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アメリカのアジア支配と沖縄

2001年6月5日   田中 宇

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 下地島(しもじしま)は、沖縄本島から南西へ約300キロ離れた宮古島の近くにある。1979年、この島にユニークな空港が作られた。ジェット旅客機を操縦するパイロットたちが訓練を受けるための空港である。当時、飛行機の旅が一般化し始めてたが、ジェット機のパイロットが訓練できる空港が日本国内になく、訓練はアメリカで行われていた。下地島空港は、そうした状況を改善するために作られた。

 下地島は、隣の伊良部島とほぼ地続きの状態で、このふたつの島は、砂浜やダイビングに適したサンゴ礁、亜熱帯のジャングルなどに恵まれている。しかし、観光客がこの島を訪れるには、飛行機ではなく宮古島からの船を使うしかない。下地島空港を発着するのは訓練機だけで、定期便の旅客機が飛んでいないからだ。1994年までは定期便が飛んでいたが、利用客が少ないため廃止されてしまった。下地島空港は、航空関係者専用の地味な存在であった。(下地島空港の概況

▼重要報告書に登場した「シモジシマ」

 その下地島空港が今、アメリカのアジア支配強化の渦の中に巻き込まれ始めている。ことの始まりは今年4月28日、突如として米軍の軍用機とヘリコプターの部隊が空港に飛来したことだった。ヘリ部隊は、沖縄の普天間基地を飛び立ち、フィリピンとの合同軍事演習に向かう途中、給油のために下地島空港に着陸した。(琉球新報の記事)(沖縄タイムスの記事

 アメリカとフィリピンの合同軍事演習は昨年も行われている。昨年は、下地島から150キロほど離れた石垣島に、演習に向かう途中の米軍ヘリ部隊が給油のために立ち寄っている。沖縄県は、緊急時以外に米軍機が県内の民間空港を使わないよう要請しており、それを無視した着陸には、昨年も今年も地元から怒りの声があがった。しかし、米軍は自分たちに対する沖縄の人々からの反発の強まりに配慮して、今回の着陸については沖縄県に対して初めて事前通告した(これまでは直前に空港管制塔に通告するだけの強行着陸だった)。

 去年から始まった年中行事にも思える米軍ヘリ部隊の着陸であったが、実はもっと深い意味があることがやがて分かった。5月15日、アメリカ国防総省系のシンクタンク「ランド研究所」が発表した報告書「アメリカとアジア」の中に「シモジシマ」の名前が登場したからだった。 (共同通信の記事) (報告書の英語の原文

 報告書を書いた中心人物は、その後ブッシュ大統領の軍事顧問(国家安全保障会議メンバー)としてホワイトハウス入りしており、この報告書はアメリカ政府の政策決定のたたき台として使われていることがうかがえる。

 この報告書では、北朝鮮の脅威が減る可能性がある一方、アジアでの支配力を強めた中国が台湾を攻撃する可能性が増えていると指摘し、中国が台湾を攻めた場合の米軍の反撃をより効果的なものにするため、台湾海峡に近い場所に米軍の前線基地(forward operation locations)を新設することを提案している。フィリピンやベトナムに米軍機が離発着できる基地を新設することに加え、「米軍機が下地島をはじめとする琉球列島の各空港を軍事利用できるようにする」という提案が盛り込まれていた。

(報告書では台湾海峡有事のほか、インドネシアやパキスタンが内戦に陥った場合に米軍が軍事介入できるよう、東南アジアや南アジアの米空軍拠点を強化することも盛り込まれている)

▼台湾有事に備えた前線基地になる沖縄西部

 琉球列島には、すでに沖縄本島に普天間や嘉手納という米軍の飛行場がある。それなのに新たに下地島などの民間空港を軍事基地として使おうとする背景には、下地島や石垣島といった沖縄県西部(先島諸島)は、沖縄本島に比べてずっと台湾に近いという地理的な事情がある。

 台湾北部から先島諸島まで400キロ前後だが、沖縄本島まではその倍ぐらいの距離がある。中国空軍機が台湾を侵略した場合、米軍機がなるべく早く反撃するには、沖縄本島より先島諸島から出撃した方が効果があるというわけだ。しかもジャンボ機の離着陸訓練用に作られた下地島の空港は、この地域では唯一3000メートルの滑走路を持っている(他の空港は1500メートル以下)。輸送機を含む軍用機の離着陸には都合がいい。

