シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?2018年4月18日 田中 宇2011年からのシリア内戦では、化学兵器による攻撃が何度も行われている。ウィキペディアによると、直近のドウマの化学兵器攻撃(劇)までで、合計72回、化学兵器が使われた。このほか、国際機関のOPCWやUNHRCの報告書にだけ載っているものもある。13年3月19日にカンアルアサル(アレッポ郊外)のシリア政府軍基地に対して反政府軍がサリン入りの手製ロケット弾を撃ち込んだ攻撃、15年8月21日にマレア(Mare'a、アレッポ郊外)の住宅地にISがマスタードガス入りの砲弾を50発以上打ち込んだ攻撃など、4件は反政府勢力の犯行だとされている。 (Use of chemical weapons in the Syrian Civil War From Wikipedia) 今年4月7日のドウマの攻撃劇など、白ヘルメットなど反政府側が「政府軍が化学兵器で攻撃し、市民が死んだ」とウソを喧伝しただけで、実際の化学兵器攻撃が行われていないものもいくつかある。「政府軍が化学兵器で攻撃してくるのですぐ逃げろ」とウソを言って住民を避難させ、そのすきに空き巣に入るといった事案もあった(14年4月29日のアルタマナなど。国連報告書S/2016/738の54ページ#13)。塩素やサリンが散布されて死傷者が出ているが、政府軍と反政府勢力のどちらがやったのか、OPCWが確定できなかったものも多い(現場調査に入れない、証言が人によって食い違っている、物証がないなど)。 (S/2016/738) (シリアで「北朝鮮方式」を試みるトランプ) だがそれらの「反政府側が犯人」「反政府側がウソを喧伝したが化学兵器攻撃はなかった」「誰が犯人か不明な化学攻撃」を除いたものの多くについて、シリア政府軍が化学兵器を使ったと、OPCWやUNHRC、欧米マスコミが「断定」している。マスコミは、白ヘルが捏造した動画などを鵜呑みにして大々的に報じてきた。対照的に、OPCWは犯人(化学兵器使用者)を断定するのに慎重だが、最近になるほど米英の圧力を受け、政府軍犯人説へと飛躍しがちだ。UNHRC(国連人権理事会)は、OPCWの調査結果を使い、慎重なOPCWが犯人を断定できない事案に関して「大胆」に政府犯人説を断定する傾向だ。 (UNHRC : Report of the independent international commission of inquiry on the Syrian Arab Republic) シリア内戦の化学兵器攻撃事案で、国際政治的に重要なのは3件ある。(1)13年8月21日のグータ、(2)17年4月4日のカーンシェイクン、(3)今年4月7日のドウマ、の3つで、いずれもシリア政府軍の仕業と喧伝されている(実はすべて濡れ衣だが)。(1)は、当時のオバマ大統領に対し、軍産やマスコミから「米軍がアサド政権を倒すシリア攻撃に入るべきだ」と強い圧力を受け、濡れ衣で開戦したイラク戦争の愚を繰り返したくないオバマが、ロシアに問題解決を頼み、今に続くロシアのシリア進出への道筋をつけた。(2)は、17年4月6日のトランプ大統領によるシリアへのミサイル攻撃につながったが、後で、シリア政府軍の仕業と断定できる根拠がない(濡れ衣攻撃だった)と、ティラーソンやマティスが認める事態になった。(3)は、中東大戦争や米露世界大戦(もしくは多極化)への瀬戸際状態を引き起こしている現在進行形だ。 (ミサイル発射は軍産に見せるトランプの演技かも) (無実のシリアを空爆する) (シリア空爆策の崩壊) 私は、今回の記事の題名どおり、シリア内戦の72回以上の化学兵器使用のなかで、シリア政府軍が化学兵器を使って攻撃したと確定的に言える事案が一つもないのでないか、と考えている。シリアのISアルカイダは、サリンや塩素ガスを持っている。政府軍が通常兵器で攻撃してくるのに合わせて、それらの化学兵器を手製のロケット砲や手榴弾などの形式で発射し、住民に被害が出ると、その場で撮影(もしくは仲間内で演技して事前に制作)した動画をアップロードし「政府軍が化学兵器で攻撃してきた」と喧伝し、それを受けて米英で、ISカイダを支援する軍産の一味であるマスコミと当局が「アサドの仕業」を「確定」することを延々と繰り返してきた、というのが私の見立てだ。 (進むシリア平定、ロシア台頭、米国不信) サリンは、トルコの化学企業からトルコの諜報機関が原料を入手してシリア反政府勢力に渡していた。