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BRICS共通通貨への道

2023年12月14日  田中 宇 

ロシアの国際シンクタンクであるバルダイ・クラブのサイトに、今後のBRICSの通貨政策に関する提案論文が載っているのを見つけた。
再来年にかけて、BRICS加盟諸国の通貨を経済規模で加重平均したIMFのSDRのBRICS版にあたるデジタル新通貨「R5+」を創設し、非米諸国間の貿易決済に使えるようにする。新通貨は、加盟諸国の既存通貨と併用される。
R5+の価値はBRICS諸国の国債で担保する。金地金など資源類(コモディティ)は価格(相場)が不安定なので(当面)連動しない。といった内容の提案だ。

提案は、BRICS銀行(新開発銀行)元副総裁のブラジル人(Paulo Nogueira Batista Jr.)が書き、10月初めに発表された。題名は「BRICSの金融・通貨の提案・・・新開発銀行(NDB)、緊急時準備金協定(CRA)と新通貨の可能性」。
BRICS Financial and Monetary Initiatives – the New Development Bank, the Contingent Reserve Arrangement, and a Possible New Currency

BRICS共通通貨の発行に最も積極的なのはロシアとブラジルで、この提案はロシアと共同で作った。BRICSの議長国は持ち回り制で、偶然にも、来年がロシア、再来年(2025)はブラジルだ。BRICS共通通貨は、うまくいけば来年のBRICSサミットで決定され、再来年のサミットで通貨創設の最初の段階を発表できる。

以下、論文の中身を私なりに意訳する。BRICSは2008年に、米国覇権が崩壊した後の多極型世界を動かす機関として創設された。政治面は宣言や方針演説で構成できるが、経済面は現実の機関が必要だ。
BRICSは2015年に、加盟国(非米側全体)の財政・通貨危機に対応するための(米国覇権体制のIMFにあたる)緊急用準備金制度(CRA)と、経済開発を支援する(米側の世界銀行にあたる)新開発銀行(NDB。通称BRICS銀行)を創設した。(NDBは本部が上海にあり、世界の中心が米国から中国に移ることを示している)

だがこの2つの機関は、創設されたものの機能の拡充がとても遅く、ろくに機能していない。CRAは資金の規模が小さいままで、関係諸国の財政金融の健全性を調査する部門すら作られていないので機能できない。
BRICS諸国の中央銀行群が叡智を集めて2機関を強化すべきだったが、中国以外のBRICSの中銀群は2機関に反対し続けた。ブラジルと南アの中銀が最悪で、ロシア中銀も非協力的だった。

(私の解釈・・中央銀行は、外交官や民営マスコミやイデオロギーと同様、もともと英覇権体制の産物だ。中銀群は、自国政府でなく英覇権の資本家部門の意向に沿って動けるよう、政府から独立した機関になっている。中国だけは、すべての公的機関を共産党の傘下に入れたので例外なのだろう。プーチンは米英金融界に配慮し、露中銀の英傀儡性を容認してきた。プーチンの経済側近と露中銀の間に対立があった)
Xi Makes Unprecedented PBOC Visit Amid Property Sector Turmoil

ブラジルで2019-22年に大統領だったボルソナーロは親米・反中国・反BRICSなので、欧米流の思考をする指導力のない人をBRICS銀行の総裁に送り込んできた。
ブラジル政権交代後、BRICS銀行総裁は影響力のある元大統領ジルマ・ルセフに代わったが、まだ2年しかたっておらず立て直しはこれからだ。
2機関の会計は米ドル建てで行われている。基軸通貨の非ドル化を目論むBRICSの金融財政通貨の政策を担当する2機関の会計が米ドルなのは馬鹿げている。米国側の機関でも、米州開発銀行はブラジルのレアル建てで動かしているのに。

こんな感じなので、BRICSの2機関がドルに替わる基軸通貨を創設するのは難しい。BRICS諸国の中銀群が猛反対している。だが、ドルやユーロへの信用は落ち続けており、BRICSとして対策が必要だ。
すでに中国などで始まっているのは、BRICS諸国の中銀群が自国通貨をデジタル化し、それを貿易決済用に使うことだ。これによって非ドル化やドル覇権低下が加速する。中銀群も自国通貨が強化されるので反対しない。
(サウジアラビアから中国への石油輸出の代金決済が10月からデジタル人民元で行われている。デジタル元は、国内の人民用だと当局に没収されうるので不評だが、公的機関や大企業の間の国際決済用としては決済コストがかからないので好評だ)
Chinese Digital Yuan CBDC Used For First Time To Settle Cross-Border Oil Deal

とりあえずデジタル人民元などBRICS加盟国の諸通貨をドル代替の非米側基軸通貨として使っておく。そのかたわらでBRICS共通通貨として、BRICS諸国の通貨を経済規模に応じて加重平均した新たなデジタル通貨「R5+」を作る。それがこの論文の提案だ。
R5+とは、BRICSの5か国の通貨名がすべてRで始まることからくる命名(Real,Ruble,Rupiah,Renminbi,Rand)。BRICSは来年から6つの新加盟国が加わるので「R11」になるが、新加盟の6通貨のうちRで始まるのはイランとサウジだけなので、R11よりもR5+だと。
What Are The Saudis Really Preparing For?

