イラク虐待写真をめぐる権力闘争2004年5月11日 田中 宇イラクに駐留するアメリカ軍とイギリス軍の兵士が、刑務所に拘留中のイラク人に暴行や虐待を行っていたことを示す写真が世界的に報じられているが、米軍によるものと英軍によるものと、虐待の光景が写された2種類の報じられた写真を比べると、異なる点に気づく。イギリスで流出した写真には、虐待する側の英軍兵士の顔が分からないように撮られているが、アメリカ軍の写真には、米軍兵士の顔がはっきり分かるように撮られていることである。(アメリカ軍の写真)、(イギリス軍の写真) 拘留者に対する虐待はかなり広範に行われ、その光景を撮った写真が兵士の間で交換されていたと報じられている。兵士はおそらく虐待を悪いことだと認識しているだろうから、他の兵士と虐待写真を交換するつもりで撮るのなら、イギリスの写真のように、虐待する側の顔が写らないように撮るのが普通だ。 (英軍の写真がニセモノだという報道があるが、その一方で英軍による虐待が以前から広範囲に行われていたという指摘も出ており、ブレア首相の謝罪も発せられた)(関連記事その1、その2、その3) アメリカ側の写真には、このような仕掛けがない。虐待する側の兵士が誰なのか、簡単に特定できる。しかも兵士の表情は、まるで親しい仲間内の宴会の罰ゲームを撮影しているときのように、くつろいでいる。虐待に関与した米兵には、捕虜虐待を禁じたジュネーブ条約に関する教育が行われていなかったというが、条約を知らなくても、写真が一般に流出したらどうなるか、容易に想像がつくはずだ。米軍兵士の表情からは、そういう心配が感じられない。 虐待の写真を撮る行為は、英米両軍の上官が囚人に対する虐待を「黙認」を超えて「奨励」していたことを示唆している。上官が「虐待はない方がいいが、欲求不満の兵士が囚人を殴ったりするのは、ある程度は仕方がない」といった「黙認」だけをしているのなら、虐待しても、その光景を写真を撮って自分から証拠を残すことはやらないだろう。兵舎での持ち物検査などで上官に写真を見られたら懲戒されるからだ。 米軍の場合、虐待だけでなく写真撮影も、兵士の業務の一環として行われていた可能性がある。顔を写された兵士たちは看守部隊の要員で、監獄内は職場である。報道された写真には、女性兵士らが自らすすんで被写体になっている様子が感じられるが、虐待風景を撮影することを上官から仕事として命じられない限り、このような写真が撮られることはないと思われる。(関連記事) いくつかの報道から、虐待が行われた口実が明らかになっている。それは、拘留者に対して尋問を行う担当者から、看守の兵士に対して「拘留者の口を割るために、ある程度の虐待をやってくれ」という依頼があったということである。このことから、虐待の写真は、尋問担当者から要請されたとおりに虐待をやりましたという意味の、看守の兵士たちによる「業務報告」として撮影されたのではないか、と考えられる。(関連記事) 軍隊は上下関係が厳しいので、特に写真を撮られるような場面では、下級兵士は上官に命じられたとおりの行動を行い、命じられていない行動はしないはずである。写真には、女性兵士が男性の拘留者を虐待している光景が含まれているが、尋問担当者からは「男性の拘留者に対し、女性兵士がサディスト的な行為を行い、性的な屈辱を与える形式で虐待を行ってほしい」といったような具体的な要請が行われたのかもしれない。 このような構図を察することができるため、女性兵士(イングランド上等兵、Pfc. Lynndie England)の家族や近所の人々は記者会見し「彼女は上官に言われてやっただけであるに違いない」「彼女は囚人に性的虐待を行うような性格の人ではない」という主張をおこなった。それに対してアメリカでは「娘をかばいたい親心」という見方を超える重みを持たせた報道がなされている。(関連記事) ▼「グアンタナモ化」されたアブグレイブ刑務所 米軍の組織ぐるみの囚人虐待だったのなら、それはどのように行われたのか。その経緯もかなり報じられている。いくつかの記事によると、ことの発端は昨年8月、バグダッドの国連事務所やヨルダン大使館などで相次いで爆破テロがあり、それが誰の仕業なのか、米軍が関係者を拘留して尋問してもほとんど判明せず、フセイン前大統領の行方も分からなかったことにある。