トルコは、16年にISカイダを見捨ててロシア側に転じており、その前後から反政府側のサリン在庫が減り、代わりにプールの浄化剤を転用して造した塩素ガスの使用が増えた。サリンや塩素ガスによる攻撃は、手製の小型ミサイルや手榴弾によって行われている。いずれも政府軍でなく、民兵団(テロリスト集団)である反政府勢力の手法である。 (Saraqib chemical attack - Wikipedia) (Ashrafiyat Sahnaya chemical attack - Wikipedia) 米英軍産と傘下のアルカイダがグルになり、13年8月21日のグータの化学兵器攻撃の濡れ衣をシリア政府にかけた後、ロシアの仲裁で、シリア政府はそれまで持っていた(がシリア内戦で使っていなかった)化学兵器を、米露の検証のもと、すべて廃棄した。シリアが持っている化学兵器を全廃してしまえば、もう米英もシリアに化学兵器攻撃の濡れ衣をかけられないと露シリアは考えたのだろうが、それは甘かった。 (ロシアのシリア空爆の意味) (シリアをロシアに任せる米国) シリア政府が化学兵器を廃棄した後、シリア内戦での化学兵器使用は、むしろ増加した。ウィキペディアに載っている化学攻撃の回数は、グータの攻撃の前の1年間が17件だったが、その後の1年間は27件だった。化学攻撃の濡れ衣で非難されるのがいやで化学兵器を破棄したシリア政府が、その後の化学攻撃をやるはずがない。これらの27件や、その後現在までの30件近くの化学攻撃は、すべて反政府側が政府に濡れ衣をかけるためにやったものと考えられる。 (Use of chemical weapons in the Syrian Civil War From Wikipedia) 15年秋からは、ロシア軍がシリアに進出した。これで、反政府勢力に対するシリア政府軍の優位は確立した。アサド政権は、内戦終了後もシリアで政権を維持できる可能性が高まった。国際的なイメージ改善がアサド政権の目標の一つになった。化学兵器の使用は、国際イメージを悪化させる。ロシアの支援を受けて軍事的に優勢になったシリア軍は、軍事戦略の面でも、化学兵器を使う必要が全くなくなった。だが、15年秋以降も、シリアでは10回以上の化学兵器による攻撃があった。これらがシリア政府軍の仕業であるとは考えられない。 (いまだにシリアでテロ組織を支援する米欧や国連) ▼3大案件は反政府側が犯人だった可能性が特に強い 以下、シリア内戦で化学兵器が使われたとされる個別の案件について考察する。まずは、上記した3大案件から。 (1)13年8月21日のグータ。アルカイダが占領するダマスカス近郊のグータ地区の2箇所に、サリン入りのロケット砲が撃ち込まれた。ちょうど国連の化学兵器調査団が同年5月の化学兵器使用について調べるためにダマスカスに着いた直後のタイミングで発生した。タイミング的に、アルカイダが政府軍に濡れ衣を着せるためにやった感じだ(シリア政府は、国連調査団の現地調査の要請をすぐ了承した。シリア政府が犯人なら、現地調査の了承を遅らせるはずだ)。事件後すぐ(アルカイダの「上部機関」である)米英の政府やマスコミは、シリア政府軍の仕業だと断定し始めた。 (Ghouta chemical attack From Wikipedia) (United Nations Mission to Investigate Allegations of the Use of Chemical Weapons in the Syrian Arab Republic - Final report) UNHRCは、報告書(A-HRC-25-65_en、18-19ページ #127-131)で、13年8月21日のグータと、13年3月19日のカンアルアサルという、2件の化学兵器攻撃で使われたサリンの物質的な特質(markers、hallmarks)が共通しており、犯人(使用者、化学兵器保有者)が同じである可能性が高いと書いている。UNHRCは、このサリンは質が高く、こういったものを作れるのはISカイダのような民兵団でなく、シリア政府など国家機関だけだという理由で、2つの事件はすべて政府軍の仕業だと断定している。 (A-HRC-25-65 : Report of the independent international commission of inquiry on the Syrian Arab Republic) だが、すでに書いたように、アルカイダはトルコの諜報機関(という国家機関)からサリンの原料を供給されていた。