大統領の冤罪2019年4月2日 田中 宇
この記事は「ロシアゲートとともに終わる軍産複合体」の続きです 3月24日にロシアゲートが事実上終結してから1週間が過ぎた。私から見るとこの終結は、軍産とトランプの戦いでトランプが勝ったという、とても大きな話だが、マスコミは意外に小さくしか報じていない。米日などのマスコミの多くは、今回の話をロシアゲートの終結と見ず、まだ疑惑が残っている中途半端な灰色決着だと報じている。その理由の一つは「トランプはロシアのスパイだ」という疑惑が晴れたものの「トランプが捜査妨害した」という疑惑が残っているためだ。 (CNN didn’t get ‘anything’ wrong in Russiagate reporting, host claims. It didn’t?) FBIのロシアゲートの捜査は、無根拠にトランプ陣営を悪しざまに描いたMI6謹製の「スティール報告書」に全面依拠しており、17年1月にスティール報告書が公開された時点で、ロシアゲートでトランプの首をとるのは無理なことが確定したのに、その後もロシアゲートでのトランプ叩きが続いてきた。ロシアゲートの捜査自体が、明らかに無根拠な報告書に依拠した不正・違法な「冤罪作り」であり、トランプがFBIに不正・違法な捜査をやめさせようとしたのなら、そっちの方が正当・合法な行為であるのだから、もともと捜査妨害など存在しない。 (Let’s Debunk Some Misconceptions About Russiagate) だが、バー司法長官らトランプ側は、あえて捜査妨害の疑惑の方だけ残した。そうすることにより、軍産側の不正捜査を完全に断罪せず首の皮一枚だけ残してやり「果し合い」でなく「談合」で事態の決着をはかることにしたのだろう。トランプが軍産側と徹底的な「果し合い」をしてしまうと、それは大変な戦いとなり得策でない。むしろ小さな「捜査妨害」疑惑の方だけ、軍産マスコミにとっての「空気穴」として残し、マスコミが窒息しないようにして軍産に恩を売り、トランプ自身の再選容認や、そのための米連銀(FRB)の利下げ姿勢への転換容認、全世界からの米軍撤退に対する軍産からの妨害の軽減など、トランプがやりたいことをやれるようにした方が良い。 (Thanks to Russiagate, Trump could win in 2020) (軍産エスタブ・帝国側は、米国覇権の永続を目標にしているので、米覇権の大黒柱であるドルの覇権失墜につながる米連銀の利下げへの転換を望まない。隠れ多極主義の大資本家側の代理人であるトランプは、覇権放棄を進めたいので、自分が再選するまでの近視眼的な株価維持とその後のドル崩壊を起こすべく、米連銀を利下げ姿勢に転換させたい。ロシアゲートでのトランプ勝利は、目先の株高維持と、トランプ2期目のドルのより大きな崩壊につながる) ロシアゲートの決着が小さくしか報じられないもう一つの理由は「トランプは悪いやつなのだから、たまたまロシアゲートで罪状が暴露されなかったからといって、それでトランプの悪さがなくなるわけでない。ほかにも必ずや悪さがあるはずだ」というステレオタイプな思い込みが深く植え付けられているからだ。ニクソン以来の軍産の強敵であるトランプは、16年に立候補して以来ずっと極悪人のレッテルを貼られ続け、私の読者たちを含め、多くの人が「トランプ=悪」の図式を軽信(洗脳)させられている。「米国民の6割がトランプをウソつきだと思っている。だからトランプは弾劾されるべきだ」といった記事もよく見る。マスコミは人々を洗脳しておいて、過半数の人が洗脳されたからトランプは辞めるべきだと書いている。これがジャーナリズムの神髄だ(笑)。 「トランプ=悪」の図式自体が巨大な濡れ衣だ。ロシアゲートは、その図式の大黒柱だった。今回それが濡れ衣であることを露呈した。となれば、トランプ=悪の図式に沿った、よく見ると無根拠な、もっと小さな数々の疑惑の多く(多分すべて)も濡れ衣だろう。だが、このような濡れ衣の構造そのものが露呈して人々が洗脳から解かれていく可能性は非常に低い。英米作成の戦争プロパガンダがそのまま「事実」として固定された日独の「戦争犯罪」以来、濡れ衣構造が解かれたことはない。RIPサダム。地球温暖化のインチキも、永久にそのままだろう。米国の景気も永久に「好転」し続け、その中で大崩壊が起きる。濡れ衣と洗脳の構造・善悪観の上からの操作歪曲は、現代文明の根本的な本質だ。濡れ衣製造者=軍産=覇権運営者である。