米欧アフガン撤退の失敗2021年8月19日 田中 宇
これは「タリバンの復権」(田中宇プラス)の続きです 米軍が撤退したアフガニスタンで8月16日、民族武装組織タリバンが米傀儡のガニ政権を追い出して20年ぶりに首都カブールに無血入城して政権を奪還した。それまでタリバンを敵視してきた米国や欧州など同盟諸国のカブール駐在の政府要員やNGO職員や、彼らの下で働いていた米欧傀儡系のアフガン人スタッフたちは、今後のタリバン政権下でタリバン側から報復されることを懸念し、出国するためにカブール空港に殺到した。3万人以上が殺到した空港は混乱状態に陥り、滑走路に人々が降りて飛行機が発着できなくなり、離陸しようとする飛行機に人々が乗り切れずに振り落とされたりして惨事が展開された。 (Pepe Escobar: The 'New Great Game' In Eurasia Has Just Been Reloaded) カブール市内はすでにタリバンが支配しており、タリバンが敵性の外国人やアフガン人を探し回っているとのうわさが流布している(欧米マスコミはそう喧伝しているが、国際イメージを向上させたいタリバンが欧米人狩りをやるとは思えない)。空港にいる欧米人や傀儡アフガン人たちはうわさを信じる人々なので、飛行機に乗れないからといって市街地に引き返すわけにいかない。8月17日の時点で3万人以上がカブール空港に立ち往生していた。その一方で、カブール空港を無事に離陸してドイツに着いた飛行機には数人しか乗っていなかったなどという報道も出ており、混乱している。 (Afghanistan Is The Thread That Will Start To Unravel Western Dreams Of A “New World Order”) (The Dangerous Road to the Kabul Airport) カブール以外のアフガニスタン全土に、合計15000人の米国人が残っていると言われている(米大統領府はアフガニスタン全体で11000人の米国民がいると言っており、それだとカブール外の人数はもっと少なくなる)。米軍撤退前から、米欧管理下のカブール市街以外のアフガニスタンは、タリバンやその他の武装勢力(戦国大名)が支配・戦闘している危険な領域だった。今ではカブール市街地とその外側をつなぐ道路にはタリバンが検問所を作っており、タリバンへの敵視をやめていない米軍がその検問所を抜けて行くことは、戦闘再開を覚悟しない限り不可能だ。米政府は8月17日、カブールの外にいる米国民を助けに行く方法がないので、今後も彼らを助けに行く予定がないと表明した。 (Biden Admin Has 'No Plans' For How To Evacuate Americans Outside Kabul) 米政府が外国にいる自国民を保護する任務を放棄したことは、パックスアメリカーナ(米国覇権)の終わりを意味する。タリバンと和解すれば自国民を助けに行けるが、米政府は、自国民の保護よりもタリバン敵視の維持(和解の拒否)を選択した。バイデン政権は、アフガニスタンにいる自国民の安全を守れない状態に陥って窮乏している。EUや英豪カナダ日本など同盟諸国も、政府やNGOの要員が多数アフガン国内で立ち往生しているが、従来のように米国に頼っても助けてもらえない状態だ。同盟諸国の政府が自国民を救出できない事態になっても米国に頼めば大丈夫というのが戦後のパックスアメリカーナの利点だったが、それは失われている。対米従属の意味が薄れた。アフガニスタンの事態は米覇権の崩壊を象徴している。 (Iran’s Raeisi, Russia’s Putin express readiness to contribute to establishment of peace, security in Afghanistan) 米欧日など米国側が大使館を閉めてアフガン撤退を余儀なくされているのと対照的に、中国やロシア、イラン、トルコなど非米側の諸国はカブールの大使館など開けたまま通常営業しており、要員の避難も最小限にしている。米欧はタリバンを敵視しているが、中露イランはタリバンが良い新政府を作れるよう支援する姿勢だ。タリバンは、自分たちに濡れ衣をかけて攻撃した米欧の外交官やNGO(多くは米諜報界の傀儡勢力)を嫌っている半面、自分たちを支援してくれる中露イランを大事にしたい。中露イラン勢は、むしろタリバンが政権をとったことによって、米傀儡だったガニ前政権時代よりもカブールの居心地が良くなった。