米国「国境の壁」対立の意味2019年1月15日 田中 宇
この記事は「トランプと米民主党」の続きです。 昨年12月22日から続いている米国の「政府閉鎖」は、1月13日に閉鎖が21日目に突入し、史上最長の閉鎖となっている。米連邦政府は、最低限の緊急用などの部門を除いて休業しており、休業中の連邦公務員は無給の自宅待機になっている。米国は地方分権体制であり、教育など、州や市町など地方政府の予算で動いている部門が大きいので、日本など完全中央集権の国に比べると、米連邦政府の閉鎖の影響は少ない。米国では何年かに一度、政府閉鎖が起きる。米議会はかなり前から、共和党と民主党の2大政党が拮抗状態で、議会与党と大統領の所属党が違っている場合もあり、2大政党が連邦政府予算の審議で合意できないと、予算が未決状態になって、公務員の給与も出ないので政府を閉鎖せざるを得なくなる。今回は、昨年11月の議会選挙(中間選挙)で議会下院の多数派が共和党から民主党に替わり、大統領と上院多数派が共和党、下院が民主党というねじれ状態になった後、米国とメキシコの間の「国境の壁」を作る予算をつけるかどうかをめぐって2大政党間、特にトランプ大統領と民主党が対立が激化し、予算案が通らず政府閉鎖となった。 (ZAISEI Washington’s Strong Economy, Financed by Taxpayers, Takes a Hit From Shutdown) 「国境の壁」の対立は、メキシコから米国への違法移民の流入をどうやって防ぐか、流入をどの程度まじめに防ぐかという「違法移民対策」をめぐる対立だ。米墨国境は総延長が3千キロ強で、そのうち現在、1千キロ弱の区間に「壁(隔離壁、フェンス)」があるが、トランプは残りの2千キロについても「壁」を建設すべきだと、大統領選の段階から主張し続け、米政府の予算に50億ドル以上の「壁の建設費」を計上するよう連邦議会に求めてきた。だが、初期のトランプ政権は共和党内部をまとめられず(共和党主流派はトランプと敵対する軍産複合体だった)予算計上は進まず、そのうちに中間選挙で下院多数派を民主党に奪われ、壁建設費の予算化はさらに難しくなった。 (Mercurial Trump Has Made Path Out of Shutdown Much Harder to Find) トランプは壁の建設について、議会承認を迂回する策として、緊急の移民対策が必要だという名目で、大統領の権限の一つである「非常事態宣言」を発し、非常事態策として、軍部(国家警備隊)の災害対策費の一部を壁の建設費として流用し、壁を建設する構想を持っている。軍産エスタブ(2大政党の主流派)は、米経済に打撃を与える政府閉鎖の長期化を好まないので、今後しだいに、トランプの非常事態宣言を黙認しても良いという傾向を強めそうだ。壁の建設が認められると、草の根右派のトランプへの支持が増える。 (Graham urges Trump to reopen government — but declare national emergency if border deal remains elusive) (Trump may declare a national emergency in the border wall battle. Here’s what that means) トランプが「国境の壁」にこだわる理由は「違法移民の流入容認は、米国民の雇用が増えない一因となってきたので、流入阻止の最善策である壁の建設を実現し、違法移民の流入を止め、米国民の雇用を増やす」という「米国第一主義」だ。トランプ政権発足後、違法移民の流入が減って米国の労働市場で人手不足がひどくなり、米国民の雇用が改善した(低賃金だが)。しかし、トランプが表明する壁建設へのこだわりの理由は、おそらく粉飾的な表向きのものでしかない。トランプの目的はたぶん別のところにある。 (Trump’s Wall Stance Upends Washington’s Usual Border Bargaining) (Graham Calls On Trump "To Use Emergency Powers" To Build Wall) この問題については、以前から米議会の2大政党間で長い議論があり「違法移民流入をどう防ぐか」だけでなく「流入した違法移民を米国内でどうやって捕まえて送還するか」「米企業にどうやって低賃金の違法移民でなく、賃金が高めな米国民を雇うよう仕向けるか」など、多岐にわたる詳細な政策立案を行ってきた。