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特殊作戦から戦争に移行するロシア

2022年9月21日  田中 宇

ロシアが、ウクライナ戦争に対する戦略を大きく転換しようとしている。ウクライナでロシア系住民が多い東部のドンバス2州と、南部のケルソン州とザポロージエ州の合計4州は、9月23-27日にロシアへの併合を求めるかどうかを決める住民投票を実施することになった。ドンバス2州は、米国がウクライナ政権を傀儡化・極右化して2州の住民の殺害が始まった2014年から、ウクライナからの分離独立を宣言し続けてきている。昨年からウクライナ極右政権による2州への攻撃が強まったため、今年2月にロシア政府が2州を独立国として承認して2州と安保条約を結び、その条約を根拠にロシア軍がウクライナに侵攻(進軍)して2州に駐屯している。残りの2州もロシア系住民が多く、同様に露軍が進駐している。各州の住民投票はロシアへの併合希望を可決し、ロシアは4州の併合に踏み切ると予測される(そうでなければこのような展開にならない)。 (ロシアの優勢で一段落しているウクライナ) (Putin To Give Major Speech On Ukraine Referendums, Possible National War Mobilization

これに関連してプーチン大統領が9月20日に重要演説を行う予定だったが、土壇場で21日に延期された。プーチンの演説は4州での住民投票に関してだけでなく、これまで「戦争」でなくそれより小規模な「特殊作戦」として行われてきた露軍のウクライナ侵攻(進軍)の策を、(事実上の)戦争に格上げする内容を含んでいると推測されている(これを書いている時点でまだ演説が行われていない)。戦争は、徴兵や接収、戒厳令などを含む国家総動員体制を伴うが、露政府はそこまでの体制を組まずにウクライナ戦争を進めてきた。露軍は55万人の総兵力のうち20万人でウクライナと戦ってきた。だが今回は、すでにロシア議会が動員と戒厳令に関する新法を審議している。 (Putin's Major Wartime Speech Postponed In Highly Unusual Move

米国側のマスコミは、ウクライナ開戦直後から「ロシア軍は作戦が稚拙で戦死者が多くて士気も低く、ウクライナでの戦闘で失敗ばかりしており、欧米NATOの強い兵器を支援されたウクライナ軍に負けていくだろう。欧米がウクライナ支援を頑張ればプーチン政権を潰せる」と分析(欧米にウクライナ支援を頑張らせるための戦争プロパガンダを発信)し続けてきた。実際は、ロシア軍の方がかなり優勢であり、作戦が稚拙で戦死者が多くて士気も低いのはウクライナ軍の方だった。ロシア軍は最近、ハリコフ州などウクライナ北東部から撤退したが、これについても米国側は「ウクライナ軍の反攻が奏功して露軍が敗走した。ロシアは負けつつある」と歪曲的に報じている。露軍は負けているのでブチャやイジュームなどで拷問や虐殺をやったのだと米側マスコミは言っている(実際はウクライナ内務省が演出した濡れ衣劇)。 (Putin delays surprise speech; Ukraine’s allies say they will not accept referendums in Russian-held areas) (悪いのは米国とウクライナ政府

今回の撤退は実のところ、露軍が意図的に撤退したものであり、その直前に両軍が激しく戦闘しておらず、露軍が撤退したのでウクライナ軍が前進しただけだった。だがマスコミは「露軍の敗北、ウクライナ軍の勝利」を歪曲喧伝し、その延長で、今回ロシア政府が特殊作戦を戦争に格上げすることも、マスコミは「少ない兵力でウクライナを打ち負かせると誤算して戦争体制を組まずにそれ以下の特殊作戦にしたのは失敗だったと、今回の敗走後プーチンがようやく気づき、遅まきながら戦争の格上げして総動員体制を組むことにした」と解説している。住民投票を経てロシアが4州を併合しようとしていることも、マスコミは「これからウクライナ軍がさらに反撃して露軍の敗走が加速する前に、ロシアは4州を併合してウクライナによる奪還を防ごうとしている」と説明している。戦争への格上げも4州の併合も、敗北しつつあるプーチンの窮余の策だと、米国側は言っている。 (Is Vladimir Putin happy to risk nuclear war to avoid admitting defeat?

