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ロシア旅行術

2025年12月6日   田中 宇


この記事は「ロシアに行った」の続きです。

米国側から制裁され、ウクライナから攻撃されているロシアの旅行は、特殊な旅行術を必要とする。今回は、それについて書いてみる。ロシアを旅行するつもりがない人には面白くないかもしれない。

最大の難問は、スマホの電波だ。ロシアでは2025年春から、携帯電話のSIMカードの契約に、ロシア国内用の複数の身分証明書が必要になり、外国人の短期旅行者は事実上、+7で始まるロシアのSIMカードを得られなくなった。
ウクライナの無人機がロシアのsimを入れ、モバイル通信で現在地を調べつつ侵入するのを防ぐため、sim購入時の本人確認を厳しくしている。
ロシアの公衆WIFIは、ロシアの電話番号でSMS認証しないとログインできない。電話番号がないからWIFIを使おうとすると、電話番号を求められて使えないという間抜けな状態になっている。
SMS認証でなくパスワード認証のWIFIがあるカフェやホテルもあるので、それらを探して入って頼むしかない。SMS認証のWIFIしかないカフェでも、店員さんが自分のスマホを使って認証してくれたりする。ロシアは、小さな町でもおしゃれなカフェがあちこちにある。いつも満席な東京から行くとカフェ天国だ。

翻訳アプリも、NFC利用のMirデビットカード決済アプリも、列車やホテルの予約アプリも、WIFIもしくはモバイル通信がないと使えない。
ヤンデックス(Yandex Maps)や2GISといった地図アプリのオフライン地図、翻訳アプリの辞書は、ダウンロードしておくと通信なしで使えるが、地図上のバスの運行状況などは通信必須だ。(2GISの路線図はオフラインでも出てくる)
2GISはグーグルプレイでダウンロードできない。ロシアの代替サイトRuStoreにはある(androidのみ)。私は野良アプリのapkを探してインストールした。
RuStore
Yandex Maps and Navigator

ロシア語ができない私の旅行には、辞書、地図、決済、予約などのアプリを入れたスマホとモバイル通信が必要だ。
Mirのタッチ決済があるとすごく便利なので、モバイル通信がなくても決済できるよう、入国時にシェレメチェボ空港のスベル銀行で物理カードを作るのが良い。私はソチから入ったので作れなかったが、以前に作ったTバンクのカードが使えた。クリミアはモバイル通信が全く使えなかったが、オフライン地図とMir物理カードで何とか旅行できた。

ロシアでは、GPSなどの位置情報がほとんど使えない。GPSテストのアプリで調べると衛星はたくさん出てくるが、電波が弱く使える時が少ない。ジャミングしている場所も多い。ロシアでスマホは、測位をモバイル通信に依存している。
モバイル通信できないと位置情報も得られない。地図アプリは、道の曲がり方や周囲の建物の特徴、通りの名前などで現在位置を推測するしかない。方向音痴の人はロシア旅行しない方が良い。私は地図オタクなので、むしろ楽しかった(国際情勢に興味を持ったのも地図オタクが発祥)。

GPSは、ウクライナ軍の無人機に使われないよう、露軍が妨害電波を出してジャミングしているらしい。ソチなどで、不意にスマホの位置情報がクリミアのケルチ大橋のたもとを現在地として指し示した時が何回かあった。
これはもしかして、ケルチ大橋を破壊しようと黒海の沖合を経由して飛んでくるウクライナの無人機を、はるか手前で「今すでにケルチ大橋だよ」と誤情報を流し、海上での墜落を誘発しようとしているのでないか。
モスクワでは、位置情報がシェレメチボ空港を指したりした。これも同様の撹乱策か?。クレムリンの近くでも、GPSが常に頓珍漢な場所を指していた。

話をローミングに戻す。露SIMを契約できない代わりに、日本のドコモ(アハモ)や楽天モバイル、日本以外のeSIM会社(Instabridgeなど)が提供しているローミングを使うと、ロシアでモバイル通信できる(接続不能が多々あるが)。
ネットで匿名でeSIMを契約できるeSIM会社の多くはロシアを経済制裁している米国側の諸国にあり、ロシアへのローミングの提供を次々に中止しており、提供継続は数少ない。
私は検索して2社を発見して契約したが、eSIMXは初期設定時にエラーが出てeSIMをスマホに追加できなかった。もう一社のInstabridgeは使えたが、ローミング接続できない時が多かった。
Instabridge eSIM

全体的に、ローミング先に接続を拒否されることが多く、遅い2Gのみ接続可で、電波一覧に4Gや3G出ているのに拒否される時もあった。州を越えるとローミング先が変わる時もある。
ローミング先がどこなのか公表されていないので、自動選択でつながらない場合、通信キャリア一覧を出して順番に接続を試みるしかない。ローミングはロシアだけでなく、世界的に苦労が多い。

