在日米軍問題を再燃させるオスプレイ2012年6月20日 田中 宇米軍が沖縄の普天間基地に配備を計画している垂直離着陸輸送機MV22「オスプレイ」は、開発と配備の経緯から見て、典型的な「軍産複合体」型の米軍装備だ。オスプレイが属する機種「ティルトローター機」は、プロペラ(回転翼)の角度を変えることで、ヘリコプターとして垂直に離発着できると同時に、飛行機として滑空できる。そのため、滑走路が限定された有事の状況下で米軍の兵士や物資を素早く移動でき、米軍の中でも特に海兵隊の任務にうってつけの輸送機と考えられて、1950年代から開発が続けられたが、技術的な困難があり、なかなか実用化しなかった。 (Bell Boeing V-22 Osprey From Wikipedia) 事態を変えたのは、米政府財政が悪化してもかまわず、軍産複合体が儲かる防衛費の大盤振る舞いを行った81年からの共和党レーガン政権の登場だった。79年のイラン革命の後処理において、イラン側と密約してテヘラン米大使館にとらわれた人質解放に動き、当選を果たしたレーガンは、人質救出作戦がヘリの墜落で失敗したことを受け、米軍がもっと機動性のあるヘリを開発する必要があるという理屈につなげ、巨額の予算を投じてティルトローター機の開発を加速し、89年にオスプレイの初飛行が行われ、94年から生産が開始された。オスプレイの開発費は総額560億ドルで、米タイム誌がまとめた「高価な米軍機トップ10」の第8位に入っている。 (Top 10 Most Expensive Military Planes - Photo Essays - TIME) 1機あたりの費用も、現在普天間で米海兵隊が使っているCH46ヘリが600万ドル、より高性能なCH53Eでさえ2400万ドルなのに対し、オスプレイは6200万ドルもする。 (Boeing Vertol CH-46 Sea Knight From Wikipedia) オスプレイは巨額な開発費をかけたのに、安全面で欠点が多く、90年代に事故が頻発し、開発が1年半にわたり止まったりした。89年のパパブッシュ政権(チェイニー国防長官)は、財政赤字削減策の一環としてオスプレイの開発を中止しようとした。だが、オスプレイの製造は全米40州の部品工場で分散して行われる体制で、それらの州に雇用や税収を提供している。開発費と製造費が高額であるだけに経済効果が大きく、各州選出の議員がオスプレイの開発を続けることを可決し、米政府の決定をくつがえした。高価な軍の装備の製造を全米に分散し、各州の議員が開発中止に猛反対するように仕向けるのが、昔からの軍産複合体の典型的な動きだ。米政府は今また財政赤字の削減に取り組んでおり、2010年に米政界が超党派で決めた財政削減策の中に、オスプレイの開発中止が盛り込まれている。だが、この削減策がそのまま実現するとは限らない。 チェイニーはオスプレイを開発中止に追い込もうとする試みを、合計で4回もやっている。これは、彼が軍の下請け会社「ハリバートン」の経営者として軍産複合体の中枢にいるはずの人であることを考えると興味深い。チェイニーと親密な関係にあるラムズフェルド元国防長官が、普天間の辺野古移転に反対していたことと合わせ、軍産複合体が一枚岩でない複雑な戦略(軍需の儲けvs隠れ多極主義とか)をもっていることがうかがえる。 ▼軍産複合体のドル箱だが非常に脆弱 オスプレイはこの10年間で改良が進み、今では事故の確率が減っていると報じられているが、軍用ヘリとして決定的な欠陥がある。それは、離発着の際に敵方からの射撃によってエンジンが破損して止まった場合、他の機種ならばエンジンが止まってもローター(プロペラ)が自力で回転し続け、パイロットがうまく操縦できれば、何とか緊急着陸できる「オートローテーション(自動回転)」の機能がオスプレイについておらず、離発着時にエンジンが2機とも撃たれて止まったら、墜落大破が必至であることだ。戦場でのヘリ撃墜の多くは、離発着時に起きている。 (オスプレイ緊急着陸 固定翼のみ 米軍操縦士が説明) オスプレイの初期モデルには自動回転の機能がついていたが、その後で改良を重ねた際、自動回転できない構造にせざるを得なかった。自動回転できないヘリは、軍用だけでなく、日米の民生用にすら使えないと法律(日本では航空法)で定められている。 (オスプレイ、安全面で法抵触 民間機なら不可) その代わりとして、オスプレイにはマシンガンが装備されている。離発着時に敵を見つけたら撃たれる前に撃ち殺し、撃墜を防ごうとするものだ。だがマシンガンも、当初は機体の前方に取り付ける構想だったが、重すぎるのと高価なため、それができず、機体の後方に小型のものを取り付ける形になっている。パイロットが敵を見つけても、旋回してからでないと撃てない。 (V-22 Osprey: A Flying Shame) オスプレイは07年にイラクに初めて実戦配備され、09年からはアフガニスタンにも配備されている。NATOのリビア侵攻でも使われた。実戦配備されたことで「使える輸送機」になったと米軍は主張している。だが実際のところ、砂漠の悪条件の中だと機体やエンジンの消耗が激しく、頻繁な修理が必要になる(この点は他の機種も同様の傾向があるが)。山が多いアフガンで、雨の時に標高の高いところを飛ぼうとすると、ローターに氷が付着して危険になるので使えない。米軍パイロットはオスプレイについて「調子が良いときには空中給油もできるし、素晴らしい機種だが、調子の良いときが限られている。飛べないときが多い」とコメントしている。 (The Osprey's Real Problem Isn't Safety - It's Money) オスプレイがイラクに配備されたのは、開戦から4年経った07年だ。すでにイラクは情勢がかなり安定し、オスプレイを配備しても、離発着時に下からゲリラに撃たれることが減っていた。アフガンへの配備も、占領開始から8年後だ。もし米軍がオスプレイを危険な戦地でフル活用したら、攻撃や故障によって墜落する事故が頻発していたのでないか。オスプレイは軍事産業が儲かる大事なドル箱なので、墜落を増やすわけにいかない。だが開発費と製造費が巨額なので「実戦配備した」という実績を作らないと、開発中止に追い込まれる。軍事産業と米軍は、そんなジレンマの中で、イラクとアフガンが比較的安定してからオスプレイを配備し、墜落しないような条件下でのみ、注意しながら使ったと考えられる。オスプレイは「箱入り娘」的な、脆弱で、だましだまし使わないといけない輸送機と感じられる。 (No Love For The Marines' V-22 In Japan) 07年にイラク配備が決まった直後、タイム誌がオスプレイを酷評する「空飛ぶ不名誉オスプレイ(V-22 Osprey: A Flying Shame)」と題する特集記事を出している。記事は「オスプレイは、いくつもの意味で、1961年にアイゼンハワーが『軍産複合体』と呼んで警告して以来、米軍の巨大な兵器システムがどのように開発されてきたかを示す、一つの典型である」と書いている。タイム誌のような米大手マスコミは非常に政治的な存在であり、オスプレイに対する強い批判が米政界と米軍の内部に存在しない限り、このような酷評記事を出さない。米マスコミは滅多に「軍産複合体」という言葉を使わない。この言葉を出す時は、多くの場合、米政界の内部で軍需をめぐる政争が起きている。 (V-22 Osprey: A Flying Shame) ▼オバマのアジア重視策との関係 米軍は今、すでにイラクから撤退し、来年にはアフガンからも撤退する。その後の米軍の戦略は、アジア重視の中国包囲網だ。これまで太平洋西部で沖縄とハワイに集中していた海兵隊を、グアムやフィリピン、オーストラリアなどに分散し、海兵隊員がそれらの拠点をローテーションで回るのが米軍の新たな戦略だ。このような新戦略は、概念的に、離発着地を選ばず高速で移動できるオスプレイに向いている。 (U.S. Navy's Shift To Pacific A Boon For Marine Corps' Mission) 逆に言うと、昨年からの米軍のアジア重視戦略の中で配備が進んでいかないと、オスプレイは高い金をかけているのに欠点が多く役立たずだという、米政界の反対派を勢いづけ、来年からの財政削減議論の中で開発中止に追い込まれかねない。最近も、米国の有力シンクタンクが財政緊縮の一環としてオスプレイの開発をやめるべきだと書いている。このような流れを止めるため、米軍と軍事産業は、オスプレイのハワイ海兵隊基地への配備を増やし、普天間や岩国といった日本にも配備しようとしている。 (New Study Outlines How the Military Could Create a Leaner, Less Expensive Force) 米軍は、日本へのオスプレイ配備を90年代後半から計画してきたが、普天間の辺野古移転の頓挫もあり、配備しないままになってきた。それが、昨年からの米軍のアジア重視策の流れの中で、今年末までに配備することを本格的に進めている。だが、日本への配備には問題が多い。最大の問題は、オスプレイの欠点そのものでなく、欠点や配備に伴う危険性について日米の政府が言葉を濁し、説明不足のまま配備を強行して、地元の不信感を払拭する気が当局の側にないという政治的な問題だ。 (オスプレイ米訓練保留:県民反対「なぜ無視」) オスプレイは新型機なので、米国内など各地で離発着や低空飛行の訓練が続けられている。米国でもオスプレイの欠陥が問題視され、ニューメキシコ州のキャノン基地では、周辺住民の反対でオスプレイの低空飛行訓練が棚上げされている。米国内なら、住民は連邦議員らを通して不満を言い、議員は基地や軍需産業の経済効果と住民の意志とのバランスを考えつつ、軍に訓練の延期を求めたり、政策を決めたりする。だが、日本は米国でない。日本人は米国の指導者を選出する有権者でない。 (Marines' copter plan raises fear of noise) 日本の権力を握る官僚機構は、対米従属の国是を戦前の天皇制に代わる「絶対服従の権力機構」として活用し、政界(国会)に権力を渡さず官僚が権力を握り続ける仕組みを永続させている。日本の権力機構にとって米政府や米軍の意向は絶対であり、国内の民意よりもはるかに重視される。日米関係や在日米軍の問題について、日本には民主主義が存在しない。日本政府が積極的に米国の言いなりになっているので、米軍は沖縄の人々など日本人が反対しても、オスプレイを普天間など日本の米軍基地に配備しようとしている。 (日本の官僚支配と沖縄米軍) 日本が配備を断った場合、オスプレイはグアム島やテニアン島に配備されるかもしれない。その場合、海兵隊の主力は普天間からグアム、テニアンに移転していく。これは日本の権力機構(官僚)にとって、対米従属の根幹にいる在日米軍が日本からいなくなり、国内の政治的な力関係において自分たちの権力を支えてきた対米従属の国是が失われ、官僚が失権することを意味する。今の野田内閣は官僚の言いなりだから、官僚と野田政権は、何が何でもオスプレイを日本国内の基地に配備するという姿勢になっている。 (日本の権力構造と在日米軍) オスプレイは4月にモロッコで事故を起こし、6月14日には米国フロリダ州の基地で墜落した。しかし、米軍が「墜落の調査結果の発表を待たず、オスプレイを日本に配備したい」と言えば、日本政府は「わかりました」と言う。これまでオスプレイは、普天間に今いる海兵隊のヘリCH46より重大事故の発生率が低いと言われてきた。だが、モロッコとフロリダの事故発生によって、オスプレイの方が事故率が高くなっている。CH46が40年以上も安定的に運用されているのに比べ、オスプレイの運用はまだ10年ほどで、不安定な存在だ。 (オスプレイ事故発生率:CH46上回る) 普天間基地では、夜10時から朝7時まで離発着をしないことになっているが、米軍は、必要とみなせば深夜や未明にも離発着する。