多極化観察録 2023/5/92023年5月9日 田中 宇最近、国際情勢の主な動きの大半が多極化がらみ(米覇権の自滅、非米側の台頭)の話になっている。私の分析記事は、今の状況になる数年前から、多極化の流れを観察するのが大きな柱になっていた。 米覇権が強大だった以前は、多極化の可能性が少なく見えた。米上層部にこっそり多極化を進めたがっている勢力がいそうだという私の「隠れ多極主義」の仮説は頓珍漢な妄想とみなされることが多かった。 だが近年、ウクライナ戦争による非米側の結束台頭、米連銀の利上げとQE終了QT開始などが重なり、米覇権のバブル崩壊と多極化がどんどん進んでいる。日々の国際情勢の展開の多くが、多極化の一環としてとらえるべき話になった。 多極化が遠い話だった以前は、多極化や隠れ多極主義について毎回根本から説明する必要があった。しかし、すでに世界は多極化している。米国側が頑張っても、米覇権体制の蘇生はもう無理だ。 多極化が米上層部の謀略の結果なのか、偶然の産物なのかに関係なく、今後さらに米覇権崩壊と多極化が進むことが確実になった。「可能性が高い」でなく「確実」だ。米国側は年内に、さらに崩壊が加速する。 この事態を踏まえ、私の記事の新しい形として、世界のあちこちで日々起きている多極化の動きをひろって分析していく不定期の日誌「多極化観察録」を始めたいと思うようになった。 私の既存の記事は、1つのテーマについて深く分析し、長い文章になることが多かった。今回の新しい記事スタイルはそれと異なり、多極化という固定したテーマについて、いろんな地域や分野で起きていることを拾い集め、試論的な分析を加えつつ総花的に列挙して記事にする。 私は従来、1本の記事を書くのに何日もかかり、その間に事態が動いたり、新たな別の話が出てきたりして、間に合わずにとりこぼす案件がいくつもあった。 今回と似た考え方で以前、短い試論的な分析を加えて各種の話を列挙する「拙速分析」を何本か出した。だが私は凝り性で、拙速のつもりが延々と分析して1つ目のテーマだけで長い記事になってしまい、いつもの分析記事になってしまうので、やらなくなった。 今回も、それが繰り返されるおそれがある。その場合、この「多極化観察録」も、いつの間にかやらなくなる。 (拙速分析について) ▼露政府がウクライナの激戦地に武器弾薬を十分に送ってない、という演技?? ウクライナ戦争は、激戦地となったドネツクのバフムトの勝敗が戦争全体の勝敗につながるといわれた。1か月以上前から、バフムト市街の9割を占領したロシア側の勝ちになりそうな感じになっている。バフムトで戦った露側の中心は、国軍でなく民兵団のワグネルだ。 そのワグネルが最近「露政府が十分な武器弾薬を供給してくれないのでバフムトで負けそうだ。弾薬不足で無数の兵士が戦死した。もっと弾薬をくれないとバフムトから撤退せざるを得ない」と不満を露政府に対して公式に表明し続けている。 (Ukraine SitRep: Bakhmut - Prigozhin - Counteroffensive) (Wagner Chief Warns His Forces To Exit Bakhmut On May 10 While Military Leaders "Sit Like Fat Cats") 露側は、あと2.5キロ前進すればバフムトからウクライナ側を追い出して占領できる。それなのに露政府はバフムトでの戦いを主導するワグネルに十分な武器弾薬を供給し続けず、苦戦させている。 なぜ露政府はさっさと武器弾薬をワグネルに供給しないのか。供給すれば、早めに勝って戦争を終わらせられるのに、おかしい。 それに、露政府が弾薬を送らないから苦戦しているとワグネルが公的に発言してしまうのも怪しい。戦争で、自分たちを不利にする発言は禁物だ。弾薬不足が本当なら、なぜ露政府は、ワグネルが公式発言を余儀なくされるまで弾薬不足を放置したのか。 (Ukraine’s forces bring 400-600 people to Artemovsk every day - Wagner PMC founder) (Wagner Chief Threatens To Quit Bakhmut Unless His Men Get More Munitions) 私の分析だと、露政府は意図的にウクライナ戦争を長引かせる策略を進めている。ウクライナ戦争が長引くほど、米覇権の崩壊と非米側の台頭が加速し、ロシアにとって有利になる。 露政府がバフムトに武器弾薬を送らず、ワグネルを苦戦させているのは、米覇権崩壊と世界の非米化・多極化を誘発するために戦争を長引かせたいからでないか。ワグネルは、本当に苦戦しているのでなく、戦争を長引かせたい露政府とぐるになって苦戦の演技をしている可能性もある。 ワグネルは5月5日に「予定されていたウクライナ軍のバフムト反攻がいよいよ始まった。ウクライナは大量の兵器と要員を送り込んできている(このままでは負けそうだ)」と発表した。これも本当かどうか不明だ。 (Ukrainian forces started counteroffensive, have a lot of personnel, weapons - Prigozhin) ワグネルは5月8日に「必要なだけ弾薬を送ると露政府が言ってきた」と発表した。