米中どちらかを選ばされるアジア諸国2018年11月29日 田中 宇11月17日のAPECサミットを機に、日豪や東南アジアなどのアジア諸国は、従来の「米中アジアが一体として仲良くする体制」を破壊されて「米国と中国のどちらか一方を選ばされる体制」に追いやられた。シンガポールの李顯龍首相が、そう発言している。この追いやり・体制転換は、米国が引き起こしたものだ。中国は「米国とも日豪亜とも仲良くしたい」と言っている。日豪亜と中国は、喧嘩腰の米国から距離を置かざるを得ない。 (Singapore leader Lee Hsien Loong warns region may have to choose between China and US) ("It Will Be A Cold War": APEC Summit Ends In Unprecedented Chaos After Dramatic US-China Showdown) パプアニューギニア(PNG)でのAPECサミットは、共同声明の一文をめぐって中国と米国が鋭く対立した。米国は、共同声明文の中に「(APECは)不公正な貿易行為に反対する」「その方向でWTOを改革すべきだ」という、名指ししないが中国を批判する内容の2つの文を入れることを強く主張した。中国は、これに猛反対した。米中とも一歩も引かず、相互譲歩による解決・共同声明文の決定は不可能だった。APECの29年の歴史上初めて、共同声明なしのサミットとなった。代わりに、経緯を盛り込んだ議長声明をPNGが発表した。 (U.S.-China Divisions Exposed After One Phrase ‘Torpedoed’ Pacific Accord) 米中双方が、文案策定の担当である議長国のPNGに圧力をかけ、PNGは従来の覇権国である米国を優先した。中国代表団の中堅外交官たちが議長国であるPNGの外相を加圧・恫喝して警察沙汰になったと報じられている。だが中国は、PNGを始めとするアジア諸国(日豪亜)に対し、基本的にかなり気を使っている。トランプの米国が、喧嘩腰で身勝手で予測不能な外交態度をとっていることにつけこんで、中国は、融和的で気前の良い「良い国」を演じ、これまで対米従属だった日豪亜の諸国を自国の側に引き寄せようとしている。PNGでの警察沙汰の騒動は、そのような中国の基本姿勢(策略)に反している。 (‘Simply not true’: China rejects claims Apec diplomats tried to ‘barge’ in on PNG minister’s office to influence communique) 中国の外交官たちがPNG外相に詰め寄って悶着した挙句に警察官が呼ばれたのは事実だろうが、米欧日豪など対米従属諸国の政府やマスコミが、それを針小棒大に誇張して、中国に悪いイメージを貼りつけようとしたものだろう。PNG当局が、米国側からの要請で、中国を引っ掛けた可能性すらある。このように分析する私を「左翼」「中国のスパイ」扱いしたい人が多いかもしれないが、冷静に考えてほしい。アジア諸国に良い印象を持たれたい中国が、PNG当局者に対して荒っぽい言動をとりたいと考えていたはずはない。 (Papua New Guinea Stands up to China – For Now) トランプが今回のAPECにペンス副大統領を派遣して中国を攻撃させた目的は、私が見るところ、中国をやり込めることでない。中国をやり込めても、貿易紛争で中国を譲歩させることはできないし、アジアにおける中国の覇権拡大も阻止できない。日本も豪州も、いまや親中国である。トランプの目的は、中国をやり込めることでなく、日豪などアジアの同盟諸国に「米国と中国の両方と仲良くやっていくことは不可能だ」「米中と日豪亜の皆が一同に会して仲良くしたいという、日豪亜の希望は、米国に受け入れられない」と思い込ませることだ。 (日本と並んで多極化対応へ転換した豪州) (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) トランプ登場前なら、「米国と中国のどちらかを選べ」と米国に言われたら、アジア諸国は即座に「もちろん米国です」と、本心から答えただろう。