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安保理改革の表裏

2023年6月17日  田中 宇 

バイデンの米大統領府が、ロシアの国際政治力を削ぐための策と称して、国連安保理の常任理事国の制度改革を検討している。ウクライナ開戦以来、ロシアが安保理で自国に不利な提案に拒否権を発動しまくっているのをやめさせるのが米国の目的だ。
米国で出回っている案は、拒否権を持った5つの常任理事国と、拒否権を持たず2年の任期を持った10の非常任理事国との間に、常任だが拒否権を持たない6つぐらいの「B級常任理事国」的なものを新設する。
新設の「B常」に入る候補として、日本、インド、ブラジル、南ア、トルコ、インドネシア、ナイジェリアなどの名前が挙がっている。米国は、今秋の国連総会で安保理改革を提案し、世界に議論してもらう。中露など他の常任理事国は改革自体に賛成だが、改革の内容に関しては紛糾が必至だ。
U.S. seeks to expand developing world’s influence at United Nations

国連安保理は世界の政治や軍事に関する最高の意思決定機関だ。安保理は「良い戦争」と「悪い戦争」を決定し、良い戦争をする国を支援し、悪い戦争をする国を軍事・経済的に処罰制裁する権限がある。人類の中で、この手の権限を正式に持つのは国連安保理だけだ。
米国は自国好みの覇権運営をやる際に、できるだけ安保理を動かそうとしてきた。911以降の単独覇権主義は、安保理軽視の策だ。

米国はロシアなど反米傾向を強める非米側を封じ込めるために安保理改革をやりたい。中露など非米側は逆に、勝手な覇権行使を拡大する米国を封じ込めるために安保理改革をやりたい。
一見、米国と中露は国連改革で対立しているように見える。しかし詳細に見ていくとそうでない。まず、今回の米国案が実現しても、安保理でのロシアの拒否権発動を全く抑止できない。拒否権を持たない常任理事国を6つ新設しても、ロシアは従前通り拒否権を発動できる。

むしろ、常任理事国を増やすほど、多数決した場合に非米側が有利になり、米国側が不利になる。今の5つの常任理事国(P5)は、米国側が米英仏3か国、非米側が中露2か国で、多数決だと常に米国の勝ちになる。
だが、現行の任期2年の非常任理事国10か国(アフリカ3、アジア太平洋2、東欧1、中南米2、西欧その他2)は毎年だいたい米国側が2-4か国、非米側が6-8か国であり、P5と合わせて多数決のみで決めると非米側が優勢(8-10対5-7)になる。現状すでに拒否権に依存しているのはロシアでなく米国だ。
そこに新たに6つの常任理事国が入ると、上述の候補の中で米国側は日本だけだから、1対5で非米側が優勢だ。拡大後の安保理は、常任が4対7で非米側の優勢に転換する。非常任を含めると6-8対13-15で非米側の常勝になる。
US (rightly) calls for the expansion of the UN Security Council

米国側はますます米英仏の拒否権に頼るしかなくなる。そこで非米側が、表向き米国の意に沿うふりをして「一部の国が拒否権を発動しすぎるのは確かに良くないから、拒否権を全部廃止しましょう」と提案し、国連総会で決めてしまったらどうなるか。
安保理では非米側が常勝することになる。だから中露も拒否権廃止に賛成する。フランスはいつもどおり、中露との貿易関係などの見返りと引き換えに拒否権返上に賛成する(笑)。
米英は最後まで反対するが孤立し、最終的に拒否権が廃止され、安保理は非米側が支配する機関となって米英の違法な戦争を取り締まり始める。
対露濡れ衣だらけのウクライナ戦争が断罪され、シリア内戦での米英の戦争犯罪も裁かれていく。米英が最大の戦争犯罪国であることが確定していく・・・。
シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?
ウソだらけのウクライナ戦争

・・・こんなシナリオになるのかどうか不明だ。私の妄想と嘲笑してください。だが、安保理の参加国を増やした上で拒否権を廃止すると中露非米側の常勝になることは間違いない。嘲笑は消える。
中露の習近平やプーチンは、今後の国際社会の中心を担うのは国連だと言い続けてきた。国連を1国1票制で民主化すると中露非米側が圧倒的に有利になる。
国連民主化は、中露が米覇権を上書きして非米化・多極化する動きの決定打になる。
China's BRI Has Fundamentally Transformed Global Geopolitics

中国は、すでにWHOを牛耳って新型コロナの超愚策を欧米に強要して欧米を経済自滅させるなど、国連を使った覇権運営を手がけている。
国連の事務総長などは、米国発の覚醒運動を鼓舞したり、国際条約を作って覚醒運動に反対する人々を取り締まるべきだ、みたいなことを言っているが、覚醒運動は米欧を社会・政治的に自滅させる策であり、中露など非米側の有利になる。
中露敵視の欧米日リベラル人士が熱心に覚醒運動や(インチキな)温暖化対策などの大リセットを推進するほど、欧米日が自滅し、中露が優勢になる。
UN Secretary-General Proposes 'Global Digital Compact' To Push Laws Against Online 'Hate'

バイデンの安保理改革案は、ロシアを抑止するためと称して推進されるが、実際には米国を抑止する結果になる。バイデン側近群はそれを知りつつ安保理改革だと言っている。彼らは隠れ多極主義者である。



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