ロシアを「コロナ方式」で稚拙に敵視して強化する米政府2022年2月18日 田中 宇
この記事は「ウクライナをロシア側に戻す?」の続きです。 一昨日の無料記事で、米政府が露軍侵攻の妄想に固執して米欧の外交団や諜報要員をウクライナから総撤退させ、その状況が長期化して、米英諜報界がウクライナを支配して傀儡化しておくちからが低下し、ウクライナ政界で米英傀儡勢力が後ろ盾を失って弱体化し、2014年の政権転覆前に強かったロシア傀儡勢力が再台頭し、米英が去った空白を埋める形でロシアが支配力を復活し、ウクライナが米英側からロシア側に戻っていくシナリオを予測した。この、米諜報界による隠れ多極化策的なシナリオの問題点は、米英がウクライナから総撤退したままの状態を長く維持することが難しいことだった。ロシアがウクライナを再支配できるなら、対露従属のウクライナは東部2州に自治権を再付与するだろうから、ロシアが2州を併合して露軍を進駐(侵攻)させる必要はなくなる。 (Stockman: "We're Not Useful Idiots!") (Ukraine president’s ratings fall as crisis with Russia brews) だが、露軍が2州に侵攻しないとウクライナの緊張が緩和し、米英の外交団や諜報界がウクライナに戻って支配を再開するので、ロシアがウクライナ政界を奪還できなくなる。ウクライナを米英側から露側に戻すには、露軍が今にもウクライナに侵攻しそうな極度の緊張が何か月も続き、米英(米欧)の外交団や諜報界がウクライナに戻れる状況でないという主張が説得力を持ち続ける必要がある。ウクライナを極度に緊張させておく手っ取り早い方法は、ロシアがウクライナ東部2州を自国に併合して露軍が進駐(侵攻)することだ。だから私は一昨日の記事で、プーチンが米国側(隠れ多極主義者)の意を汲んで、近いうちに東部2州を併合するのでないかと考えた。 (US and Russian Officials at Odds Over Status of Russian Troops Near Ukraine) それから2日もたたないうちに、ロシアが侵攻などでウクライナの緊張を高め続けなくても、米国の政府や諜報界、マスコミ権威筋が勝手に「露軍のウクライナ侵攻が近い」という妄想・プロパガンダを全力で叫び続け、その妄想を否定する人々に「ロシアのスパイ」のレッテルを貼って潰すことをやり続ける新態勢が見え始めた。米国の政府やマスコミ権威筋は以前から、米露対立の冷戦構造を維持するためにロシアの脅威を誇張扇動するプロパガンダをやってきたが、今回は誇張扇動の傾向が以前よりも格段に強くなっている。米政府は、ロシアがいつどのようにウクライナを侵攻しそうかについて、具体的だが無根拠な話(妄想)を発表し、その妄想話を真に受けない人々がいると、ロシアのスパイだと逆ギレ的に非難して潰しにかかる。コロナ愚策に反対する人々や共和党支持者など、米政府(民主党政権)を批判する勢力も、すべて「ロシアのスパイ」とみなされる。 (If you’re American and oppose war with Russia, expect to be smeared as unpatriotic) (‘A Quick Takeover Of Kiev’: Report Details ‘Most Likely’ Path Of Possible Russian Invasion) (ロシアは正義のためにウクライナに侵攻するかも) 米当局が対象物の脅威を極端に誇張し、その妄想に疑問を持つ者たちに危険人物のレッテルを貼って潰し、潰されたくないマスコミ権威筋の大多数が当局の妄想を事実のように報道し始め、当局の妄想を人々が事実として軽信する状況が定着する・・・。この構図は、2020年3月からのコロナ危機で史上初めて作られた。おそらく米国やWHOの当局者は、自分たちがコロナ危機によって作った、ウソや誇張を「事実」として定着させてしまうコロナ独裁やコロナ覇権の策略が、意外に完璧に成功してしまったので驚いているだろう。米当局は今回、コロナ危機の誇張戦略と同じことを、ロシアに対してやり始めている。米政府は「コロナ方式」でロシア敵視の誇張を急拡大し、妄想を事実として定着させようとしている。 (British Officials Spread Russia Coup Plot Disinformation For United States) (病気として終わっても支配として続く新型コロナ) (ロシアがウクライナ東部2州を併合しそう) コロナ危機では、一般市民をパニックに陥れることで、米国(など欧米諸国の)やWHOの当局が、マスコミ権威筋を巻き込んだ脅威誇張を楽にやれるようになった。対照的に、ロシアとの敵対問題は、多くの市民にとって遠い外国の話だし、戦争は嫌いだとかロシアのつり上げによる燃料費の高騰はいやだと思う人も多いので、米当局が妄想的な極度のロシア敵視をずっと続けられるかどうかわからない。しかし現実として、米当局はすでに妄想的な極度のロシア敵視策を開始し、マスコミ権威筋に巻き込まれることを強要している。マスコミ権威筋は、コロナ危機の2年間で、当局からの歪曲話を疑問視せずに鵜呑みにして報道・同調することに慣れて麻痺・硬直化してしまっているので、今回のロシア敵視のコロナ方式のねじ曲げ妄想にも意外と簡単に従うかもしれない。そう思える流れが始まっている。 (Ukraine Defence Minister Sees Stable Security Situation) (US and Russian Officials at Odds Over Status of Russian Troops Near Ukraine) (Why Newspapers Refuse To Correct Errors) 最初の兆候は1月末、米政府(国務省や大統領府)の広報官らが「ロシアは、ウクライナ側が攻撃してきたというニセ情報をばらまき、それに反撃するという口実でウクライナに侵攻しそうだ」と言い出した時だった。2月4日、AP通信社が「ロシアがニセ情報をばらまいているという情報の根拠を教えてほしい」と国務省の広報官(Ned Price)に質問したところ「お前は陰謀論者だ」と逆ギレされて喧嘩になった。2月5日にはブルームバーグ通信社が、露軍のウクライナ侵攻が始まったという、当局者からもらったウソ情報を本気にして報じてしまい、すぐに誤報とわかって取り消している。 (State Department Spokesman Ned Price Absent After He Got Shredded By AP Reporter) 2月11日にはバイデン大統領が、2月16日に露軍がウクライナに侵攻すると「決め打ち」的に予測して大外れした。だがバイデンはめげず、2月17日に「私の感覚では、露軍が数日内にウクライナに侵攻する」と、改めて決め打ち的な予測を発した。これも外れそうだが、バイデンはめげていない。同日、ブリンケン国務長官が国連安保理での演説で、米国務省が逆ギレしつつ無根拠に言い続けてきた「ウクライナが化学兵器でロシアを攻撃したというウソの話をロシアがばらまき、それを口実に露軍がウクライナに侵攻しそうだ」という話をここでも無根拠に発し、露中に嘲笑された。当のウクライナ政府は「状況は安定している(ロシアは侵攻してきそうもない)」と言い続けているが、米政府は無視している。 (America and UK fist bump at UN summit as Blinken warns that Putin might launch false flag chemical weapons attack before invading Ukraine) (This Time Biden "Senses" Russia Will Invade Ukraine In "Next Several Days") ロシアでは議会がプーチンに、東部2州のウクライナからの分離独立(とロシアへの併合)を認めるよう要請する決議を行った。露議会の圧倒的な与党はプーチンの政党だから、この手の要請はプーチン自身が前向きな姿勢を事前に議会に示唆しない限り可決されない。しかしプーチンの露大統領府(クレムリン)は2月16日、決議が可決されたのを受けて「この決議はミンスク合意の線に沿っていない。(分離独立とロシアによる併合でなく、2州がウクライナに残って自治を付与される)ミンスク合意が、2州の問題を解決する唯一の方法だ」というコメントを発し、プーチンが2州の独立認知や併合に踏み切ることはないという姿勢を示した。プーチンは、議会に2州併合の要請を可決させておきながら、それを拒否する姿勢を見せた。