だがトランプは大統領就任後、TPPを離脱したり、米豪の首脳関係をぎくしゃくさせたり、日本からの輸入品に懲罰関税をかけたり、日本が対米従属する際の重要な敵である北朝鮮との和解を模索したりした。アジア諸国は「米国に頼れないなら、中国と仲良くするしかない」と考える傾向を強め、習近平の覇権戦略である一帯一路に参加する姿勢になっている。トランプの覇権放棄に対する、アジア諸国の対応が定着してきた。アジア諸国は、トランプと中国の両方と仲良くするバランス戦略を模索している。 (No Deal With China Is the Best Deal for America) ところがトランプは今回、アジア諸国が米中両方をバランスする戦略に入ったことを見計らったかのように、APECに自分で来ないで「子供の使い」みたいなペンスを派遣してきて、杓子定規なキリスト教原理主義者のペンスに思い切り中国と喧嘩させた。これは、トランプの意図的な「いまさら戦略」である。仲の良い関係を破壊した挙句、相手が自分との関係をあきらめて他の人に接近していくと、そっちに行かず自分の言うことを聞けと怒り出す。人間社会にも、そのような人(ほとんど男性)は時々いて、それはその人の「直せない性格」だろうが、国家レベルでそれをやるのは、もっと意図的な「戦略」である。トランプは、欧州やアラブ諸国に対しても「米国とロシア(イラン)のどちらかを選べ」と言っている。トランプは意図的に、同盟諸国を困らせ、怒らせ、あきれさせている。 (Mike Pence's Faith-Based Foreign Policy) 「トランプが同盟諸国を困らせているのは、同盟諸国との関係を、もっと米国の得になるように再編したいからだ、日豪独韓サウジなどにもっと金を出させ、米国の取り分を増やしたいからだ」と解説する人がマスコミなどに多い。私から見ると、この見方は、覇権体制のデリケートさ、繊細さをわかっておらず間違いだ。覇権国である米国と、対米従属的な同盟諸国との関係は、繊細なものだ。同盟諸国の多くには、自国のナショナリズム(愛国心、民族主義)的な感情があり(日本以外??失笑)、米国が露骨に覇権を振りかざすと、各国の反米的なナショナリズムに火がつき、同盟関係(覇権システム)が壊れてしまう。 (The prospect of a “Trumpier” foreign policy) 同盟が壊れても、部分的な亀裂なら修復可能だが、今のトランプのように各国に次々に喧嘩を売ると、同盟システムが根底から不可逆的に壊れる。各国は、米国抜きの世界体制を模索する方向に動いている。現に今おきている傾向として、EUと日豪亜とアラブ諸国あたりが、中露との敵対をやめていくと、世界は、米国抜きの(多極型)体制に不可逆的に移行してしまう。 (The End of the American Order) トランプが同盟諸国との利益配分を再調整して米国に今より得をさせようと考えたのなら、もっと同盟関係の繊細さを踏まえてやらねばダメだ(各国の自決が尊重される世界体制になった戦後、繊細にやることが必要なったので、それまでの露骨な「大英帝国」のシステムでなく、隠然支配の「米国覇権」のシステムになっている)。就任直後ならまだしも、当選してから2年も経ったのに、いまだにトランプは乱暴な外交をやり続けている。これは、プロとして「未必の故意」だ。大統領として未熟だから間違って覇権放棄をやっているのでなく、未熟な乱暴者のふりをして、意図的に覇権放棄をやっているとしか思えない。 (トランプワールドの1年) 東南アジア諸国は以前から、そして日本と豪州は今年あたりから、中国への接近を強めている。トランプの乱暴な「未必の故意」的な覇権放棄策の結果として当然の現象だ。そして、日豪亜が中国と仲良くなったところで、一緒に中国を敵視しようぜと言って回る。日豪亜は、すでに中国と仲良くなっているので、「ふりだけ」の生半可な感じでしか米国の対中冷戦に乗れない。中国は、日豪亜がトランプの米中新冷戦に生半可にしか乗らないのを見て、ますます外交的な自信を持つ。貿易面ではすでに日豪亜とも、米国より中国の方が将来的に重要な相手先だ。トランプは日本などからの輸入に懲罰関税をかけるなど自由貿易を否定しているが、習近平は日豪亜と一緒に自由貿易を守りたがっている。