加速するトランプの世界撤兵2020年6月15日 田中 宇トランプ米大統領が6月5日、ドイツに駐留する米軍の減員を発表した。現在25000人いる在独米軍のうち9500人を撤退し、在独駐留米軍の上限数も35000人から25000人に引き下げる。この減員は、トランプの米国が以前からドイツに対し、米国やNATOに協力する意味で軍事費のGDP比を2%まで引き上げろと求めていたのに実現されていないことに対する報復とされている。金持ち国のくせに米国に頼るなということだ。ドイツは軍事費を出し渋ったので米軍を減員されたが、米国の言いなりで軍事費や「思いやり予算(米軍駐留費負担金)」を増やしてきた日本や韓国には無縁な話と思われていた。 (Trump Orders 9,500 US Troops Out of Germany) (Trump Lashes Out Over Lagging NATO Spending - Pulls 9,500 Troops From Germany) ところが、トランプの腹心であるリチャード・グレネル米元駐独大使は6月10日、ドイツの新聞(Bild)に対し、トランプがドイツだけでなく、日本や韓国、その他の同盟諸国からも駐留米軍を撤退させたいと明確に考えていると表明した。トランプは、米軍に他国を防衛するただ働きをさせ続けることをもうごめんだと考えており、シリア、アフガニスタン、イラク、韓国、日本、ドイツから撤兵したいと考えているとグレネルは述べた。 (US to pull troops from Germany, ex-ambassador Grenell confirms) (Trump wants to pull out troops from S. Korea, Japan, other allies: ex-US envoy to Germany) グレネルは少し前まで、ドイツを非難し続ける大使としてドイツに駐在しており、トランプの意を受けて米独関係を意図的に悪化させた。グレネルはその後、トランプ政権の諜報長官代理をやったりして、これからの2期目にかけてのトランプ政権の同盟解体・覇権放棄の戦略を閣外で担当するトランプの腹心・代理として機能し始めている(似た役割を担う閣外腹心として、中国敵視の上院議員のトム・コットンがいる)。トランプは以前から、米朝交渉の場などで、在韓米軍の撤退を希望していると明言していた。NATOやG7を「時代遅れ」と批判したこともある。トランプは、軍産複合体(諜報界)との戦いに勝ち、2期目を目指す中で、世界からの米軍撤退を具体化していこうとしている。 (Envoy: Trump Wants US Troops Out of South Korea, Japan) (Is Donald Trump About to Dump Mike Pence?) 米国の中枢で、米軍の世界への駐留や派兵を事実上仕切ってきたのは、表向きの最高権力者である大統領でなく、諜報界(国防総省、国務省、CIA、議会、マスコミ、学界など)の高官や政策担当者らからなる半匿名のネットワークである軍産複合体だった。大統領が、軍産の意に逆らって撤兵や軍縮や和解を決めても軍産が妨害して手続きが進まず、大統領が妨害を乗り越えて撤兵などを挙行しようとすると、スキャンダルや戦場泥沼化が軍産によって誘発され、大統領は挫折する。ケネディは暗殺され、ニクソンやクリントンは弾劾され、パパブッシュは再選を逃し、オバマはISISを作られた。米国の軍事戦略は、軍産という官僚機構的な組織に与えられた治外法権・超法規的な自治領域である。安倍以前の日本の外務省など、同盟諸国で国家戦略を立案する勢力の多くも軍産の一部(傀儡)だった。 (Germany receives formal notice on US troop withdrawal plans) (NATOの脳死) 米国の中枢には、軍産の治外法権の体制をこっそり嫌う人々(国連P5体制を作ったロックフェラーとか。私が言うところの隠れ多極主義)もおり、両者の暗闘が戦後の世界史の根底にある。軍産によるクーデターともいえる911事件後、両者の暗闘が激化し、軍産内に潜り込んだ過激派(ネオコン)が軍事戦略を自滅させ、軍産の力が低下したところでトランプが登場した。軍産はロシアゲートのスキャンダルでトランプを無力化しようとしたが失敗し、トランプは世界撤兵や同盟解体、覇権放棄、多極化を進めている。その一つが今回の米軍撤退宣言だ。 (The Republican War Over Trump’s Germany Troop Pullout) 軍産はトランプに負けつつも、まだ存続している。議会や国防総省、マスコミなどにいる軍産勢力は、ロシアの脅威などを理由に、ドイツ駐留米軍の減員に反対している。加えて、軍産はトランプの撤兵政策の遂行を無視してやらないでいる。