実際には、露軍はウクライナにおいて全般的な優勢がずっと続いてきた。最近喧伝されているハリコフ州イジュームで見つかった「露軍が市民やウクライナ軍捕虜を拷問虐殺した遺体を埋めたと思われる集団墓地」は、そのようなものでなく、開戦直後の3-4月にイジュームで激戦があった後、露軍が勝ってイジュームを統治して瓦礫の山を片付けた時に出てきた身元不明の遺体を、見つけるごとにロシア側当局が埋葬していった墓地だ。露軍がイジュームから撤退し、ウクライナ内務省がやってきて墓を掘り起こし、縛られたり拷問された跡が遺体群にあったというウソを米国側マスコミに流して喧伝させた(実際の遺体群にはそのような跡がなかった)。ロシア側は激戦後の4月末にイジュームを占領して瓦礫の山を片付け、17人のウクライナ兵士の遺体を見つけてウクライナ側に返還しようとしたが受け取りを拒否されたので、それも集団墓地に埋めた。ロシア側は、その時の経緯を動画にして発表している(ウクライナ側は開戦直後から、戦死者の遺体をロシア側から受け取ることを繰り返し拒否している)。墓地には木製の十字架群が立てられ、埋めた露側に死者に敬意を表する弔いの意志があったことを示している。これは虐殺の跡でない。 (Ukraine - Dissecting Some War Propaganda News Items

イジュームでは3-4月に激戦があったが、露軍が勝って占領した後、今に至るまで戦闘がほとんどなかった。5月から最近まで、イジュームはロシア軍でなく、ロシアの国家警備隊(国家親衛隊)が進駐し、治安維持にあたっていた。イジュームで戦闘がなかったので軍隊でなく国家警備隊で良かった。ロシア側は9月はじめにイジュームや周辺のハリコフ州から撤退してウクライナ側に明け渡すことを決め、イジュームの国家警備隊も露軍に護衛されて引き揚げた。その後、9月10日にウクライナ側がやってきてイジュームの行政権を引き継ぎし、勝利宣言した。この間、戦闘は行われていない。イジュームではその後「駐屯していた露軍兵士が残していった嘆きの置き手紙」が10通見つかっており、ウクライナ側から見せてもらった米国の新聞が報じている。手紙はいずれも、露軍での待遇がとても劣悪で、兵士の士気が低かったことを嘆いている。実際は、イジュームに駐屯していたのは露軍でなく国家警備隊であり、戦闘がなく平穏で、ロシア国内から物資の補給が潤沢だった。露軍兵士の置き手紙はニセモノで、ウクライナ内務省が偽造して米マスコミに流したものだった。 (The letters left behind by demoralized Russian soldiers as they fled

このように、ロシア側はイジュームやハリコフ州で負けておらず、戦闘もなかったのに、9月はじめに一方的に撤退している。統治を引き継いだウクライナ側が勝利宣言し、そのプロパガンダをそのまま米国側が事実として鵜呑みにしてロシアは惨敗寸前だと喧伝し、その延長で、4州の住民投票と併合、それから露政府が特殊作戦を戦争に格上げすることの意味が「窮余の策」だと解説されている。米国側のほとんどの人が、その解説に納得している。しかも、ロシア政府はイジュームでもブチャでも、自国になすりつけられた虐殺や拷問や戦争犯罪の濡れ衣に対し、一通りの否定をするだけで、濡れ衣を全面的に晴らすための真相の詳述をしていない。イジュームもブチャも、露側が撤退してウクライナ側が入ってきた直後に濡れ衣が構築されており、直前まで駐留していた露側は真相を詳述できる情報を持っているはずなのに、それを十分に活用していない。濡れ衣を放置している。 (濡れ衣をかけられ続けるロシア

私は最初、露政府が特殊作戦を戦争に格上げすることはないのでないかと思っていた。露軍は優勢で、格上げは必要ない。格上げの話は米国側の勝手な憶測でないかと思っていた。しかし、9月20日に親露的なセルビアのブチッチ大統領が「われわれ(ロシアやセルビア)は特殊作戦の時期を終え、もっと大きな戦争の構図の中に入りつつある」と国連総会で述べている。これを知って私は、ロシアの特殊作戦が戦争に格上げされるのは事実なのだと理解した。ブチッチは、この転換が単にロシアとウクライナの戦闘が特殊作戦から戦争に呼称変更されるだけでなく、欧米と露中との大きな対立、世界大戦的なものに発展することを意味すると言っている。ロシアだけでなく中国も巻き込んだ世界大戦(の代替物)になっていくということだ。そういえば、米国は最近、台湾問題などで中国への敵視をどんどん強め、独英EUなど欧州も巻き込まれて中国敵視を強めている(日本は中国の近くにいるのに、いないふりをしている)。 (Serbian leader warns of imminent global war

私から見ると、これらの全体が、プーチンの一つの世界戦略であるように思える。プーチンのロシアにとって、自分たちがこっそり優勢な状態でウクライナ戦争がずっと続くのが好都合だ。米国側がロシアを敵視して強烈な対露経済制裁を続けるほど、米国側とくに欧州は、自分たちの繁栄の維持に必要なロシアからの石油ガスなど資源類を得られなくなって経済破綻していく。エリート層(グローバリスト、米英覇権勢力)による欧州支配が崩れて欧州が対米自立的なポピュリストの支配下に移り、欧州と米英との同盟が崩れて米国覇権体制が消失していく。このままロシアからの石油ガス資源類が止まったままだと、欧州のエリート支配は今後の選挙などによって2-3年で急速に崩壊していく。資源類の他の輸入先の確保には何年もかかるので間に合わない。 (自滅させられた欧州

