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世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる

2019年5月10日   田中 宇

トランプ大統領の米国は、5月11日から中国の対米輸出品への懲罰関税を引き上げる。米国と中国の貿易交渉は今後も続けるので、正式な「交渉破談」ではないが、米国はしだいに中国に厳しい態度をとるようになっている。米中交渉の破談は世界的な株価の暴落を引き起こすので、トランプは、正式な破談を宣言しないものの、かねてからやりたかった経済面の中国敵視を強めている。この傾向は今後さらに強まる。 (Trump says tariffs an 'excellent' alternative to China deal) (Trump Says China Tariffs Will Increase as Trade Deal Hangs in the Balance

トランプ以前の米国は、軍事外交面で、南シナ海や台湾、チベット、共産党一党独裁などの問題を口実に中国を敵視する一方で、経済面は、米企業の儲けを増やし米国債を買い支えてくれる中国を大事にし、自由貿易関係を維持してきた。米中関係は「政冷経熱」の傾向だった。トランプは、従来の体制を破壊し、経済面で、中国のホアウェイなどネットワーク機器メーカーが米国の国家安全を脅かしているとか、中国の貿易慣行が不公正だと主張し始め、米国と同盟諸国が中国に対する経済面の不信感や敵視を強めるよう仕向けている。トランプは、米中を「新冷戦」の状態に追い込んでいる。 (East Asia’s decoupling

世界経済は冷戦後、米国を中心に世界が一体的な状態(米経済覇権体制)を続けてきた。トランプの「米中新冷戦」は、この一体性を壊し、世界経済から、中国とその影響下の国々を除外し、世界経済を米国側(米国と同盟諸国。米欧日など)と、中国側(中国と非米・反米諸国)とに二分(デカップリング)して、米国側が中国側を敵視する戦略だ。この戦略はトランプの気まぐれでなく、来年トランプが大統領に再選された後までずっと続く。トランプが、中国ときちんとした貿易協定を結んで米中が和解することは今後もない。逆に、米国の経済面の中国敵視が強まっていく可能性が非常に高い。 (Bannon: We're In An Economic War With China. It's Futile To Compromise) (Day one of decoupling? The uneasy future of U.S.-China relations

トランプの対中姿勢は表向き、米国のライバルで、一党独裁や人権侵害の問題を抱えている中国を経済制裁して封じ込める戦略だ。だが「世界の工場」であり「世界最大の消費市場」になっていく中国は、すでに世界経済の多くの勢力にとって、関係を切ることができない重要な取引相手だ。中国は、今後ますます重要な存在になる。それがわかっているので、同盟諸国は、トランプから「中国との関係を切れ」と言われても切ることができない。 (Decoupling the US from Asia

トランプの米中新冷戦・世界経済の米中2分化は、始める前から失敗が運命づけられている。エリート系「専門家」からオルトメディアの分析者まで、みんながトランプの米中新冷戦は失敗すると忠告・警告しているが、トランプ政権は忠告を全く無視して米国と同盟諸国に中国との経済関係の断絶を強要してくる。 (US and China -- the great decoupling

トランプは、英国など、中国のホアウェイ製のネットワーク機器を使い続ける同盟諸国に対し「機密が中国に漏れる恐れがあるので、ホアウェイを排除しない限り、諜報機関どうしの機密情報の共有をやめる」と警告を繰り返している。諜報共有は、米国の同盟体制の根幹だ。これはトランプの「覇権放棄」策の一つだ。 (America's Global Financial War Strategy Is Escalating

加えてトランプは同盟諸国に、中国との関係を切れと言う一方で、米国との不平等条約的な貿易協定を結べと強要してくる。同盟諸国は、トランプに唯々諾々と従い続けると、経済面の国益がどんどん損なわれていく。今はまだ序の口だが、いずれトランプは、中国との関係を切らない同盟諸国を経済制裁するようになる。同盟諸国は、中国と米国のどちらか一方を選べと言われるようになる。 (As China Trade War Cools, Japan Braces for Its Clash With Trump) (中国でなく同盟諸国を痛める米中新冷戦

