中東諸国の人々の多くは、自国の政府が民主主義を広めず、腐敗している上に、政府批判者を弾圧するのでうんざりしていた。イラクがアメリカによって民主主義国になるのなら、自分の国でも政権転覆が起きた方がいいかもしれないと思う傾向が人々の中にあった。アメリカのイラク占領があっさり成功したら、サウジやシリア、イラン、エジプトなどで民主化運動が起こり、政権が転覆していたかもしれなかった。

 ところが、アメリカが数々の失策(または故意)によってイラク占領を泥沼化させたため、近隣諸国の人々は逆に、自国の政権が倒れたら米軍に無茶苦茶にされると思うようになった。たとえばシリアでは「自由の侵害はあるけど、今の政権の方が、イラクみたいになるよりましだ」と考え「反政府」ではなく「体制内改革」を求める声が強まっている。(関連記事

 シリアと同じ傾向はサウジでもあるのではないかと思われ、そのような傾向の中でサウジ政府が「反米的」な原油価格の高騰を演出している可能性がある。この見方が正しいとすれば、6月3日に予定されているベイルートでのOPEC会議で増産が決まったとしても、石油相場の下落は一時的なものにとどまり、いずれまた上昇に転じると予測される。サウジの石油相は1バレル50ドルぐらいまで上昇する懸念があると述べている。(関連記事

 逆に、もしサウジの人々が反政府感情をくすぶらせ、広く予測されているようにサウジ王室がいずれ転覆させられるのであれば、その後の混乱によって石油生産が止まるか、もしくは原理主義政権ができて「アメリカとその同盟国には石油を売らない」という宣言が出され、もっとひどい原油価格の高騰につながる。(関連記事

▼数々の故意の失策

 アメリカ政府が911の濡れ衣をサウジ王室に着せず、以前のようにサウジを石油価格の調整役として大事にしていれば、こんなことにはならなかった。アメリカは自ら墓穴を掘っていることになるが、わざわざ911の「真犯人」を隠蔽してまでサウジ王室を攻撃したかったことから考えると、これはアメリカの「失策」ではなく「戦略」であると感じられる。

 以前の記事に書いたが、アメリカはベネズエラのチャベス政権に対しても、似たような自作自演的な攻撃を行っている。ベネズエラはアメリカの石油輸入量の2割前後を生産する国で、アメリカの政治工作によってベネズエラの政権が転覆されて混乱に陥ったら、石油の輸出が急減し、アメリカ自身にとって大打撃となる。

 先週の記事では、移民の学者や技術者による研究開発によって発展してきたアメリカが、911以降、外国人に対するビザ制限によって人材不足に陥り、IT関係の大企業が研究所をインドなどに移転させている状況を紹介したが、これも自滅的な動きである。

 アメリカの1-3月期の経済成長が予想を上回る4・4%と発表されるなど、目先のアメリカ経済は上向いている感じがあるが、長期的にみると、原油価格の高騰、研究開発力の低下、財政赤字の拡大など、いずれも米政府が故意に行った失策によって経済が悪化しそうな要因がいくつもある。将来はかなり暗いと思わざるを得ない。(関連記事



●関連記事など



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