|
続くウクライナ停戦の茶番劇
2025年5月2日
田中 宇
5月1日、米国とウクライナが、2月から延期されていた資源協定を結んだ。米国がウクライナに軍事支援し続ける見返りに、ウクライナが地下資源の利権を米国に渡す協定だとされている。ウクライナの利権をむさぼりたいトランプの強欲を示す協定だとも言われている。
(Seven takeaways from Ukraine minerals deal)
トランプはゼレンスキーに、資源協定を結ばないと軍事支援しないと加圧してきた。ゼレンスキーは2月に協定調印のために訪米したが、その会合でトランプやバンスと喧嘩してしまい、トランプは調印を中止してゼレンスキーを追い出した。トランプは、協定を結べと加圧しつつ、実際は結ぶ気がなく、協定は強欲さを演出する「偽悪作戦」的な目くらましな感じだ。
(ゼレンスキーを騙し討ち)
ウクライナ政府は、調印した資源協定の文面を発表した。そこには軍事支援のことが書いていない。停戦して国家再建していく際に、米国とウクライナで投資金を出し合って、ウクライナの石炭石油から希土類までの地下資源を開発していく協定になっている。
米国がウクライナから搾取するのでなく、米国がウクライナの再建に協力する話になっている。当初トランプが要求していた、これまで支援して資金の返済には言及せず、その点でも強欲さはない。協定の文書は大枠を決めたもので詳細は曖昧だ。その点で搾取をやれると言えなくもない。
(Agreement between....)
石炭などウクライナの地下資源の半分は、ロシアが占領・編入したドンバスやクリミアにある。ドンバスは昔から石炭の産地として有名で、クリミアは石油ガスの埋蔵が確認されている。ドンバスもクリミアも、今後ずっとロシア領であると予測され、トランプ自身もそれを認めている。
米国がクリミアやドンバスの資源開発に参加するには、ウクライナでなくロシアとの協定が必要だ。トランプは、協定を加圧する相手を(わざと)間違えている。
今回の協定の主眼は希土類だとされている。希土類はロシアに奪われていないウクライナ本体にも多く埋蔵されているが、ほとんど採算がとれない。だから、ウクライナの希土類の多くは手つかずのままになってきた。
(US-Ukraine Minerals Deal: 'Trojan Horse' for Creating a Frozen Conflict?)
資源の開発には、ウクライナが停戦して平和になることが必要だ。ウクライナがロシアに勝つことはもう不可能なので、ウクライナが譲歩して停戦和平するしかない。
だが今回の資源協定は、米国がウクライナを軍事支援し続ける見返りに調印された。ゼレンスキーはまだ戦争する気で、軍事支援が必要だからトランプの加圧に呼応して、停戦を前提とする資源協定に調印した。だが、資源開発は停戦が必要・・・。この点でも協定は茶番だ。
(US-Ukraine resources deal: What we know so far)
トランプは「米国が税金を使ってウクライナに出してきた巨額支援を資源類で返してもらうんだ」と言って米国民の支持を得ようとしてきた。
ウクライナ側は、戦時下なので愛国心を鼓舞しており、国富である資源の利権を米国に奪われるのは御免だ。トランプの言いなりで資源を差し出すゼレンスキーへの反対も強いはずだが、それを押しのけて協定を結ばないと米国から軍事支援してもらえない。
ゼレンスキーは2月、難しい状況を乗り越え、国内の反対を抑えて調印式に臨んだのに、トランプ陣営から喧嘩を売られて追い出され、調印できずに帰国させられた。トランプは、ゼレンスキーやウクライナを愚弄する策をとってきた。
(Kremlin Reacts To Minerals Deal Signing: 'Trump Has Broken The Zelensky Regime')
今回、トランプが就任時に露側と話し合って決めたウクライナ停戦発効の予定日だった5月9日のロシア戦勝記念日が近づいたタイミングで、延期されていた資源協定が調印された。これは何を意味するのか。
ゼレンスキーのウクライナは、まだ米国から軍事支援を受けて戦争を続けようとしている。ウクライナは、クリミアやドンバスをロシア領と認めることを拒否している。
だがロシアと米国は、停戦和平したいという姿勢を(表向き)強めている。ロシアは4月末、停戦和平の障害となってきたクルスクからウクライナ軍を正式に追い出した。クルスクの戦闘で北朝鮮軍に手伝ってもらったことも認め、北朝鮮を絶賛した。
ロシアはすでにクリミアとドンバスを自国に編入し、ウクライナ侵攻(特殊作戦)の目的を達成した。ウクライナ戦争の「隠れ多極主義」的な目標だった非米側の結束も強まった。
トランプの高関税策で、ドルの基軸性(米経済覇権)の低下も加速した。米国の金融崩壊も時間の問題だ(みんな気づかずNISA持ったままだけど)。
