他の記事を読む

イスラエルでなく米覇権を潰すガザ戦争

2024年2月8日   田中 宇

国連の国際司法裁判所(ICJ)が1月26日、イスラエルがガザ戦争で、人道犯罪を禁止したジェノサイド条約に違反する虐殺行為=人道犯罪を犯したと認定する判決を出した。ICJは、イスラエルに対してガザでの即時停戦を命じた。
Prevention and Punishment of the Crime of Genocide in the Gaza Strip
Summary of the Order of 26 January 2024 (判決要旨)

この判決により、イスラエルは正式に「人道犯罪国」になった。日独と同じ「極悪」な国になった。イスラエルは日独みたいに、世界に向かって永久に「土下座」と「反省」を強要される国になった、はずだ。パレスチナ人の大勝利、なはずだった。
International Court Says Israel Has Likely Committed Genocide - Updated
ICJ lands stunning blow on Israel over Gaza genocide charge

だが、その後の現実は全くそうでない。ネタニヤフ首相らイスラエル政府は、ICJの判決を全面拒否し、ハマスのテロを容認する全く間違った判決だと言って激怒してみせた。ネタニヤフは、判決を無視したまま、ハマスとの停戦(人質解放)交渉が破綻したのでハマスに完勝するまで戦争を拡大しつつ続けると宣言した。
Israel rejects ‘outrageous’ ICJ genocide ruling
Israel-Hamas Deal Is Dead As Netanyahu Dismisses 'Delusional' Terms, War To 'Expand'

イスラエルだけでなく、米国とその傀儡のEUなども、ICJの判決を否定し、イスラエルへの支持をあらためて表明している。米国がイスラエルの傀儡であり、EUやドイツなど欧州が米国の傀儡である構図が再露呈した。
Israel's Reputation Takes A Hit In World Court Genocide Case

ICJの判決は拘束力がある。判決を受けて、国連安保理で、イスラエルに停戦を強いる決議案が出された。安保理は、世界の諸国に対し、強制力をともなう命令を合法的に下せる世界で唯一の機関だ(米国の軍事行動の大半は非合法な侵略行為)。
安保理がイスラエルに停戦を命じ、イスラエルが拒否して戦争を続けた場合、安保理は国連軍を組織して強制的にイスラエルを停戦させる(国連軍がイスラエル軍が交戦して潰す)ことができる。
Vetoing justice in Gaza: The collapse of the UN Security Council

そうなったらすごかったが、米国が安保理で拒否権を発動したので停戦案は否決された。ICJの判決を受け、国連事務総長がイスラエルによる市民殺戮(虐殺、人道犯罪)を非難しつつ停戦を求めたが、イスラエルに非難し返され、米国に無視されて終わった。
被告が有罪判決を無視しても何の報復も受けずに済んだ今回のような場合、それは裁判所(今回はICJ)の権威の低下になる。次に有罪判決を受けた者も、判決を無視するようになる。
UN Chief Blasts Israel’s War in Gaza for ‘Killing Civilians on Unprecedented Scale’

米欧は、ICJ判決に反対し、国連のイスラエル制裁案を潰しただけでなく、イスラエルを非難した国連への報復として、国連のパレスチナ支援機関(UNRWA)に対する資金供給も減らしてしまった。
UNRWAは、飢餓に陥っているガザ市民に食料などを支援している重要な機関だ。米欧は、イスラエルに極悪な人道犯罪を許しただけでなく、ガザ市民を餓死させることまでやっている。
War On UN - West Retaliates Against ICJ Order By Defunding Humanitarian Mission For Palestine

国連は、戦後の米覇権体制の基盤である。イスラエルは(密通しているハマスを動かして)ガザ戦争を起こし、ガザ市民を大量殺戮する人道犯罪を犯すことで、米国に国連潰しをやらせている。イスラエルは全くひるんでいない。これは意図的な策だろう。
米国の後ろ盾は、イスラエルのちからの源泉だ。なぜイスラエルは、米国の覇権を支える国連を潰しているのか。一見不可解だが、実はそうでもない。
As Palestinians in Gaza Face Mass Famine, US & Allies Cut Funding to UN Aid Agency

パレスチナ国家の創設は、米国が覇権国になった直後の1947年に国連が可決した分割決議に基づいている。あの決議がなければ、イスラエルは建国戦争(第一次中東戦争)で完勝して西岸とガザからもパレスチナ人(というよりアラブ人)をエジプトやヨルダンなどに完全に追放(ナクバ)し、シオニズムを完遂していた。
米英(というより前覇権国の英国)が、イスラエルの強国化を阻止するため、イスラエルの建国戦争を途中で止めさせ、イスラエル建国予定地内にアラブ人を残し、パレスチナ国家創設の決議を国連で通し、イスラエルの領土を半減させた。
イスラエルの虐殺戦略