トランプは、対中冷戦を遅すぎるタイミングで開始することで、むしろ中国の台頭を誘発している。 (トランプが捨てた国連を拾って乗っ取る中国) しかもトランプが今回アジアに派遣してきたのは、トランプに信用されていないペンス副大統領だ。ペンスは、トランプを敵視してきた軍産の出身だ。16年大統領選の共和党内の予備選でトランプが優勢になるまで、ペンスは他の候補を支持し、トランプを批判していた。トランプは、ペンスが米国のキリスト教原理主義の勢力を代表する政治家の一人(下院議員、州知事)だったので、共和党内の原理主義者たちに支持されたくて、ペンスを副大統領候補にした。だが、今やトランプは共和党を乗っ取って「トランプ党」にしているので、再選対策としてペンスを置いておく必要がもうない。20年の大統領選挙には、むしろ女性を副大統領候補に据え、トランプが不人気な女性たちの票を取り込みたい。本人は否定したが、国連大使を辞めるニッキー・ヘイリーらの名前が取り沙汰されたりした。 (Trump Isn’t Crazy to Question Mike Pence’s Loyalty) トランプは21-25年の2期目もやりそうだ。ペンスは、副大統領であり続けたい。トランプは、中間選挙後の記者会見で、次期大統領選挙について記者から尋ねられた時の答えとして、会見場の隅に座っていたペンスに向かって「マイク、君は私の副大統領候補になる気があるか?」といきなり尋ねた。ペンスが立ち上がって手を上げて「もちろんです」という感じでうなずくと、トランプは「わかった。そりゃ意外だな。でも、それ(一緒に立候補するということで)で良いよ」と発言した。トランプはこの発言で、もともと軍産(敵)のくせに何とか副大統領として残りたいと必死に忠誠っぽい感じをふりまいているペンスを茶化した。 (Is Mike Pence Loyal? Trump Is Asking, Despite His Recent Endorsement) ペンスは今回、トランプに外されかけた状態で、トランプに「米中冷戦の担当をしてくれ」と言われ、10月4日に「米中冷戦開始宣言」的な講演を放った。ペンスはその後、トランプに「アジアに行って中国を猛烈に非難するとともに、アジア諸国を中国敵視で束ねてこい」と言われ、アジアにやってきた。ペンスがトランプからアジア外交のやり方を任されたのなら、ペンスは、米中両方と仲良くしようとするアジア諸国の姿勢を容認し、やんわりした中国批判にとどめていた(それが軍産の戦略)だろう。だがペンスは今回、トランプの言いなりに中国敵視一本槍でやらねばならず、アジア諸国から見ると「とりつく島がない」「杓子定規」の状態だ。トランプは、友好と敵視の間で豹変する気まぐれさがあるが、ペンスは原理主義者の頑固さでいちずだ。 (Locked in a trade war, China and United States try to rally support in Asia) (Pence: "All-Out Cold War" Coming If China Doesn't Change Course; "We Won't Back Down") ペンスは今回、APECの集合写真撮影会での立ち話で、中国の李克強首相から「わが国はまだ発展途上国ですから(大目に見てくださいよ)」と言われ「(途上国だろうがなかろうが、不公正な貿易慣行は)変えなければいけないのは確かだ」とそっけなく言い返した。米中の2国間会談は行われなかった。ペンスは、平昌五輪の開会式にトランプの名代として派遣された時も、金与正ら北の代表団のすぐ脇にいながら、一言も言葉を交わさない頑迷ぶりだった。トランプなら「あんた美人だねえ」的な感じで金与正に接近して握手ぐらいしたかもしれない(笑)。トランプがペンスに自滅的な敵視(覇権放棄)策をやらせるのは、軍産に墓穴を掘らせるうまい演出だ。 (After Apec tensions, expect ‘extra pressure’ when Xi Jinping and Donald Trump meet) ペンスは今回、中国包囲網の一環として、APECの主催国となったPNGの電力網の整備を、米日豪NZの共同出資で行うことを決めた。