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中露主導の朝鮮半島和平への道筋をつけるロシア

2022年8月27日  田中 宇 

韓国と北朝鮮を和解させる朝鮮半島和平の問題は、この20年近く不成功が続いている。これまで半島和平を仲裁する主導役は米国ということになっていたが、米政府はオバマ政権以来14年間この和平を進めていない。トランプは2018-19年に金正恩と会談したが、一時的に緊張緩和しただけで終わった。米国で半島和平を手がけたのは1990年代末のクリントンとその次のブッシュだけで、クリントンは米国主導の枠組み合意(北が核廃棄したら軽水炉を建設)を推進して失敗し、ブッシュは和平交渉の主導役を中国に押し付ける6カ国協議を推進して失敗した。その後の米国はずっと、朝鮮半島和平の主導役は中国がやれば良いと思っている。これまで中国は、主導役を引き受けて米国に「北の仲間」「対北制裁違反者」とみなされて敵視されるのが嫌で、引き受けてこなかった。 (多極化への寸止め続く北朝鮮問題) (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ

だが状況は、今年2月のウクライナ開戦後、劇的に転換している。米国が同盟諸国を率いてロシアを徹底的に経済制裁し、世界はロシア敵視の米国側と、ロシア支持(不敵視)の非米側に決定的に分裂した。露中(非米諸国)は、米覇権体制下から追い出されていく傾向になり(そのぶん米覇権は縮小)、露中が米国主導の北朝鮮制裁に参加しても米国から仲間とみなしてもらえず、北制裁に参加する意味がなくなった。米国から敵視されている点で、露中と北朝鮮は似た境遇になった。露中は、むしろ北朝鮮を支援し、北に対する過剰な制裁や敵視を続ける米国の愚策性を逆非難しつつ、米覇権縮小のなか、朝鮮半島和平を露中が主導する方が早道になった。 (Russia vows to expand relations with North Korea

ロシアは、ウクライナ戦争が一段落した6月ごろからその方向に進み始め、北朝鮮に協調関係を強めようと提案し、北は喜んで乗ってきた。北朝鮮が最もほしい物資である石油ガスや穀物などの資源類を、ロシアは欧州に輸出しなくなったので豊富に持っている。ウクライナ開戦後、資源類の国際価格は3倍とかに高騰し、北朝鮮が国際市場で必要量を調達するのは困難になったが、ロシアは資源類を大幅に割引して北朝鮮に売る(譲渡する)ことにした。その対価として北朝鮮は、ロシアがウクライナから奪って事実上の自国領土にしていくロシア系在住地のドンバスに労働者群を送り込み、ドンバスを再建する建設事業などに従事させる。ソ連時代にあった露北間の、資源類と労働力とのバーターが復活している。(北朝鮮軍が露軍の傘下でウクライナ軍と戦闘する話も出たが、露政府が否定している) (Why is North Korea aiming to strengthen ties with Russia?) (North Korea Willing To Send Russia 100,000 Troops For Ukraine War: Report

このバーター取引は北朝鮮にとって、とてもありがたい破格なものだ。欧州は今後ずっとロシアからの資源類を買わないだろうから、ロシアが北に資源をとても安く売ることも今後ずっと続く。資源類の国際価格は今後ずっと高騰したままだろうから、ロシアは北朝鮮にとって大事な恩人になっていく。ソ連時代に似た露北間の上下関係が復活する。ソ連崩壊後、ロシアは朝鮮半島和平の外交舞台で末席に落ちていたが、それが再び主役級に復活する。ロシアは(売れ残った)資源類を北に売る対価として、極東における国際政治力を得る。 (No longer a pariah? Russia and China could be about to 'normalize' North Korea and leave the US with another Asian headache

