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金融危機を無視する金融界

2019年9月20日   田中 宇

米国の金融システムが、隠されたかたちで危機の様相を強めている。金融危機がいつ顕在化しても不思議でない。具体的には、今週起きているレポ金利の高騰と、先週起きたクァント崩壊だ。いずれもリーマン危機で起きたことが10年後の今、繰り返されている。米連銀と、金融界やマスコミの大半は、今起きている危険な事態を無視・軽視している。今回は主にレポ金利高騰について書いていく。 (Fed Chair Powell Explains Why He Ignored The Biggest Liquidity Crisis In Over A Decade) (What’s Wrong With the Repo Market?

9月16日から3営業日連続で、米国の銀行間の短期金融市場(レポ市場)が混乱している。レポ市場は、資金が足りない銀行が、余裕のある銀行から、米国債などを担保に短期的に資金を借りる市場で、その金利の利率(レポ金利)は通常、米連銀(FRB)の短期金利(FF金利)の利率(9月18日の利下げ前は2ー2・25%)に準じる。FF金利は、銀行が連銀に預けておく法定準備金(フェデラルファンド、FF)につけられる金利(無担保)だ。レポ金利は有担保(そのぶん低リスク)なので、通常FF金利より少し低い。だが9月16日以降、レポ金利がFF金利を大幅に上回り、一時は10%まで高騰してしまった。連銀は17日以降、20日までの4日連続で資金供給の介入(米国債などを担保に銀行に資金を貸すこと。公開市場操作)を行ってレポ金利を下げたが、それでもFF金利の上限を上回る状態が続いている。連銀の、金利を動かす機能が麻痺していると指摘されている。連銀がレポ市場に介入したのはリーマン危機時の08年以来、約10年ぶりだ。 (Fed Funds Prints 2.25%, Breaching Target Range, As IOER Spread Explodes) (The repo markets mystery reminds us that we are flying blind

レポ金利がFF金利を上回った理由は「テクニカルなもの」であり、信用不安など危険な状態につながるものでない、と「専門家」たちがマスコミでしたり顔で語っている。ちょうど米企業の納税期限で資金不足になったからとか、米国債の入札で資金がそちらに取られたからとか、月曜日に日本が休日(敬老の日)で日本からの資金供給がなかったから、などの理由が語られている。しかし、その手のちょっとしたきっかけで、米国の金融システムの根幹でリーマン危機以来の金利高騰が起きてしまう状態なら、それ自体がとても危険だ。レポ金利の高騰は、一時的であっても、米国の銀行どうしが相互に信用できなくなっていることを示している。前回レポ金利が高騰した後は、銀行間の信用失墜が拡大し、ベアスターンズやリーマンブラザーズ、モルガンスタンレーなどの投資銀行が次々と潰れていくリーマン危機に発展した。レポ金利の高騰はとても怖い話だ。それを権威筋が「テクニカルなもの」として無視・軽視していることが、逆に「やっぱり危険なことなんだな」と思わせてしまう。 (Bank Reserves: What Are They and Why a Shortage Is Roiling a Key Interest Rate) (NY Fed To Conduct Third Consecutive Repo Operation On Thursday At 8:15am

レポ金利高騰の一因として、米国債の発行増加による市中からの資金吸い上げで、ドル不足が起きていることがある。トランプ政権は、財政赤字を急拡大して米政府の支出を増やして景気テコ入れをしており、今年度(昨年10月から)の米政府の財政赤字は、前年比2割以上増え、すでに1兆ドルを超えた。トランプは民主党と談合し、これまで財政赤字増加を阻止してきた赤字上限の規則を今年7月に撤廃し、赤字を急増(米国債の発行を急増)させている。米国債の増発は、そのぶん市場から資金を吸い上げる(国債を発行してドルを受け取る)ので、短資市場が資金不足になる。米政府は、金利低下傾向に乗って新たに50年もの国債の発行を検討するなど、今後も財政赤字を増やす予定なので、市場の資金不足は悪化する一方だ。米連銀は、短資市場への資金供給をやめられない。 (Here are 5 things to know about the recent repo market operations) (US Budget Deficit Hits $1 Trillion With One More Month Left In The Fiscal Year) (Trump Announces Two-Year Budget Deal That Will Handle Debt Ceiling "With No Poison Pills"

