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薄氷のトランプ経済

2024年11月16日  田中 宇 

11月6日のドナルド・トランプの当選確定以来、米国では、株価の上昇、ビットコインなど仮想通貨の高騰、長期金利の上昇、金地金の急落が起きている。
トランプは、米金融界を味方につけ、ドル基軸や金融バブルなど米経済覇権の、自分の任期中(だけ)の延命を計画しており、それがこれら4分野の動きの裏にある。
Ignore the Selloff in Gold. Trump’s ‘Chaos Grenade’ Win Will Bring Gains

米国は、延々と不況なのに株価が最高値を更新するひどいバブル状態だ。こんな状態が長く続くはずがないと予測されつつ、何年も崩壊せずバブルな最高値が更新され続けてきた。
2022年までは米連銀(FRB)のQE資金が株と債券の市場に注入され、その後は米政府の財政赤字の一部が注入されてバブルを維持してきた。
その反動で財政赤字が急増し、今年9月以降、長期金利が危険な感じで上昇する事態が起きた。トランプの経済政策が失敗するという懸念がばらまかれ、当選確定後、10年米国債の金利がさらに上がっている。
Schiff: Powell Can't Address Stagflation

株価の暴落、米国債の金利急騰は、きたるべき米金融崩壊・ドル崩壊の象徴だ。トランプは本質的に、米覇権の低下や多極化を推進する覇権放棄屋だ。
しかし、彼自身の性格・人間性としては、勝者・成功者であり続けたい。自分の任期中に金融バブル崩壊が起こり、トランプが米国を潰したと言われるのはゴメンだ。
政治覇権は見えにくいので崩壊・低下させていくが、経済覇権は日々の株価や金利、為替として表出しており、その崩壊は自分が大統領の任期をまっとうするまで避けて延命させたい。トランプは今後の任期中、あらゆる手を使ってバブルを延命し、崩壊を先送りしたがる。
バイデン政権の4年間で、米国の経済と財政が悪化した。トランプは「ゴミ」を継承したと言われている。延命策の強化が必須だ。
Trump Inherits Turd of an Economy

トランプ当選後の仮想通貨の高騰と金相場の暴落は、ドルのバブルを延命するための策だ。金地金は、ドルの究極のライバルだ。米金融覇権(債券金融システム)が崩壊したリーマン危機後、米英の金融界は信用取引で金相場の上昇を抑止し続け、株や債券のバブル維持策(QEなど)と合わせ、金融覇権を表向きだけ延命させてきた。
ウクライナ開戦後、この構図が崩れた。今年の金相場の上昇は、BRICSなど非米側が台頭し、決済の非ドル体制を構築して、ドルの基軸通貨性が低下していることの反映だ。米金融界の上昇抑止策は効果が薄れた。
中国では習近平が、人民に株や不動産でなく金地金を買わせる策を採ってきた。習近平は、人民を満足させるために金相場の緩やかな上昇を望んでいる。
A Plan To Tame Inflation

米国はこれまで非米側の台頭を無視し、金相場の上昇もマスコミが過小評価・無視してきた。だが、上昇傾向が続くと無視しきれなくなる。
トランプは選挙戦の中で、金融界や仮想通貨の大量保有者たちと結託した。当選後、米金融界は、信用取引を使った上昇抑止策を再燃し、金相場を暴落させた。
ビットコインなどの仮想通貨は、ドルと地金のライバル構造における、地金への「当て馬」だ。マスコミ権威筋は、仮想通貨を、地金と並ぶドルのライバルとして描いているが、それは「ドルのライバルは地金でなくて仮想通貨だ。デジタル時代のいま、地金は時代遅れだ」と人々に軽信させる策になっている。
Doubts Grow Over the Booming Trump Trade, and Trumponomics