今後タリバン政権が続くほど、アフガニスタンは米欧の影響下から抜け、中露の影響下になる。 (Why aren't Russia and China evacuating their staff from Kabul?) (Taliban leader reported in Kabul for talks) タリバンがカブールに入城し、逃げ出したい欧米人やアフガン人が空港に殺到して空港が混乱したことを受け、米政府は混乱解決のため6千人の米軍部隊をカブール空港に投入した。米軍はタリバンと話し合いの場を持っており、タリバンはカブールの市街地から空港まで米欧人が無事に行けるようにする安全な経路を確保すると提案してきた。米政府はタリバンの提案を受諾し、8月末までの計画でカブールにいる米欧人を空港から出国させていくことにした。ベトナム戦争末期の1975年のサイゴン陥落時、米国勢は自力で何とか撤退したが、今回のカブール陥落で米国勢は自力で撤退できず、敵だったタリバンの温情で退避路を確保してもらって撤退していく。米国にとって、カブール陥落はサイゴン陥落よりさらに惨めで恥ずかしい話になった。 (U.S. says Taliban prepared to provide safe passage of civilians to airport) (Taliban vows to provide safe passage to Kabul airport, Biden adviser says) タリバンは中露と密接に連絡をとっている。撤退に失敗した米国に対するタリバンの温情は、米国に対する中露の温情でもある。中露が「この際だから、自分たちを敵視してきた米国をもっとひどい目にあわせてやれ」と考えていたら、タリバンは米国側に退避路を用意してやらなかったはずだ。米国側は、中露とタリバンの温情に、どう対応するのか。中露タリバンへの敵視を引っ込めていくのだろうか。米国のブリンケン国務長官はアフガニスタンの事態について中露の外相と相次いで電話会談した。話し合いは持たれている。 (US reaches out to Russia, China on Afghan chaos) (US Contemplates How to Engage Future Taliban-Led Government) だが今の時点で私は、今回のアフガン撤退の失敗が一段落したら「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で、バイデン政権の米国は再び中露タリバンやイランへの敵視を再強化するのでないかと予測している。その理由は、米国を牛耳っているのが「隠れ多極主義」の勢力であると思われるからだ。米国の覇権は低下しているものの、まだ強い。もし米国が今回のアフガン撤退失敗を機に中露への敵視をやめて、中露と一緒に世界を運営していく姿勢に転換したら、中露にとってとても好都合だ。中露と米国が仲良くなってしまうと、米国の覇権が経済と安保の両面で維持され、米国が覇権国、中露が準覇権国という、部分的な多極化にとどまる。軍産や英国勢が息を吹き返し、いずれ中露を仲違いさせて分断・弱体化していき、米単独覇権体制を復活させかねない(極限までバブル膨張したドルを元に戻すのは困難だが)。軍産と英国が米国の覇権運営を牛耳ることになる。中露が分断されたまま米英側に包囲される冷戦時代の体制に戻る。 (The future of Afghanistan will be decided by several international stakeholders) これだと世界の非米側の経済発展を誘発する隠れ多極主義の目標が潰れてしまう。だからテロ戦争から米国を牛耳っている多極主義者たちは、徹底して中露を敵視し続け、中露が米国に頼らず非米的な世界体制を完全に作り上げることを誘導するのでないかと私は推測している。中露敵視策はしだいに誰が見ても不合理な戦略になり、欧州(独仏)やインドなどが米国を見限って中露と和解していく。そのうちにドルのバブルが崩壊して金融面からも米覇権が崩れていき、多極型の世界に不可逆的に移行していく。今後の中露敵視は不合理だが、不合理だからこそ米国はそれを続ける。 (Biden’s Dangerous Doctrine) (Joe Biden worries that China might win) 米国が、隠れ多極主義的にわざと稚拙で不合理な策を続けることは、今回のアフガン撤退の大失敗についてもいえる。アフガン撤退は、用意周到にやれば今回のように失敗せず、うまくいったはずだ。