事情を知らないトルコの警察が、シリアに運び込まれる途中のサリン原料をシリア国内で見つけて取り締まろうとして、諜報機関と悶着する事件も以前に起きている。 (Turkish Whistleblowers Corroborate Story on False Flag Sarin Attack in Syria) (2 Turkish Parliament Members: Turkey Provided Chemical Weapons for Syrian Terrorist Attack) 今年1月のロイター報道によると、OPCWは、上記のグータとカンアルサルだけでなく、2017年4月4日のカーンシェイクンの化学兵器攻撃で使われたサリンも、他の2件と物性が同じであるという調査結果を出した。ロイターは、このサリンがシリア政府軍の所有物であるという前提で報じている。だが、グータとカンアルサルとカーンシェイクンが、同じサリンを使った、同一勢力による攻撃であるという、OPCWやUNHRCも認める「事実」をもとに考えると、むしろ3つの化学攻撃は、いずれも反政府勢力の仕業である可能性の方が高い。 https://www.reuters.com/article/us-syria-crisis-chemicalweapons-exclusiv/exclusive-tests-link-syrian-government-stockpile-to-largest-sarin-attack-sources-idUSKBN1FJ0MG Tests link Syrian government stockpile to largest sarin attack (Ghouta chemical attack - From Wikipedia) その理由の1つは、13年3月カンアルサルの攻撃が、シリア政府軍の基地に向かって反政府勢力(アルカイダ)がサリン入りの手製のロケット弾を飛ばしてきた事案だったからだ。この攻撃の直後、シリア政府は国連に、反政府勢力が化学兵器を使ったので調査し確定してほしいと要請し、8月に国連の調査団が現地を調査した。反政府勢力は、化学兵器を使ったのは政府軍だと反論した。13年8月の国連調査団のシリア入国の直後、グータで、サリン入りのロケット弾が撃ち込まれる化学攻撃が起きた。 国連調査団は、カンアルサルでサリンが使われたことは認定したが、誰がサリンを使ったかについては、シリア政府の主張を裏付ける証拠が不十分であるとして、使用者不明のままとした。だが、国連の調査委員会の一員だったカルラ・デルポンテ(国連戦争犯罪担当主任検事)は13年5月に、化学兵器を使ったのは反政府勢力だとの判断を発表した。これに対し、米英などが鋭く反発し、翌日には調査委員会が「まだ何も結論は出ていない」とする声明を発表した。要するに、ふつうに考えると反政府勢力が犯人なのだが、そう表明することは米英が反対するのでできない状況だった。米英・軍産が、アサド犯人説以外の主張する人に大きな政治圧力をかけて黙らせ、アサド犯人説を「結論」にしてしまう今の構造が、13年5月の時点ですでに隆々と繁茂していたことが見て取れる。 (Khan al-Assal chemical attack -Wikipedia) 13年3月のカンアルアサルの化学攻撃は、反政府勢力(アルカイダ)の仕業で、それを米英軍産がシリア政府軍の仕業という結論に歪曲した。アンアルアサルと同じサリンが使われた、13年8月のグータと、17年4月のカーンシェイクンの攻撃も、アルカイダの仕業だったことになる。これらの3件とも、米英軍産が結論を歪曲し、人類はアサド犯人説のウソを信じ込まされている。 (2)17年4月のカーンシェイクンの攻撃。反政府勢力は「政府軍がヘリコプターからサリンを入れた樽型爆弾を住宅に落とした」と主張している。政府軍ヘリが樽型爆弾をアルカイダの地元司令官の武器庫つきの家に落としたのは事実のようだ。政府軍側は「樽型爆弾は化学兵器でなく通常の火薬しか使っておらず、政府軍の攻撃に合わせてアルカイダがサリンの入った手製の砲弾を撃ち、それを政府軍のせいにした」と主張している。その他、政府軍に空爆された司令官の家の武器庫にサリンが保管されており、それが空爆時に散布されたという説もある。OPCWは、犯人を特定していない。 (REPORT OF THE OPCW FACT-FINDING MISSION IN SYRIA REGARDING AN ALLEGED INCIDENT IN KHAN SHAYKHUN, SYRIAN ARAB REPUBLIC APRIL 2017) (Khan Shaykhun chemical attack Wikipedia) (3)今回のドウマの案件。