12日間のロシア滞在で、接続できた日は、アハモが6日、楽天とInstabridgeが3日ずつだった。クリミアは携帯会社が独自なので完全拒否。その他の地域でも全滅状態があった。
電波がなくても、2GISの地図は、オフラインでバス路線も表示できるので助かった。バス路線が表示できないと、まちなかの移動が徒歩だけになる(タクシーアプリもモバイル通信と位置情報が必須)。
スマホがなかった時の世界旅行は、市内バスを乗りこなすのが至難のわざで、ガイドブックの地図の外側に出ると自分がどこにいるのかわからなかった。今は、とても便利な世の中になっている。

ロシアのモバイル通信の問題はもう一つある。安全保障上の理由から、ロシアに(再)入国して最初に電波を拾ってから24時間経たないとモバイル通信できるようにならない。72時間以上使われなかったsimカードも、同様に24時間モバイル通信を止められる。
ただし、携帯会社のウェブサイトの認証ページにアクセスして、パズル解きなどで使用者が無人機でなく人間であることを示すと、即時に規制解除される。この措置は、ロシアのsimとローミング(外国sim)の両方が対象だ。
ウクライナ軍が飛ばしてくる無人機がモバイル通信を使って現在地を確認しているので、それを阻止するのが目的だ。この規制は2025年10月から行われている。
Russia Plans 24-Hour Internet Blackout for Dormant or Returning SIM Cards
Russia Has Started Blocking Foreign SIM Cards for 24 Hours, Belarus Says

クリミアは、さらに特殊事情がある。ロシアの他地域(露本土)と異なる携帯通信会社しかなく、ロシア以外のSIMだとローミングできない。露SIMを契約できない外国人旅行者はクリミアでモバイル通信できない。多分ドンバスも同様だ。
クリミアでは、地域独自のモバイル通信会社(クリムテレコム)だけが通信網を持っている(クリミアで、スマホの通信キャリア一覧を表示すると「250」と表示される。250はロシアのMCC=モバイル国番号でもある)。
Krymtelekom

MTSやメガホン、ビーラインなど、ロシアの国内SIM各社はクリミアで、クリムテレコムの電波にローミングして通信している。しかしロシア以外のSIMはつなげない。
日本は政府がロシアのクリミア併合を認めておらず、クリミアをウクライナ領とみなし続けているので、ロシア企業(MTS傘下らしい)であるクリムテレコムは不当であり、日本の通信会社はローミング契約していない。

ロシア本土からクリミアに行って数日旅行してまた露本土に戻ってくると、またモバイル通信できなくなっていた。72時間以上通信を使わなかったので24時間規制をかけられた。
最初のソチ入国後は、携帯通信会社から何の連絡もなく、24時間待ったら通信できるようになっていた。それと対照的に、クリミアから露本土(クラスノダール)に戻った時は、露本土に入った直後に、アハモと楽天のローミング先であるビーラインとメガホンから英露2か国語で書かれたSMSのメールが届いた。メールにあるURLを開いて、パズル解きなど規制解除の手続きをとるとモバイル通信できるようになった。
WIFIをオフにしろと書いてあるが、オフにしたらインターネットに繋がっていないので何も出てこない。カフェやホテルに行ってWIFIをつなぎ、WIFIをつけたり消したりしながらブラウザをリロードすると、数分後にモバイルが開通した。
これから訪露する人のために、届いたメールを貼り付けておく。

Welcome to Russia! Your roaming (internet and SMS) is temporarily restricted for 24 hours for security reasons. To restore full access now, please complete identification at the link below. Turn off Wi-Fi and VPN first. https://balance.beeline.ru/guest/

Welcome to Russia! Tap the link to unlock Internet and SMS https://visitor.megafon.ru/1mdlb

ロシア旅行の難関の2つ目は「お金」だ。経済制裁で、ロシア以外で発行したクレジットカードが使えない。外国から送金できないので、米ドルの現金を持ち込むしかない(ユーロは両替率が悪いらしい)。
ロシアのミール(Mir)のデビットカードが作れれば、交通運賃や買い物に広く使える。前回2023年に来た時は、電話番号を簡単に取得でき、外国人でも開設できるティンコフ(今はTバンク)のアプリでネット口座を作り、デビットカード(物理カード)をホテルに配達してもらった(今回再訪して確かめたら口座やカードは生きていた)。Tバンクは現在ロシアの電話番号がないと口座開設できない。

今回は、最大手のスベル銀行が、ロシア以外の電話番号でSMS認証してネット口座を作れるようにしていた。日本にいる間にアプリを入れてSMS認証して口座を開設する。訪露し、ドルをルーブルに替え、ATMで口座に入れると、スマホのNFCでミールカードのタッチ決済(ヨーマネー YooMoney)ができる。
だが、モバイル通信できないとタッチ決済が動かない。モスクワのシェレメチェボ空港や中心街の支店では、口座を持っていると、即日で物理カードを作ってくれるらしい。ローミング接続がとても不安定なので、物理カードが必須だ。
YooMoney