私の「演技説」は間違いだったのか。 それとも、あまり演技を続けると、演技であることを知らない露国内の人々が、演技を本気にして「ワグネルにもっと弾薬を送るべきだ」と騒ぎ出して困るので、このへんでいったん騒動を一段落させたのか。さらに様子を見る必要がある。 (Wagner promised ‘as much ammo as we need’ - Prigozhin) 米政府の高官は「バフムトで10万人の露側兵士が戦死した」と言っている。これも明らかな誇張だ。米国とロシアは、バフムトでロシアが負けそうだという同じ方向の歪曲・誇張を言っている。 マスコミ権威筋も、ロシアが負けそうだという誇張を開戦以来ずっと続けている。そして実際にはロシアの優勢でとろ火の戦争がずっと続き、長引くほど米覇権崩壊と多極化が進む。これが、この戦争の最大の特長だと私には思える。 (Kirby Claims Whopping 100,000+ Russian Casualties In Bakhmut Alone) ▼豪政府のアサンジ支持の大転換は米英覇権からの離脱が目的かも オーストラリアの政府や議会が米英政府に対し、豪国民であるジュリアン・アサンジを釈放してくれと初めて言い出している。 アサンジは、機密文書暴露サイトのウィキリークスを作って米政府などの悪事を人々に知らせるという素晴らしい仕事をしたのに、米英政府はアサンジを処罰する大間違いを犯していると、豪政府は言い始めた。 (Australian PM ‘frustrated’ over ongoing imprisonment of Assange) (Australia PM Says No Point In US Pursuing Assange: "Enough Is Enough") この指摘は正しい。しかし豪政府は2019年に英当局がアサンジを逮捕してから最近まで、そういう指摘をしていなかった。豪国内にはアサンジ擁護の言論もあったが、豪政府は米英との同盟関係を重視して黙っていた。 それが今回、豪政府が態度を大転換してアサンジの釈放を求め始めた。豪議会は、言論の自由や人権や正義を守るはずの米英が、アサンジを処罰して、言論の自由や人権や正義を踏みにじっており、このままだと豪州はもう米英と一緒にやっていけなくなる、といった意味のことまで言っている。 豪州のこの動きは、中国包囲網のAUKUSなど、豪州が関与する米覇権の構造を崩しかねない。 (Dozens of Australian politicians urge US to abandon Julian Assange extradition) この大転換は、豪州のエスタブたちが突如として人権や言論の自由や正義を本気で守りたくなったから起きているのか??。そうでないなら、この転換の真意は何か?? 私の見立ては、米覇権や米英による世界支配の体制が崩壊に向かっているので、豪エスタブがアサンジの問題を口実に米英への批判を開始し、瓦解が不可避な米英から距離を置き、それによって今後の覇権国である中国に再接近したいのでないか、というものだ。 (Can Australia’s new man in Washington diffuse US-China tensions?) (The majority of Australians prefer a policy of neutrality and oppose joining US wars under the ANZUS alliance, polling shows.) 英国は正義(と称する偽善)を振り回して世界を支配してきただけに、アサンジを釈放したいかもしれないが、(隠れ多極主義の)米国はアサンジを絶対に許さず訴追・処罰・弾圧し続け、米国側の正義を自滅させ続ける。英国は米国に逆らえない。豪州は要求を拒まれて(予定通り)米英から離れていく。 親中国なBRICSの一員であるブラジルのルーラ大統領が最近、アサンジへの処罰は言論の自由へのひどい侵害だと米英を非難した。豪州はいつの間にか、米英より非米側に近い存在になっている。 (‘Crazy thing’ - Lula criticizes imprisonment of Assange) ウクライナ戦争の失敗で、欧州も米国から離れていく。米国はロシア敵視をやめず自滅を加速し、欧州は共倒れを避けるために米国から離脱せざるを得ない。 豪州では、AUKUSでの米豪間の原子力潜水艦の契約についても批判が強まっている。 豪州も欧州も、米国から離れていく。米国主導の同盟国体制が崩壊し、米覇権の弱体化が進み、多極化が加速する。プーチンが含み笑いしている。 (What the AUKUS sub ruckusぎ means for regional security) (AUKUS deal ‘worst in all history’ - former Australian PM)
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