トランプは、自分が「悪」のまま、軍産が運営する覇権構造をシステム的に破壊する道を歩んでいる。 (I told you so: Only idiots believed in Russiagate) トランプは、善悪観を是正するのでなく、むしろ軍産の善悪歪曲を過剰にやることで米国の国際信用=覇権を自滅的に落とす戦略をやっているが、この戦略はかつて共和党にいたネオコンがイラク戦争の時にやった戦略を継承している。そして、今回のロシアゲートは、その自滅性においてイラク戦争に似ている。イラク戦争では、03年3月に米軍がイラクに侵攻する開戦の大義となった「イラクの大量破壊兵器保有」の根拠となった諜報の中に、すぐにばれる稚拙な濡れ衣がいくつか混じっていた。たとえば、イラクがアフリカのニジェールから核兵器の原料になりうるウランを買った証拠となったニジェール政府発行と称する外交文書が、国璽の相違などニセモノとわかるもので、そのことは米軍侵攻前に諜報界の常識であり報道までされていたが、そんなお粗末さを無視して米軍がイラクに侵攻し、事後にイラクが大量破壊兵器を持っていなかった事実が確定した。 今回のロシアゲートでは、FBIのミュラー(モラー)特別捜査官がトランプとロシアのつながりの最大の証拠としていたMI6系の「スティール報告書」が、トランプ就任直前の17年1月に米国のメディア「バズフィード」によって全文が公開されてしまい、その内容の稚拙さが一般に知れ渡った時点で、今回の濡れ衣確定への道が早々と確定していた。しかしその後も、米国のマスコミのほとんどはスティール報告書の稚拙さを全く報じず、この報告書が米民主党のヒラリー・クリントン陣営からの依頼と資金でまとめられたこともほとんど無視された。MI6なのだから「ロシアゲート」でなく「英国ゲート」だろと指摘したのも陰謀論扱いされている「ゼロヘッジ」ぐらいだった。根拠の薄い稚拙なスティール報告書に全面依拠したミュラー捜査官は、当然ながらロシアゲートの本件でトランプ陣営を誰も起訴できないことを最終的に認めざるを得ず、今回の濡れ衣確定となった。 (Is The Steele Dossier Full Of "Russian Dirt" - Or British?) このようなイラク侵攻とロシアゲートに共通する稚拙さを考えた際、出てくる疑問は「誰が稚拙なニジェールウラン文書を作ったのか」「誰がバズフィードにスティール報告書をリークしたのか」といったことだ。スティール報告書は公開される前、トランプ敵視の米英諜報筋から米マスコミの担当記者に限定配布され、その時点では報告書の内容が稚拙で証拠として不十分なので、報告書から直接引用せずに報道することになっていた。諜報界や米マスコミは、スティール報告書が稚拙なものだと認識していたので、その存在を隠しながら報道されていた。全文公開したら、ロシアゲートの謀略が破綻するとわかっていたのに、諜報界の何者かがバズフィードに全文公開を許してしまった。こうした大失態を見ていると、諜報界の中にイラク侵攻やロシアゲートを謀略として失敗させることで軍産を自滅させようとする勢力がいたのでないかという疑惑が生まれる。 (The Spygate ‘Insurance Policy’ Coup Never Had a Chance) イラク侵攻は、米国の中東支配と単独覇権主義の崩壊の始まりとなった。ロシアゲートも、覇権放棄屋のトランプへの抑止が外れて今後好き放題にやられてしまうことにつながる。英国のEU離脱の可決などと合わせ、米英の諜報界内部に、覇権を維持しようとする主流派と、覇権を自滅させようとする隠然反逆派がいて暗闘していることをうかがわせる。 (軍産の世界支配を壊すトランプ) イラク戦争でもロシアゲートでも米国のマスコミは、歪曲報道を続けた末に歪曲的な本質が露呈した。ふつうに考えれば、マスコミやジャーナリズムに対する信用性が根本から崩れてもおかしくないが、実態はそうなっていない。その後もマスコミは大きな権威であり続け、報道=真実、ジャーナリズム=善という間違った価値観が、今も大半の人々の脳裏に植えつけられている(マスコミだけでなくジャーナリズムも善悪観の歪曲を基盤としている)。人類に対する善悪観の上からの操作は今後も延々と続く。 (ロシアゲートで軍産に反撃するトランプ共和党) メディアの主流がテレビからネットコンテンツに代わり、記者はAI執筆機に代わって、より巧妙な操作が行われる。