それから80年近く経ち、米英覇権は自滅しつつある。イスラエルが、自国を弱体化させるパレスチナ建国策を潰すなら今しかない。イスラエルは米国を傀儡化したまま、ガザ市民を大量虐殺して大胆露骨な人道犯罪を犯し、米国がイスラエルに味方してICJや国連の権威を失墜させるように仕向けた。
極悪な人道犯罪国家であるイスラエルを徹底擁護する米国は、覇権失墜に拍車がかかっている。イスラエルは、唯一の後ろ盾である米国のちからが失われても良いのか??。
米国の覇権は、イスラエルがどう動こうが、数年から10数年内に完全に失われる。ならば、米国に覇権が残っているうちに、シオニズムの完遂を阻止をしてきた国連ごとパレスチナ国家の枠組みを破壊するのが良い、ということなのだろう。

今回の人道犯罪は、米英が覇権維持策として続けてきた「人権外交」を根本から潰すものでもある。人権外交はイスラエルにとって、敵であるイスラム諸国に人権侵害のレッテルを貼れる便利なものだった。それを潰して良いのか??。
これについて考える際に重要なのは、イランやサウジ、トルコといった主要な中東イスラム諸国が今回、本質的にイスラエルを敵視していないことだ。
The enemy within: Arab states that trade with Israel

イスラム諸国は表向きイスラエルを非難している。だが、トルコはアゼルバイジャンの石油が自国のパイプラインと積み出し港を経由してイスラエルに輸出されるのを止めていない。イランの大統領が最近トルコを訪問したが、2国間会談の中で強いイスラエル非難が出てこなかった。
サウジも、イスラエル非難を避けている。サウジは、イスラエルと国交を結んでいるUAEが、サウジと、サウジ傘下のヨルダンを経由してイスラエルに輸出商品を送るのを容認している。ヨルダンで、この輸出に反対するデモが起きたが、サウジとヨルダンの王政は反対運動を無視している。
War on Gaza: Jordan in hot water after report it's helping Israel break Red Sea blockade

同胞のイスラム教徒・アラブ人が大量虐殺されているのに、なぜ中東イスラム諸国はイスラエルを本気で敵視しないのか。
トルコは、与党AKPがハマスと同じムスリム同胞団で、今回の戦争でハマスがガザから追い出される代わりにエジプトやヨルダンの政権を取って拡大しそうなので黙認している。イランも親ハマスなので同様かも。
だがサウジは、自国の傀儡であるエジプトやヨルダンがハマスに奪われるので嫌なはず。それとも、エジプトやヨルダンはサウジでなく米国の傀儡で、サウジは米傀儡への資金援助を肩代わりしてきただけだから、ハマスに交代していくのは許容範囲内(もしくは希望)なのか。
米英覇権体制が崩れて多極型の非米世界に転換した方が、サウジは石油でのピンはねが減って儲かるし、人権外交のくびきを解かれるなど、国際政治的にも自由になる。だからサウジは、イスラエルの行動を容認しているとか。
Two mln people may die in Gaza without world's help - Turkish foreign minister

イスラエルを潰してパレスチナ国家を作るなら、イスラエルが極悪な人道犯罪国家に転落した今が好機なのに、イスラム諸国はどこもイスラエル潰しをやろうとしていない。
サウジは「パレスチナ建国が完了しない限りイスラエルと関係正常化しない」と宣言している。だからサウジはイスラエルを許していない、という見立てがある。この見立ては間違いだ。パレスチナ人はガザと西岸から追放され、パレスチナ国家は永久に失われる。
Blistering Saudi Statement Slams Door On Normalization With Israel

アラブ人は現実主義だから、いずれ、パレスチナ国家なしにイスラエルと和解するしかないなという話に転じる。イスラエルは、ヨルダンからエルサレム神殿の丘へのイスラム巡礼者の通行を保障すると言い、イスラム諸国はそれを受け入れる。
パレスチナ建国は、英国の中東支配の一環としてのイスラエル弱体化策だった。米英の中東覇権が永久に続くなら、イスラエルの弱体化が確定できるパレスチナ建国が、イスラム諸国にとっても好都合だった。だが、もう米英支配は終わる。イスラム諸国の姿勢も変わる。
米英は中東イスラム諸国を支配するのが目的だった。イスラエルの目的は、他国を支配することでなく、西岸ガザを含むイスラエル自身の国土確立と安全と発展だ。イスラエルは目的達成後、イスラム諸国と和解したい。
イスラム諸国を主導するサウジやイランやトルコにとっても、米英支配よりイスラエルとの共存の方がはるかに良い。米英支配の一環であるパレスチナ国家の概念自体が、イスラム諸国の政権にとって「用済み」になっている。
In The Middle East The U.S. Has Reached The End Of Its Abilities