(関連記事) イラク駐留米軍のサンチェス司令官と、その配下の諜報担当責任者であるファスト少将(Maj. Gen. Barbara Fast)は、ワシントンの国防総省から「刑務所に拘留中のイラク人に対する尋問の効率を何とかして向上させ、テロ計画やサダムの居場所について情報を引き出せ」と命じられた。ファスト少将は、キューバのグアンタナモ米軍基地に応援を頼み、ミラー少将(Maj. Gen. Geoffrey Miller)という尋問の専門家がバグダッドに派遣されてきた。(関連記事) グアンタナモ基地は、アフガニスタンなどの世界地域から千人近い「テロ容疑者」を捕まえてきて拘留している場所だ。キューバというアメリカが敵視する国の領内にある基地なので、アメリカの法律も国際法も適用されず、拘留者のリストすら発表されないまま、人権条約を無視した拘留・尋問が行われている。(アメリカはキューバが革命前に親米国だったときに、この基地を半永久的に貸与させた) ミラー少将はイラクにある米軍の16カ所の刑務所を回った末にアブグレイブを選び、ここに「イラクのグアンタナモ」を作ることを決め、アブグレイブ刑務所の看守をしていた部隊のカーピンスキ司令官(准将、Brig. Gen. Janis Karpinski)にそのことを伝えた。正式な命令系統を無視した依頼だったので、カーピンスキは拒否したが「サンチェス司令官から、好きなようにやって良いと言われている」といって黙らせた。(関連記事) ミラー少将配下の尋問担当者たちは、刑務所内の一つの区画(A1区)に陣取って尋問を開始し、そこにはカーピンスキも立ち入れないようになった。ミラーはカーピンスキに対し、A1区の看守として何人かの兵士を貸せと言ってきた。カーピンスキは、イングランド上等兵(虐待の写真を撮られた女性兵士)らを、A1区の看守として派遣した。(関連記事) ▼権謀術数を駆使する国防政策委員会 A1区でどんな尋問が行われていたかは、明らかになっていない。尋問にたずさわっていたのは、国防総省の諜報担当者、CIAの担当者、国防総省と契約した傭兵企業の尋問の専門家たち、イスラエルから派遣された諜報要員などだとされる。(関連記事その1、その2) 傭兵企業の専門家は、大半が国防総省の諜報担当者を辞めた人だが、辞職は表向きだけで、軍籍を抜けることで人権条約やアメリカの公務員としての縛りから解放されて振る舞える仕組みになっている。イスラエルの要員はパレスチナ占領地で抑圧的な尋問を行う技術を磨いており、助っ人として呼ばれていたのだと思われる。(関連記事) また、CIAは国防総省と非常に仲が悪く、特にイラクでは最近までCIA・国務省の筋は外されていたので、CIA要員はほとんどいなかったのではないかと思われる。国防総省には2つの諜報部局がある。一つは旧来からあったDIAで、もう一つは911後に国防政策委員会の傘下に作られた新組織で、こちらは正式な名前もないが、CIAやDIAを駆逐して権力を持った。グアンタナモ基地で尋問を行っているのは、主にこの諜報組織である。 国防政策委員会はリチャード・パールら「ネオコン」が仕切っている国防長官の諮問機関で、イラク侵攻の開戦事由となった「大量破壊兵器」などのウソ情報をねつ造し、「中東の強制民主化」政策を打ち出したのは、この委員会である。(国防政策委員会にはキッシンジャー元国務長官ら「中道派」も混じっており、中道派とネオコンは敵どうしではなく役割分担をしているのではないかとも感じられる)(関連記事その1、その2) ネオコンは、チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官と直談判して権限を獲得し、既存の指揮系統を無視して「横入り」して、あいまいなかたちで権力を行使するやり方を得意とする。(ネオコンにはユダヤ人が多く、中世ヨーロッパの宮廷ユダヤ人や、大英帝国を牛耳ったロスチャイルド家などが培った権謀術数の技能を継承しているのかもしれない) 国防政策委員会という組織自体、正式な指揮系統から外れた諮問機関である。国防政策委員会傘下の人物と思われるグアンタナモのミラー少将がアブグレイブ刑務所に入り込み、囚人の虐待につながる「効果的な尋問」の態勢を作ったやり方は、まさにネオコン的な手法だった。(関連記事) 指揮系統を乱しても、本当に尋問の「効率」が上がったのなら、まだ米軍にとってはプラスかもしれないが、イラクで米軍やその他の外国勢力が攻撃されるケースはますます増え、尋問の効果は上がっているとは思えない。