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ウクライナ停戦とその後

2025年3月13日   田中 宇

トランプの米国が、ゼレンスキーのウクライナと交渉して30日間の停戦案をまとめた。トランプは、2月末に訪米したゼレンスキーとの会談が喧嘩になるように仕掛け、米国からウクライナへの軍事諜報(GPSなど)や兵器の供給を止めてウクライナ(や背後にいる英欧)軍を戦闘不能に陥れ、ウクライナが米国の言いなりで停戦を受け入れるように仕向けた。
ゼレンスキーを騙し討ち
What a 30-day ceasefire means for the war

ゼレンスキーは当初、停戦の見返りに米国から守ってもらう約束をとりつけようとしていたが、2月末にトランプと喧嘩させられて以降、弱い立場に落とされ、米国からの軍事支援を回復してもらうだけで精一杯だった。
トランプはウクライナへの軍事支援の再開を約束したが、これから30日間の停戦に入るので、その間、軍事支援は行われない。その後どうなるかは不透明だ。
米欧同盟を機能停止したトランプ

プーチンのロシアが停戦案を拒否して話を潰すのでないかと報じられている。私の予測だと、プーチンは停戦案に賛成する。なぜなら、プーチンはクルスクからウクライナ軍を追い出そうとしているように見えるからだ。
Ukrainian forces encircled in Kursk Region

停戦するには、ウクライナ軍がロシアの国境沿いのクルスク州を占領しているのを終わらせる必要がある。負けているウクライナは、ロシアがドンバスなど自国領を占領している事態を受け入れても停戦したい。対照的に、勝っているロシアは、自国領であるクルスクがウクライナに占領されたままだと停戦しない。
昨年8月に始まったクルスク占領はこれまで、米欧がウクライナ停戦を望んでも実現できないようにするために存在していた。プーチンは。戦争継続した方が非米諸国がロシア側で団結して世界が非米化・多極化するので好都合だった。ゼレンスキーは戦争継続が権力基盤だった。クルスク占領は、両者の思惑が合致して長引いていた。
ウクライナ戦争の永続

今回、米ウクライナが停戦で合意する中で、露軍がクルスクからウクライナ軍を追い出す動きが加速している。露軍は、占領地域の85%を奪還した(2週間で20%ぐらい増えた)。最大都市のスジャも3月12日に奪還した。ウクライナ軍の窮地が加速している。
優勢が増す中、プーチンは戦場化したクルスクを初めて訪れ、兵士たちを鼓舞した。これらの動きから、1-2週間内にクルスクからのウクライナ軍の追い出しにメドが立つかもしれないと感じられる。クルスク占領が終わると、ロシアは停戦しても良い状態になる。
Putin visits Russia’s Kursk Region for first time since Ukraine’s incursion

トランプ就任後、ウクライナに関して、米露のキリスト教徒が復活祭(イースター)を祝う4月20日(トランプ就任から百日目でもある)までに停戦、ロシアの(対ナチス)戦勝記念日である5月9日に和平合意締結、という日程案が流布していた。
この日程はトランプが勝手に決めたのかもしれないが、ロシアのイースターや戦勝記念日など、ロシア側が喜ぶ日程になっている(ウクライナのネオナチに勝った日が、対ナチス戦勝記念日と同じ)。トランプは就任直後からプーチンと何度も電話会談していたようなので、この日程はプーチンも了承した可能性がある。
ウクライナ停戦に乗り出すトランプ

これから1週間後の3月20日前後にプーチンが賛成して30日間の停戦が始まると、終了日はちょうどイースターの4月20日になる。もしくは、これから1か月すったもんだして4月20日から停戦開始とか。うまくいけば、5月9日の戦勝記念日に和平合意できる日程だ。
Trump Opts For More War With Russia

日程は良い感じだが、世界を多極化したいプーチンやトランプは、ウクライナが停戦しない方が好都合でないのか。ウクライナを完全停戦・和平させることでかまわないのか??。
欧州では英仏独EUなどが、ウクライナ戦争(停戦監視)や対露敵視の継続を前提に、赤字国債を大量発行して軍備強化を急ぐことを決めている。
ドイツの諜報長官は、軍備強化には最短でも5年かかるので2030年までウクライナ戦争が続かねばならないと表明し、ウクライナの親露派から非難されている。
Ex-Ukrainian PM outraged by German intel chief’s warning