これは何を意味するか。これまでウクライナが履行を拒否し続けて死に体になっていたミンスク合意が蘇生している、ということだ。一昨日の記事であり得る話として書いたとおり、ウクライナのゼレンスキー大統領は、米英勢がキエフから総撤退してしまったので、これまで拒否してきた2州との交渉を始める姿勢をロシアに見せているのだろう。 (Kremlin Says Recognition of Donbas Not in Line With Minsk Agreements) (Russia Mocks US, Requests 'Full List Of Ukraine Invasion Dates' For Year Ahead) プーチンは、ゼレンスキーが東部2州との直接または間接の話し合いを前進させている限り、2州をロシアに併合しない。ウクライナの親露派の政治家たちへのテコ入れもあまりやらない。ゼレンスキーが2州との話し合いをやめてしまったら、プーチンはウクライナの親露派をテコ入れしてゼレンスキーを追い出す「逆カラー革命」をやらせてウクライナの政権をロシア側に再転覆して2州に自治を再付与させる。途中で米英がウクライナに戻ってきたりして逆カラー革命が不成功に終わった場合は、ミンスク合意体制が再び死に体になるので、ロシアが2州を併合して露軍侵攻(進駐)になる。ミンスク合意が蘇生している限り、露軍は侵攻せず、米露の敵対を支える役目は、コロナ式の過激な妄想でロシア敵視を倍加させ続ける米当局になる。 (Meet the New Proactive Russia: The Kremlin Moves on to Plan B) (Ukrainian President Preoccupied With Domestic Political Rivals Despite Looming "Russian Threat") プーチンは、2州の併合を否定する一方で、東欧や旧ソ連諸国からの撤兵を米国に求め続けている。東欧と旧ソ連はロシアの影響圏だから入ってくるなという理屈だ。米国はロシアの要求を拒否し、むしろ東欧に米軍(NATO軍)を増派している。東欧をめぐる米露の敵対が今後もにぎやかに、目くらまし的に続く。マスコミは「ロシアは、東欧と旧ソ連から米国NATOを追い出す策の一環としてウクライナに軍事侵攻しようとしている」と喧伝し続ける。この喧伝のうち、露軍のウクライナ侵攻は妄想だが、ロシアが東欧旧ソ連から米NATO軍を追い出そうとしているのは事実だ。米露敵対の中心を、ウクライナ東部2州の話から、東欧をめぐる米露の確執に置き替えた上で「ウクライナに露軍が侵攻しそうだ」という話が続き、米英勢がウクライナから総撤退したままの状態が続く。東欧をめぐる米露敵対が目くらましとなり、ウクライナ政界が再びロシアに乗っ取られていく流れは無視される。 (Western media tried hard to trigger war in Ukraine — Russian Foreign Ministry) (Ukraine Ally Says Russian Attack Now Highly Unlikely) 米当局がロシア敵視をコロナ方式で過激化して妄想の域に突入していることは、米政界にも変化をもたらす。その一つは、共和党がロシア敵視をやめていくことだ。共和党はトランプ登場まで、ロシアを敵視する米諜報界の軍産複合体(冷戦派)が主流派だったが、トランプが共和党を席巻しつつ軍産に果たし合いの喧嘩を売ったため、軍産の中心は民主党に移った。共和党はトランプもろとも2020年の大統領選挙で軍産+民主党に不正をやられて下野させられ、昨年1月6日の米議会議事堂乱入事件で引っかけられたりして共和党全体が「テロ組織」みたいな扱い・弾圧を受けてきた。 (米議事堂乱入事件とトランプ弾劾の意味) しかし、この状況を逆手に取って共和党はトランプ主導の草の根の右派政党として生まれ変わり、テキサスやフロリダなど共和党系の諸州が、民主党側によるコロナの独裁や超愚策を拒否・非難する牙城になっている(トランプ自身は、自分が大統領だった時代にコロナワクチンなどを推進した経緯があり、まだコロナに関して歯切れが悪いが、そのうち翻身するだろう)。共和党はコロナの独裁と愚策に反対する政党になっている。