米国の覇権を抑止し始める中露2019年6月13日 田中 宇6月はじめ、中国の習近平がロシアを訪問してプーチンと話し合った。中露は「トランプの米国が覇権国の特権を乱用し、中国など世界各国にWTO違反の不正な貿易戦争をふっかけたり、イランやロシアなどに濡れ衣的なドル送金禁止の不当な経済制裁を行ったりして、世界に害悪を及ぼしている。そのため中露が協力して米国を抑止していくことにした」という方針を共同で打ち出した。 (Russia-China: A Strategic Alliance For The 21st Century) トランプの米国が中国を脅威とみなして貿易・経済中心の新冷戦を開始したため、習近平の中国は、これまでの対米協調路線をあきらめ、以前から米国に対抗する姿勢が強かったプーチンのロシアと協力して米国に立ち向かう姿勢を強めた。そのあらわれが、今回の習近平の訪露と共同声明だった。中国は前からロシアと仲が良かったが、これまで中国はロシアより親米的な傾向が強く、中露間には対米姿勢の温度差があった。ロシアは中国より経済が弱いという不均衡もあり、中露が結束して米国覇権を倒す構図は、現実味が今ひとつだった。 (China-Russia Partnership Threatens US Global Hegemony) 中露が結束を強めても、それで米国の覇権を倒せるわけではない。たとえば、世界最大の米国債保有国である中国が、米国債を一挙に売れば、米国の経済覇権の根幹に位置する米国債市場が崩壊する、といった見方が以前からあるが、現実には、中国が米国債を大量売りしても、米国の連銀と金融界が資金を大量発行して買い支えて崩壊を防ぐ。中国が米国債を大放出して米国覇権を潰せるとしたら、その時期は今年でない。もっと先の、米連銀が再利下げやQEをやり尽くして行き詰まった後の最後の一撃としてだ。中露は、ドルでなく双方の自国通貨を使った貿易体制を拡大しているが、それはドルを潰す攻撃策でなく、ドル(米国による経済制裁)によって潰されるのを避ける防御策だ。 (Russia's Best Defense Against America's Pressure Strategy May Be China) (Zarif says dollar must be ditched to strip US of economic sway) 今回、状況が変わった点は、中露の強さでなく、中露以外の世界とくに米同盟諸国が、貿易戦争や濡れ衣イラン敵視などトランプの無茶苦茶に愛想を尽かし、これまで敵視・軽視してきた中露と協力して「米国抜きの世界」を作っていかざるを得なくなったことだ。トランプの無茶苦茶は覇権放棄・多極化が目的の意図的なものなので、これはトランプの意図通りの結果だ。米国が邪険な態度をとって同盟諸国を中露の方に押しやり、中露を結束・台頭させている。 (Trump Mixes Economic and National Security, Plunging the U.S. into Multiple Fights) メキシコやカナダは、大した理由もなくNAFTAの自由貿易協定を反故にされ、今回またメキシコに厳しい移民流出防止策を強要し、メキシコ政府が国境の取り締まりを強化したので、トランプはとりあえず懲罰関税を棚上げした。メキシコへの懲罰関税は米経済にとって打撃になるので、米国の財界や議会に猛反対されており、棚上げの真の理由はメキシコ政府の対応でなく米国内の猛反対だ。貿易を人質に、移民対策をメキシコに強要したトランプのやり方に対し、WTOの元事務局長のパスカル・ラミーが「あきらかにWTO違反だ」とトランプを批判した。戦後の米覇権体制の一環として作られたWTOの元トップが公然と米国を批判し始めたこと自体、米覇権体制の崩壊を示している。 (Ex-WTO chief Pascal Lamy calls Donald Trump’s migration deal with Mexico a win for ‘hostage taking’) トランプの米国がWTOからの批判を無視し、自由貿易体制をないがしろにして世界各国に貿易戦争を挑んでいるのと対照的に、中国やロシアは昨年来、自由貿易が大事だと宣言し続け、国益を理由に保護主義の姿勢をとる米国を批判し続けている。