ウクライナ戦争があっさり終わって恒久和平が確立されると、英仏独EUの好戦的で露敵視なエリートや左派は戦略が破綻する。和平の方が良いと考える有権者は、エリートや左派の諸政党を嫌ってAfDなど右派に投票する傾向を強め、欧州のエリート支配が崩れる。
欧州エリート支配の崩壊は、イーロン・マスクやバンス副大統領らトランプ政権が望むことなので、それがウクライナ和平のもう一つの目的なのかもしれない。
だがそうでなく、エリート支配の欧州勢(や米諜報界英国系の残党)がウクライナの停戦体制を破壊する策動を起こして成功し、プーチンやトランプが(表向きだけ)望んでいる停戦が壊される展開もあり得る。
'Ukraine Will Not Recognize Any Territory Occupied By Russia': Zelensky

ウクライナが停戦したら、ゼレンスキーも(選挙して負けて)辞めねばならない。彼は腐敗がすごいので、下野したら逮捕される。欧州勢が停戦を破壊するなら、ゼレンスキーはこっそり協力する。
欧州勢とゼレンスキーが停戦体制を破壊しようとして、トランプやプーチンが気づかないふりをしたら、停戦体制が破壊されて戦争に戻るが、米国は欧州を非難して参加せず、欧州だけがロシアと戦うことになる。
非米諸国はロシアに味方し、世界を多極型に転換していく。ウクライナは欧州にとって、米国にとってのベトナム戦争やイラク戦争のような自滅的な戦争になっていく。
ウクライナ停戦が実現するのかどうか、実現した停戦を欧州勢が認めるのか、破壊するのか。それはこれから見えてくる。
Will Putin Agree To A Ceasefire?
‘A ceasefire only benefits those who are retreating’: Russia’s top foreign relations experts and actors react to US-Ukraine talks

米露がウクライナを停戦和平したうえで欧州に破壊させるシナリオは、トランプとプーチンの両方にとって都合が良い。
トランプは、選挙公約だったウクライナ停戦を果たしたのに欧州に潰されたと言える。トランプは、停戦を潰した欧州やウクライナに激怒して軍事協力をまた止め、NATOも相手にしなくなり、欧州の輸出品に高関税をかけて経済的にも縁を切る。
米国は、米英覇権を牛耳ってきた欧州の英国系を自滅に追い込んで拘束から解放され、ロシアや中国とよろしくやって多極化を推進する。
China, Russia, Iran To Hold Nuclear Talks In Beijing After Tehran Snubbed Trump Offer

これまで米国には「軍産複合体」が取り憑いていた。イーロン・マスクのDOGEが軍産の不透明な政府支出のシステムを破壊している。軍産はトランプに不満だ。イスラエルなど中東も、これまでは軍事のかたまりだったが、トランプやプーチンの協力で中東の諸問題がイスラエルに都合良く解決していくと、軍産は中東で儲けられなくなる。
軍産の不満に対し、トランプは「これから欧州が猛然と軍備拡大してロシアと戦争し続ける。欧州に行け」と言える。軍産は欧州に取り憑き、高福祉社会の財政を食い荒らして浪費して自滅させる。
欧州が団結して本気で戦うとロシアより強い。だが欧州は、これまでのウクライナでの米国主導の稚拙な戦い方を継承するので、無駄に負け続ける。
Ukraine 'Losing Its Trump Card' As Key Kursk Town Liberated By Russian Troops

バイデン政権はウクライナ戦争を長期化しており、プーチンにとって好都合だった。だがトランプは、ウクライナを停戦すると公約して当選した。プーチンは当初、トランプを警戒していた。(トランプが本気で停戦に動いた場合を考えて昨夏、ウクライナ軍のクルスク侵攻を誘発した)
だがプーチンは今年1月、就任後のトランプを高く評価し始めた。トランプのウクライナ停戦が停戦にならないとわかったからだろう。
最近、プーチンの周辺から「トランプを信用すべきでない」という見方が出ている。トランプとプーチンは、裏で仲良くし続け、中東など世界の諸問題を解決していくが、表向きは「米欧ウクライナがロシアと戦っている。米国はロシアの敵だ」という構図も残す。その方が、共通の敵である英国系(欧英)を思い切り自滅させられる。
Sergey Karaganov: Russia must not fall into Trump’s ‘honey trap’



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