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バグダッド国連爆破テロの深層

2003年8月27日   田中 宇

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 8月19日、イラク・バグダッドの国連事務所で爆弾を積んだトラックによるテロが起きた。国連の事務総長特別代表だったセルジオ・デメロが殺されるなど大惨事となり、アメリカのイラク統治に大きな悪影響を与える事件となったが、この事件の発生を事前に察知していた人がいた。アハメド・チャラビ氏である。

 チャラビは、アメリカのタカ派が支援してきた亡命イラク人組織(INC)のトップを長くつとめ、イラク戦後は、イラク人による暫定政権(統治評議会)の中枢を占めている人物である。彼は、テロが起きる5日前の8月14日に、国連もしくはイラク人の主要政党事務所など、米軍と米占領政府以外を標的として、近くトラックに積んだ爆弾を使った大規模なテロが起こる、という情報を得ていた、と語っている。(関連記事

 チャラビがテロの発生を事前に察知していたということは、チャラビと長く親しい関係にあるアメリカ国防総省も、テロを事前に察知していたということになる。だが、米軍は国連にこの情報を伝えなかったし、国連事務所の警備を手厚くすることもしなかった。

▼秘密警察の復活

 チャラビは、テロの情報をどこから聞いたのだろうか。チャラビ自身は情報源を秘密にしているが、一つ可能性があるとしたら、チャラビが最近、イラクの旧秘密警察を自らの傘下におさめつつあるということとの関係である。

「ムカバラト」(Mukhabarat)と呼ばれる旧秘密警察は、サダム・フセイン政権時代に人々におそれられていた存在で、一般市民だけでなく役所や軍隊、与党バース党などの内部で反政府的な動きが起きていないか監視する組織だった。クルド人やシーア派などの大量虐殺にも関与したとされる。彼らは海外でも、イランやトルコ、シリアなど周辺諸国のイラク大使館を拠点に海外情報を集める諜報機関で、その中心はフセイン大統領の出身地ティクリートの同郷者で固められ、政権維持に重要な役割を果たしていた。

 4月上旬、フセイン政権の消滅とともにムカバラトも解散したが、その後すぐ米軍とともにバグダッドに入ってきたチャラビら亡命イラク人組織は、フセイン政権の実態を把握するという(表向きの)目的を掲げ、ムカバラトの関係者に接触し始めた。5月上旬、チャラビはバグダッドの旧ムカバラト本部の建物内から、フセイン政権が管理していた25トン分の機密資料を手に入れたと発表している。この機密資料の中には、ヨルダン王家がフセインと裏取引していたことを示す情報もあり、かつてヨルダンで銀行を経営して不正を起こし、横領容疑で訴追されて海外逃亡した経験を持つチャラビは、この情報を使ってヨルダン王家に仕返しするつもりに違いない、と報じられている。(関連記事

 当時、米占領政府のトップはネオコン系でチャラビとも親しいジェイ・ガーナーだったが、ガーナーではイラク復興ができないということで、5月中に、どちらかというと中道系のポール・ブレマー(キッシンジャーの弟子)にトップが交代した。ブレマーはチャラビを嫌っているといわれ、ムカバラトを使うやり方を止めさせるべく、フセイン政権の諜報関係者はいっさい公職に就かせないという新規定を発表した。(関連記事

 だがその後、7月に入り、アメリカの次の標的としてイランが浮上してくるにつれ、再びムカバラトを使う動きが表面化した。チャラビが音頭をとって、イランの首都テヘランのイラク大使館などにいるムカバラトを使い、イランの情勢を探らせる活動を始めたと報じられた。これに対しては「チャラビの派閥は、戦後のイラクで多数派ではない。しかも、まだイラク人による政府ができてもいないのに、彼らはムカバラトの情報網を手に入れてしまった。これにより、チャラビは他のイラク人組織よりも大きな情報力と権力を持つことになりかねない」という批判が出ている。ムカバラトの暗殺能力を使えば、政敵を倒すこともできる。

▼容疑者に犯罪捜査を任せる米軍

 このような経緯からすると、チャラビに対して国連事務所での爆破テロの可能性を伝えたのはムカバラトの情報網だったと思われる。そして、さらに推測するなら、ムカバラトは爆破テロ自体に関与していた可能性もある。爆発したトラックは、国連事務所となっていたホテル敷地内のデメロの事務室のすぐ脇に置かれていたが、この位置にトラックを駐車するためには、警備員の許可を得なければならない。当日、国連事務所を守っていたイラク人の警備員の1人は、テロ後の捜査で尋問に応じるのを拒否している。この人物はかつてフセイン政権時代の治安組織で働いていたことが分かっている。(ムカバラトかどうかは不明)(関連記事

 ムカバラトは国連事務所の爆破テロに関して「犯人」とはいえないものの「容疑」を持たれて当然だ。ところがこのテロ事件後、アメリカがとった対策は、予想とは正反対のことだった。国連事務所テロの数日後「米軍やCIAだけではイラク国内で勃興するテロ組織を撲滅することができない」という理由で、米軍占領政府がムカバラトの旧職員を数百人雇うことを始めている、という報道が出てきた。イラクで勃興するテロ組織がムカバラトとどのような関係にあるかまったく分かっていないのに、これはひどすぎる。警察が人手不足なので、容疑者に犯罪捜査を任せる、というようなものである。

 イラク戦争後の4月下旬「ムカバラトの旧本部で、イラクがアルカイダと接触してたことを示す文書をイギリスの新聞(Sunday Telegraph)が発見した」と報じられた。これは時期的に見て、おそらくチャラビが集めた「25トン分の機密資料」の中の一部をイギリスの新聞にリークし、開戦を正当化しようとする米英が「サダムとビンラディンはつながっていた」と主張できるようにするための策だったと思われる。