トランプ以前の共和党は、民主党との細かい政策議論を続け、その上で両党の対立があった。対照的にトランプは「壁の建設費を予算計上するか否か」という議論だけにこだわり、従来型の細かい政策立案に関して民主党と議論することを拒否している。トランプは「まず壁の建設を決め、そのあと細かい議論をするのだ」と言っている。だが、民主党や、共和党の穏健派(軍産系)は、トランプが「壁を作るか作らないか」という政治ショーだけに関心があり、移民政策に関する地道で詳細な議論をする気がないと見ている。 (Trump Set To "Hit Button" On National Emergency After Banks Cut GDP Over Shutdown) 私が見るところ、トランプが米墨国境の壁建設にこだわるのは、3つの戦略の組み合わせだ。(1)米経済覇権体制の破壊。NAFTA潰しやTPP離脱、米中貿易戦争ともつながる経済的孤立化戦略。(2)民主党と共和党主流派(軍産エスタブ)が政府閉鎖の長期化を嫌って壁建設問題でトランプに譲歩した場合、トランプの政治力が強まり、次期大統領選挙でトランプの勝算が高まる。(3)民主党が譲歩せず政府閉鎖が長期化すると、米政界の混乱がひどくなり、米国(軍産エスタブ)は覇権運営どころでなくなり、同盟諸国の米国離れや中露イランの台頭など多極化に拍車がかかる。 (Graham Calls On Trump "To Use Emergency Powers" To Build Wall) (1)から(3)の流れはいずれも「経済覇権放棄」「従来の米国中心の世界経済の体制を壊す」もので、大統領候補時代からのトランプの隠れた戦略だ。第二次大戦後、経済覇権国としての米国は、世界経済成長の牽引役(消費役)を引き受け、世界から旺盛に輸入し続けた。米墨加の自由貿易圏だったNAFTAは、日韓や欧州などの製造業がメキシコで低賃金で製造した製品を無関税で米国に輸出して儲けられる「米経済覇権」の体制だった。WTOがつかさどる自由貿易体制の全体が、中国や日韓欧州が製造して米国が消費する構図だ。トランプは、この構図を破壊して米国中心の経済覇権体制を解体するために大統領になった。米墨国境の「壁」の建設は、NAFTAの自由貿易圏の真ん中に壁を作るものであり、トランプの米経済覇権破壊策の象徴だ。トランプにとって「違法移民の流入阻止」は、壁の「表向きの意味」でしかない。本質的な「裏の意味」は、覇権崩壊策である。 (自由貿易の本質とトランプ) 米国の覇権運営勢力(軍産)の傘下のマスコミは、昔からある覇権放棄の策謀を「孤立主義」と悪し様にレッテル貼りしている。最近では、トランプが中国に喧嘩を売っている米中貿易戦争も覇権放棄策の一つだ。中国政府はまだ、少し米国に譲歩してトランプに矛を収めてもらい、何とかうまく貿易戦争を終わらせようとしているが、その一方で、中国経済の対米依存度をできるだけ早く下げようとしている。トランプはたぶん、中国との貿易戦争を延々と続ける。中国は、できるだけ多くの国々を引き連れて経済的に対米自立していこうとする。世界経済は、米国側と中国側に分裂する傾向を強める。 (Chinese Money Flees Silicon Valley As Trump Clamps Down On Access To US Tech) 従来の状況では、先進諸国に加えて新興諸国の多くが米国側に属し、米中経済分裂では米国が圧倒的に強かったが、近年はトランプの米国が同盟諸国を経済面でも疎んじる傾向を強め、自由貿易体制からの離脱など米経済覇権(=米国側)の自滅進めたため、新興諸国がこぞって米国側を静かに離れて中国側に入り、EUや安部の日本など先進国も中国との経済関係を強め、米国より中国が有利になる傾向が進んでいる。今後、トランプが中国との貿易戦争を悪化させると、世界の諸国が経済面で米国を見限って中国側に入る流れが加速し、世界経済の覇権が米国から中国に移っていく。英中銀の総裁が最近、国際基軸通貨がドルから人民元に代わっていく流れがあると指摘している。 (Bank Of England Boss: China's Renminbi Will Rival The Dollar As Global Reserve Currency) 第二次大戦後、米国が覇権国になった時、世界は米国が圧倒的に強い「一強体制」(ブレトンウッズ体制)だったので、戦後の世界体制は経済も政治(安保軍事)も米単独覇権の体制となった。