トランプ政権は繰り返し、アフガニスタンからの撤兵やタリバンとの和解を宣言しているが、米軍の司令官は、タリバンが停戦協定を守らないので米軍は撤退しないと豪語している。昨秋撤兵を宣言したシリアにもまだ米兵がいる。ドイツ政府も、米政府からの撤兵の通知が届かないと言っている。軍産の一部であるマスコミは、やっぱりトランプは口だけの妄想屋だと揶揄する。トランプは、軍産を買収するため軍事予算を増額しており(無駄遣いによる米国の財政破綻は覇権の自滅になるのでトランプの策略)、民主党支持の左翼は、トランプこそ軍産だと(わざと)勘違いしている。 (US General Talks Down Afghan Pullout, Blames Taliban) (Republican House Members Urge White House Not to Cut U.S. Troops in Germany) 軍産に無視されても、トランプが世界からの撤兵を言い続けると、同盟諸国は撤兵や同盟解体を前提として動いて対米自立していく。ロシアや中国やイランなど非米反米諸国は、米国を恐れず大胆に国際社会を動かすようになり、同盟諸国は米国を軽視して非米諸国を重視するようになる。数年前からの日本の安倍の中国接近がその一つだ。軍産がトランプを無視しても、トランプは軍産を無視して覇権放棄を進め、軍産の治外法権的な世界支配を解体していく。 (Time To Pull the Troops From NATO: What Good Is an Alliance Full of Cheap-Riders?) (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) コロナ危機のなか、米国ではミネアポリスの警察官が逮捕時に黒人を殺してしまった事件を機に、全米で警察から権限と予算を剥奪する左翼手動の政治運動が展開している。米国各地の警察は力を失い、暴動や略奪を止める者がいなくなり、治安が悪化したまま改善しなくなる。警察がいなくなった後、略奪者たちから街を守るには地元の人々が自警団を作るしかなく、自警団と暴徒、右翼と左翼が相互に武装して戦うようになり、米国は内戦の傾向になっていく。そうなると米政府は、国内の治安を守るため、非常事態を宣言し、禁止されてきた米軍の国内派兵に踏み切るしかない。 ("We Mean Literally Abolish The Police": Activists Reject Spin On Movement's Call To Defund Law Enforcement ) (As Businesses Flee The Violence, Will Major U.S. Cities Be Transformed Into Economic Wastelands?) コロナ危機の長期化で、世界と米国の経済は長い大恐慌に入っている。税収は大きく減る一方、貧困層に転落した何千万人もの失業者への生活支援、経済対策の支出が急増している。これから断続的に続く暴動と治安悪化で、経済悪化・税収減・救援支出増がずっと続く。米政府は、従来のように巨額の軍事費を計上し続けられなくなり、海外派兵の費用や要員を削って国内の派兵・治安維持に回さねばならなくなる。トランプは暴動発生後、米軍を国内派兵すべきだと表明したが、軍隊を世界支配・覇権維持のためだけに使いたい軍産の将軍たちやマスコミ、民主党の人々がこぞって反対した。大統領府と国防総省の関係が悪化し、とりあえず国内派兵は見送られた。だが今後、暴動と大恐慌が長引き、警察解体が進むほど、米軍に国内の治安を守らせるべきだ、米軍を世界に派兵して公金と人材を無駄遣いしている場合じゃないという意見が再燃し、米軍は世界から撤収して米国内の治安維持にあたる傾向になる。最近のWSJ/NBC調査によると、米国民の80%が、自国が統制不能になりつつあると認識している。 (Most Voters Think The US Is Spiraling Out Of Control) (Pentagon chief Mark Esper risks being sidelined as White House floats replacements) コロナ危機は、トランプが望む米軍の世界撤兵に拍車をかけることになりそうだが、私が見るところ、これは偶然のことでなく、トランプとその背後の勢力(ロックフェラー系、隠れ多極主義)による隠然とした戦略の結果だ。トランプ系の勢力は諜報界の一部であり、軍産と多極の暗闘は諜報界内部の主導権争いだ。暗闘に勝ったトランプ側は、諜報界を乗っ取り、軍産のふりをして覇権体制と米国を破壊している。