 報告書では、沖縄で基地に反対する感情が高まっていることをふまえ、先島諸島に前線基地を作るのと引き替えに沖縄本島に駐留している海兵隊を縮小するという方法もある、と具体的な提案までしている。

 ランド研究所が報告書を発表した2日後、フィリピンでの合同軍事演習に参加したヘリ部隊が沖縄本島に戻る途中、再び下地島空港に飛来して給油した。最初の着陸のとき、下地島の関係者は「なぜここを使うのか分からない」と困惑したが、2度目の着陸のときは、もはやアメリカ側の意図は明らかだった。(琉球新報の記事

 さらにその5日後には、沖縄にいるアメリカの総領事が下地島空港を視察し、地元の伊良部町を訪問している。(宮古毎日新聞の記事

 総領事は、米軍の計画と自分の視察とはたまたま時期が重なっただけで関係ないと強調したが、それを信じるにはタイミングが絶妙すぎる。むしろ、米軍機の飛来を受け、ランド研究所の報告書を読んだ後で、地域の人々がどの程度米軍に反対しているか視察したとみるのが妥当だろう。

▼自衛隊誘致との微妙な関係

 もうひとつ、タイミングが絶妙すぎたことがある。空港がある伊良部町では、2年ほど前から空港に自衛隊の訓練基地を誘致する計画を進めてきたのだが、米軍が飛来するほんの10日前に、伊良部町議会が臨時議会を召集し、満場一致で誘致を決議したことである。これは、民間機用の訓練飛行場である下地島空港を自衛隊にも使ってもらうことで、地元に入るお金を増やそうとする計画だ。(琉球新報の記事)(宮古毎日新聞の記事

 この計画は、町長らが2年も前から根回ししてきた案件だった。それなのに臨時議会を開いて急いで決めねばならなかったところに、アメリカの動きに合わせたのではないか、との疑念が湧く。

 また、地元自治体が誘致し、自衛隊がそれを「前向きに検討する」という形式が貫かれているが、この地域が中国や台湾の領海に接している国境地帯であることから考えると、むしろこの計画は、地元より自衛隊の方が強く希望しているはずのものだ。基地反対の動きをかわすため、地元自治体からの要請を受けて自衛隊が動くかたちにしたのではないかとも思われる。

▼中国包囲網の一部としての沖縄

 アメリカと中国の関係が悪化したのは今年に入ってからのことだが、実はアメリカは2年ほど前から、中国に対する軍事包囲網を作り始めている。1990年に冷戦が終わった後、米軍が東アジアに駐留している必要性が低くなり、たとえばフィリピンでは大きな米軍基地が相次いでフィリピン側に返還され、基地が閉鎖された。1999年に入って北朝鮮とアメリカとの交渉が進んだときは、沖縄の米軍基地も縮小すべきだという意見が日米双方で増えた。

 この軍縮の動きを止めたのが、アメリカの政界でわき上がってきた中国脅威論だった。「中国がアジアでの支配力を強化し、アメリカを追い出そうとしている」という見方である。この考え方に基づき、たとえば1995年以来やめていたフィリピンとアメリカの合同軍事演習が昨年から再開されている。

 とはいえ、日米関係を含めたアメリカの東アジア軍事戦略については、曖昧な点が多い。「中国とアメリカの対立が深まった原因は米中どちらにあるのか」「日本政府はアメリカの軍事戦略に対してどの程度ついていくつもりがあるのか」といったことだ。

 下地島空港がある伊良部町では「自衛隊は歓迎しても米軍は絶対反対だ」という世論らしい(宮古毎日新聞の記事)。しかし、アメリカが「それなら自衛隊が中国の攻撃から台湾を守れるよう、日本の憲法を変えてくれ」と日本に言ってきて、日本政府がそれに答えたとしたらどうなるか。

 さらには「中国は日本など周辺諸国にとって脅威である」という見方そのものが、事実とは微妙に食い違う、アメリカ側で描かれた視点だとしたら、アメリカの戦略に乗ることが日本にとって「安全保障」になるのか。それとも、逆に自ら日本を危険な状態に陥れる「安全放棄」になるのか。そのあたりのことは改めて考え、詳しく書きたい。

(続く)



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