そもそも、暴露された写真にあったような、囚人の顔に女性用パンツをかぶせる行為が「嫌だから尋問に答えよう」という気持ちを囚人に抱かせるとも思えない。 ▼ラムズフェルドが辞めたら徴兵制になる? 虐待写真が暴露され、ラムズフェルド国防長官の責任が問われる事態となったが、実は米軍は全くやり方を変えていない。アブグレイブ刑務所の規律を正すために、看守部隊の司令官が交代したが、従来のカーピンスキに代わって着任したのは、意外にもアブグレイブを「グアンタナモ化」した張本人のミラー少将だった。責任は、抵抗した方のカーピンスキに押しつけられた。(関連記事) ミラー少将をグアンタナモから呼び込んだイラク駐留軍の諜報担当責任者であるファスト少将は、アリゾナ州にある米軍の諜報訓練学校の校長に栄転することが決まっている。その上司であるサンチェスは、依然としてイラク駐留軍の最高司令官である。(関連記事) 米軍の報告書では、民間傭兵会社CACI社の2人の「尋問の専門家」が、アブグレイブ刑務所での虐待に関与していた嫌疑で解雇されたと指摘されているが、実はこの2人は解雇されておらず、今もアブグレイブでイラク人を尋問し続けているという指摘がある。(関連記事) これらの人事からは、今後も国防総省が「悪事」を止めるつもりがないという姿勢がうかがえる。だが意外なことに、国防総省のトップであるラムズフェルドだけは、マスコミや議会から辞任要求の集中砲火を浴びている。(関連記事) この「謎」を解くことができそうなキーワードは「徴兵制」である。ラムズフェルドは、再選に向けて人気を落としたくないブッシュ大統領の意を受けて、これ以上イラク駐留米軍の兵力数を増やしたくないという意志表示を続けている。(米軍はベトナム戦争後に徴兵制を止めて以来、公募制をとっている)(関連記事) これに対してネオコン系のシンクタンクからは「兵力さえ増やせばイラクは安定する」「ベトナム戦争以来止めていた徴兵制を復活すべきだ」「兵力増派をしないラムズフェルドのやり方は失敗した」といった主張がなされていた。(関連記事) 徴兵復活論者は議会にもおり、たとえば民主党のジョセフ・バイデン上院議員や、共和党のジョン・マケイン上院議員などは「徴兵制を復活して兵力を増派し、イラクを安定させるべきだ」と主張してきた。虐待写真が暴露された後、すかさずラムズフェルド辞任要求を発したのは、バイデンやマケインらだった。(関連記事) つまり、一部の上院議員やネオコン系の人々は、虐待写真事件をテコにラムズフェルドを辞任に追い込み、後任の国防長官には徴兵制に賛成する人物を据えることで、兵力増派を実現しようと考えたのではないかと思われる。タカ派のラムズフェルドが辞めたらイラク情勢は良くなると考えがちだが、全く逆になる恐れがある。 5月7日、議会上院で全世界に中継されたラムズフェルドに対する公開尋問が始まって間もなく行われたとき、議場の後ろの方で市民活動家のような数人が、横断幕を掲げて「ラムズフェルドは辞めろ」と怒鳴り始めた。(関連記事) 意外なことに、この行動をすぐに止める人はなく、数人は2−3分ほど怒鳴り続け、横断幕を降り続けた後、ようやくやってきた警備員に静かに促され、ゆっくりした足取りで、悠然と議場から立ち去った。テロ警戒でピリピリしている米議会とは思えない寛容さだった。有力議員の中に、この抗議行動の計画を事前に知っていて「国民もラムズフェルドに辞任を求めている」という世論を盛り上げるために、警備員に2−3分の黙認を指示していた人がいたのではないか、と勘ぐりたくなる光景だった。 国防総省には、この虐待事件の真相究明を行う委員会が結成された。だが、委員会のメンバーに指名されたシュレジンガー元国防長官ら3人は、いずれも「国防政策委員会」の委員である。アブグレイブでの虐待を企画した疑いがある組織のメンバーに、虐待の真相究明をさせようというのである。真相の究明ではなく、真相の隠蔽がなされる可能性が高い。(関連記事) ▼以前から頻発していた各種の虐待 イラクでは、アブグレイブだけでなく他の刑務所でも虐待が広く行われていたことが、しだいに明らかになりつつある。アムネスティや国際赤十字は、昨年4月にフセイン像が倒された直後から、刑務所で米軍による虐待が行われているという報告書を何回もアメリカ政府に送っていたが、すべて無視されている。