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史上最大の金融破綻(2)

2020年3月15日   田中 宇

この記事は「史上最大の金融破綻になる」の続きです。

先週の世界の株式市場は水曜日と木曜日に暴落した後、3月13日の金曜日に反発・暴騰して1週間を終わった。株だけを見ると下落傾向の乱高下を続けている。だがその裏で「13日の金曜日」に、まさに不吉な感じで悪化が顕在化したのが債券市場だった。前々回の記事「株から社債の崩壊に拡大する」の題名どおりの展開だが、驚きなのは米国で社債だけでなく長期米国債もシステム危機っぽく下落(金利上昇)し始めているたことだ。米国債は3月10日に10年ものの金利が0・4%を割る異様な史上最高値になった。暴落する株から、安全資産と言われる米国債に資金が逃避・流入してくる動きであり、ここまでは「まっとうな危機」だった。 ("This Is Just The Beginning": Shocked Wall Street Traders Respond To An Insane Market) (株から社債の崩壊に拡大する

だがその後、3月10日から13日にかけて、米国債の金利が再び上昇した。この時期、新型ウイルスの危機が米国に波及し、米国の多くの産業が事業の停止や縮小を余儀なくされ、米経済の劇的な悪化が不可避になった。それを受けて株価も、乱高下しつつ大幅下落の傾向が続いた(米連銀など中銀群によるテコ入れで時々反騰した)。株式市場の危機が拡大したのだから、ふつうに考えると米国債に資金が逃避・流入し続け、国債金利の下落が続くのが自然だった。だが実際は逆方向で、長期国債の金利が上昇し続けた。今後、この金利上昇が止まらず10年ものが3%を越えたりすると、債券システム全体の危機になってしまう。それは、株価暴落よりはるかに危険なことだ。米国債は、米国主導の世界の金融システムの根幹に地位するものだからだ。いったん金融システムが壊れるともう元に戻らない(リーマン危機後、債券システムの一部が壊れたままで、それを中銀群のQEによる資金供給で穴埋めしてきた)。 (Quantitative easing's return sends bond yields soaring

3月16日からの今週やその次の週に、長期米国債の金利上昇が止まれば、それは中銀群のQEやPOMOといった資金注入の政策に効果があり、金融市場が中銀群によって延命させてもらう従来の体制がまだ生きていることになる。だが、今後も米国債金利の上昇が続くと、それは「あり得ないこと」の発生であり、人類の金融システム・米国金融覇権体制の終焉になる可能性が高くなる。 (NY Fed Announces Emergency QE, Will Buy $37BN In Bonds; Yields Tumble

長期米国債の不気味な金利上昇の理由として考えられることは、ウイルス危機が米国に波及し、急激な不況入りによって、米国の企業や金融機関が米国債でなくドル現金を保有したがっていることだ。売上金の穴埋め、借金の返済、給料の支払い、仕入れ金の決済、預金の払い出しなどに、突如として巨額の現金が必要になっている。米国は1月以来、軍産マスコミとトランプの両方が、ウイルス危機の米国への波及を過小評価し続けてきた。企業や金融機関、一般国民の備えがなく、先週あたりから突然のウイルスパニックになり、経済活動が急停止し、株価が暴落し、買い物客が殺到してスーパーの棚が空になり、トランプが非常事態を宣言する事態になっている。 (Six Weeks After Dalio's "Cash Is Trash", Cash Sees Biggest Inflow In History

この事態の中で、ドル現金への需要が急増し、銀行間の融資市場(レポ市場)で資金が枯渇し、米連銀(FRB)が巨額の資金を注入しても枯渇状態があまり改善せず、為替は円安ドル高になり、米国債を含む債券と株から資金が流出(現金化)する事態が起きている。米国の企業は一般に、日本や欧州の企業よりも負債漬けの状態だ。融資や起債といった負債生成は信用に依存しており、パニックで相互信用が崩壊した場合の経済崩壊のひどさは、負債が多いほどひどくなる。米国でのウイルス危機のパニック的な発生過程と、米国企業が借金漬けであることが、今回の金融システムの危機をひどいものにしている。国際金融システムは世界的な存在であるが、米国が中心だし債券発行残高も米国が圧倒的に多いので、米国がパニックになると世界がパニックになる。 (Dollar swaps blow out in sign of mounting funding stresses

今後、世界の株価は再び暴落する。株価は先週末に異様に反騰したが、これは大きな暴落の過程で起きる一つの局面だ。過去の大きな暴落を見ると、いったん暴落したあと急反発し、その後また暴落している。今回もそれだろう。今回の暴落が始まったころ「米連銀など中銀群は、40%ぐらいの株価の下落を許容し、その後はQEなどの資金注入の再強化で下落を止め、横ばいや再上昇にもっていくのでないか」といった予測を見た。現時点で世界の株価は1月の最高値から30%ほど下落している。予測が正しいなら、株価の下落はあと10%になる。 (Market Will Go Down 40% – Charles Nenner) (Fed to Inject $1.5 Trillion in Bid to Prevent ‘Unusual Disruptions’ in Markets