中国がPNGのインフラ整備事業を手がけていることに、米アジア連合が対抗するという図式が喧伝されている。しかしこれも、中国がPNGで水力発電所などを作っていることを考えると、中国と米日豪が別々にPNGの電力インフラを作るのでなく、中国が作った水力発電所からの電力を、米日豪NZが作った送電網で配電するという、中国と米日豪NZの協力関係を強化することにしかならない。全く中国包囲網になっていない。この事業に、米国が何割出資するのかも決まっていない。トランプの海外支援嫌いからして、米国はほとんど金を出さない可能性がある。インドネシア新幹線など他の案件群と同様、中国と日豪NZが米国抜きで協力してアジアのインフラを整備するという構図になっていく。 (U.S.-China Divisions Exposed After One Phrase ‘Torpedoed’ Pacific Accord) 豪州は今年9月以来、PNGのマヌス島(ニューギニア島の北の沖合)にあるPNG軍のロンブルン海軍基地を拡張し、豪軍も寄港駐留できるようにする計画を進めている。これは豪州が、南太平洋における中国の影響力拡大に対抗する策であり、今後の多極型体制下における日豪亜と中国の影響圏のせめぎ合いの観がある(日豪亜と中国はすでに「敵」でないので「対立」でなく「せめぎ合い」)。ペンスは今回、米軍もこの豪PNG共同海軍基地の計画に入ると発表した。これで表向き、日豪亜と中国とのせめぎ合いが、米同盟諸国と中国との「中国包囲網」の冷戦型の対立にすり替わった。 (日本と並んで多極化対応へ転換した豪州) だが、豪州はもう中国と本気で対立する気がない。世界から撤退傾向のトランプの米国が、南太平洋に本格派兵するとも思えない。豪州では、中央政府にことわりなく、ビクトリア州が「一帯一路」への参加を決めるなど、経済的な理由で中国と組みたがる傾向がなし崩し的に拡大している。中国包囲網は、有名無実な幻影になっている。 (Scott Morrison rebukes Victoria for signing up to China's Belt and Road initiative) 豪州に関しては、中国包囲網よりも、第2次大戦の日豪の戦場となった豪北部のダーウィンに、安倍晋三が日本の首相として初めて訪問し、豪側の戦没者慰霊碑に献花したことの方が重要だ。地元は、安倍を歓迎した。日豪が、敗戦国と戦勝国というわだかまりを超えて親密になることは、米覇権亡き後、日豪亜が成功するための基本だ。 (Abe’s visit to Australia: raising the stakes) 中国の習近平はAPECの帰りにフィリピンを中国首脳として初めて訪問し、中比が南シナ海で海底石油ガス田を共同開発する方針を決めた。フィリピンは事実上、南シナ海の領有権問題で中国と争うのをやめたことになる。フィリピンはかつて米国の植民地だったが、今のドゥテルテ大統領になって、対米従属をやめる傾向を強めている。ドゥテルテは「南シナ海はすでに中国の海だ」と発言し、中国が南シナ海を実効支配している現実を認めてしまっており、中国と領有権を争う気がない。この点でも、もはや中国包囲網は破れた網だ。これは米中の対立というより、日豪亜(の予定領域)の一部であるフィリピンが、中国側に吸い込まれているという、きたるべき多極型世界における極の境界線での綱引きの開始であるともいえる。 (As Beijing and Manila shake hands on South China Sea energy deal, backlash from Filipino critics begins) (China-Philippines Relations: Can the 'Rainbow' Last?) 数日後には、G20でトランプと習近平が首脳会談する。これがどうなるかが、次の注目点になる。おそらく、貿易の対立は平行線だろう。米中貿易戦争が長引くほど、米国の覇権体制が崩れていく。 (Kudlow: Trade Talks With China Haven't Yielded Any Progress)
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