ロシアは、北朝鮮に恩を売っても、それを利用して朝鮮半島和平の主導役になろうとはしていない。ロシアにとって、これからの半島和平の主導役は自国でなく中国である。米国も、中国が半島和平の主導役になることを望んできた。ロシアは、北朝鮮に言うことを聞かせる政治力を構築し、これから中国が米国に替わって半島和平を主導する際に、ロシアが対北政治力を使って中国を補佐することで、中国に恩を売りたい。ロシアは資源を持っているが、中国は巨額資金と、世界最多の消費者と、広範な製造業を持っている。中国は他の諸国からも資源を買えるが、ロシアの資源の輸出先として最良なのは陸続きの中国であり、代替が効かない。中露間では、国家規模も中国の方が大きくて優勢だ。 (Putin & Kim As Leaders Of World's "Most Sanctioned Countries" Pledge Deeper Ties Against "Hostile" US

ロシアは、中国のユーラシア支配の「副官」として機能したい。国際政治の「活動家」「策士」であるプーチンのロシアは(米諜報界の多極派からも入れ知恵されつつ)米国の覇権を崩壊させ、胡錦涛まで覇権取得に消極的だった中国を、多極型世界の最大の地域覇権国へと引っ張り出し、ロシア自身は多極型世界の「二番手」「副官」として機能したい。朝鮮半島和平でも、ロシアはそのやり方を採っている。ロシアは中国・太平洋側と、欧州・大西洋側という、ユーラシアの東西の大勢力の間に位置しており、両方と付き合える。欧州は今のところ対米従属で極度のロシア敵視だが、いずれ米国覇権が崩壊した後、欧州は対米自立して再びロシアと協調するようになる。きたるべき多極型世界においてロシアは、中国と欧州の両方と付き合えるので、自国が最上位にくる必要がなく、二番手が良い。 (プーチンに押しかけられて多極化に動く中国

ロシアが資源類の供給を保障することで、北朝鮮は経済政治の両面で安定を確保していく。北は、米国側から経済制裁され続けても、露中との経済関係があるので前より楽になる。中露は今春以降、国連で米国が提案する対北制裁強化案に反対し続けている。北を厳しく制裁するだけの米国の政策は非効率で不合理だ(北風と太陽)。すでに米国から経済制裁されている露中とくにロシアは、対北制裁に「違反」して米国から制裁されても屁でもない。米国主導の対北経済制裁の方が不合理になり、有名無実化していく。替わりに、北が核実験など無茶をやった場合はロシアが北に資源類を送らなくなって隠然と制裁する体制になる。北は、無茶をやる前に露中の顔色をうかがうようになる。米国が北を挑発しても北は乗らなくなる。 (Russia, China Not Interested in Working With U.S. on N.Korea - U.S Envoy

米国(軍産)は、朝鮮半島の軍事対立(と在韓米軍駐留)の恒久化を目標に北を制裁してきたので、これまで半島はいつも不安定だった。対照的に露中は、半島の安定と経済発展が目標なので、今後(米軍撤退後)の半島は安定していく。とはいえ、まずは、在韓米軍がどのような経緯でこれから撤退していくのかが全く見えていない。2025年に米政府が共和党(トランプ)政権に戻ったら、米国が在韓米軍の撤退を決めるかもしれないが、それも全く未確定だ。今のところ米国の方から在韓米軍を撤退する気はない。米国が自ら在韓米軍の撤退を決めるシナリオよりも、韓国が米国に米軍撤退を正式に求めるシナリオの方が現実味がある。露中が北朝鮮の後ろ盾・監視役となり、米国が挑発しても北が乗らなくなると、北と韓国との対立が弱くなり、南北対立が減った状態が長く続くほど韓国政府が米軍に撤退を求める可能性が高くなる。 (中国が米国に代わって日韓北を仲裁する