共和党は、マスコミが偏向して自称リベラル・実は独裁推進の極悪勢力になっている現状も指摘して反対している。マスコミは共和党を攻撃し続けている。 (コロナ独裁談合を離脱する米国) (米国政治ダイナミズムの蘇生) 共和党から見ると、バイデンや民主党がコロナ方式でマスコミを巻き込んでロシア敵視の妄想を激化していることは、批判すべき悪の一つだ。共和党議員の中には軍産系の人々も残っていて、彼らは民主党と一緒になってロシア敵視を扇動しているが、共和党の草の根の人々に支持されているFOXニュースのタッカー・カールソンなどは、バイデンのロシア敵視策を批判し、ウクライナは民主主義国家でないので支援すべきでないと言っている。共和党はロシア敵視をやめつつある。(これはロシアの台頭を黙認する孤立主義・隠れ多極主義の方向だ) (Tucker Carlson-fueled Republicans drop tough-on-Russia stance) (Tucker Carlson again questions why the US would side with Ukraine over Russia) ロシア敵視の過激化と連動している感じの米政界のもう一つの興味深い動きは「ロシアゲート」の真相が暴露されていることだ。ロシアゲート事件は、かつてのウォーターゲート事件と似た、米諜報界の覇権維持派(軍産)と隠れ多極派との政争・暗闘の事件で、本質が何層にも重なって複雑だ。マスコミも事件の役者の一つ(軍産側)であり、事件に関する報道は偏向している。ロシアゲートの一面は、民主党のヒラリー・クリントン陣営が2016年の大統領選に際し、英国MI6の(元)スパイを雇って「トランプ陣営はロシアのスパイだ」と結論づけるインチキなスティール報告書を作成し、その内容をマスコミに書かせたり、FBI(軍産傘下)に捜査させたりしてトランプ潰そうとした、という事件だ。 (Clinton cornered: Hillary refuses to answer questions AGAIN about Durham revelation that she paid to spy on Trump campaign) (What Did Clinton Know And When Did She Know It? The Russiagate Evidence Builds) ずっとヒラリーの外交顧問をしていたジェイク・サリバンは、トランプがロシアのスパイだという妄想のでっち上げをやった実働部隊の主役の一人だった。ロシアゲートを捜査するジョン・ダーラム特別検察官は、サリバンらヒラリー陣営を捜査対象にしている。サリバンは今、バイデンの安保担当大統領補佐官になっており、最近の「露軍が間もなくウクライナに侵攻する」という妄想のでっち上げをやっている主役の一人だ。サリバンは、バイデン政権の今の過激なシロア敵視妄想のでっち上げと、ロシアゲートのトランプ敵視の妄想のでっち上げをつなぐ重要人物だ。どちらかの妄想でっち上げ事件を引っ張り出して暴露していくと、芋づる式にサリバンを経由してもう一つの妄想でっち上げ事件が暴露される仕掛けになっている。ロシアゲートについては改めて書きたい。 (When Will Jake Sullivan - Biden's National Security Advisor - Be Indicted For Russiagate Lies?) (大統領の冤罪) 加えて、バイデン大統領はオバマ政権の副大統領だった時代に、息子のハンター・バイデンを窓口にしてウクライナやロシアの政治家や財界人と密接かつ不正な関係にあった。米諜報界の軍産マスコミがトランプを潰すためにバイデンの民主党に(選挙不正などをやらせて)過剰に肩入れしていく過程で、マスコミはハンター・バイデンの疑惑を書かずに隠蔽するようになってしまった。ロシアゲートと、バイデン家のウクライナ・ロシアとの関係性は、今秋の中間選挙で議会の両院多数派が共和党に転じた後、民主党側の不正疑惑として、民主党側によって捜査・暴露されていくだろう(2020年の大統領選の不正疑惑も)。 (Gray Lady ain’t done with Hunter yet)
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