今回の暴動の暴徒や左翼の集団は、トランプ系の諜報界の要員に入り込まれ、彼らが暴動を悪化させる一方、大きな政治運動の潮流を作り、民主党の州知事や市長を加圧して警察を解体に追い込んでいる。 (永遠の都市閉鎖 vs 集団免疫) (Engineering A Race War: Will This Be The American Police State's Reichstag Fire?) デモの参加者のほとんどは行儀のよい善良な市民だと報じられているが、それと別に諜報界の関係の悪質な勢力がいる。そうでなければ焼き討ちや略奪は起きない。コロナ危機への対策を、自滅的な愚策である都市閉鎖に持って行ったのも多分、諜報界を乗っ取ったトランプ側だ。コロナ危機の全体がトランプ系の謀略かもしれない。彼らは最近、軍産系(国際主義、民主党支持)の大学教授たちを、敵である中国から学術研究費をもらったり、学術的な国家機密を中国に漏らした疑いで訴追し始めている。かつて軍産の権力を増大させた「赤狩り」と逆方向の「ネオ赤狩り」である。 (Harvard Prof Indicted For Lying About China Ties) (米国の暴動はコロナ愚策の都市閉鎖が主因) トランプは、同盟諸国のなかでも特にドイツを敵視し、怒らせて対米自立に追い込もうとしている。ドイツはEUの盟主であり、従来のようにドイツが対米従属・軍産傀儡である限り、EUは永遠に弱いままで、世界は多極化しない。これまでEUを対米従属に引っ張ってきた英国がEUを離脱した今こそ、ドイツを怒らせてEUを対米自立させる好機だ。ドイツは対米自立するほどロシアに接近する。今年のG7サミットの議長であるトランプはメルケルに、ビデオ会議でなく、現実の会議をワシントンDCでやろうと持ちかけた。メルケルが拒否することを見越しての提案だった。メルケルがコロナ危機を理由に断ると、トランプは、G7は時代遅れだと激怒する演技をやり、メルケルへの報復として在独駐留米軍の減員を発表した。トランプは、G7諸国の多くが反対することを見越して、G7にロシア、韓国、豪州、インドを加えることを提案している。ロシアやインドが加わると、G7は対米従属の先進国の集まりでなくなり、多極型のG20と大差なくなって存在意義を失う。 (Merkel Rebuffs Trump Invite To 'Normal' In-Person G7 Summit, Citing Pandemic Fears) (Trump Says He Will Postpone G-7 Meeting to Autumn) トランプらは、米軍を日本や韓国から撤退すると表明する一方で、日韓に米軍が駐留する現在の最大の理由である「中国の脅威」をあおり、中国敵視策を盛んにやっている。両者は矛盾しているように見える。「トランプが部下に日韓からの撤兵を表明させるのは、本気で撤兵したいからでなく、日韓政府を脅してもっと巨額の思いやり予算を出させるためだ。中国を敵視しているトランプが日韓からの撤兵を望むはずがない」といった、軍産傀儡好みの解説が出てくる。だが、よく見るとこれは違う。 (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる) 軍産が世界を支配していた1980年代以降、米国と同盟諸国は、軍事安保・人権外交の面で中国敵視だったが、経済面では親中国で、米国が資本家と市場(消費者)を担当し、中国が製造現場を担当する分業体制だった(これが冷戦後の経済グローバル化の基盤)。日韓などの同盟諸国の企業は、中国で製造して米国で販売して儲けてきた。この世界体制を維持してきたのが軍産で、日韓政府の思いやり予算は、日韓企業を儲けさせてくれた軍産へのキックバックもしくは「みかじめ料(用心棒代)」だった。中国は米国と同盟諸国の企業にとって大事な製造現場・投資対象なのだから、米国(軍産)が本気で中国を敵視して軍事攻撃することはない。当時から中国敵視は演技だった。 (見かけ倒しの米中貿易協定) トランプの対中国戦略は軍産と大きく違う。トランプはファーウェイ敵視を皮きりに、米国と同盟諸国が中国のハイテク産業と組むことを禁じ、中国を経済面でも敵視することを世界に強要した。トランプは、冷戦後のグローバル化された世界経済の構造を破壊している。トランプの米国は中国との経済関係を断絶しているが、中国に近い日本や韓国は、中国との経済関係を切るわけにいかない。日韓の経済は中国との関係に依存している。トランプの言いなりになっていると、同盟諸国は儲けられなくなる。「みかじめ料」の源泉が失われてしまう。それなのにトランプはみかじめ料をもっとよこせと言ってくる。日韓の対米従属は、急速に割に合わなくなっている。おまけにトランプはコロナ危機で同盟諸国に都市閉鎖を強要して経済を破綻させた。米国は、同盟諸国を儲けさせてくれていたから覇権国であり続けていた。