しかし、韓国が米軍の撤退を望んでも、北は米軍の撤退を望まない可能性がある。北はこれまで、強大な在韓米軍と対峙してきたので、北の国内に強い緊張感と結束力があり、軍部に擁立された金家が独裁体制を続けてこられた。今後いずれ在韓米軍が撤退して南北間の緊張が弱まると、北は独裁体制に対する求心力・結束力が弱まり、政権崩壊しかねない。南北和平が進んで緊張が緩和するほど、北が政権崩壊する可能性が高まる。在韓米軍の撤退話が出てくると、北が自政権の崩壊防止のため、韓国に戦争を仕掛けて米軍撤退を阻止するかもしれない。このような展開を防ぐため、中露はまず、北を経済発展の軌道に乗せ、韓国との緊張が緩和しても北の人々が自分の政府への支持を失わないようにしておく必要がある。在韓米軍は中露を威嚇するための駐留軍でもあり、中露は在韓米軍の撤退を望んでいる。中露は、米軍撤退を実現するため、北の体制を安定させていくはずだ。 (世界の転換を止める北朝鮮

在韓米軍を撤退させるには、中露が韓国を非米化することも重要だ。韓国はかなり前から経済的に中国への依存が強くなっている。経済面で韓国はすでに対中従属国である。だから、先日米国のペロシ下院議長が中国の反対を押し切って台湾を訪問した後に韓国を訪問した時、韓国政府は中国に配慮して尹錫悦大統領も朴振外相もペロシと会わなかった。 (South Korea’s president skips Nancy Pelosi meeting due to staycation) (Pelosi Arrives In Seoul, But South Korea's President Won't Meet With Her

最近は、ロシアも韓国を非米化の方向に誘っている。ロシアの国営原子力企業ロスアトムは、受注したエジプト初の原発建設の工事のうち、タービン建屋の建設を、韓国の政府系原子力企業「韓国水力原子力」に孫請け発注した。ロシアは今後、アフリカ中近東などで次々と原発建設を受注していく構想だが、それらの今後の原発建設でも同様に韓国がタービン建屋を孫請け受注する可能性がある。韓国政府は、韓国の原子力技術が世界に認められたと誇らしげだ(ライバル日本がフクシマで潰れたのと対照的)。韓国は米国側の対露経済制裁に参加しており、ロシア企業からの孫請け受注は制裁違反の疑いがある。韓国政府は、米政府に問い合わせて制裁違反でないと確認したと言っているが、印象としては、韓国が非米側の方にまた一歩進んだ感じだ(韓国政府はすでに、ロシアからの天然ガスの輸入をやめないと宣言している)。 (S Korea signs $2.25 billion deal with Russia nuclear company

ロシアは、韓国に大事な事業を発注することで非米側に取り込もうとしている。米国は、経済的にも外交的にも信用とちからが低下しており、米国主導の金融システムがバブル崩壊し、中露主導の金資源本位制に取って代わられる流れにある。中露に隣接する朝鮮半島にある韓国は、米国よりも中露が重要になって非米化していく。韓国は、非米側に足を突っ込むほど中露との協調を強め、在韓米軍の撤退を公式に望むようになる。その流れと、中露が北の経済を安定させて在韓米軍が撤退しても北の政権が崩壊しないようにしてやる流れが、今後同時に進んでいきそうだ。尹錫悦・韓国大統領は8月15日、北の電源開発(原発建設)に投資したり食糧支援するから北は核廃絶せよと提案した。クリントンの枠組み合意の「米国抜き版」だ。今のところ北は拒否しているが、いずれ受け入れるかもしれない。 (Yoon proposes ‘audacious’ road map for North Korea’s denuclearization) (North Korea furiously rejects South's ‘absurd’ offer

韓国では8月13日に、労組などの主催で、米軍駐留に反対する大規模なデモが行われた。だが、米日のマスコミは全く無視して報道していない。報道したのは中国とイランのメディアだけだったと、米国のジョージ・ソロス系のシンクタンク「クインシー研究所」が米マスコミを批判している。米覇権を維持したいソロスは、中露の結束と台頭に危機感を持っているのだろうが、米上層部はすでに隠れ多極派に牛耳られて自滅の道を進んでおり、ソロスが望むようにはならない。韓国が在韓米軍の撤退をしだいに強く望むようになっても、その動きは米国や日本の人々には知らされず、いずれ在韓米軍撤退が具体的な話になったとき、米日の人々は間抜けな感じで驚くことになる。韓国の次は日本からの米軍撤退になる。 (US media ignored major anti-US military protest in South Korea



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