タリバンが突然攻撃してきて米軍が撃破されて総撤退したのなら別だが、今回の撤退は米政府の方から能動的に進めてきたことだ。ベトナムやイラクの先例から「米国は撤退が下手だ」と言われるが、それは「頑張っているのに下手」なのでなく、米上層部に撤退をわざと失敗させる奴ら(隠れ多極主義者たち)がいるからだ(オバマは彼らの策謀を何とか回避して比較的うまくイラクから撤兵した。そのあと軍産にISISを作られてしまったが。オバマ陣営はバイデンの稚拙なアフガン撤退に激怒している)。 (Joe Biden’s Afghanistan Speech Proves He Will Be President Chaos) アフガン撤退は先代のトランプが決めて途中まで進めた。民主党側は「アフガン撤退の失敗は、バイデンでなくトランプのせいだ」と言っている。私は少し違う見方をしている。トランプも隠れ多極主義の路線なので、アフガニスタンを米国側から中国側に転換させて中国を強化する撤兵をやりたかった(中国経済を米国から離乳させて独自に発展させる米中分離策がトランプの多極主義を象徴している)。しかし彼は同時に、自分が撤退に失敗して不名誉な失敗者のレッテルを貼られるのが嫌だった。トランプがアフガン撤退を最後までやっていたら、今回のバイデンのように失敗させられる可能性があった。 (ユーラシアの非米化) それが予測されたので、トランプはタリバンとの交渉を開始したものの長引かせ、しがらみを気にせずやれるので失敗の可能性が減る2期目にとっておいた。結局、トランプは諜報界による選挙不正によって落選させられ、バイデンが諜報界(軍産+多極側)に取り憑かれた状態で就任した。バイデンは、覇権の軟着陸を目指したオバマの跡を継ぐようなことを言いながら、実際にやっているのは多極主義的なことばかりなので、軍産(米覇権維持派)でなく多極側に乗っ取られている感じだ。だから今回のアフガン撤退も大失敗させられた。 (中露のものになるユーラシア) (中露敵視を強要し同盟国を困らせる米国) 米国の財界は、バイデンが早く中国との貿易交渉を再開して経済面で仲直りし、再び米企業が中国で儲けられるようにしてほしいと切望している。だが、米中の経済担当者の会合は5月から行われていない。バイデンは、経済面すら中国と和解せず、トランプの米中分離策を踏襲している。今回のアフガン撤退の失敗で中国の台頭やユーラシア支配が加速しても、バイデンは中国と和解せず、敵視の姿勢を続けそうだ。ユーラシアは米国の支配下から外れ、中露のものになっていく。地政学の逆転が加速し、パックスシニカ(中国覇権・一帯一路)が出現する。ユーラシアに食い込もうとする欧州勢などは、対米従属をやめて中露に接近していかざるを得ない。すでに、NATO加盟国のはずのトルコは嬉々として中露イランと仲良くしている。アフガン失敗は米国の同盟体制をも壊していく。 (‘Lay out the strategy’: Corporate America grows impatient on Biden’s China trade review) アフガン戦争とは結局のところ、最初から、米国の覇権を自滅させてユーラシアを中露覇権下に転換させるためのものだったのかもしれない。「アフガニスタンをリベラル民主主義の国にする」なんて最初から馬鹿げた妄想だった。リベラルや民主の前に、まず内戦を終わらせて政治経済を安定させ、人々の暮らしをある程度豊かにする必要があった。しかし米国(や、世界中のマスコミ軽信者たち)は、アフガニスタンをリベラル民主主義にするのだと言って米軍に軍事占領をやらせ、20年間に20万人のアフガン人を殺した。そして今、多くのリベラル民主主義者たちは、何が起きているかすらわかっていない。リベラル様たちにとって、もう世界のことなんかどうでも良いよね。一生マスクして、半年ごとにワクチンを打ち続けていればよい。 (Canada’s Disaster in Afghanistan) (ワクチン強制も超愚策) 米国の覇権は蘇生力があると言われてきたが、20年も続いた不合理な戦争戦略(と、リーマンとその後の金融バブル膨張策など)によって、米国はすっかり蘇生力を失った。アフガニスタンが豊かで良い国になっていくのは、リベラル民主主義者が嫌悪する中国がアフガニスタンを傘下に入れるこれからだ。そして米国は予定どおり覇権を失う。米国万歳。 (アングロサクソンを自滅させるコロナ危機)
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