グーグルやSNS、顔認識の監視カメラ網などによって人類ひとりひとりの関心事項や思想信条、日々の行動が把握され、プロパガンダを軽信しない「頑固で間違った」人々がデータベースに登録されていく。中国の電子化された档案(タンアン)である「社会信用システム」(素行通信簿)が世界の最先端だ。大半の人々は「間違い」たくないので、喜々として軽信される道を選ぶ(日中韓など極東人はこの傾向が特にひどい)。 (China's Social Credit System – It's Coming To The United States Soon) いわゆる「ニセニュース」とは本来、マスコミや主流SNSが流す価値観歪曲のコンテンツを指すべきだが、実際は逆で、主流側のコンテンツが歪曲されていると指摘する「頑固で間違った」傍流派の人々が発信するコンテンツの方が「ニセニュース」とレッテル貼りされ、大半の人々は見もしなくなる。みんなが「善」(=偽善)になりたがり、偽悪を気取るのは「時代遅れ」な老人(全共闘世代)ばかりだ。 (グーグルと中国) 米欧日の領域では、マスコミや主流SNSを使った善悪操作権を握るのが今後も軍産側だ(日本だと官僚機構)。だが中国やロシア、イランなどの非米諸国では、軍産に敵視されている各国の国家権力(習近平やプーチンやハメネイら)が、その国の善悪操作を握っている。非米諸国にはグーグルも入れない。米国の軍産は、日本や欧州の人々を洗脳できるが、中国人を洗脳できない。中国は、胡錦涛時代まで米国から洗脳されたがっていた(リベラルを演じ、同盟国になりたがっていた)が、習近平になって米国勢を排除して自前の洗脳装置を強化している。洗脳権=覇権だ。世界は多極化しつつある。覇権や国際政治を語る際、軍事のハードウェアの話より、洗脳や価値観操作の話の方がはるかに重要だ。 (覇権過激派にとりつかれたグーグル) (米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代) そして米国では、軍産が善悪を不正操作して反軍産なトランプを潰そうとしたロシアゲートが失敗に終わり、軍産の911以来20年近くの世界的な善悪歪曲策だった「テロ戦争」も失敗が確定しつつある。これらの失敗後、米国中心の同盟諸国の価値観操作の隠然システムは、表向き無傷だが、欧州と米国の亀裂が拡大するなど、内実として崩壊しかけている。米民主党内が左傾化し、民主党の軍産中道派の次期大統領候補の切り札であるバイデン元副大統領はトランプ風のセクハラ暴露が相次いでいる(民主党左派とトランプ共和党は喝采している)。軍産の政治領域は米国内でも狭まり、軍産による価値観操作=覇権運営の機能が低下している。対照的に、中国など非米諸国の洗脳装置や経済システム(一帯一路など)は台頭している。 (10 Videos Showing Joe Biden Touching Women Inappropriately) (世界経済のリセットを準備する) 軍産が米大統領を針小棒大に極悪のレッテルを貼って潰した先例として、ニクソンのウォーターゲート事件がある。ニクソンは、軍産支配の冷戦構造を壊そうとした隠れ多極主義の代理人で、米諜報界内の多極派がベトナム戦争を故意の失敗させた後、あとしまつと称して中国やロシアとの関係を改善し、冷戦構造の破壊の発端を作った。この「罪」への報復として、ニクソンは軍産から盗聴事件を暴露され、ウォーターゲート事件に発展させられて弾劾直前に辞任した。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) ニクソンは、ウォーターゲートビルへの不法侵入を指図したという確定的な刑事犯罪があるので弾劾されたが、トランプは確定的な刑事犯罪が何もない。軍産は、選挙前から今まで3年間トランプを精査したが訴追できる罪を見つけられないでいる。ニクソンは「大統領の犯罪」とされて辞めさせられたが、トランプは「大統領の冤罪」であり軍産に勝利している。トランプは、軍産支配や米国覇権の破壊というニクソンの遺業を継いでいる。ウォーターゲート事件の暴露は「ジャーナリズムの偉業」であるが、実のところ、針小棒大な価値観歪曲によって軍産によるニクソン潰しの片棒を担いだだけだった。ジャーナリズムは不正な偽善である。ジャーナリストを名乗るのは「私は浅はかです」と言っているようなものだ。
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