|
トランプ返り咲きで世界が変わる、という演出
2025年1月14日
田中 宇
1月20日の就任式でドナルド・トランプが米大統領に返り咲くのを機に、世界のいくつもの大きな対立が解決するとか、トランプは返り咲いただけで世界が良くなるんだからすごいぞ、といった演出が進められている。
ガザの停戦がその一つだ。私は昨年12月18日に「ガザ停戦、アブラハム合意交渉再開へ」という記事を書いた。トランプの就任式までにハマスが人質の一部を解放してイスラエルと停戦し、見返りにサウジアラビアがイスラエルとの和解(アブラハム合意)に進んでいく、という予測記事だった。
(ガザ停戦、アブラハム合意交渉再開へ)
その後、エルサレムポストなどは、ハマスとの停戦交渉が頓挫している・・・、少し進んだ・・・、また頓挫だ・・・、みたいな一進一退の記事を出し続けていた。私の予測がまた外れたかな、と思っていたら、1月13日から急に「今週中に話がまとまりそうだ。早ければ24時間以内にも・・・」という話が噴出し始めた。
(Hamas claims it made concessions for Gaza ceasefire)
(Gaza truce could happen ‘this week’ - White House)
トランプの就任式まであと1週間。トランプ返り咲きとともにガザ停戦、という演出をするなら、今週中に人質解放・停戦が合意されても不思議でない。
「ハマスの姿勢が急に軟化したので、イスラエルは驚きつつ対応している」みたいな記事が出ているが。笑える。実際にハマスが姿勢を変えたのでなく、ハマスが姿勢を変えたと見えるように、イスラエルがガザ停戦交渉を動かし、マスコミや分析者に描かせている。
(Israel 'caught off guard' by Hamas flexibility in hostage deal talks - report)
イスラエルがヒズボラを潰しているレバノンの戦争も昨年10月から停戦しているが、イスラエルは「必要に応じて」レバノン国内を好き勝手に攻撃し続けている。
イスラエルは、停戦したように見せかけて、ヒズボラとの合意条項の中に、必要に応じてレバノンを攻撃できるという条項を入れ、実は停戦していない。これと同様にイスラエルは、ハマスとの合意でも、必要に応じて攻撃を続けられることにするだろう。
(ヒズボラやイランの負け)
イスラエルの目標は「ガザ抹消」「パレスチナ(西岸とガザ)抹消」だ。パレスチナを民族浄化によって消滅させ、西岸とガザをイスラエルに併合していきたい。
正直に停戦したらハマスが復活し始め、ガザ復興の構想も欧州などが言い出しそうだから、イスラエルはガザ抹消の目標を達成できない。
トランプは、イスラエルに好き放題やらせてくれる。だからイスラエルは見返りにガザ停戦などを演出し「トランプが返り咲いて世界が良くなった」という物語を表出している。実際は「停戦」しない。
(Israel Refusing To Commit to a Permanent Gaza Ceasefire as Part of Hostage Deal)
イスラエルは、イスラム世界とアラブ諸国のまとめ役であるサウジアラビアと国交正常化(アブラハム合意)したい。サウジが和解してくれたら、アラブ全体がイスラエルとの和解に動き、イスラム世界のイスラエル敵視も減る。
イスラエルは、パレスチナを抹消しつつ、サウジやアラブと和解していくという、とんでもなく野心的で一見無理な目標を達成しようとしている。リベラル派などイスラエルを嫌う人ほど「そんなの無理だ」と言う。実際は、それほど無理でない。
(Saudi Arabia, Israel peace will only happen if Gaza war ends, sources tell 'Post')
子分であるUAEに、イスラエルとの関係を正常化させたが、自国はまだ。サウジは、イスラエルからもう一つぐらい譲歩を引き出し、アラブやイスラムの盟主として優勢を形だけでも得られたら国交正常化したいと考えている。
以前のサウジは「イスラエルがパレスチナ国家をうまく機能させない限り和解しない」と言っていたが、そんなのもう無理だ。イスラエルは、パレスチナを支持してイスラエルと戦っていたイランやヒズボラやアサドなどの諸勢力を潰してしまった。パレスチナを支持支援してきたEUや米民主党・欧米のリベラル派も没落している。
サウジは、パレスチナにこだわり続けたら不利になるだけだ。最低限の追加譲歩をしてくれたら、早めにイスラエルと和解・国交正常化したい。ガザ停戦(の演技)を追加譲歩として、サウジがトランプ就任後にイスラエルと正式和解するシナリオが動いている。
ガザ停戦だけでなく、イスラエルとサウジの国交正常化(アブラハム合意の達成)も、トランプ返り咲き祝賀の「打ち上げ花火」になりそうだ。