(関連記事その1、その2) 国際赤十字によると、米軍がこれまでに逮捕したイラク人の90%が、何の罪もない誤認逮捕だった可能性があるという。(関連記事) 刑務所だけでなく、イラクのあちこちにある米軍のチェックポイントでも、何も怪しそうでない人に兵士が暴力をふるったり、通行人の所持金を巻き上げたり、下手をすると通行中の自動車に銃を乱射したりする事件が相次いでいる。テロ容疑で民家を捜索しにきた米兵が、その家庭の人に暴力を振るったり、手錠をかけたまま立ち去ったり、現金を持ち去ったり、捜索に関係ない家財道具を故意に壊していったりするケースも無数に起きている。米軍は、組織的にイラク人を虐待し、怒らせようとしているように感じられる。(関連記事) 刑務所での虐待写真が暴露されたとき、イラク人の多くは怒りは表明したが、さほど驚かなかったと報じられている。刑務所で虐待が行われていることは、市民の間では口コミでかなり広がっていたし、多くの市民は、チェックポイントや家宅捜索などの経験から、米軍兵士はイラク人を虐待するものだと知っていたので、驚かなかったのだろう。(関連記事) 米軍兵士に対して軍の上層部から、自然に虐待や悪事をやってしまうように仕向ける命令が出ている部分もある。たとえば「米軍の攻撃で怪我をしたと思われるイラク人に近づいてはならない。怪我をしたふりをして米軍兵士を接近させ、自爆テロを行うという戦法をとるイラク人がいるためだ」という指令が、米軍内で出された。イラクで「怪我をした市民がいても、米軍は何もしてくれなかった」といった指摘が多数出ているのは、この指令と関係がありそうだ。(関連記事) こうした数々の虐待行為は、マスコミでも小さく報じられ続けていた。私自身「米軍はわざとイラク人を怒らせている」という指摘をすでに何回か書いている。だが、日米などのマスコミがこの件を大きく報じることはなかった。(関連記事) ▼国際法上のグレーゾーンを維持する戦略 米軍が虐待行為を行っているは、イラクだけではない。アフガニスタンでは2年近く前に拘留者を尋問中に殺してしまったことが知られており、そのケース以外にも、米軍はかなり手荒なことをやっていると指摘されている。(関連記事) 米本土の近くでは、グアンタナモ米軍基地の収容所が虐待の多い尋問所として存在している。インド洋にある小島、ディエゴ・ガルシア島(イギリスの保護領)には英米軍の海軍・空軍基地があるが、ここにも尋問・虐待所があり、アフガニスタンで捕まったアルカイダの幹部などは、ここに拘留されていたと報じられた。それから世界各地の洋上に浮かぶ米軍の航空母艦にも、拘留尋問設備があり、ここにずっと拘留されている「テロ容疑者」もいるとされる。(関連記事) イラク、アフガニスタン、グアンタナモ、ディエゴ・ガルシア、航空母艦上という各地域に共通する点は、アメリカの法律も、国際法も適用されにくいグレーゾーンの地域であるということだ。イラクとアフガニスタンは、政府が設立される前の「国家以前」の状態だし、グアンタナモ、ディエゴ・ガルシア、航空母艦上は、すべて米軍が管轄し、事実上、どこの国の司法権も及ばない地域である。(関連記事) イラク、アフガニスタン、グアンタナモのいずれにおいても、アメリカは問題の早期解決を望んでいないふしが見受けられる。アフガニスタンでは、故意に地方の武装勢力を放置し、政府樹立のための選挙を難しくしている。こうしたアメリカのやり方を見ていると、アメリカは国際法上のグレーゾーンをなるべく長く維持することで「テロ戦争」の永続化を狙う戦略をとっているように感じられる。 とはいえその一方で「アメリカはもうこんな戦争を続けられない」という警告が、アメリカの上層部からも出てきている。虐待写真が暴露されたのは、4月28日のCBSテレビの番組「60ミニッツ2」で、これは米軍がまさにファルージャに総攻撃をかけようとしているときだった。虐待写真の暴露は、米軍が暴走してイラクを再び戦闘に引きずりむことを止めるために行われた可能性がある。(関連記事) 虐待写真の暴露そのものは、米軍の暴走を止めたい勢力によるものだった可能性が大きいのに対し、その暴露によってラムズフェルドが辞めさせられそうになったことは、すでに述べたように、米軍を暴走させたい勢力によるものだった可能性が大きい。アメリカ中枢におけるイラクをめぐる暗闘は、泥仕合の度合いを増している。
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