「戦争しているのだから時間など守れない」と言う建前だが、米軍が勝手なことをするのは、日本側に責任がある。日本人から不満を言われると、米軍幹部は「それは君たち自身の政府に言ってくれ。日本政府が出ていけというなら、米軍はいつでも出ていく」と言う。イラクは、米軍撤退後、米軍地位協定を破棄して米軍の再駐留を防いでいる。アフガニスタンも再来年に同じようにするだろう。米軍にとって日本は、イラクやアフガンよりさらに「好き勝手にできる国」だ。それは米国のせいでなく、対米従属を絶対の国是にしている日本国のせいだ。日本が民主主義国であるというなら、それは日本国民のせいである(実際には誰が首相になっても官僚に仕切られる。言いなりにならない政治家は小沢一郎のように抹殺を試みられる)。 (Ospreys add to Okinawa grievances) (Ret. Gen.: Massacre Could Force US From Afghanistan in Weeks) 対米従属派の人々は「中国の脅威がある以上、日本の安全を守るのにオスプレイの日本配備が必要だ」と言う。だが、これは大間違いだ。中国が米国の覇権を崩そうとするなら、軍事力など使わない。中国が世界最大の在外保有者である米国債を売り放つとか、BRICSや発展途上国間の貿易でドルを使わず人民元など相互の主要通貨を使う傾向を増やすとか、国連やWTO、IMFなど国際機関の場でBRICSの力を伸ばすとか、サイバー攻撃するとか、経済や政治の手法を多用するはずだ。 (We're all right today, but what about tomorrow?) もし米国と中国が何かの拍子に軍事衝突しても、それは海兵隊がオスプレイを活用して中国本土に上陸作戦するような展開でなく「エアシーバトル」が語るとおり、米中が相互に精密誘導ミサイルを撃ち合う飛び道具のみの戦争になる。米国の最大の弱点は、米国債を大量発行して中国に買い支えてもらっている点だ。安全保障を考える人は、米国の財政や債券金融システムについて分析する必要があるのに、日本では安全保障を語る人の多くが「軍事おたく」でしかない。 (「エアシーバトル」の対中包囲網) 鳩山政権の時、普天間の辺野古移転に対する沖縄県民の大きな反対運動が起こり、それ以来、辺野古移転は不可能になっている。だが、米軍基地に出ていってほしいと考える沖縄の運動が日本の本土にも波及して、対米従属の国是を変えるほどの政治運動にはならなかった。だから今も海兵隊は普天間で轟音を響かせている。しかし今回のオスプレイ配備は、米軍の作戦のおかげで、沖縄だけでなく日本全国の問題になりつつある。オスプレイは普天間だけでなく、岩国や、静岡県の東富士にも配備される計画だ。しかも米軍は6月19日、東北から四国、九州にかけての広い範囲で今後、オスプレイの低空飛行訓練を行うと発表した。「墜落するかもしれないオスプレイ」が、本土の人々の上空をも飛ぶことになる。これはもしかすると、官僚が巧妙に沖縄だけに封じ込めていた米軍反対運動の全国化につながるかもしれない。 (オスプレイ、低空訓練=日本本土で計画−米軍) 09年秋の辺野古移転反対運動の盛り上がりの時もそうだったが、米国側は、決定事項をごり押しし、日本人をわざと怒らせて政治覚醒させようとしているのでないかと思われるやり方をする。米国は911以来、中東などの世界各地で、人々をわざと怒らせて国際政治の状況を転換させることをやってきたので、日本でそれが行われても不思議でない。今後、沖縄と本土の日本人の世論の盛り上がりによっては、オスプレイ配備の中止と、海兵隊の日本からの撤退加速がありうる。その前に、日本の権力機構が全力を尽くしてオスプレイの国内配備を試みるだろうが、その結果、実際に配備されるかどうか、まだわからない。 (沖縄から覚醒する日本)
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