(Gaza hostage deal can be reached within a month, sources tell 'Post' )
このほか「イスラエルがヒズボラを潰し、イスラエル傀儡のHTSがシリアでアサドを潰すのを、ヒズボラやアサドを傘下に入れていたイランが傍観している自滅容認の姿勢」も、トランプへの祝賀として、イスラエルがイランに強要したことだ。
イランがイスラエルにやられて自滅を容認した見返りに、プーチンのロシアがエネルギーや軍事などの分野でイランと戦略提携を強めている。プーチンの後ろには習近平の中国もいる。イランは、イスラエルの強さを認める見返りに、非米化した世界システムの中で発展を手にする。
(Russia-Iran Power Play: Strategic Alliance Taking Shape)
(Russia, Iran To Sign 'Comprehensive Strategic Partnership' Treaty This Week)
中露は以前からイランをテコ入れしてきたが、今後はイスラエルとトランプも隠然とこれを支持する。以前の米イスラエルはイランを潰そうとしたきた。だが、レバノンやシリアがイラン系からイスラエル傀儡に転換しつつある中で、今後の米イスラエルはイランを敵視しなくなる。
最近、米国(トランプもバイデンも)とイスラエルは表向き「必要ならイランを空爆する」と言っているが、これは見事な目くらましだ。
米国が隠然とイランの非米側での発展を容認する姿勢を強めるので、それを見返りとしてイランは、傘下のヒズボラやアサドがイスラエルとその傀儡(HTS)に潰されるのを耐え忍んだ。
(Military Action Against Iran Will Be a ‘Real Possibility’ Under Trump)
米イスラエルは、トランプ就任に合わせ、イエメンのフーシ派も潰すぞと言って、軍事攻撃を激化している。イラン傘下のフーシ派は、イスラエルを実際に攻撃し続けている最後の勢力だ。
親分のイランはおそらく、フーシ派が米イスラエルに潰されていくことを耐え忍んで容認する。ヒズボラやアサドが潰されるのは容認したイランが、フーシ派だけを守り抜くはずがない。
フーシ派は潰されていく。フーシ派やヒズボラやアサドは、トランプ就任を祝賀する「人柱」「生贄」にされている。
(Recognizing Somaliland: A geopolitical game-changer for West Asia?)
シリアやレバノンで内戦に再燃して混乱すると、イスラエル敵視の勢力が増殖する。これはイスラエルにとって良くない。だからイスラエルは、シリアやレバノンを安定化したい。
イスラエル敵視のリベラル派の分析者たちは、呪いの言葉みたいに「シリアもレバノンも大混乱になっていく」と予測するが、たぶん外れる。シリアもレバノンも、意外と安定する。
(CIA Director Reiterates There’s No Evidence Iran Has Decided To Build a Nuclear Bomb)
(中東全体解決の進展)
シリアで分離独立したがっている最大の勢力はクルド人だが、彼らが分離独立していきそうな流れは起きていない。HTSが昔のタリバンみたいな暴力行為をやっているという報道も出ているが、検証されずに消えていく話ばかりで、多分イスラエル敵視「ジャーナリスト(うっかり英傀儡)」たちの歪曲話だ。
レバノンの大統領選挙では、ヒズボラ系が立候補を取り下げた。イランが手を回し、ヒズボラ壊滅後のレバノン政界の安定確保に協力しているようだ。
(Hezbollah candidate expected to withdraw from Lebanon's presidential elections - report)
(Mainstream Media Ignoring Ethno-Religious Genocide Under Syria's New Rulers)
イスラエルとイランは表向き対立しつつ、中東の運営に関してひそかに協力している。それは、中国と印度が表向き対立しつつ、BRICSの運営に関して協力しているのと同質だ。
これからの非米化した国際社会では、この手の「こっそり良い関係」があちこちで醸成される。これまでの英米覇権下の国際社会が「協調という名の英米支配」や「自由という名の傀儡化」「民主という名の2党独裁や官僚独裁」など「こっそり悪い関係」ばかりだったのと対照的だ。
(Western Europe risks losing everything. Here’s why)
「トランプ返り咲きとともに解決(が演出)される国際対立」として、ガザ停戦と並んで大きいものは「トランプとプーチンの会談」だ。トランプ陣営は、1月7日に「会談する予定はない」と言ってたが、1月13日になると「電話会談する。日にちは未定」と言い出した。