世界的な金利低下・マイナス金利化が予測される中で、銀行の収益の根幹である利ざや(預金金利と貸付金利の差)は縮小し続けている。利ざやが減り続けると、銀行は中小から順番に経営難に陥る。それがわかっているので、銀行業界は、同業他社に融資したくない。レポ市場のリスクは潜在的に高まり、融資の金利がいつ再高騰してもおかしくない。そんななか、中央銀行である連銀が銀行に金を貸す市場介入を始めた。借り手の銀行は、いつ金利が上がるかわからない同業他社より、金利を上げないとわかっている連銀から借りたい。他行でなく連銀から借りたい銀行が急増し、連銀は、短期間のつもりで始めたレポ市場への介入をやめられなくなる可能性が増えている。今回の連銀の公開市場操作(OMO)は、長期化して「恒久公開市場操作(POMO)」の政策になりそうだと分析者たちから指摘されている。 (Federal Reserve intervenes for third day to ease market strains) (Nomura Exposes The Fed's Imminent "Mega-Shift" - Beware Quad Witch & "Untethered" Markets

POMOは、米連銀がドルを増刷して市場にある米国債などの債券を買い取る行為(短期なら買い戻し条件つきの融資だが、長期だと国債の買い取りになる)であり、これはQEと同じことになる。POMOはQEである。これから第2四半期末・米政府予算年度末である9月末になり、企業から民間銀行への資金需要が増えるので、米連銀のレポ市場介入の必要性が増す。その後は年末に近づき、資金需要が多いままだ。OMOはPOMOつまりQEになっていく。米連銀は、すでにQE再開への道を歩んでいることになる。米連銀は10月末の会合で、11月からのQE再開を決めるのでないかと予測する報道が出ているが、それはすでに行われているレポ市場への介入(OMO)が恒久化してPOMO=QEになるのを(QEと名づけないものの)正式に追認するのが10月末ということだ。 (Fed Will Weigh Resuming Balance Sheet Growth at October Meeting) (The Fed Will Restart QE In November: This Is How It Will Do It

米連銀は今回、QE再開への道がほぼ確定した。だが、利下げを決めた9月17日の政策会合(FOMC)での演説で、パウエル連銀議長は、レポ金利の高騰と連銀の介入について何も語らなかった。米国の金融システムの根幹にあるレポ市場で危機が起きて政策転換(実質的なQE再開)につながる対策(市場介入)をやっているのに、そのことを連銀は公式な場で全く語ろうとせず、危機など起きていないかのように無視している。マスコミ(米金融界の傀儡)も、レポ金利の高騰は季節要因であり心配ないと報じている。ステルス的に金融危機が起きている。これは異様だ。 (Fed Chairman Jerome Powell Masters the Art of Saying Nothing) (Wall Street Is Buzzing About Repo Rates. Here’s Why

連銀は、今回やり出したQEの再開を、QEという名前で呼ばれたくない。その理由は、QEは出口のない政策で、いったん手を染めたら破綻(バブル崩壊、信用失墜)するまで拡大していくしかなく、脱却できない中毒性の危険な政策であると知られているからだ。米連銀はリーマン危機後の金融バブル維持のため09ー14年にQEをやり、連銀がQEで債券(=潜在的な不良債権)を買い込んで不健全な状態になったため、日本とEUの中央銀行にQEを肩代わりさせ、米連銀自身は債券を放出して再健全化を模索した。だが今、日欧のQEが限界に達し、米連銀もQEを再開せざるを得ない状態になっている(欧州中銀が先日「恒久的なQE再開」を決めたが、以前から債券買い取りの上限規制があるので、実のところ欧州中銀は9-12カ月しかQEを続けられない。笑、である)。米連銀はQEを再開せざるを得ないが、QEは悪政なので「QEを再開した」とは報じられたなくない。だから(P)OMOとしてやっている。 (Fed loses control of its own interest rate as it cut rates — ‘This just doesn’t look good’) (Federal Funds) ("So Much For Infinity QE": Draghi Fumbles As Market Realizes ECB Can Only Do QE For 12 Months

