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短信集・日本の隠然非米化、など

2022年8月19日  田中 宇 

国際情勢のテーマは多岐で、1回の記事で一つのテーマずつだと書き切れないことが増えていく。その対策として以前、短信の解説集をときどき出していたが、私は一つずつの解説を書いているうちに長くなり「短信」でなくなる。うまく書けず、一つのテーマで1本の記事にするやり方だけに戻した。だが最近、米日ともにマスコミの頓珍漢がひどくなり、私独自の解説をできるだけ多く出した方が良さそうだと思い始めている。それで今回は短信の解説集を復活してみた。といっても結局、一つずつが長くなり、2つのテーマしか書けなかった。日本の話と、米国政治の話だ。

▼確定する日本の隠然非米化

米国が欧州の同盟諸国に自滅的な中露敵視を強要し、欧州は石油ガスなど資源類が輸入できなくなって経済破綻が加速し、「先進国」でなくなり、石油ガスを握って豊かになる中露・非米諸国との「米中逆転」が進んでいる。日本も、隠然と親中国路線・米中両属戦略を進めてきた安倍晋三元首相が7月8日に殺された後、米国の言いなりになって中露敵視を強めて自滅していくのか、と懸念された。だが、8月8日の記事「安倍元首相殺害の深層 その2」( https://tanakanews.com/220808abe.htm )に書いたように、日本は中露敵視を強めておらず、ロシアのサハリン2ガス田に対する日本企業の資本参加も続けることにした。日露関係は悪化していない。日中関係はどうだろうと思ってたら、8月18日に日中の政権中枢の安保担当者どうしが会談し、日中双方が、相手方と協調関係を保つことを望んでいることが確認された。この日、岸田政権で安全保障を担当する秋葉国家安全保障局長が中国を訪問し、中国共産党中央政治局の外交担当である楊潔チと長時間の会談をした。日本政府が対米従属を最重視して、米国の言いなりになって中国を敵視しているなら、こんな会談は行われない。 (Japan Remains Open to Dialogue With China -Japan Foreign Minister

米国の中枢(諜報界)を牛耳る隠れ多極派は、米覇権体制を自滅させて世界を多極化するため、世界各国に対し、4種類の策略をとっている。(1)中露イランなど米国の敵性諸国に対しては、稚拙に過激に敵視を強め、相手国が対抗して台頭してくるように仕向け、多極化推進に貢献させる。(2)一応米国の味方だが対米自立的・非米的な傾向を持つインド、トルコ、サウジアラビアなどに対しては、表向き味方・同盟国の関係を維持しつつも、相手国に人権や貿易紛争などの問題で難癖をつけて敵視を強め、相手国に対米自立を加速させ、米国側から非米側に転じさせる。米国は近年、中国を(2)から(1)に追いやる(多極主義的に言うと昇格させる)ことに成功した。サウジアラビアは大産油国なので、米国から人権問題などで難癖をつけられ、(4)から(2)に追いやられた(昇格させられた)。 (非米化で再調整が続く中東

(3)同盟国のうち、米(米英)覇権体制の永続化に熱心な英国、EU(独仏)、カナダなどNATO諸国、豪州などに対しては、米国と一緒に過激で自滅的な中露敵視・対露制裁をやるよう巻き込み、足抜け不能な状態にして自滅させ、米覇権体制の崩壊・弱体化につなげる。イスラエルは(3)にされるのがいやなので(2)の方に動いている。(4)同盟国のうち、米覇権体制の永続化に熱心に関わるというよりも、対米従属しておいた方が得策だと考えているだけの日本、韓国、ASEAN、NZなどは、米国覇権が低下して中露が台頭するほど、目立たないように隠然と非米化していこうとするが、隠然とやっている限り、米国はこれらの諸国の非米化を黙認する。非米化を顕然化すると、米国から敵視され始めて(2)に移る。

私は最近まで、日本は、米国から「頼れる同盟国」とみなされたいがゆえに、(4)から(3)にわざわざ移動して自滅していくのでないかと懸念していた。日本の権威筋は戦前から世界・国際政治の見方が浅薄・中途半端なので事態を見誤り、第2次大戦で超間抜けな大敗をしてしまい、今回また、まさに米覇権が崩壊していくときに、米覇権からうまく逃げて非米化するのでなく正反対に、自国の運命を米覇権と一蓮托生にして馬鹿みたいに自滅していくのかも、と思っていた。日本を(4)から(3)に移動させるために、日本を(4)に留めていた安倍が殺されたのでないか、と懸念していた。しかし、日本はその後も(4)にいて、ロシアとも中国とも、表向きは敵っぽいが本質的には協調関係を何とか保っている。 (安倍元首相殺害の深層

