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米軍の裏金と永遠のテロ戦争

2003年8月25日   田中 宇

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 アメリカ国防総省の経理が乱脈なことは、軍事費が急増した1980年代のレーガン時代から知られていた。80年代初めの国防総省では、金槌一本に435ドル、トイレの便座一枚に640ドル、コーヒーメーカーに7600ドルといった、目に余る水増し計上が暴露され、問題になった。(関連記事

 こうした乱脈傾向が、911以降の軍事費急拡大の中で、再び増長している。議会の会計検査院(GAO)が国防総省の経理監査を行い、その結果が今年5月に報じられたが、それによると、国防総省では役所のクレジットカードを使って職員が私物を購入するケースが膨大にあることが分かった。ノートパソコンから宝石、ルイビトンのバッグ、カジノでの遊興費などをカード決済で落とし、1人で1万2000ドルの私物を購入した職員もいた。

 このほか、戦闘で使われていないのに、格納庫に入っているはずの兵器がどこかに行ってしまったというケースも多く、56機の飛行機、32両の戦車などが「行方不明」になっている。これらの兵器はもとから存在しない水増し計上だったか、こっそりどこかに売却されてしまった可能性がある。これらの不正経理の合計額は1兆ドル(120兆円)以上にのぼっているという。(関連記事

前回の記事の末尾に「年に1兆ドルの使途不明がある」と書いたが、これは不正確で「年」単位のフローの使途不明ではなく、国防総省の資産のうち1兆ドル分が不明だというストックの使途不明でした。国防総省の資産総額が不明なので、1兆ドルが資産の何パーセントに当たるかは分かりません)

 国防総省は、こんな不正経理を指摘されたのに、その後、議会に「職員用クレジットカードの使用上限を2倍にしてほしい」と申請している。また、議会の承認を受けずに国防長官の判断だけで使える予算の額を増やしてほしい、という申請も出されているほか、すでに国防予算は年額3000億ドルから4000億ドルへと増額されていく過程にある。これらの流れを総合すると「国防総省は、職員が公費で私物を買う不正をますます奨励しようとしている」ということになる。

 前回の記事とあわせて読むと「イラクの戦場の兵士は、財政難を理由に、水も食糧も十分に与えられていないのに、ワシントンのペンタゴン内部では、職員がお手盛りで不正をやっている」という話にもなる。この話を知ったとき、私も最初はそのように考えた。

▼軍の裏金作りを止めない議会

 しかし、さらに考えていくと、実はペンタゴンの職員は私物を買っていないのではないか、これはもっと深い話なのではないか、と思うようになった。多くの職員が公金で私物を買いまくっているのに、何の罰も受けないというのはおかしい。むしろ国防総省の上層部が、議会や政府の他の役所に教えたくない秘密の作戦にかかる費用(裏金)をまかなうため、職員自身も知らないうちに私物を買ったことにして、よくあるタイプの不正を装っているのではないか、ということだ。

 そう考える決定的な根拠はない。しかし911からイラク戦争に向かう流れの中で、国防総省がCIAの向こうを張るような諜報活動をやっていたり、活動内容を外部にほとんど知られていない特殊部隊をいくつも持っていることが明らかになっている。国防総省の裏金が「ブラックワールド」という名前で1980年代初めから知られていたことは、以前の記事「肥大化する米軍の秘密部隊」で紹介した。

 国防総省が作った120兆円という裏金の額は、日本の国家予算総額の1・5倍だ。韓国の国家予算(約10兆円)の12年分である。国防総省は、外部の誰にも知られずに「影の政府」を運営しているようなものだ。昨今の国防総省の予算増額は「テロ戦争」を背景としており、テロが盛んになるほど予算が増える。裏金を使ってアフガニスタン・パキスタン国境の山岳地帯あたりでテロリストを養成し、自作自演のテロ戦争を展開し、さらに国防予算を増やす、といったことも不可能ではない。