トランプは、パウエルの連銀に、QEやゼロ金利策を再開させたい。トランプは、連銀が9月17日に0・25%しか利下げしなかったのでパウエルを猛烈に批判した。トランプが連銀にQEやゼロ金利策をやらせたい理由は、表層的に考えると「その方が株価の高値やバブル膨張が維持され、トランプ自身の再選につながるから」だが、深層的に考えると「ドルの自滅と米国の覇権喪失、世界の多極化、軍産支配の終わりにつながるから」だ。トランプのほか、バブル膨張に乗って短期的に儲けたい(長期的なドル崩壊の前に売り抜ける)近視眼な金融筋も、QEやゼロ金利の再開を歓迎する。トランプは、そうした近視眼な金融筋と組んで、銀行間の短資市場の金利高騰をあおり、連銀がPOMO=QEを再開せざるを得ない状況を醸成したとも考えられる。 (Federal Reserve intervention in repo market a step towards more QE) (Very Divided FOMC Cuts Rates As Expected, Fails To Address Liquidity Crisis, Sees No More 2019 Cuts

事態はすでに史上最大のバブル膨張なのだから、銀行間や金融市場内の相互不信をあおるのは簡単だ。リーマンブラザーズも、金融界の相互不信を扇動された際の犠牲になって潰れた。今回パウエルは、ドルを自滅させたいトランプの隠れ多極主義戦略に乗せられたくないので、せめてもの抵抗として、レポ市場の危機について無視したり、QEという名称を使わないようにしていると考えられる。しかし最近、それまでものすごく低かった長期米国債の金利が上昇に転じる(中国など非米側が米国債を買わなくなっている)など、金融バブルの維持はしだいに難しくなっており、連銀はQEやゼロ金利策を再開していかざるを得ない傾向だ。 (Peter Schiff: Why The Fed Won't Be Able To Rescue The Economy This Time Around) (Federal Reserve cuts rates as policymaker splits deepen) (米金融界が米国をつぶす

レポ金利高騰の前週には、人工知能を使って市場関係者たちが発する無数の言説を分析し、どの銘柄がどう取り引きされそうかを予測して投資する「量的投資戦略(QIS、クァント)」の資金が、リーマン危機時の09年以来の不可解な大暴落を喫し「クァント激震(Quant Quake)」と呼ばれる事態が起きた。クァントの投資手法は「間違うはずがない」と言われ、リーマン危機前に大儲けしていたが09年に壊滅、その後復活して11年ごろから再び大儲けになり「改良されたのでもう間違うはずがない」と豪語されていたが、先週再び壊滅した。株価は全体的に高値が続いているが、クァントのポートフォリオは大損した。リーマン危機時と今回、繰り返されたクァントの不可解な大損失は、その後のレポ金利の高騰と合わせ、今の事態がリーマン危機前に似ていることを示唆している。 (Wall Street Races to Figure Out If the Quant Stock Shock Is Over) (Drop in hot stocks stirs memories of ‘quant quake’) (Goldman Warns 'Quant Quake' Marks The End Of Momentum Rally, Not A Buying Opportunity

債券や株式、米連銀のドルシステムが崩壊していくと、それと反比例して、ドルの究極のライバルである金地金の価値が増えていく。長期的に見るとそうなる。6月の連銀の前回の利下げ後の金融混乱を受けて、金相場が急騰し始めた。だがこの2週間ほど、金相場は上昇しようとするたびに激しい売りを浴びせられて反落し、上昇が抑えられている。これは、QE再開に近づいていくドルのシステムで作られた資金が、金先物の売りとなって金相場を押し下げるドル防衛策を展開しているのだろう。金相場は一時的にさらに下がるかもしれないが、長期的にはドルの側がQE再開とその後の行き詰まりに至り、ドルの崩壊と地金の価値増大になる。それまでの期間の長さ(ドル延命期の残りの長さ)が、数週間なのか数年なのかはわからない。 (Schiff: The Next Crash Will Bring Down The Fiat Money System

金地金関連で見ると、トランプ傘下の米司法省が最近、JPモルガンなど大手金融機関による金相場の不正操作について捜査を進めていることも興味深い。司法省が厳しく捜査するほど、金融界(ドル側)による、ドル延命のための金相場の抑圧作戦がやりにくくなり、延命策が尽きてドル崩壊が早まる。米覇権の解体を進めるトランプが、配下のバー司法長官に金相場の不正操作を取り締まらせ、ドル崩壊を早めている、と考えることができる。 ("Abject Corruption" - Exposing The Financial-Political-Complex Protecting Its Own In The Gold Manipulation Maelstrom) (Regulators Expand Already Massive Precious Metals Manipulation Probe To Other Markets



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