プーチン政権は、おそらくブチャやイジュームの拷問虐殺の濡れ衣を意図的に放置している。米国側のマスコミ権威筋はロシアの「戦争犯罪」を非難し続け、米国はロシアを「テロ支援国家」に指定しようとしている。欧州のエリートたちの中には、ウクライナ側を加圧説得してロシアと停戦和解させ、欧州とロシアとの関係を正常化してロシアからの石油ガス資源類の輸入を再開したいと考えている勢力がかなりいる。欧州エリートは、ロシアの資源類がないと、自分たちの支配が崩れるからだ。だが、露軍が拷問虐殺の戦争犯罪を繰り返しているというウソが米国側で「事実」としてまかり通っている限り、欧州エリートはロシアを極悪な敵として扱わざるを得ず、和解できず、資源類の輸入を再開できない。 (プーチンの偽悪戦略に乗せられた人類

露軍がウクライナで完全に優勢なら、ウクライナはロシアに勝てないのだからロシアと停戦和解交渉するしかないと、欧州はゼレンスキーに加圧して停戦交渉させられるかもしれない。だが、プーチンの計略に沿って露軍は一方的にハリコフ州から撤退して露軍が負けているような感じを演出し、ウクライナや黒幕の米英がそれに乗って勝利宣言し、欧米マスコミは「露軍が惨敗してウクライナが勝ちそうなんだから、やるべきことは停戦要請でなく武器輸出の加速だろ」と欧米政府を突き上げる。欧州はロシアと和解できない。

ドンバスなどウクライナの4州が、従来のようにウクライナの一部である限り、露軍が4州から撤退してロシアに戻れば、ウクライナの国家統一は保たれ、それを目標にウクライナとロシアが停戦和解交渉できる(ウクライナはクリミアをあきらめる必要があるが)。しかし、4州が住民投票し、ロシアがその結果を認めて4州をロシアの一部に編入してしまうと、ロシアは国家の尊厳として、4州をウクライナに戻すことを容認できなくなる。ロシアが4州を併合した時点で、ウクライナとロシアの和解は不可能になる。ウクライナが今後よっぽど負けて、4州をロシアに奪われた状態で良いからロシアと和解したいと言い出せば別だが、米英は今後もずっとゼレンスキーをテコ入れして和解させないだろうから、この道もない。欧州はロシア敵視を続けねばならず、欧州経済は自滅が進み、エリート支配が崩れてポピュリスト支配になって米国側から離脱し、ロシア敵視をやめていく。これがプーチンの目標の一つだろう。 (ロシア敵視で進む多極化

プーチンの目標のもう一つは、中国など非米諸国の取り込みだ。和平の可能性がある限り、中印など非米諸国は、ロシアと結束して米国側と対立激化するよりも、ウクライナ戦争を停戦・和解させることを重視する。だが今後、戦争が正式化・長期化して停戦和解が不可能になり、ロシアなど非米側が石油ガス資源類を握って優勢が増し、欧州経済の自滅と米国金融の破綻が進んで米国側の経済覇権も崩れていき、米欧が中国を敵視する流れも加速すると、中国など非米諸国は、米欧とうまくやりよりも、ロシアに味方し、非米側の結束を強めた方が得策になる。露軍が今にも負けそうなら味方できないが、実のところ露軍はこっそり優勢だ。まずは4州の併合を他の非米諸国が認知するかどうかという話になる。 (Donbass wants SCO and BRICS to approve referendums, says LPR envoy

これらの流れが見えているので、ドイツなど欧州は、できるだけ早くウクライナを停戦させ、ロシアとの対立を解消して石油ガス資源類の輸入を再開したい。今冬は、欧州にとって暖房用の燃料が足りなくなって凍死者が続出する厳しい冬になる。冬になる前に、ロシアとウクライナを説得して和解させたいと欧州のエリートたちは考えてきた。プーチンは、その動きの機先を制する形で、今のタイミングで4州の併合と、特殊作戦から戦争への格上げをやろうとしている。欧州のどこからか「ちょっと待ってくれ」と電話が入ったので、プーチンは演説を1日延ばしたのだろう。NATOの幹部は「ウクライナを軍事支援しても、それがロシアとウクライナとの戦争にNATOが参戦したことにはならない」と釈明した。戦争への格上げが近い感じだ。 (NATO not at war with Russia – top official

急いで書いたのでまとまらない感じだが、とりあえず配信する。



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