従来のように、米国が圧倒的に世界最大の金融立国である状態が続く限り、同盟諸国は、中国より米国を重視する姿勢を続ける。だが実のところ米国の金融は、史上最大の金融バブル膨張の状態であり、このバブルの維持には、中国や同盟諸国が米国の債券を買い支え、ドルを基軸通貨として貯め込んでくれてきた状態が必要だった。米国のバブル維持の基盤には、米中の良好な経済関係と、同盟諸国が米国に協力する覇権体制が必要だった。トランプは、これらを破壊している。 ("Fasten Your Seatbelt" - Here's What Happens Next In The US-China Trade War) (米中どちらかを選ばされるアジア諸国

今週から来週にかけて、トランプが中国に対する懲罰関税を強化すると、それが引き金になって米国中心の世界の株価が急落する可能性がある。トランプは最近、米連銀(FRB)に対し、これまでの金融引き締め姿勢をやめさせ、再緩和(再QE)に方向転換しろと圧力をかけ続けている。トランプは、中国への懲罰関税を強化して株価を意図的にいったん暴落させ、それによってFRBが再緩和への姿勢を強めざるを得ないように仕向けようとしている可能性もある。 (Peter Schiff: Did Trump Tank Stocks On Purpose To Force A Rate Cut?) (株はまだ上がる!?

今後しばらくは、いったん株が暴落しても、また上昇傾向に戻る。当面、FRBが再緩和していくことによる金融市場への資金供給が続き、バブルは維持される。だが、その効果が切れると、米国のバブル崩壊・リーマン危機の再来が起こる。次のバブル崩壊時には、中国や同盟諸国からのドルや米国債券に対する買い支えが期待できない。米日欧の中央銀行は、リーマン危機以来の金融バブル延命策(QE)で疲弊し、次のバブル崩壊時にほとんど救済策を打てない。次のバブル崩壊は、ドルや米国債といった米国の覇権体制の基盤を壊すものになる。 (米国の破綻は不可避

米国がバブル崩壊するなら、中国も同時に崩壊すると予測する人が多い。だが、米国がバブルを膨張させてきたこの数年間、中国は逆に自国のバブルを意図的に潰し続けてきた。中国当局がバブルを潰すので、中国がバブル状態であることが目立ち、中国を悪しざまに報じる傾向が強い米日などのマスコミが「中国はバブル崩壊している。もうダメだ」といった誇張報道を続けてきた。実際は、中国より米国の方がひどいバブル膨張の状態にある。米国のバブル崩壊は、中国にもある程度の悪影響を与えるが、中国の実体経済は再起できる。 (Trump’s China Brinksmanship) (中国の意図的なバブル崩壊

米国経済は金融(バブル)に偏重しており、消費以外の実体経済が脆弱だ。対照的に、中国は製造業など実体経済が豊かで、きたるべき米国のバブル崩壊後、世界経済の中心は中国(とその傘下の一帯諸国)の実体経済になっていく。米国のバブル崩壊のプロセスはおそらく、トランプ政権の2期目(2024年まで)から、その次の政権(28年まで)にかけて起きる。トランプは、意図的にこのプロセスを発生させている。 (ドルを犠牲にしつつバブルを延命させる

トランプの裏の意図は、世界経済を米中貿易戦争によって米国側と中国側に二分した後、巨大な金融バブルの崩壊を誘発して米国側を覇権ごと潰す一方、中国側の実体経済をできるだけ無傷で残すことで、米単独覇権体制とそれを動かしてきた軍産複合体を消失させ、世界の経済成長(バブルでない部分)を維持したまま覇権体制を多極化する「隠れ多極主義の戦略」にあると私は見ている。 (多極化の目的は世界の安定化と経済成長



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