ロシアとしては、目標をほぼ達成し、そろそろウクライナ停戦和平してもかまわない。
(Schiff: The Bounce Is Just A Bear Market Rally)
トランプも「無意味なウクライナ戦争を早く終わらせたい」と言い続けている。しかし、終わらせられない。なぜなら、ゼレンスキーを支援してロシアを打ち負かすまで戦争を続けたい英仏独EUとカナダ(好戦派でトランプ敵視なカーニー新政権)がいるからだ(という演技)。
トランプは「米国はウクライナを停戦して平和にしたいのに、英仏独EUカナダ(英国系の諸国)が好戦的で、ロシアを打ち負かすまで戦争すると言っている。だから停戦できない」と言い訳したい。
そしてトランプは裏で、英仏独EUに対し「ウクライナをテコ入れするなら早くやってくれ。英仏がウクライナに派兵するなら、早くやれ。さもないと米露で停戦を進めてしまうぞ」とせっついている(せっつくために、トランプはNATOをやめていない)。
(Signs Final Trump-Brokered Minerals Deal, Giving US Preferential Access To Resources)
英仏独EUは、ウクライナに本気で参戦したら自滅が加速する。トランプもプーチンも、英仏独EUがウクライナに本気で参戦して自滅するのが良いと考えている。いや正確には、英仏独EUはおそらく最終的にウクライナに本気で参戦しない。したら自滅するからだ。
(Ukraine’s Western backers struggling to muster troops)
参戦せず二の足を踏んでいるうちに、英仏独EUの諸国民は、好戦的な既存エリート(全体主義化したリベラル派)を嫌う傾向を強め、選挙でエリート政党を負けさせ、独AfDや仏ルペンなどの親露な右派を政権につかせる。
西欧(昨年まで米欧)を支配してきた英国系エリート支配は、軍事的もしくは政治的に自滅していく。これは英米覇権の自滅でもある。ウクライナ戦争は、2022年に始まった時から、それが目的だったともいえる。
(英欧だけに露敵視させる策略)
英米覇権の最後の勢力である英仏独EUのリベラルエリート政権が転覆され、非英的な右派政権になると、多極化の行程が終わり、世界は多極型になって安定していく(そのころには中東もアブラハム協定の新体制が確立する)。
ウクライナ戦争がなかなか終わらないのは、英仏独EUの政権転覆が進んでいないからだ。ウクライナ戦争のほか、無根拠な人為説に依拠して超愚策な電源転換を進める地球温暖化対策も、欧州の没落を誘発している(新型コロナの都市閉鎖も欧州を自滅させる策だった)。
最近スペインやポルトガルで、太陽光や風力の発電に転換する超愚策を急いだ結果、大規模な停電が起きて、非常事態宣言が必要な大混乱になった。これは、地球温暖化対策で欧州を自滅させる策が順調に進んでいることを示している。
(The Spanish Power Outage: A Catastrophe Created By Political Design & A Warning To The World)
プーチンのロシアは、4月20日の復活祭と、5月9日の戦勝記念日に際し、2-3日間ずつウクライナの戦闘を停戦した。これは、トランプ就任時に米露で決めたウクライナ停戦の日程が、復活祭までに停戦交渉の本格化、戦勝記念日までに停戦の実現、となっていたからだ。
実際は、西欧にウクライナ戦争の主導役を押し付けて自滅させる策のため、停戦は進まなかった。プーチンは、ウクライナ軍が建て直せないほどの短期間である2-3日ずつの象徴的な停戦を設けた。1週間以上停戦するとウクライナ軍が反撃を強めて露軍に被害が出るので2-3日にしたのだろう。
(ウクライナ停戦に乗り出すトランプ)
トランプとプーチンは、ウクライナで英EUを自滅させる策をとりつつ、自分たちは非米側を安定強化する策を進めている。それは、たとえば北朝鮮だ。
トランプは最近、金正恩とまた会いたいと言い出している。プーチンは、クルスクでの北朝鮮軍の活躍を発表して称賛し、ロシアが北朝鮮に最新鋭の軍事技術を伝授していることを明らかにした。
いずれトランプが金正恩と会い、ロシアや中国とも協力し、韓国と北朝鮮の対話を再開させようとする。
欧州は自滅し、他の世界は安定していく。
(White House preparing for possible Trump-Kim talks)
(First Video Showing Russian Instructors Training North Korean Troops)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ
|