 アメリカの議会は、その気になれば、会計監査を厳しくして国防総省の裏金作りをやめさせたり、規模を縮小させることができる。しかし、議会はその方向には動いていない。

 その理由はおそらく、防衛産業の下請け企業が全米のあらゆる地域にくまなく散らばっており、軍事予算の増加は多くの政治家にとって、地元の有権者に対し「防衛費を増額させて地元の雇用を増やした」と自慢できる状況を作り出しているからだと思われる。アメリカの下院議員の選挙区435地区のうち383地区に防衛産業の下請け企業がある。アメリカの防衛産業は、日本の公共事業のように、全国に広く浅く経済効果をもたらす仕組みになっている。議員自身に対する政治献金も多い。(関連記事

▼「ハイテク兵器」が裏金作りのキーワード

 日本の公共工事には無駄が多いと指摘されるのを見ても分かるように、アメリカの防衛産業を全国にカネが行き渡るような仕掛けにしておくためには、兵器の値段をなるべく高くしておく必要がある。アメリカでは、兵器の値段を異様に高く設定し、それと実際の開発コストの差額で、国防総省の裏金と、議会の政治家を丸め込む費用をまかなってきたのだと思われる。このために用意されたのが「ハイテク兵器」というキーワードだった。

 ハイテク兵器が多用されたのは、1991年の湾岸戦争が最初だった。この冷戦終結後はじめての戦争でアメリカの中枢が学んだのは、米軍にほとんど死者が出ず、しかも快勝できる戦争なら、米国民は熱狂的に支持するということだった。この手の戦争を続行するためには、敵方から発見されにくいステルス型爆撃機や、はるか遠方から標的に命中させる精密誘導兵器、無人偵察機などが必要だということになり、それらは精密なだけに開発費が異様に高いのは当然だ、という設定が行われた。

 湾岸戦争から何年もたって、それらのハイテク兵器の命中率は、それまでの従来型の兵器に比べてほとんど高くないということが分かった。湾岸戦争の際、パパブッシュ大統領はハイテク兵器の象徴だったパトリオットミサイルについて「42発撃ったうちの41発は標的に当たった」と言ったが、命中率はもっと低いことが分かった。そして、そもそもハイテク兵器の開発など必要だったのか、という議論が起きたが、その時にはすでにハイテク兵器の開発費は防衛各社にばらまかれ、政治家はそのような議論には消極的だった。(関連記事

 冷戦終結後、米政府内には国防費を減らそうとする試みもあった。パパブッシュ大統領は国防費の削減に熱心で、クリントンもある程度はそれを受け継いだ。1980年代にGDPの6%を越えていたアメリカの国防予算は、1990年代半ばにはGDPの3%台にまで減っていた。だがそれと対抗するように、1996年ごろから「アメリカの責務は世界を民主化することで、そのためには独裁国家に厳しい態度をとるための強い軍隊が必要だ」という「力による民主化」理論が勃興し、911事件を経て、再び国防費の急増となった。

 国防総省の裏金は、イラクの戦場にいる米軍兵士たちの水や食料などを買い増しするためには使われていない。しかも米軍司令官は「たとえ今後、アメリカ以外の国からのイラク派兵が増えたとしても、米軍兵士を帰国させない可能性もある」と表明している。(関連記事

 その理由は、イラクの周辺国(イランとシリア)と戦わねばならないかもしれないからだと示唆しているが、これらのことは、イラクにいる米軍兵士を自暴自棄にさせ、イラク人の反米感情を煽る方向に作用する。

 秘密部隊を使ってイラク人の反米感情を煽っているという疑惑についてもすでに書いた(「イラクの治安を悪化させる特殊部隊」)。これらの諸作用によってイラクでのテロが増え、その結果国防費のさらなる増額が実現し、裏金が増え、それでまたテロリストを養成し「永遠のテロ戦争」を実現するというシナリオを国防総省のネオコンたちが描いていたとしても不思議はない。

 8月19日に起きたバグダッドの国連事務所の爆破テロも、こうした作用の一つだった可能性がある。これについては改めて書きたい。



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