ドルを犠牲にしつつバブルを延命させる2019年3月24日 田中 宇
この記事は「ドルを犠牲にしつつ株価を上げる」の続きです。 米国の中央銀行(みたいなもの)であるFRB(米連銀)は、3月20日の政策決定会議(FOMC)で、これまで3年間やってきた利上げと、保有する債券の放出という、ドルの信用維持のための2つの引き締め政策(QT)をやめていく方向性を初めて打ち出した。連銀の理事会メンバーの多くが、QTをやめていくべきだと表明しており、これが今後の政策になる可能性が高い。QT(緊縮)をやめると、事態はQE(緩和。債券買い支えとゼロ金利)の再開に向かう。 ("Fed Returns To The Punchbowl": The Biggest Surprises In Today's Fed Decision) (Fed Keeps Interest Rates Unchanged; Signals No More Increases Likely This Year) QEは短期的なバブル延命策だが、長期的にドルの信用を痛める。米連銀は過去にQEをやりすぎたのでドルの信用回復のためQTに転向した。だがQTは昨年末のバブル崩壊を招いた。そのため連銀は、ドルの信用維持よりバブル延命を優先せざるを得なくなり、QTをやめて再びQEの方に戻る再転換の姿勢を今回示した。 (Fed sees no further rate rises in 2019) 連銀は今後もQEとQTの間を行ったり来たりするのか?。それとも、連銀はもう二度とQTに戻れずQEを再拡大していくしかないのか。前者なら、まだ今の世界の経済体制(ドル覇権)は長く延命できる。だが後者だと、数年内にドルの信用失墜、QEの威力低下による大きなバブル崩壊が不可避になる。私の見立ては後者だ。 ('Pivoting' Jay Powell Explain How The Fed Never Saw This Slowdown Coming) その理由は、QEが不健全なので数年しか続けられない政策だからだ。加えて、リーマン危機後の世界経済の最大の浮揚策が米日欧中銀のQEだ。米連銀がQEをやめて日欧に肩代わりさせ、その日欧もQEを続けられなくなったので、昨秋来の世界不況のぶり返しや株価暴落が起きている。仕方がないので米連銀がQTをやめてQEに戻ることにした。すでに日欧中銀のQEが限界に達している以上、米連銀がQEを日欧に肩代わりさせて自分だけドル強化のQTに戻る道は、もう存在しない。連銀はこれからQTをやめてQEに再転向すると、もうQTには戻れない。 (Powell 'Throws In The Towel' On Growth & Inflation, Sees No More Rate-Hikes In 2019) 米連銀がQEを再開したら一時的に金融と経済が再浮揚するが、やがて連銀のQEの威力が低下し、日欧ももうQEできず、大不況と金融危機が再来する。すでに自動車の売れ行きが世界的に悪化しており、世界不況再来の暗雲が立ち込めている。QEに向かわないと世界不況が必至だ。外国人投資家がドル建て資産を買わなくなる傾向も拡大している。救済策はQEしかない。QEとQTの間の行ったり来たりはこれで終わりだ。これからは「最期のQE」の時期に入る。 (The Message Of The Bond Market Goes Ignored) トランプ政権下の米連銀は、QTによるドルの信用維持よりも、QEによる株価の維持を重視している。ドルの信用は静かに低下していく。米連銀内に「今年はもう利上げ(QT)をしないが、来年は利上げ(QT)をするかも」と予測している者たちがいるが、これは株価吊り上げ目的のプロパガンダだ。今後QTをやめてQEに向かうと、もうQTには戻れない。 (Wall Street Is Betting the Fed’s Rate-Raising Days Are Done for Now) 3月20日、米連銀がQTからQEに転換する方針を表明したとたん、金地金相場が上昇した。金地金はドルの究極のライバルだ。ドルの覇権が崩れ、次の基軸通貨体制(SDRなど)が確立するまで、地金による富の備蓄が重要になる。次の基軸通貨体制のバスケットの中に、地金が入る可能性も指摘されてきた。中露など非米諸国は、近年さかんに金地金を買いあさっている。