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形成されていく非米世界システム
2023年8月15日
田中 宇
8月初め、中国とロシアの軍艦11隻が、合同軍事演習の一環として、米国アラスカ沖の米領海近くの公海を航行した。中露が軍艦を米国沖で航行するのは、米国が中露を敵視していることへの対抗措置だ。中露は昨年9月の合同演習でも、軍艦7隻をその海域で航行した。
中露は、米国沖を航行する軍艦の隻数を増やして挑発を強めている。これは米国が受けた、キューバ危機以来の大きな軍事挑発だ(911は自作自演。今春の中国気球も米側の妄想)。中露は結束することで米国に負けない対等的な軍事力を持つようになった。
(Nearly a dozen Russian and Chinese ships now moving away from Alaska)
(US patrol spots Chinese, Russian naval ships off Alaskan island)
米軍が中国沖の台湾海峡や南シナ海で軍事挑発をするのに対し、以前の中国は大して報復できなかったが、ウクライナ開戦後、中露が結束して強くなり、米軍が中国沖に来たら、報復として中露軍が米国沖に行くようになった。
米国は以前のようなダントツの世界最強ではなく、中露と張り合う勢力に格が下がった。これは米覇権の衰退であり、多極化でもある。
(Quod Licet Iovi ...)
米国は、今回の11隻に驚いているが、今後も台湾や南シナ海での対中軍事挑発をやめない。中露による軍事挑発の報復も続く。米国との対等感を醸成するため、中露はさらに大胆になる。
これが続くと、中露と米国が軍事的に対等な感じが世界的に定着していく。中露が率いる非米側と、米国が率いるG7やNATOなど米国側は、これまで米国側が圧倒的に強い感じだったが、それが対等になっていく。
(US world's largest driver of instability, says Chinese foreign minister)
これは、新たな冷戦構造の定着ともいえるし、世界大戦への道だとも喧伝される。冷戦構造は表向き「悪いこと」とされつつ、日本や西欧の上層部の大半を占める対米従属論者にとっては、昔も今もうれしいことだ。だが、これからの新冷戦は米国を自滅させる。
前回の冷戦で、非米側は大きく不利だったが、新冷戦では、非米側が実質的な資産である資源類と製造業の大半を持っており、米国側が持つのは肥大化して崩壊寸前の巨大な金融バブルだけだ。米国側の敗北が必至だ。
世界大戦にはならない。米国がウクライナをNATO加盟させたり、台湾を国家承認したら世界大戦になりうるが、米国はいずれもやらず避けている。米国がやりたいのは大戦でなく、中露との長く低強度な対立だ。
(米覇権ゾンビの裏で非米側が新世界を構築)
米国に敵視されている限り、中露は結束し続ける。中露が結束すると、米国は世界最強でなくなり中露と対等になる。
中露が結束しても米国より全く劣勢なら、他の諸国は米国を重視し、中露の近くに寄ってこない。経済と軍事の両面で、中露が米国に負けない対等状態になったから、他の諸国は中露と親しくしても米国に潰される懸念が減り、安心して中露に接近できるようになり、非米側が拡大している。
米国より中露の方が経済的な未来があるので、米国から離れやすい国から順番に、中露の周りに集まってくる。非米側の世界が大きくなる。非米側の主導役であるBRICSには、無数の国が加盟申請している。みんな勝ち組に入りたい。
中露は、米国側から経済制裁されても貿易や投資を続けられる非米側の決済備蓄システム(金資源本位制)も構築中で、これができると諸国はさらに安心して非米側に入れる。
(The Alliance)
(資源戦争で中国が米国を倒す)
米国側に残るのは、日欧NATO・G7豪NZなど、米国から離れることを許されていない傀儡諸国(先進諸国)だけになる。その他の国は全て非米側になる。すでにそうなっている。
米国は新冷戦に負ける。世界は多極型に転換する。それがわかっているのに、米国は中露を敵視して結束させ、新冷戦を形成している。米国は隠れ多極派に牛耳られている。
軍事対立は良くないと言われるが、同時に、軍事対立で負けないことが安全保障であることも事実だ。米ウクライナがロシアを打ち負かしていたら、米覇権は揺るがなかった。中国は、ロシアが勝つとわかっていたから結束した。
(Russian Economy Overtakes Germany, UK and France Despite Western Sanctions)
フランスは米国側だが、昔から米国に楯突く非米的な傾向がある。米国側のウクライナ敗戦が濃厚になった後、仏マクロン大統領は今春に訪中したりして、非米側に片足を突っ込もうと試みた。南アフリカが議長をつとめる8月末のBRICSサミットにも参加を希望した。
だが、米国に妨害され、ロシアにも容認されなかったため、非米側に入れてもらえず、BRICSサミットにも出られない。