米国覇権は今後どんどん衰退・破綻が進む。(3)の諸国は、米国と一緒に破綻していく。(4)の諸国はあまり破綻せず、形成されつつある多極型世界における居場所を定めていく。これからの時代、(3)と(4)の違いはとても大きく、明暗を分ける。日本は、間抜けに粋がって(3)に転換しなくて良かった。昨秋に突然結成された米英豪の中国敵視同盟AUKUSは、まさに(3)の組織だが、あそこに日本も入れてもらうべきだと言っていた権威筋がけっこういた。AUKUSに入っていたら、今後の日本は自滅だった。入らなくて良かった。日本のAUKUS不加盟は、権力者だった安倍晋三が隠然非米化路線をとっていたことの象徴だ。そして、安倍路線は岸田や林に継承され、日本は今後もAUKUSに入らず、(4)にとどまる。日本の生活は、劇的に自滅していくドイツなど(3)の諸国に比べ、あまり破壊されずにすむ。 (中国と戦争しますか?

ロシアは最近、自国で行う軍事演習ボストーク2022に、中国とインドの軍を招待した。ロシアに招かれて、これまでずっと敵対してきた中国とインドが、仲良く軍事演習する。これが多極型世界だ。米国覇権が完全に衰退すると、国際紛争は今よりはるかに少なくなり、世界は安定する。その逆になると思っている人は、長年のマスコミ報道に洗脳されている。いずれ世界がもっと多極化したら、日本の自衛隊や韓国軍も、ボストークに招待されるかもしれない。その前に、米国が再びトランプ化して孤立主義を強め、日韓やNATOから手を引いていく過程が必要だ。米国の日韓支配の終わりは意外と近い。 (Russia, China And India To Hold Massive "Vostok" War Games In Two Weeks

▼FBIが嫌がらせするほどトランプの人気が高まる

米国では、中間選挙(連邦議会選挙)まで3か月に迫った8月8日、米捜査当局FBIの大部隊が、トランプ前大統領のフロリダ州の邸宅マールアラーゴ(マラゴ)に押し掛けて家宅捜索し、機密文書などを押収した。FBIはトランプが、大統領だった時に保持していた機密文書の束を、任期終了で大統領をやめた後も不法に保持し続けたという容疑で裁判所の令状をとり、家宅捜索と押収を挙行した。公職にいた時に手元にあった機密文書を辞めた後も保有し続けるのは、一見すると違法行為だ。トランプは、機密文書を違法に保有したスパイ防止法違反に問われそうになっている。バイデン政権の民主党はインフレ対策や治安維持で大失敗しており、中間選挙で大敗しそうなので、その前に共和党のトランプに罪を負わせて汚名を着せようとしているとか、民主党はトランプをJ6(2021年1月6日)連邦議事堂占拠事件の首謀者に仕立てたいんだとか言われている。 (Why The Case Against Donald Trump Remains Incomplete) (The Attempt To Prosecute Donald Trump Is Unleashing More Than Our Political System Can Handle

しかし、なぜ機密文書がマラゴにあるのかという経緯をたどると、そもそもこれが違法行為でないことが見えてくる。2020年の大統領選挙では、民主党がコロナ口実の郵送投票制度などを悪用して大規模な選挙不正を行い、本当はトランプが勝ったのに、それをバイデンが勝ったことにねじ曲げ、共和党議員からも裏切り者が続出した結果、トランプは不正を覆せないまま任期終了でやめざるを得なくなり、そのままバイデンが大統領に就任した。トランプからバイデンへの政権交代は混乱の中で進められた。米国では、大統領の任期が終わるとき、歴史として記録するため、政策文書などの資料を集めてそれぞれの「大統領図書館」を出身地などに作る。資料の中には機密文書も多く、その扱いをどうするか、機密解除の判断などに関して議論が紛糾する。 (FBI Raid Has Solidified Trump's Clout In GOP Ahead Of Expected 2024 Run, Conservative Observers Say) (Victor Davis Hanson: FBI, RIP?