だが、すでに米連銀の資金注入策は効かなくなっている可能性が高い。米連銀は先週、米国債の金利上昇を止めるため、造幣による米国債の買い支えであるQEを3月13日に再開したものの、米国債の金利上昇を止められなかった。今週や来週、QEで買い支えても米国債の金利上昇が続く場合、もうQEが効かなくなっていることが確定してしまう。QEは、中銀群の伝家の宝刀、最強なはずの最後の頼みの綱だった。QEが効かないなら、金融システムは「おしまい」だ。株や債券の崩壊に歯止めがかけられなくなる。先週が例外的なパニックだったなら、今週以降、事態が少し落ち着いて再びQEが効くようになるかもしれず、その点が注目だ。 (Federal Reserve Accelerates Treasury Purchases to Address Market Strains) (What is causing such fear in the US Treasuries market?

QEが効いたとしても、ウイルス危機による実体経済の世界的な停止状態はまだまだ続く。だれもリスクを取りたくない状態が続く。企業活動の停止が続くと、企業は資金が足りなくなり、起債した社債を償還できず破綻・デフォルトし、それが連鎖して社債市場のシステム危機が起きる。実体経済の復活の見通しが全くないので、社債市場の崩壊はほぼ不可避だ。これまで株価の上昇は、企業や金融機関が債券発行して作った資金で株を買って実現してきた。社債市場が崩壊すると、株を買う資金もなくなり、株価はさらに暴落する。 (This Wasn't Supposed To Happen: FRA/OIS Explodes Higher After Fed's "Bazooka Repos" Misfire

中銀群が破綻しそうな債券をQEで買い支えて社債市場の見かけ上の崩壊を防いで延命するやり方がリーマン以来行われてきた。今後、中銀軍が上限額なしで挺身的に社債市場を延命させることに成功するなら「債券と株のすべてを中銀群が購入・保有する」というとんでもないやり方で、世界の金融システムを維持しうる。これは以前の記事にも書いた。最終的な延命策はそれしかないが、それが可能なのかどうか。ジャンク債の平均的な利回りは先週、危険水準の8%を越えた。社債の危険さを示すCDSの数値(債券破綻に備える保険の料率)も急騰している。すでに債券システムはリーマン危機と同程度の崩壊寸前な状態だ。 (Cost of US corporate default protection soars

QEと並んで利下げも、中銀群の伝家の宝刀だったが、利下げもすでに効かない政策になっている。米連銀は3月3日に0.5%という、従来の常識(0.25%が普通)だと大胆といえる下げ幅の利下げを挙行したが、ほとんど効果がなかった。実体経済の需要が少し減るという従来型の景気悪化なら利下げが効くが、今回のように突然の需要の急減・事業の急停止には利下げが効かない。FTやWSJもそう書いている。金利が安くても、だれも事業を拡大しない。今週か来週、米連銀は再度の利下げをすると予測されている。0.75%とか1%とか、前回よりさらに大胆な下げ幅になりそうだ。だがほぼ間違いなく、次の利下げも効かない。3月中に、米連銀など中銀群は、QEと利下げという2本の伝家の宝刀のいずれもが効果を失っていることを露呈し、弾切れの状態になるかもしれない。利下げはもう無意味だ。QEが効くかどうかだ。 (Markets contemplate a future in which stimulus does not work) (Investors fear that monetary easing is losing its potency

米国では、民間銀行間の相互不信もひどくなっている。銀行間の相互不信を示す数値(金利差)であるFRA-OISの数値が急上昇している。他行から資金を借りられない銀行のために、米連銀が3月13日に銀行間融資のレポ市場での資金供給を1.5兆ドルから5兆ドルに急拡大したが、それでも用意した資金が足りなかった。銀行はどこも巨額の債権・債券を持っており、企業が連鎖破綻すると銀行も破綻する。銀行間の相互不信の悪化はリーマン時と同様だ。 (Why It Matters That the FRA-OIS Spread Is Widening) (Something Is Breaking: Fed Fails To Ease Epic Dollar Shortage As FRA/OIS Goes Parabolic

先週は金相場も暴落した。金地金は、ドルや債券システムの究極のライバルであり、債券システムが崩壊しているのだからドルから地金に巨額の資金が移動して金相場が高騰するのが自然だ。だが現実は違う金相場では、先物を使って中銀群(たぶん日銀の担当)が相場を下落させる「ライバル潰し」の策が何年も行われており、今回の債券危機でも、地金への資金流出を止めるため、中銀群が金相場を暴落させている。今週はさらに金相場が続落するかもしれない。金が再反騰するのは、中銀群が米国債の金利上昇を止められない事態になった後だろう。投資家が米国債まで見放すと、それはドル崩壊であり、あとは金地金しか価値の保有道具がなくなる。 (Even The Most Powerful Central Banks Cannot Save Us

金地金と同時にビットコインも下がっている。これも、ドルでない備蓄物を求める投資家の動きを止めるための中銀群の策略だろう。危機はまだまだ続く。



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