だが今の世界は「一強型」でなく、中国と米国と欧州とインドと日本(日本圏=TPP=日豪亜)が拮抗に近い形で並んでいる「多極型」である。世界の「極」たちのうち、対米従属色が薄い諸国は、すでにBRICSなどとして協調・団結し、多極型世界を構築している。米単独覇権が崩れる今後の世界は、中国単独覇権に移行するのでなく、米中を含めた多極型の覇権体制に移行する。今年から来年にかけて、米国中心の世界の金融バブルが大崩壊し、世界不況(恐慌)になる可能性があり、この不況で中国経済もいったんやられるが、長期的に見るとこのバブル大崩壊が、米国覇権から多極型覇権への転換を引き起こす。トランプの壁の建設は、NAFTA潰し・米経済覇権の自壊・多極化への策動だ。 (多極型世界の始まり) 余談だが、従来の米経済覇権を支えるブレトンウッズ機関の一つである世界銀行のジムヨン・キム総裁(米国人)が、今のタイミングで突然辞任を表明したことは、トランプによる経済覇権の自壊策の急進との関係で考えると興味深い。世銀総裁の人事は米大統領に決定権があり、キム総裁は2012年にオバマ前大統領が決めた。今回のキム総裁の辞任理由は不明なままだ。オバマの政策への敵視を強めるトランプが、キム総裁を脅して辞めさせた可能性がある。 (Why Jim Yong Kim’s move has shaken up the World Bank) (World Bank President Kim Unexpectedly Resigns) トランプが次期の世銀総裁を選ぶと、次期総裁は、中国など非米反米諸国に対して金を出したがらない「世界分割」「米中新冷戦」の姿勢をとる。中国など非米側は、トランプ傀儡の新総裁に世銀を握られたくないので、米国だけが世銀総裁の人事権を握ってきた従来の体制を潰す改革をやろうとする。トランプと非米諸国の対立が、世銀総裁人事をめぐって今後さらに激化する。トランプの米国側と、中国など非米側に世界が二分され、米国側の覇権が縮小していく。トランプが過激な姿勢をとるほど、世界の諸国は米国についていけなくなり、非米側に行ってしまい、世界が多極化する。トランプは就任前からこの手の過激さを続けており、これを意図的にやっている。 (Jim Kim quits the World Bank, an unexpected gift to Donald Trump) (Jim Yong Kim’s resignation tees up World Bank succession battle) 軍産側は最近、トランプがロシアのスパイであるというロシアゲートの主張を再び激化し、軍産傘下の米捜査当局はロシアゲートの再捜査を開始した。中東から軍事撤退したいトランプと、撤退したくない軍産側との、シリア撤兵をめぐる対立も続いている。トランプと軍産の果し合いが、全体的に再燃している。この果し合いの戦いが激化するほど、米国は、世界をうまく運営する余裕がなくなり、覇権低下に拍車がかかる。年末からの政府閉鎖によって外交官の3割ほどが無給になって働けなくなり、米国の日々の外交活動に支障が出ている。 軍産(米諜報界)はこれまで、前覇権国である英国(英諜報界)と組んで、世界を支配(覇権行使)してきた。だが今、トランプが破壊活動を続ける米国だけでなく、連動するかのように、英国も、EUからの離脱をめぐる論争・未決状態が長引き、覇権運営どころでなくなっている。米国だけが混乱して英国が無傷だと、英国(米政界の上部に入り込んだ英国の傀儡たち)が米国に代わって覇権運営をやってしまうので、覇権放棄や多極化が進まない。このため近年は、米国でトランプを当選させるとともに、英国でEU離脱国民投票を可決させてしまい、英米両方を混乱させて覇権運営を不能にする策が採られてきた。英国の離脱問題は、離脱自体に何らかの意味があるのでなく、離脱の騒動によって英国を政治的な「麻痺状態」に陥らせ、その間に世界の覇権構造を転換してしまうのが目的だ。トランプ騒乱と、英離脱騒乱はつながっており、今後まだまだ続く。 (Brexit and the U.S. Shutdown: Two Governments in Paralysis) (Trump’s border wall battle could soon give way to bigger fights with Democrats over Russia and impeachment)
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