最近、欧米記者として事件後に初めてドウマの現地入りしたロバート・フィスクが、地元の人々が皆、4月7日に化学兵器が使われた事実はないと言っていることを確認した。事件当日、ドウマの病院に担ぎ込まれた人々は、通常兵器の爆弾の噴煙による呼吸困難をわずらっていたが、誰も化学兵器の被害を受けていなかった。だが、突然白ヘルの一行が病院にやってきて「化学兵器が使われた」と叫びながら、相互に水を掛け合い、その光景をビデオに撮って帰っていった。ロシアの主張どおり、4月7日のドウマでは化学兵器が使われておらず、米英は、白ヘルによるウソを(意図して)鵜呑みにしている。 (Robert Fisk visits the Syria clinic at the centre of a global crisis) (Famed War Reporter Robert Fisk Reaches Syrian 'Chemical Attack' Site, Concludes "They Were Not Gassed") シリア内戦の無数の化学兵器使用事案に関して、OPCWが報告書で「シリア政府軍が犯人(使用者)だ(ろう)」と結論づけているのは、私がいくつかの報告書をざっと見た限りで、国連に出した報告書「S/2016/738」に載っている、14年4月21日のタルメネスと、15年3月16日のセルミン、14年4月18日のカフルジータの3件だけだ。これらの件では、いずれも政府軍がヘリコプターで樽型爆弾を反政府支配地に投下している。反政府側は「樽型爆弾に化学兵器が入っていた」と言い、政府側は「通常火薬が入った樽型爆弾を落とす際、反政府側が化学兵器(塩素)入りの手製のロケット弾や手榴弾を撃ってきた」と言っている。 (Third report of the Organization for the Prohibition of Chemical Weapons-United Nations Joint Investigative Mechanism) ウィキペディアの表によると、反政府支配地への樽型爆弾投下後の塩素ガス被害という、同種類の案件が、14年春から15年春にかけて22件起きている。OPCWは前出の報告書 S/2016/738で、このうち8件について調査・分析している。政府軍の通常火薬の樽型爆弾投下に、時間的・場所的に、うまく合わせて反政府側が塩素弾を撃てた案件はOPCWの結論が「政府軍が犯人」になり、それ以外の案件は「犯人不明」になっている。OPCWは、反政府側が政府軍を陥れるために政府軍の通常爆弾の攻撃に同期させて化学兵器を撃った可能性を(意図的に)無視している。ウィキペディアも同様だ。この無視を勘案して再検討すると、これらの全ては、犯人が政府軍でなく反政府側の可能性の方が高い。 (Use of chemical weapons in the Syrian Civil War From Wikipedia) OPCWは、15年の報告書(s/2015/908、140-141ページ)で「政府軍がヘリで化学兵器(塩素)入りの樽型爆弾を落とした」という前提で、地元の(反政府側の)人々の証言と、現場で採取した爆弾の破片をもとに、こんな構造の塩素弾の樽型爆弾だったというイラストを載せている。これを見ると「化学兵器使用の犯人は政府軍だ」と思ってしまう。だが考えてみると、反政府勢力の証言をもとに、想像力をたくましくして破片を組み合わせて「復元」すれば、通常火薬の樽型爆弾を、化学兵器の樽型爆弾に化けさせることが十分に可能だ。このイラストは、政府軍犯人説の証拠にならない。 (OPCW : s/2015/908) ロシアも参加するOPCWは一昨年まで、UNHRCや米英マスコミに比べ、犯人探しの結論を出すことに慎重だった。そのため、OPCWが政府軍が犯人だと結論づけた案件は(OPCWの報告書の束を私がつらつら読んだ範囲では)、私が反駁した上記の3件しかない。それと上記の15年報告書のイラストぐらいだ。だが、これらの慎重なOPCWが出した結論ですら、容易に反駁されうる。シリア内戦でアサドの政府軍が一度でも化学兵器を使った可能性はかなり低く、国際社会から好かれたいとずっと思っているアサド政権のイメージ戦略から考えて、化学兵器を一度も使っていない可能性の方が高い。
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