南アで開くBRICSサミットには、アフリカのすべての国々の指導者が招待された。サヘルなどアフリカでの影響力を失いつつあるフランスのマクロンとしては失地回復の好機だったが、フランスに代わってアフリカでの影響力を獲得しているロシアが反対し、マクロンは招待されなかった。
(Macron knows that Europe needs to stand on its own two feet)
(欧州を多極型世界の極の一つにする)
南ア政府内では、マクロンも呼ぶべきだ、BRICSが米露対立に引きずられるのは良くない、といった意見も出た。
インドやブラジルも、中露と米国の対立に巻き込まれたくないと言っている。これらを見て米国側マスコミは「BRICSが内部分裂して壊れていくぞ」と喧伝している。
だが、中露が米国との対立で負けなくなったことは、BRICSの国際的な立場を大きく引き上げ、BRICSに加盟するインドやブラジル、南アの国際地位も連動して上がった。
(Macron Not Invited to BRICS Summit - South African Foreign Minister)
中露と米国の対立で、最も得した部外者はBRICSの印伯南アだ。本人たちもそれを把握した上で、負け組のG7などに批判されたくないので内部分裂してるかのような目くらましを言っている。BRICSは、暴力団的な強い束縛のNATOやG7と違って、もともと縛りが緩やかなので、意見の齟齬は問題ない。
印伯南アは、BRICSの加盟国拡大に対しても消極的だと報じられている。実際に米国側と対立して「体を張って」覇権を獲得している中露は戦略的に加盟国拡大を考えるが、BRICSに対する関与が受動的な印伯南アは加盟国増加で自分たちの内部地位が低下するのを避けたい。だが、印伯南アは得た国家的な利益は大きいので、不満があってもBRICSから出ていくことはない。
(Here’s why most of the world has decided it wants to keep out of the conflict between Russia and the West)
先日、非米側に転向したサウジアラビアが、米ウクライナの言いなりになった感じの、ロシアを招待しない「ウクライナ和平会合」を開き、そこに中国印伯など非米諸国も出席した。これも「BRICSや非米側がロシアを見限った」と指摘された。
(サウジ主催ウクライナ和平会合の真意)
しかし会合後、参加各国の中から「ロシア抜きでは和平ができない。次はロシアも呼ぶべきだ」という意見が出ている。次回の会合を主催しそうなトルコも、そう言っている。いずれロシアが呼ばれる。その時、ウクライナや米国がどうするか。
(The Global South Stands Up)
(Turkey may host third round of international consultations on Ukraine)
サウジトルコ中印など非米諸国は、ロシアとウクライナの両方(の実務者)が参加する会合を連続的に開いていきたいのでないか、というのが私の勘ぐりだ。最初は米ウクライナの言いなりの会議から、しだいにロシアにも意見を言わせる会議にする。
ウクライナ戦争は、国境近くで活動するワグネルの誘発によるベラルーシとポーランドの戦争に波及するかもしれず、戦争構造がまだ続く。(6月のワグネルの「反乱」は、露政府の傘下から出てワグネルが勝手にポーランドに戦争を仕掛けたという、実は露政府が好む戦争長期化の構図作りのために用意されたのかも)
(Poland to Deploy 10,000 Additional Troops to Belarus Border)
欧米側の不利は変わらず、欧州は経済難と厭戦機運が強まり、ウクライナとロシアを和解させるべきだという意見が強くなる。ウクライナ自身も、戦争を終わらせたい気持ちが強まる。恒久戦争を望むのは米国だけになる。そうなっていく過程で、この実務者会議の枠組みが役に立つ。
米国側の主導だった国際会議の流れが、いつの間にか中国など非米側主導になっているという流れは、かつて地球温暖化問題で経験した。あれと似たような流れが、サウジ会合を受け継ぐ今後のウクライナ和平会合で展開されていくのでないか。
(Ukrainians Begin To Despair As Bloody Counteroffensive Yields Small Gains)
(The European Energy Crisis May Be Back Soon)
中露による非米世界システムの形成については、書きたいが分析が途上なことがたくさんある。バラバラな話として報道されており、自分なりの分析を加えないと非米化や多極化の話だと気づかない。離れ離れのジグソーパズルの断片で、実は別のところにくっつく話だったりする。
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