 だが、もし本当にムカバラトがアルカイダとつながっていたとすれば、そのムカバラトを雇う米軍占領政府の真意は「テロ捜査」ではないことは明らかだ。むしろその逆に、ムカバラトを使ってテロをさらに頻発させようとする作戦にさえ見える。米軍や米占領政府ではなく、アメリカのネオコンが嫌っている国連がテロの標的にされたことも、こうした推理に拍車をかける。米軍内にも「イラクの治安を悪化させる特殊部隊」が存在していると思われることは、以前の記事に書いたとおりだ。

 8月24日にはシーア派の最高指導者の一人であるモハメド・サヒード・ハキムが何者かに暗殺されかかっている。ハキム師はイラクの人口の6割を占めるシーア派国民に信頼が厚く、もし殺されていたら、イラクは内戦にもう一歩近づいていただろう。(関連記事

 国連爆破テロ後のイスラエルの動きも気になるところだ。イスラエルの国連大使はテロの直後「諜報によると、テロに使われたトラックはシリアから来たものだ」と述べ、注目を集めた。実際には、トラックはイラク国内でありふれたスタイルのもので、これを機に米軍にシリアを攻撃させようとするイスラエルの意図がうかがえる。イスラエルは以前、米軍に間違った情報を流してシリアを攻撃させようとしている。(関連記事

▼世界の治安を悪化させたい?

 ほかにも不安なことがある。米軍占領政府は、イラクに新しい警察組織を作るため、今後1年半に2万8000人のイラク人を東欧のハンガリーに送り、そこで警察官になるための数カ月間の訓練を受けさせる構想を発表した。イラク国内の既存の警察学校はあまりに手狭で、短期間に大勢の警察官を養成できないため、ハンガリーで訓練するのだという。

 だが、イラク北部の輸出用の石油パイプラインが壊れたままで、米軍占領政府は、厳しい財政難の状況にある。それなのに、2万8000人分の旅費や滞在費をアメリカ側が負担して、ハンガリーまで連れて行くというのは、どうも解せない。もしかすると、ハンガリーに派遣されたイラク人のうち何百人かは、そのままドイツあたりのテロ組織に合流し、西欧でテロ活動を行うようになるのではないか、などと思ってしまう。

 こうした考え方は、米当局がテロ組織に関与しているのではないかという私の疑惑から発しているが、アメリカ本土の近くには、すでに同様の目的を行うためではないかと思われる施設がある。アフガン戦争のとき捕まえたアルカイダ容疑者らを収容しているキューバのグアンタナモ米軍基地内の拘留施設である。ここに収容されている1000人近くの人々の多くは、アルカイダやその他のテロ組織とは何の関係もない人々だと報じられている。(関連記事

 私が感じている疑念は、米当局の中で「また米本土でテロが起きてほしい」と考えている勢力が、グアンタナモの捕虜の中から使えそうな人間を選んで密航船で米本土に渡らせ、911事件後も米国内に潜んでいるいくつものテロ組織の要員を補強しているのではないか、ということである。最近、グアンタナモでは新たに100人の捕虜を収容するための施設が増設され、収容可能人数は1100人になった。増え続ける捕虜を、米軍がどこから連れてきているのか、まったく発表されていない。彼らの名簿も明らかにされておらず、「捕虜」なのか「容疑者」なのかという法的な身分も明示されていない。(関連記事

▼もうブッシュも「用済み」か

 8月19日の国連事務所テロ事件は、ブッシュ政権に大きな打撃を与えている。米国内ではイラクの治安が極度に悪化していることに対して「国連と仲直りして国際軍の派遣を要請せよ」「米軍を増派せよ」「一方的に米軍を撤退させてしまえ」という3種類の要求が、各方面からブッシュ政権に対して出されているが、ブッシュはこれらのどれを行うこともできず、立ち往生している。

 海外からイラクに派遣されてきた人々が危険を感じる度合いが増え、アメリカに協力してイラクに人を出そうとする国や国際組織が二の足を踏むようになった。800人を派兵しているスペインは撤退を検討し始めたし、9月から派兵する予定だったポーランドはバグダッド周辺の高度危険地域への派兵を見合わせた(同地域は米軍が守り続ける)。国際赤十字社もイラク駐在のスタッフを減らすことにした。日本も、もう派兵しないかもしれない状況になっている。

 このまま情勢が悪化していくと、米国内で反戦ムードがどんどん高まり、ブッシュの再選は確実に失われる。政権内のネオコンが、わざとイラク情勢を悪化させているのだとすれば、もうブッシュ大統領は「用済み」にされてしまったのかもしれない。

 アメリカでは第二次大戦後、自国を戦争に引きずり込もうとする「軍産複合体」の力が強い状態が続いている。若きケネディはこの勢力に引っかかり、ベトナム戦争を泥沼化させた。ベトナム戦争は結局ケネディ、ジョンソン、ニクソンという3つの政権を振り回し続けた。いったん戦争が始まってしまうと、最高権力者のはずの大統領でさえ、それを止めたりコントロールしたりすることが難しくなる。(関連記事

 パパブッシュが湾岸戦争をクウェート領内にとどめ、クリントンがソマリアやボスニアで空爆以上のことをやりたがらなかったのは、いずれも泥沼に引っかかりたくなかったからだろう。気を抜くと、戦争を泥沼化したがる勢力に国を乗っ取られてしまうというのは、現代のアメリカが抱える悪性の「持病」であり、この病気を抱えている限り、アメリカは世界中に災難を振りまき続け、米国民の多くも幸せになれないだろう。



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