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ウイルス危機が世界経済をリセットする(下)

2020年4月12日   田中 宇

もうみんな忘れてしまったかもしれないが、コロナ危機が始まるまで、米政界の最大の問題は「トランプvs軍産複合体」だった(今やコロナ危機の前の出来事が遠い昔の話のようだ)。軍産は、米国の覇権を運営してきた米諜報界、議会、外交官、マスコミ、学界などで構成され、米国の覇権体制を恒久化したい勢力だ。トランプは、軍産のふりをして軍事費を急拡大しようとしつつ、EUなどとの喧嘩を激化させて「米国が欧州など先進諸国を従えて覇権を維持する」という従来の国際協調主義的な米覇権体制を破壊してきた。ロシアや中国、イランを敵視しつつ、世界が米国をきらうように仕向け、露中イランなどが協力して覇権を拡大するように仕向け、世界の覇権構造を米国単独から多極型に転換させようとしてきた。トランプは「隠れ多極主義者」だ。「トランプvs軍産」の暗闘は、戦後の米国中枢・諜報界でずっと続いてきた「隠れ多極主義vs軍産」の暗闘の一部だ。 (多極化の目的は世界の安定化と経済成長

コロナ危機は、この暗闘と無縁なのか。新型ウイルスの発祥について「中国の山のコウモリのウイルスに感染した野生のネコが武漢の野生動物市場で売られている間にヒトに感染した」という「自然発生説」だけを信じている限り、軍産とか隠れ某が入ってくるすきがない。だが、米諜報界が武漢ウイルス研究所の要員の誰かをスパイに仕立て、その者が動物実験中の新型ウイルスを厳重なP4ラボから外に出したのだとしたら、ウイルス危機は「隠れ多極vs軍産」の暗闘の一部として分析する必要が出てくる。

武漢ウイルス研の要員を、米国留学中にすかしたり脅したりしてスパイに仕立てたのは米諜報界だ。米諜報界が、その要員に命じて新型ウイルスをP4ラボから外に出させてウイルス危機を起こした理由は、中国でウイルスを蔓延させて多数の死者を出させるか、中共が中国を広範囲に閉鎖して経済を全停止させざるを得ない状況に陥れ、米国の敵である中国に打撃を与えようとしたからだろう。昨年後半「中国は、米国にとってイラン以上の脅威だ」という考え方が米上層部で流布し、「何らかの方法で中国経済に大打撃を与えないと、米国は経済的に中国に抜かれて覇権国の座を追われる」という危機感が増していた。中国にウイルスを蔓延させる作戦は、米国が中国に覇権を奪われないようにするために軍産がやった策だという説が成り立つ。 (武漢コロナウイルスの周辺

しかし、コロナ危機の前のような国際的な人の移動が多かった時代に、中国に危険なウイルスを蔓延させたら、すぐに米国や同盟諸国にもウイルスが流布して世界的な蔓延になってしまうことが簡単に予測できたはずだ。事実、中国が武漢を閉鎖してから3か月後の今では、中国より米国の方が新型ウイルスの感染者や死者が増えてしまっている(米国は統計値を多めに、中国は少なめに出しているが)。米国経済は中国経済よりもはるかに借金漬けで、コロナ危機による米経済の全停止は今後長期化するとともに、米国の金融システムを不可逆的に破壊していく。QEが行き詰まり、ドルや米国債の金融システムが使い物にならなくなり、米覇権が崩壊する。

中国は、米マスコミが喧伝するほど金融バブルがひどくない。習近平政権は2015年からバブルを先制的に潰す予防策をやってきた。コロナ危機で経済が潰れるのは中国でなく米国だ。軍産は、ウイルスを中国にばらまいて中国経済を潰して米国覇権を守ろうとしたつもりが、逆に、米国の経済覇権を自滅させることをやってしまったことになる。敵を攻撃したつもりが自国への反動が強く自滅になってしまう「ブローバック」現象の巨大なものが起きている。 (中国の意図的なバブル崩壊

隠れ多極主義のこれまでの動き方を見ると、米国覇権を自滅させる巨大なブローバックとしてのコロナ危機は、軍産の内部に入り込んだ隠れ多極主義勢力によって意図的に引き起こされたと感じられる。同様の巨大なブローバックが、隠れ多極主義のネオコン勢力が手がけた2003年からのイラク戦争でも引き起こされたからだ。ブッシュ政権の上層部に巣食ったネオコンは、捏造した「ニジェールウラン文書」などを使って「イラクが大量破壊兵器を持っている」という無根拠な濡れ衣をかけ、それを開戦の大義として、「米軍が侵攻したらイラクは簡単に民主化でき、素晴らしい(米傀儡の)国になる」と言いつつ米軍をイラクに侵攻させてフセイン政権を潰した。 (諜報戦争の闇