ICJでイスラエルを提訴したのは、イスラム諸国でなく南アフリカだった。南アは、米英の人権外交策のおかげで、白人政権から黒人政権に転換した。黒人政権になった南アは、人権重視の一環として、イスラエルの人道犯罪を非難して提訴した。
南アは、イスラエルに人道犯罪をやめさせるため提訴したのだろう。だが実際は、敗訴したイスラエルとその傀儡の米欧がICJの判決を無視したため、人道犯罪を裁くICJや国連の構造の方が権威失墜し無効化されてしまった。南アはそれに気づいているのかどうか。

中国やロシアも、表向きイスラエルを批判しつつ、実質的に親イスラエルを続けている。サウジやイランがパレスチナ建国に拘泥せずイスラエルを放任しているのだから、中露が拘泥する理由はない。中共が繰り返している「パレスチナ建国が必須だ」という宣言は、サウジの宣言と同様、表向きだけの外交発言だ。
中露も、米英の人権外交の標的にされてきたので、イスラエルが人権外交の構図を破壊するのを黙認(ひそかに歓迎)している。
イスラエルの戦争犯罪

今回の流れの中で最も間抜けさを露呈したのはドイツだ。英国のライバルだったドイツは、第二次大戦の敗戦後(誇張捏造の疑いが濃いユダヤ人虐殺の)ホロコーストなどで極悪な人道犯罪国に仕立てられ、米英イスラエルに対して永久に土下座させられている。
戦後のドイツは、人道犯罪を強く非難する国だったはずだ。だが、今回のイスラエルの人道犯罪に際してドイツは、米イスラエルの言いなりになってICJの判決を非難し、ガザ停戦に反対した。米イスラエルの傀儡であるドイツには、自主的な決定権が何もない。

ドイツは、米英の言いなりになってロシア敵視もやってきた。人道犯罪を犯したイスラエルに対する支持表明を声高に言わされ続けているドイツを見て、ロシア政府は「やっぱりドイツは人道犯罪を好む国だったんだね」とやり返した。
Russia reacts to Germany’s support for Israel in genocide case

実のところロシア自身も、諜報力抜群のイスラエルに非米型世界の今後の運営で協力してもらいたいので、イスラエルの人道犯罪を黙認している。
だがロシアは目立たないように親イスラエルをやっている。ドイツは傀儡国として、声高に親イスラエルを叫ばされて、ロシアに馬鹿にされている。ノルドストリームを米国に壊されたのに何も言えない。どこまでも哀れ。早くAfDに政権を取ってもらって米英から自立した方が良い。
The German establishment wants to ban a popular right-wing party. Here’s how it could backfire

日本も、ドイツに負けない永久土下座の米英傀儡だ。だが、日本はイスラエルから遠い。日本の外相が(米国の要請で)イスラエルを訪問して支持表明しつつも、早く停戦するのが良いと言わせてもらうことは許され、全体として目立たない状態を維持できている。

ガザとエジプトの境界線にあるラファの検問所は、まだ閉ざされている。エジプトは、政権をハマス=同胞団に乗っ取られたくないので、ガザ市民が自国に来るのを阻止している。だが、ガザ市民の飢餓はひどくなる一方だ。
イスラエルは、ラファの検問所を軍事力で乗っ取ってガザ市民をエジプトに放出する策を示唆し始めている。
Israel Announces It Will Attack Gaza Border City of Rafah
Philadelphi Corridor: How Gaza's border could be a tipping point in Egypt-Israel ties

イスラエルはハマスを潰すふりだけして温存している。ハマスとの戦争はまだまだ続く。ラファが開くのか開かないのか、それが最大の注目点だ。ガザ市民がラファを通ってエジプトに引っ越すと、パレスチナ人はアラブ人に戻り、パレスチナ問題が消えていく。
Hamas Returning To Northern Gaza, Reasserting Control In Some Areas

今後の重要な人道問題は、パレスチナ問題を残すためにガザ市民を餓死させるのか、それともガザ市民の生命を優先してラファを開けるのか、という選択肢だ。「人権重視(笑)」の欧米リベラル派たちは、パレスチナ問題が重要だからラファを開けてはならない、と言っている。なるほど。正体見たり。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