トランプも大統領図書館の設立を計画しており、2021年の政権交代に際し、機密文書は米政府の公文書記録管理局の倉庫に、それ以外の文書はマラゴのトランプ邸宅に送られることになっていた。だが、混乱の中での政権交代だったため、機密文書を含んだままの42箱の文書がマラゴに送られてしまった。その後、トランプ陣営と、バイデン政権の米政府(公文書管理局、司法省)との間で交渉し、トランプの大統領図書館を作るため、42箱の文書の仕分けと、機密文書の公文書管理局への送付作業がマラゴで行われてきた。この仕分け作業はまだ続いているので、機密文書がマラゴに存在している。6月にも司法省の要員がこの件でマラゴに来てトランプ陣営と友好的に話し合いをしていた。ところがその後、どうやらこの機密文書を標的に「違法な機密文書の保有」の捜査をFBIが開始し、8月8日の家宅捜索になったようだ。マラゴのトランプ宅に機密文書があることは、大統領図書館の設立に関連した話であり、全く違法でない。FBIのマラゴ捜索は、民主党政権による、トランプや共和党に対する濡れ衣に基づく嫌がらせである。 (Trump Spox Calls For 'No Redactions' Of FBI Trump Raid Affidavit After Judge Orders DOJ To Unseal 'Portions') (FBI Sends 'Clear Message' To Trump, His Supporters: The Swamp Is Real, Rep. Davidson Says

トランプ陣営は、自陣営の中にFBIのスパイがいたと考えている。その者がマラゴの邸宅のどこに機密文書がありそうかをFBIに教え、FBIはスパイの言葉を供述調書にして裁判所に提出して捜索押収令状を得た。トランプ陣営は、裁判所に対し、供述調書を公開せよと要求している。スパイが誰で、FBI・司法省の最終目標が何であるか知るためだ。だが、たぶん供述調書は公開されない。この政争はずっと続く。もしトランプが今回の容疑で起訴されて有罪になっても、それでトランプの大統領への立候補を禁止することはできない。トランプが囚人服を来て獄中から立候補を表明したら、その方が当選の確率が高まるかもしれないぐらいだ。 (Trump Spox Calls For 'No Redactions' Of FBI Trump Raid Affidavit After Judge Orders DOJ To Unseal 'Portions') (Arresting Or Convicting Trump Won't Keep Him Out Of 2024 Race

民主党バイデン政権の米政府は、中間選挙で負けそうなので、FBI(検察、警察)やIRS(税務署)、国土安全省(テロリストの濡れ衣を人々にかける役所)などの役所の捜査官を大増員して、自分たちに歯向かってくる共和党支持者などの「敵性市民」に対し、犯罪や脱税やテロリストの濡れ衣をかけ、捜査や盗聴などをさかんに行っている。トランプは、その最大の標的だ。他の共和党の議員や活動家たちが、民主党政権の米政府による監視や捜査や嫌がらせの強化を全米各地で指摘している。そんな中で、FBIが大群でマラゴのトランプ邸宅に家宅捜索に入り、FBI自身が違法所有でないと知っているはずの機密文書の束を押収して帰った。当然ながら、全米の共和党支持者たちがFBIやバイデン政権に対して怒り、トランプへの支持を強める結果になっている。 (Congressman: "Tyranny" Is Coming "Right Into Everyone's Living Room Very Very Shortly") (Democrats Are "Coming After Middle-Class Hard-Working Americans" - Tulsi Gabbard Warns "Our Democracy Is In Grave Danger"

米西海岸の加州やワシントン州や東海岸のNYなど、民主党(左派)が支配してきた全米各地の多くで、「人権問題」を理由に警察が予算削減された結果、犯罪が急増し、麻薬中毒の増加が放置(奨励)され、超愚策なコロナの都市閉鎖やワクチン強要が延々と続き、学校では白人逆差別のCRTの左翼思想が義務化されて子どもたちが洗脳され、メキシコからの違法移民(多くが民主党支持とされる)の流入が容認されて混乱し、男が女のふりをして女子スポーツに出場して優勝することが許されている(性別に関する覚醒主義は、ジェンダーを意図的に混乱させる「人類の敵」「人道犯罪」である)。インフレも放置され、むしろ石油ガスの消費が減って温暖化対策になるのでインフレは良いことだと左派が豪語している。これらの左翼による「不正」に対し、民主党支持者の中からも怒りや反論が相次ぐと、反論や怒りを表明した人々が弾圧され、差別主義者として北朝鮮さながらの「糾弾式=人民裁判」にかけられ、IRSやFBIから「捜査」されて犯罪者に仕立てられる。当然ながら、民主党支持者は大幅に減っているが、マスコミの多くは民主党左派なので報道せず、米国社会の自滅が無視されている。 (覚醒運動を過激化し米国を壊す諜報界) (MSNBC Analyst Malcolm Nance Says The Left May Have To 'Fight' Their Trump-Supporting Neighbors) (Why Wokeness Is Doomed