R5+が採用する主要通貨を加重平均して基軸通貨として使う策は、かつてブレトンウッズ会議で英国のケインズが提案した通貨案「バンコール」が最初だった。
結局ブレトンウッズ会議では米ドルを基軸通貨に使う米国案が勝ったが、その後IMFがバンコール案を流用し、世界の主要な諸通貨を加重平均したSDRを作り、IMFと諸国の間の決済通貨として使ってきた。
R5+は、英米のお墨付きがあるバンコールやSDRの手法を流用するので、英傀儡色が残るBRICSの中銀群も反対しにくい。

BRICS共通通貨の価値を金地金や石油ガスなど資源類と連動させる「金資源本位制」を、ウクライナ開戦直後からロシアが非公式に提案してきた。ロシアは地金も石油ガスもたくさんある。
新加盟国にはサウジ、イラン、UAEという石油ガス大産出国が含まれ、BRICSは世界の石油ガスの大半を握る。石油埋蔵量が世界最大なベネズエラの政府によると、同国が入るとBRICSは世界の石油埋蔵量の8割を持つ。
BRICS Expansion Crucial With Over 80% of World's Oil Reserves to Be Included - Venezuelan FM

BRICSは世界的な金地金保有諸国でもある。だから、共通通貨を金資源本位制にするのは理にかなう。だが、金や石油ガスの国際価格は、米英金融界が信用取引を使って相場を抑止・乱高下させつづけてきた。
米英の金融界(ドル)に資金力が残っている間は、BRICSが新通貨に金資源本位制を導入すると、金融界が金や石油などコモディティの相場を歪曲・乱高下させ、新通貨を潰しかねない。
だから、金資源本位制の導入は、米国側(ドル)が金融崩壊してからだ。それまでの間、とりあえずBRICS諸国の国債を新通貨の担保にする案が出ている。
Russia Takes Control Of Iraq's Biggest Oil Discovery For 20 Years

不換紙幣の債券を担保にするのなら「紙切れ性」においてドルと同じじゃん、と言われそうだが、これは暫定措置だ。私が弁明すべき話でないけど。
新たな共通通貨がうまく機能しない場合、今すでにやり始めているデジタル人民元などBRICS各国通貨を非米側の基軸通貨にする体制に戻る。行ったり来たりしているうちに、いずれドルが潰れていく。
"Our Political Paralysis And Dysfunction Has Created A Vacuum Which Our Adversaries Are Quite Eager To Fill"

ドル(米経済覇権)は崩壊過程にあるが、完全崩壊するまで米連銀は(表向きQTで資金を吸収しているようにみせかけて)裏で造幣し続けて金融界に注入し、金融界がその資金を使って株高、低金利、金地金安など、ドルが強いかのように見せかける演出・詐欺をやり続ける。
強いドルが演出されている限り、中銀群や金融専門家、マスコミなどは「世界経済には米英覇権だけで十分だ。非米側が別の基軸通貨を作る必要などない」と言い続ける。非米的な通貨戦略は妨害され続ける。

だが、いったんドル(米覇権)が崩壊してしまうと、中銀群は理論的支柱を失い、非米側の通貨戦略に反対できなくなる。多極型世界では、中央銀行が独立(という名の米英傀儡性)を失い、政府やBRICSの傘下に入る。米国側の金融界は丸ごと失業する。マスコミは信用されなくなる(世界有数の軽信民族である日本でさえ)。
ドルが崩壊すると、米国債金利が高騰したままになり、金や石油ガスの相場に対する歪曲も資金切れでやれなくなる。金相場は今の2倍以上になり、どこかで安定する。資源類の価格が安定し、BRICSは共通通貨を金資源本位制にしていける。多極化が完成する。
Gold's About To Have Its Day: Jim Grant Warns No One's Prepared For "Higher Yields For Much, Much, Much Longer"

ドルを中心とする米国側の金融システムは、中露など非米側に潰されるのでなく、バブルを維持できなくなって自ら潰れていく。米金融システムは、隠れ多極主義的な愚策と、それを上書きする延命策との間の相克・暗闘が続いている。
リーマン危機でいったん隠れ多極派が勝利して事実上ドル崩壊が宣言された(G7からG20への移行など)が、米連銀がそれを上書きして延命させるQEを開始した。多極派(米諜報界)が流通網を詰まらせてインフレを激化し、インフレ対策(実は効かない超愚策)として連銀にQE停止・QT開始と利上げをやらせた。連銀は表向きQTをやりつつ帳簿外でドル発行を続け、株高・社債高(金利曲線の平坦化維持)・ドル高・地金安などの延命策を続けている。
"A Constant State Of Sticker Shock" – Here Is Proof That Inflation In The US Is Wildly Out Of Control
リーマン以上の危機の瀬戸際

表向き米経済は良いことになっているが、実際は大不況になっている。だから最近、米国債の長期金利が下がり、米国から資金が逃げ出して円安が止まって円高に反転し、金相場が抑止を乗り越えて上昇している。不況なのに、連銀が資金を注入するので株価は下がらず、マスコミが好景気だと歪曲報道して人々が軽信している。
米銀行界は、シリコンバレー銀行やクレディスイスが破綻した今年3月からずっと危機で、預金が流出し続けている。だが米連銀が流出額を穴埋めする資金注入をしているので、銀行はゾンビ化したまま存続し、マスコミも報じないので銀行危機は終わったことになっている。
Fed Bank Bailout Program Borrowing Surged In November
US Bank Deposit Outflows Continue To Surge As Regional 'Stress' Accelerates

金融システムのすべてが連銀の裏資金で延命している。延命にかかる費用は増え続け、しだいに維持が困難になる。裏金で延命しているのが透けて見える、薄っぺらなかきわり状態になっている。かきわりがぐらぐら揺れて、倒れそうになっている。最近の地金や為替の相場はそんな感じだ。
この延命がいつまで続くか不透明だが、終わりが近い感じが強まっている。終わりが来ると、非米側の通貨体制の構築が加速する。
Gold's Gain Means End of US Dollar-Based System is Near - Expert



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