トランプはそれを破壊し、同盟諸国の方から米国を敬遠したくなる状態にしている。日韓は、中国を敵視するトランプに対して面従腹背の姿勢を強めている。 (中国でなく同盟諸国を痛める米中新冷戦) (都市閉鎖の愚策にはめられた人類) トランプは昨夏、中距離ミサイル削減条約(INF)を離脱し、中国敵視策の一つとして、中国近隣の同盟諸国に中距離ミサイルを配備しようとしている。だがどこの国も、自国への配備を拒否している。オーストラリアとフィリピンは正式に断った。韓国は、中朝に近すぎるので配備対象になっていない。日本は、東京の政府は態度を表明していないが、実際の配備現場となる沖縄県の知事が強く反対している。今後、トランプが米国の覇権を低下させるほど、日本政府は中国との関係を悪化させるわけにいかなくなり、中国を標的とする米国のミサイルを配備したがらなくなる。トランプのミサイル配備計画は、米国の強さでなく弱さを示す話になっている。 ("Not On My Island": More Allies Reject Hosting US Missiles In Pacific Aimed At China) (U.S. seeks to house missiles in the Pacific. Some allies don't want them) トランプが米国の弱さを露呈する策略をとっていることに反比例して、中国は自国の強さを試す策略を強めている。中国は最近、米軍との衝突も辞さない構えで、台湾周辺や南シナ海での大胆な軍事活動を強めている。中国は、日本との紛争地である尖閣諸島の海域や、インドとの国境紛争地であるヒマラヤでも、拡張主義的な軍事行動を採っている。日本やインド、米国がどう対応してくるか見るために、中国は好戦的な姿勢を出してくる。米国の覇権崩壊は今後、早いか遅いかという時間差の問題だけなので、中国は勝ち組であり、余裕がある。日本やインドは懸念が増大している。 (China annexes 60 square km of India in Ladakh as simmering tensions erupt between two superpowers) (What’s Behind China’s Growing Military Activity Around Taiwan?) 米軍撤退後のアフガニスタンやイラク、シリアは、反米的な中国ロシアイランの影響圏に入る。国連安保理では最近、中露が以前より明確に結束し、イラン問題などで米国に楯突くようになっている。WHOや国連人権理事会、ICC(国際刑事裁判所)など、トランプの米国が不満をぶちまけて離脱した国際組織は、こぞって中国の傘下に入っている。「香港人を弾圧する中国はナチスだ」とポンペオ国務長官が言うと、「黒人を弾圧する米国の方がナチスだ」と人民日報の編集者が言い返す。中国は国際社会で、米国と対等な立場で発言するようになっている。 (Russia, China build case at U.N. to protect Iran from U.S. sanctions threat) (China & Russia Bombard US With "You Reap What You Sow" Messages Amid Unrest & Instability) トランプの中国敵視は、中国を扇動して強化し、同盟諸国を米国から引き剥がして中国寄りに押しやることが隠れた目的だ。軍産はそれを知っているので、軍産系のマスコミやシンクタンクの多くは最近、「同盟諸国を不安にさせぬよう、中国と露骨に対立しない方が良い」と言っている。中国敵視の元祖だった軍産に「中国との仲良くすべきだ」と言わせているのだから、トランプの策は成功している。 (The case for realistic engagement with China) (Abandoning the World Health Organization Will Benefit China) 最近、北朝鮮が「米国と仲良くしている必要はもうない」「いつでも韓国と戦争してやる」と言い出している。これも、米国が覇権を低下させていることへの対応だろう。戦時体制で独裁体制を維持してきた北朝鮮は、トランプが覇権を放棄して在韓米軍を撤退させていくと、国家の内部崩壊の危機になる。軍産の世界支配が北朝鮮を存続させてきた。トランプは、北が暴発するのを防ぐため、金正恩と個人的に仲良くしてなだめてきたが、その策略も終わりが見えてきた。 (North Korea says little reason to maintain Kim-Trump ties)
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