仮想通貨の相場は、仮想通貨の創設にたずさわった大量保有者たちが、手持ちの仮想通貨をドルに転換したり戻したりすることで恣意的に上下できる。トランプは仮想通貨業界に接近し、当選後の暴騰を起こした。強くて将来性がある仮想通貨と、弱くて時代遅れな金地金という図式が表出している。
(私は最近、金相場の継続的な上昇を予測する記事を書き、大外れしている。強いドルを延命したいトランプが、仮想通貨業界にすり寄るのを見ながら、それが地金を暴落させる策につながると気づなかった大馬鹿。妄想の膨らましが足りない。気づいたとしても確証がないので書きにくいが)
中露が金地金で米覇権を倒す

UBSなどの分析者は、金相場が数か月以内に上昇傾向に戻ると予測している。米経済は、不況とインフレの隠蔽されつつの長期化、財政赤字の急増、トランプの関税強化策による不況インフレ赤字増のさらなる悪化、非米側のドル離れの加速など、悪い傾向ばかりだ。
ドルと米覇権の衰退傾向は変わらない。ドルと地金の果たし合いは、長期的に地金が優勢になる。それは事実だが、トランプが任期中のドル延命に固執しそうなのも事実だ。彼は手段を選ばない。可能なら、米連銀を不健全にするので中止させられたQEの復活もやる。
これからの4年間は、米経済が悪化する中でトランプが金融延命策をやり切れるかどうかが見どころになる。トランプは、薄氷の上を滑っていく。
UBS Sets $2,900/oz Gold Target, Advises Buying on Dips

金相場に関しては、中国との関係もある。世界を動かす力を増している習近平は、金相場の下落を望まない。米英は、相場の支配権を奪われぬよう、中国に譲歩して金相場の上昇を許してきた。トランプはそれを壊している。
トランプ当選へのご祝儀で、中共は大統領就任まで下落傾向を容認するかもしれないが、その後は相場の反発力が強まる。金相場の米中談合が崩れて対決になると、中国の勝ちになり、トランプの任期中に金相場と長期金利が上昇してドルを破壊する可能性が出てくる。
これはトランプの望むところでない。この考えに立つと、トランプは、習近平が望む金相場の上昇を容認していく。
A top 3% investor warns the 'Trump bump' is the icing on the cake of a euphoric stock market bubble that's worse than the dot-com peak

QE終了後の今、米金融バブルを支えているのは米財政赤字の一部資金の流入だ。財政赤字の増加は、長期金利上昇(ドル弱体化)の副作用を起こしている。この矛盾の解決が必要だ。
イーロン・マスクが、米政府の支出を見直し、赤字を削減するDOGE(政府効率化省)の責任者になったのは、この矛盾解決が目的の一つだろう。トランプは、マスクの独自思考を高く評価しているようで、ウクライナ戦争やイスラエル支援(イラン対策)でも彼に動いてもらって見聞させ、新たな解決策を生み出そうとしている。
Musk Secretly Met With Iran's UN Ambassador, Raising Hopes Trump Will Keep Hawks At Bay

米国は軍事費が巨額だが、その一部(かなりの部分)は純粋な軍事費でなく、諜報界が秘密の政治作戦を展開する際の費用になっている(諜報界は、金融インサイダー取引や麻薬取引の儲けも秘密資金にしている)。
これらの資金が、諜報界の深奥国家(DS)としての支配力の源泉だ。トランプは、これらの資金を絶ち、諜報界を弱体化したい(盟友イスラエル系の分は除く)。
イーロン・マスク(とラマスワミ)は、米財政の中で諜報界に流れている資金を断絶し、それら一部を金融バブル延命費に回すことで、DS潰しと金融延命と財政再建の一石三鳥をやりたいのでないか。
From Military Overreach to Shrinking Revenues: What’s Driving US Deficit and Debt Explosion?

イスラエルが展開してきたパレスチナ抹消とイラン系弱体化の2面戦争は、いずれも一段落し、今後は兵器の消費量が減る(西岸のパレスチナ人追放はあまり兵器が要らない)。イスラエルはトランプとくっつき、軍産複合体から離れていく。
ウクライナも、戦線凍結の停戦になると兵器消費が減る。米国は、諜報界や軍産や軍事費が重要だった時代が終わっていく。金融延命費を増やしつつ、財政赤字を減らせる。



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