米国は、覇権国である強さを使って同盟諸国や非米諸国に高圧的な姿勢を取り続けているが、対照的に中国やロシアは互恵主義の外交姿勢をとっている。 (With Mexico deal done, US urges China to resume trade talks) 中露の外交も、ずる賢さや百倍返し的な部分がある。日本人など西側の人々は中露に過剰な不信感を持つように教育されており「中露=悪」の呪縛がある。だがトランプになってからの米国と、中露とを比べると、米国の方が他国に対して高圧的な覇権主義の態度をとっている。米国との対照性から、中露が「まともなことを言う国々」として見えるようになっている。その傾向は、同盟諸国の外交界全体で強まっている。 (Trade War Backfires On US Hegemony: China May Shift Production To Russia) (中国当局が、犯罪容疑者を香港から大陸に移送する新体制を作ろうとしていることに、香港の人々が猛反対して巨大なデモ行進をしている。「自由主義・民主主義の香港」から「共産主義・1党独裁の中国」への容疑者移送が人権侵害になると懸念されている。だが中国側から見ると香港は「祖国に回収されつつある英国の植民地」であり「人権を口実に、元宗主国の英国など列強の植民地主義者たちが、中国による香港の回収を妨害しようとしている」という話になる。米国が台湾を軍事的に助けている問題も同様に「内戦に対する列強の干渉」となる。隠れ多極主義者として中共を制裁することでこっそり支援してきたトランプは、香港のデモ行進に対して無関心を装った) (Donald Trump expresses confidence that despite massive protests over extradition bill, Hong Kong and Beijing can ‘work it out’) カナダやメキシコ、EU諸国、インド、日本、豪州、パキスタン、エジプト、トルコなどの同盟諸国は、いずれもトランプの米国から、経済もしくは安保の面で邪険にされている。同盟諸国は、トランプになって米国から大事にしてもらえる度合いがぐんと下がった。米国は従来、覇権国の責務を守って同盟諸国に経済的、安保的な恩恵を気前よく与え続けてきたが、冷戦後しだいに気前が悪くなり、トランプになってそれが一気に加速した。今回のトランプの「貿易世界大戦」の始まりは、米国が覇権国として責務を切り捨てること(=覇権放棄)になっていく。 (トランプが捨てた国連を拾って乗っ取る中国) 今回の中露の結束誇示は「トランプが米国の覇権を放棄するなら、中露が米国以外の主要諸国を誘って、経済と安保の両面で、米国抜きの国際協調的な新世界秩序(多極型覇権体制)を作ろうじゃないか」という宣言であると感じられる。経済面では今後、米国から経済制裁や懲罰関税を課せられる諸国に対し、中国(やロシア)が「対米従属の経済構造をあきらめてこっち側と協力しませんか」と誘う傾向が増すだろう。中国は、独自の地域覇権体制である一帯一路の事業を活用して諸国を勧誘している。 (習近平を強める米中新冷戦) プーチンは今回、米欧日中銀群がドル覇権延命のために続けてきたQE策の不健全さを指摘するとともに、世界経済は金融バブルの膨張がひどいが(中国など)実体経済は成長しているのでバブルがきちんと処理されれば良い状況になると言っている。 (Putin states crisis of world economic relations) WTO、IMF世銀など、もともと米覇権の世界経済体制の維持運営のために作られた国際機関は今後、トランプから邪険にされて米国に頼れなくなる分、中露との協調を強めていく。この傾向は最近始まったものでなく、08年のリーマン危機で基軸通貨としてのドルの地位低下が顕在化し始めた時、世界の経済問題を話し合う最高機関が米国主導のG7から多極型のG20へと移行し、IMF世銀など国際機関が米国の傘下からG20の傘下に移転した時からのものだ。 (G20は世界政府になる) 安保面では、イラン核問題、パレスチナの中東和平問題、北朝鮮核問題、ベネズエラ問題、シリアやリビアの内戦といった紛争解決の主導役を、米国に任せず中露が手がける傾向が増すだろう。 (The Next Stage Of The Engineered Global Economic Reset Has Arrived) イラン核問題では、トランプ政権が「イランを先制攻撃して潰す」という戦争策と「イランと交渉して核協定を結び直す」という融和策の間を行き来して(わざと)混乱して見せているので、露中がそこにつけこんでイラン核問題の主導役を横取りできる状況だ。ロシアはシリア問題など安保面でイランと親しく、中国も経済面でイランと親しいので、イランは露中の言うことならよく聞く。 (Russia's president backs JCPOA, rejects what's being done against Iran) (Trump’s Conflicting Messages on Iran Confuse European Allies) もともとイラン核問題は、米国(過激化した軍産)が、核兵器を開発していないイランに核兵器開発の無根拠な濡れ衣をかけて先制攻撃するぞと言い続けたため、困った英国(軍産内の穏健派)やEU、露中が米国の濡れ衣構造につきあいつつイランを説得して民生用の原子力開発を少し制限してもらって「解決」したふりの形式を作って核協定(JCPOA)を結んだ。しかし今トランプはJCPOAを離脱しつつ、米国の国際信用を意図的に失墜させている。露中にとって、無茶苦茶で覇権も低下している米国につきあうより、米国を無視して新体制を作ってイランを国際社会に戻してやる方が早道になっている。 (Pressure won’t work with Iran: Former CIA chief Brennan) 米国は「イランと取引する国には、米国との取引や、ドル建ての国際取引を禁止する制裁を課す」と言っており、トランプはこの姿勢をやめないだろう。この制裁の脅しがあるので、EUは米国を無視し露中と組んでイラン問題を独自解決していけない。露中は、自分たちの影響圏内・非米諸国側でドル決済を減らして人民元などの決済で代替していき、それが確立したらEUも誘って入れ、ドル決済制裁を使った米国の脅し戦略を無効にしようとしている。 (イランの自信増大と変化) トランプの対中貿易戦争を受け、米国などの銀行が最近、中国の企業にドル建ての融資をしなくなっている。中国の銀行は、自国民が元をドルに換金する場合の上限額を引き下げている。中国は、外からと内からの両方で、ドル離れの流れを作っている。ロシアも似た傾向だ。今は資金難で大変だが、いずれ米国が金融危機になると、危機が中露に飛び火・共倒れしにくいという利点に変わる。決済の非ドル化は、いずれ起きる「大洪水」的な国際金融危機を生き残るための「ノアの方舟」だ。いま非ドル化を嘲笑している人々は「溺死」する。 (Why is US dollar access so restrained in China as trade war rages on?) (「ドル後」の金本位制を意識し始めた米国と世界) 日本の安倍首相と、ドイツのマース外相が同時期にイランを相次いで訪問し、米国とイランの対立を仲裁しようとした。トランプもイランも頑固なので、いまさら日独が少し説得したところで何も変わらない。それは日独側もわかっている。日独の意図は、仲裁を口実にイランに接近し、イラン核問題の主導役が米国から露中に替わっていく中でドイツ(=EU)や日本が枠組みから外されることを防ぎ、石油ガスなど貿易関係も維持できるようにすることだ。日独は米同盟国なので「米国が主導権を失っている」と明言できない。そのため「イランを説得しに行く」と言っている。日独も、表向き「大洪水なんておきるわけない」と言いつつ、こっそり方舟に接近している。 (German foreign minister headed to Iran to save nuclear deal) パレスチナの中東和平も、トランプがパレスチナ国家の存在をほとんど認めず、現状の西岸の占領状態を公式・合法なものに変えるだけの、イスラエルの言い分を最大限に盛り込んだ「世紀の和平案」を発表しようとしている。トランプ和平案の存在は以前から知られていたが、さいきん内容が確定的にわかってきて、サウジアラビア以外の中東・イスラム諸国の多くが「これは和平案でなく、不法な占領の現状の追認でしかない」と言って反対表明を強めている。 (In message to Muslim leaders, Rouhani calls for unity against Trump's Mideast plan) 今のオスロ合意に基づくパレスチナの中東和平は、冷戦終結時に米国が本気でまとめるつもりで提案したが、そのあと911後にかけてイスラエル系の政治勢力が米国への支配を強めて米政界を傀儡化し、中東和平は「米国が和平締結に向けて努力するふりを演じるだけで決して締結されず、イスラエルの西岸占領の非公式な永続化の基盤になるもの」と化していた。トランプは、この裏表のある構造を破壊し、西岸占領の永続を公式化するための新たな和平案を打ち出し、アラブイスラム諸国の総スカンを食っている。MbS皇太子のサウジはトランプにつきあう愚策をおかし、悪者になっている。 (Israel has right to annex parts of occupied West Bank: US ambassador) イスラエルの西岸占領の公式化を認めて悪者になっている米サウジと対照的に、露中やイラン、エジプトなどイスラム諸国は従来型のパレスチナ国家の創設を目標に掲げ続け、正義の側に立つ傾向を増している。EUや英豪日もパレスチナ国家にこだわっており、露中と同じ立場だ。トランプの中東和平案は、EU英豪日を露中イランに近づけ、米イスラエルやサウジを悪者にする多極化策になっている。今後しばらく膠着状態が続くが、いずれ米国覇権がさらに低下していくと、イスラエルは従来の後ろ盾を失って露中に仲裁を頼まざるを得なくなる。オスロ合意型のパレスチナ国家創設がいずれ再び俎上にのぼる。露中が中東和平の締結に成功すると、中東の覇権は米国から露中の側に移る。EUは、どこかの時点で露中に合流していく。 (Despite US pressure, expect regional players to phone in Manama meeting) イスラエルが9月にやり直し選挙をすることになったが、今から9月までの間に、中東和平に対する米国の影響力が低下し、露中の影響が増しそうだ。今回のやり直し選挙は、イスラエルとロシアのパイプ役であるリーベルマン元国防相が、自分の党を引き連れてネタニヤフの連立政権に入る入らないでもめた挙げ句に決まった。9月の再選挙は、中東和平の構造転換後になるので、4月の前回選挙と大きく異なる結果が出る可能性がある。 などなど、いずれの案件でも、トランプが無茶苦茶をやって米国が覇権を自ら引き下げ、その空白を埋める形で中国とロシアが、安保はロシア主導、経済は中国主導で仲裁役・集団的な覇権国になっていく。北朝鮮問題も、いずれ中露(ここは中国主導)が国連安保理で南北経済協力に関する部分の北制裁の一部緩和を提案して可決させる形で、いま膠着している事態を再び動かしていくと予測される。 (The Latest: Putin says North Korea needs guarantees) 米国に替わって中露が台頭していくと、日本も中露と関係強化していかざるを得ない。米国が世界を敵視し続けても、日本はそれに追随できなくなる。表向きは米国に追随する姿勢を維持しつつ、裏で米国が敵視する諸国との関係維持が必須になる。安倍のイラン訪問がその一例だ。ロシアとの北方領土問題の解決、北朝鮮との日朝和解も必要になる。安倍の日本は、すでに中国との関係が良い。世界経済における中国の存在が多くなるほど、日本は中国と協調するしかなくなる。 (多極化への寸止め続く北朝鮮問題) 今後、日本がロシア、北朝鮮と和平や関係強化をしていくと、中露北という、日本にとっての外国の脅威がすべてなくなり、米軍が日本に駐留し続ける安保的な意味が全くなくなってしまう。今後、日本が中露北との関係を改善するほど、日本の安保上の危険が低下し、米軍に頼らなくても自衛隊だけで十分を自国の防衛できるようになり、かねてから日韓の米軍を撤退したいと言っていたトランプの米国が、中露主導での北問題の解決を横目で見ながら、まず在韓、次いで在日の米軍を撤退させていく可能性が強まる。日本は、マスコミが何も報じず、国民が何も考えないまま、対米自立の方向に自然に追いやられていく。
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