洗脳されていない米国市民が、自国の悪化を食い止めねばならないと思ったら、支持政党を共和党に替えるしかない。共和党には従来、軍産ネオコンなど米覇権主義の勢力もいたが、父親の七光でその勢力の最上位にいたリズ・チェイニー下院議員(イラク戦争を起こしたチェイニー副大統領の娘)が先日、地元ワイオミング州の共和党内の予備選挙でトランプ派の候補(Harriet Hageman)に惨敗し、軍産ネオコンがほとんど支持されなくなっていることが明確化した。共和党は、覇権放棄屋(孤立主義)の「トランプ党」になっている。この数か月、共和党内ではトランプへの批判も出ていたが、今回のマラゴ家宅捜索は、中間選挙まで3か月という絶妙なタイミングで、共和党内のトランプ支持を急増させてしまった。深読みさせてもらうなら、この家宅捜索は、トランプを再び勝たせて米国の覇権放棄と世界の多極化を進めたい諜報界の隠れ多極派がFBIにやらせたことである。民主党はまた郵送投票制度を悪用して選挙不正をやるかもしれないが、これだけ民主党劣勢・共和党優勢が進むと、選挙不正をやっても結果をねじ曲げられなくなる。 ( Trump Critics Say FBI Mar-a-Lago Raid May Have Handed Him GOP Nomination, "Potentially The Presidency") ('National' figure Cheney 'feels bigger' than 'small' Wyoming election, says ally of lawmaker 笑

何がどうなるとしても、米国が再び順風満帆な単独覇権国に戻ることはもうない。米国は上層部を隠れ多極派に握られたまま、これから10-20年ぐらいかけて国家や社会や経済の機能が徹底的に破壊されていく。ウクライナ戦争の構図もずっと続き、欧州もどんどん破綻していく。欧米中心の世界体制は終わる。日本は、ぎりぎりで自滅する側に入らずにすんでいる。米連銀はQTをやれてない。不動産担保債券(MBS)を市場に売り戻したら、買い手がつかずに社債金利が高騰し、金融崩壊に発展しかねない。米金融システムは3か月ぐらい前から、崩壊寸前のところで何とか止まっている。これがいつまでもつのか。もたなくなると、金融から「この世の終わり」が始まる。 (Report: Biden Privately Warned by Historians That American Democracy Is in Peril) (‘Something worse’ than recession coming – JPMorgan

書きたいテーマは4つあったが、そのうち2つしか書いてないのに長くなってしまった。残りの2つはウクライナ・トルコと、金融だった。金融のことは上に少し書いた。ウクライナに関しては、フランスのマクロンや、トルコのエルドアンが相次いでゼレンスキーと会談し、ザポロジエ原発に対する攻撃についての懸念を表明した。マクロンもエルドアンも「原発を攻撃しているのはウクライナだ」とは明言してない。露ウクライナのどちらが原発を攻撃しているのかは「わからない」ままに放置されている。だが、もしロシア軍が原発を攻撃しているのなら、ゼレンスキーでなくプーチンと会談するはずだ。仏トルコ首脳がゼレンスキーと会ったことからは、原発を攻撃しているのがウクライナ軍であるとしか思えない。話を曖昧にしている張本人は、ウクライナの背後にいる米国だろう。仏もトルコも、米国に気兼ねして攻撃者を曖昧にしたまま外交している。米国がウクライナに原発を攻撃させて全欧的な放射能漏れを引き起こそうとしているのに、EUは黙っている。ロシア軍が原発を占領していなかったら、すでに大惨事が起きていただろう。 (France's Macron: Underlined to Ukraine's Zelenskiy Concerns Over Nuclear Risks) (UN, Turkey and Ukraine discuss grain exports, nuclear safety



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