しかしその後、大量破壊兵器の開戦大義がウソであることが確定し、イラクは反米感情が強まって米国のイラク占領は失敗し、イラクは米国の敵であるイランの影響圏になってしまった。イラク戦争で、米国は外交安保分野の覇権を大幅に低下させた。その後のシリア内戦も似たような傾向になり、中東では露中イランの影響力が増し、世界の多極化に拍車がかかった。ネオコンは、イラク戦争をとても稚拙に挙行することで、米国の覇権を自滅させ、世界の覇権構造を多極化した。ネオコンたちは安保や中東の専門家であり、たまたま過失の結果としてそうなったのでなく、最初からそのつもりだったと考えられる。

トランプは、ネオコンの戦略を受け継いでいる。露中イランを稚拙なやり方で敵視することで、露中イランの覇権を拡大してやっている。武漢で新型ウイルスを漏洩させて世界を感染させる策をトランプが考えて実行させたのでなく、米諜報界の一部がやりたがっていた武漢ウイルス漏洩策の実行をトランプが黙認ないし許可したのだろう。イラク戦争も、ネオコンが最初に考案したことでなく、ブッシュの前のクリトン政権が1997年ぐらいにイラクへの経済制裁の緩和を人道上の見地などから検討していたのを軍産イスラエルが猛反対して止め、経済制裁を続行させたあたりから、軍産イスラエルの中に「フセイン政権を転覆する」というシナリオがあった。ネオコンはそのシナリオを、軍産イスラエルが期待するよりずっと稚拙なやり方で進めることで、隠れ多極主義の道具に転用した。

今回のウイルス危機は、イラク戦争だけでなく、08年のリーマン危機とも似ている。今回のウイルス危機は、リーマン危機で果たせなかった暗闘の2回戦であるとも考えられる。イラク戦争は「軍産vs隠れ多極主義」だが、リーマンは「米金融覇権主義vs隠れ多極主義」である。米金融覇権主義は、米金融界の主流派のことだ。軍産と、米金融覇権主義は、米国覇権の永続を望む点で同根・仲間どうしだ。両者ともエスタブリッシュメントの一員だ。リーマン危機は、膨張しすぎたバブルが低品位な不動産担保債券の崩壊(債務不履行)から金融システム全体の危機に発展した。 (米金融界が米国をつぶす

バブルの膨張や破裂は「自然な動き」に見えるが、バブルの膨張を扇動したり、バブルの崩壊時に混乱を拡大させてリーマンブラザーズやその他の金融機関を破綻させる火付け役をした勢力が金融界の内部にいる。彼らが隠れ多極主義者である。彼らはJPモルガンなどの内部にいて、倒産寸前のリーマンから資金を引き上げたり、リーマンの次にAIGを潰そうとしたりした。これに対して米覇権主義は米政府を動かしてAIGに救済資金を注入して守った。大手保険会社であるAIGは、債券市場の安全を守るCDS(債券破綻保険)の大口の発行元であり、AIGが潰れたら債券市場の破綻がもっとひどいものになっていた。 (CDSで加速する金融崩壊

リーマン後、債券金融システムは崩壊したままだったが、米覇権主義の勢力は議会と政府を動かして金融界に資金注入させたり、米連銀を動かしてQEの資金注入をやらせたりした。とくにQEはその後現在まで続けられ、米金融システムを延命させてきた。今回のウイルス危機は、そのQEを無限大まで拡張せざるを得ない状態に追い込み、QEを行き詰まらせて米連銀(など日銀を含む中銀ネットワーク)を機能不全に陥れて米国の覇権を崩壊させ、世界を多極化しようとする、隠れ多極主義の構想だろう。ウイルス危機はまだ始まったばかりだが、すでに無限のQE拡大が宣言されており、米国の覇権崩壊は不可避な感じだ。

隠れ多極主義者がなぜ米覇権を自滅させて世界の覇権構造を多極型に転換したのか。それは、軍産と金融覇権主義者が組んで、米国の単独覇権体制の維持に固執し、中国を筆頭とする世界の新興諸国が世界経済の全体としての成長を加速しつつ、経済政治の両面で影響力を拡大していくことを阻止し続けたからだ。1997年のアジア通貨危機などがその象徴だ。通貨危機を起こした投機筋の一人であるジョージ・ソロスは、ロシア敵視の軍産の活動家でもある。軍産など米覇権主義者が世界の運営を握っている限り、米国の世界支配が優先され、新興諸国が抑圧され続けて、世界経済の全体としての成長が長期的に阻害され続ける。 (世界経済のリセットを準備する) (田中宇史観:世界帝国から多極化へ

今回のウイルス危機が最終的に、世界の長期的な経済成長を加速させるものなのかどうか。経済の加速にはグローバリゼーションの維持拡大が効果があるが、ウイルス危機はグローバリゼーションを破壊している。ウイルス危機は始まったばかりで、最終的に世界がどうなるかをまだイメージできない状態だ。



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