(No answer from JD Vance if Trump plans to have phone call with Putin)
(Trump expected to have call with Putin soon - Waltz)
トランプとプーチンが米露首脳会談したら、ウクライナ戦争が終わるのでないか。米国が欧州を引き連れてロシアと劇的に和解するのでないか。「常識」的には、そんな風に見える。実際は違う。
首脳会談で、米露の対立は低下する。だが、EUやNATOや英独仏はロシアを敵視し続ける。2月の独総選挙でAfDが勝つと、ドイツは反露から親露に転換し始めるが、EUやNATOの事務局は露敵視なままだ。
(Nord Stream pipeline to be relaunched - German chancellor candidate)
(NATO boss warns members to start learning Russian)
トランプは選挙公約で「就任したらすぐウクライナを停戦させる」と言っていた。だが実際は、プーチンと会談してもウクライナ停戦の話にならない。トランプは、ウクライナを戦争させ続ける。
バイデン政権は、兵力不足が悪化しているウクライナの徴兵下限年齢を25歳から18歳に引き下げろとゼレンスキーを加圧してきたが、トランプ政権もこの加圧を継承すると側近が表明した。
(Mike Waltz: Trump Administration Will Ask Ukraine To Lower Conscription Age)
プーチンはウクライナ戦争が弱火でずっと続くことを望んでいる。その方が欧州がエネルギー不足で経済自滅してエリート支配が崩れ、世界の中心が欧米から非米側に移って多極化し、ロシアの優勢が続くからだ。
トランプは、英米覇権や(リベラル)エリート支配を壊すのが目標の隠れ多極派だ。プーチンも同じ目標であり、2人は同志だ。二人が会ってもウクライナ戦争は終わらないし、米国が欧州(EUやNATO)を引き連れてロシアと和解することもない。
そんなことをしたら英米覇権から延命してしまう。トランプは、欧州を潰してロシアを優勢にするためにウクライナ戦争を続ける。
英米覇権を動かしてきた米諜報界は隠れ多極派に入りこまれ、その傘下のNATOやEUやマスコミやエリート層は「ロシアを絶対に許さない。ウクライナは勝つまで戦わせる」と言っている。この露敵視のヒステリが続くほど米英覇権やNATOやEUは自滅し、世界が非米化・多極化する。
トランプもプーチンも、この流れを続かせたい。トランプは欧州諸国に「NATO加盟を続けたければ(福祉予算を削って)防衛費をGDPの5%まで増やせ」と要求し、欧州人の反米感情を扇動している。
(NATO members should increase defense spending - Trump)
トランプ側近のイーロン・マスクも、ドイツでAfDを絶賛する選挙介入や、英国のリベラルな労働党政権を非難して転覆しようとする言論活動を続け、欧州エリートに喧嘩を売っている。
トランプ政権は、米覇権を立て直す米露和解でなく、その逆方向の、欧米分裂と米国の米州主義化(孤立主義化)を狙っている。グリーンランドやカナダやパナマ運河を併合する騒動(政策の観測気球)も、その策略の中にある。
(Elon Musk reportedly plotting to oust British Prime Minister Keir Starmer)
(Labour MPs call for Britain-wide probe into rape gangs)
すでに4年大統領をやったトランプは米憲法に基づき、あと4年しか大統領をやれない。最初の2年間で政策の基盤を作り、残りの2年で充実させていく。時間が短いので、就任前からいろんな策略を急いでやっている。
(Donald Trump expected to press Netanyahu for concessions on Saudi peace, expert says)
米諜報界の多極派は、トランプが思い切りやれる政治環境を作るために選挙で圧勝させた。バイデンに立候補取り下げを強要してもっと無能なハリスを民主党の大統領候補にして、選挙不正もやれないようにして惨敗させ、米議会の上下両院を共和党に取らせた。
米民主党やリベラル派、諜報界の英国系は劇的に弱体化した。トランプ陣営は、意志強固なトルシー・ガバードを諜報長官にして諜報界の英国系潰しを展開していく。
トランプ返り咲きで世界は変わる。だが、その転換の方向は、表面的に見えるものと大きく違っている。
(Tulsi Gabbard vs. the War Party)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ
|