今回、米連銀が、ドルの信用失墜につながる最期のQEの時期に入ったので、地金の時代が近づいたとみなされ、地金相場(地金とドルの為替)が急上昇した。 (Analyst Says Signs Point to Higher Gold Prices) (Gold - Preparing For The Next Move) しかし、今後一直線に地金相場が上がり続けるかというと、多分そうではない。米連銀がQTをやめてQEに戻るので、QEの資金の一部が先物を使って地金相場を引き下げる流れが続く。一時的に上昇しても、その後押し戻され、地金はなかなか1オンス=1400ドルを越えないだろう。最終的には、その上まで不可逆的に高騰する(=ドルや米国債、株価は最終的に不可逆的に失墜する)。だが、それは多分まだしばらく先のことだ。 (Analyst Says Signs Point to Higher Gold Prices) 今回のタイミングで米連銀がQTからQEに転換すると表明した理由のもうひとつは、3月中に起きるかもしれなかった金融危機を防ぐ目的があったのかもしれない。3月29日が期限だった英国のEU離脱は、EUが英国に対して3か月間の期限延長を容認したため、とりあえず危機が延期されたが、もしこの延期がなかったら、来週はロンドン発の世界的な株価急落から社債市場の下落、金融危機に発展していたかもしれない。離脱期限の延期が決まる直前の3月22日には、米国株が急落した。株式市場から米国債市場への資金逃避とおぼしき、長期米国債の急上昇(金利急落)と、長短米国債の金利逆転も起きている。 (Brexit news: Leaked document shows EU will give UK until May 22 to sort Brexit) 英国のEU離脱期限は2か月延期されたが、5-6月には再び期限がきて、それをうまく乗り切れないとロンドン発の世界金融危機の恐れがある。実体経済の世界不況もひどくなっている。これから、金融も経済も世界的に不安定さが増していく。それらを防ぐために今回、米連銀がQEに戻っていくと初めて言い出したのかもしれない。 (Globalists Are Now Openly Demanding New World Order Centralization 2016) もうひとつ、昨今の先進諸国の株式相場と密接なつながりを持つのが、トランプと習近平の米中貿易戦争の成り行きだ。トランプが米中貿易戦争を解決するそぶりを見せると株が上がり、懲罰関税をかけ続けてやると息巻くと株が下がる。トランプは、自分の再選に株価の高値維持が必要だと考えている。それだけ見ると、トランプは早く中国をある程度譲歩させて米中貿易戦争をさっさとやめたいはずだという話になる。だが現実は、株価がぐらついているのに、トランプは中国側の譲歩に満足せず、株価の下落要因になる貿易戦争を続ける展開になっている。 (Stocks Slammed As Trump Says "Tariffs Will Stay On") こんなすっきりしない展開なのは、トランプが北朝鮮核問題の解決を中国主導でやらせようとしていることに対し、中国が慎重でなかなか乗ってこないからでないかというのが、トランプがハノイでの米朝首脳会談を破談にして以来の私の見立てだ。米中貿易戦争のせいで世界の株価が下落すると、米国でトランプの妨害ばかりしてきた軍産エスタブも困る。軍産はもともと中国主導での北核問題の解決に猛反対して中国いじめの妨害策を続け、中国は軍産から敵視されたくないので北問題解決の主導役になりたがらなかった。だが今、トランプが米中貿易戦争と中国主導の北問題解決を連動させたので、軍産エスタブは、株価の下落を防ぐため、中国主導の北問題解決の道筋を容認する見返りに、トランプに米中貿易戦争をやめてもらうしかないかもと考えるようになっている。 (ハノイ米朝会談を故意に破談させたトランプ) このトランプの道筋が成功すると、米中貿易戦争は解決して株の金が維持される半面、北問題が中国主導で解決されていき覇権の多極化、米国覇権の低下が進む。短期的に株の高値が維持されるが、長期的にはドルや米国債の基軸性と信用が下落する。この動きは、米連銀がQEに戻ることで短期的な株の高値と長期的なドルと米国債の信用下落が起きるという話と同じ構図になっている。
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