私はロシア語ができない。値段を尋ね、ロシア語で金額を言われてもわからない(私は語学がダメで、数字を覚えてもすぐ忘れる)。ロシアは、英語を話す人がいない(ホテルのフロントすら)。露語は国連公用語なので、外国語なんて覚える必要ないという感じだ。
ミールのカードがあれば、露語ができなくても、値段を尋ねずにバスに乗れ、買い物もできる。スマホのオフライン地図があればバスに乗れる。物理カードがあれば、モバイル通信がなくても良い。通信が必要な時は地図アプリでWIFIつきのカフェを探して行く。これでクリミアを旅行できる。

ロシアの国鉄アプリは、座席指定と支払いもできて便利だが、ローミング接続だと開けない。露simかWIFIが必要だ(日本からだとロシアvpn経由で開ける)。WIFIがあるところで予約し、乗車券をpdfでダウンロードしておく(長距離列車の切符は記名式なので旅券だけで乗れる)。
国鉄アプリの替わりに、ヤンデックストラベル(yandex travel )のアプリやウェブなら、ローミング接続で使える。座席指定もできる。ロシア語のみなので画面翻訳しながら使う。乗る列車の途中駅の時刻表は国鉄アプリにしかないので、WIFIがある時にスクショしておく。
RZD ロシアの国鉄アプリ РЖД Пассажирам билеты на поезд
RZD ロシアの国鉄サイト。アプリもウェブも、日本から接続する場合、以下のロシアvpnを実行してから開くとアクセスできる)
Russia VPN - Secure VPN 。同じ名前のアプリが3つある。全部試して、これが一番ましだった。広告がうざいけど。他はもっとひどかった)

クリミアに行く列車は、ロシア国鉄でなく独自会社を作って運行している(2014年のクリミア併合後、露国鉄への欧米の経済制裁を避けるための措置らしい)。国鉄アプリに出てこない。ヤンデックストラベルで予約した。私が行った時は毎日2本あった。
ウクライナからの攻撃が懸念されるクリミアには旅客機が飛んでいない。列車しかない。
yandex travel Яндекс Путешествия

ホテルのアプリは、ゼンホテルズ(zenhotels.com)、オストロボク(ostrovok.ru)。それから、トリップドットコム(trip.com)の言語設定をロシア語にすると、ロシアのホテルが予約できる。
運営会社がロシア外にあるゼンホテルズとトリップドットコムは、日本のクレジットカードで決済できる。現金で持ちこんだミールカードの貴重な資金を使わくてすむ。これは便利だ。
ゼンホテルズ。日欧では評判が悪いが、私が何回かロシアのホテルを予約した時は問題なかった。アプリもある。日本語にもなる)
オストロボク
ロシア語のトリップドットコム

クリミアから露本土に戻る時に、アゾフ海の北側を通り、ドンバスのマリウポリに行こうかと思った。クリミアに行く列車内で、片言の英語ができる人がいて話したところ、マリウポリやメリトポリは安全だという。バス予約サイト( unitiki.com )を調べたら、ロストフドヌや、クリミアのシンフェロポリと、マリウポリの間は、1日に10本以上のバスがある。
だがドンバスは、地図アプリが2つともオフライン地図がない。携帯電波の状況はクリミアと同じ接続不可だろう。オフライン地図がないと動けない。(ドンバスをウクライナ領とみなす米国側の地図アプリ、オルガニックマップ Organic Mapsは、ドンバスのオフライン地図があったが)
バス予約サイト Купить билет на автобус онлайн
Offline Organic Maps

3つのホテルのアプリで検索しても、マリウポリは出てこなかった。これは要するに、ドンバスはまだ推奨される旅行先でないのだろう。
クリミアは併合から11年経っており、ロシアで人気の観光地になっている。だがドンバスは併合から3年しか経っていない。場所によっては戦闘も続いている。時期尚早と判断した。

ロシアの電話番号がないと全く使えないのは、タクシーアプリのヤンデックスゴー(Yandex Go)だ。日本の電話番号だと初期設定で必要なSMS認証のメールが来ない。
ヤンデックスゴーはウズベキスタンなど中央アジア諸国でも使える。私はウズベク入国時に地元のsimを買い、初期設定を終えた。
しかし、それ以外の場合、ロシアでアプリを使ってタクシーに乗ることができない。ホテルのフロントや空港のカウンターで呼んでもらうしかない。大きな駅の前にはタクシーの客引きがいるが、多分ボラれる。
Yandex Go

ロシアは最近、中国などいくつかの友好国からの旅行者をノービザで入れている。しかし事前にruIDというアプリを入れて登録する必要がある。「敵性国民」である日本人はビザが必要だが、ネットで申請・受理できて4日でとれる(50ドル)。手間として、ノービザ用のruIDへの記入と大差ない。
ビザ申請時に「受け入れ機関」の欄があるが、最初に泊まる予定のホテルの名前と住所電話を入れればよい。ホテルの予約がなくても良い。
ruID
E-visa Application Process

ロシアを旅行するつもりがない人には面白くないかもしれないので、このぐらいにしておく。




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