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トランプの人事戦略

2018年12月16日   田中 宇

12月6日、米トランプ大統領が、年末で辞めるニッキー・ヘイリー国連大使の後任に、FOXニュース出身で国務省報道官をつとめてきたヘザー・ナウアートを指名した。この人事は米国のマスコミや野党(民主党)から「外交未経験で、記者歴しかないナウアートを、米外交官として最高位である国連大使にするのは大失敗だ」「トランプは国連を侮辱している」と批判されている。この批判は、半分当たっているが、半分外れだ。当たっている部分も「だからどうした?」という感じだ。 (Nauert is unqualified to be U.N. ambassador) (Trump insults the United Nations with plan to nominate media lightweight Heather Nauert

ナウアートは確かに外交未経験だ。現大使のヘイリーも外交未経験だったが、彼女はサウスカロライナ州知事として、米国のひとつの州を運営した経験がある。ナウアートは17年4月から国務省報道官をしているが、今年3月まで国務長官だったティラーソンに冷遇され、報道官なのに国務省上層部の議論に入れてもらえず、国務長官の外遊にも同行させてもらえなかった。ナウアートが外交経験を積み始めたのは、今年3月にポンペオが国務長官になってからだ。ティラーソンは「品の良い軍産複合体(英国系)」の戦略である国際協調主義の人だったが、ナウアートは「品の悪い過激な軍産風(軍産のふりをした軍産破壊勢力=ネオコン、トランプ的)」のテレビ局であるFOX出身だ。ティラーソンがナウアートを嫌ったのは当然だった。 (Heather Nauert is the wrong choice for UN ambassador

(同じタイミングでティラーソンが辞任後初めて許されたマスコミ取材でトランプを批判し、トランプがポンペオを絶賛しつつティラーソンをボケナス呼ばわりして喧嘩になったこともトランプ側の策略と考えると興味深い) (Trump Slams Tillerson As "Lazy As Hell," "Dumb As A Rock"

トランプはネオコン的なFOXが好きで、ナウアートを国務省報道官として招き入れたのはその延長だ。トランプは大統領就任後、それまで米政界上層部を支配してきた軍産を暗闘の末に少しずつ排除していき、ティラーソンを追い出し、国務長官をネオコン的なポンペオに替えた。その後、ナウアートは、国務長官の外遊に同行させてもらえるようになった。軍産傘下であるマスコミは、ナウアートを批判し始めた。ナウアートは、トランプやポンペオの忠実なしもべだ。 (Trump’s New Pick for UN Ambassador Has Zero Foreign-Policy Credentials) (Washington's incoming UN ambassador sign of declining diplomatic clout

現国連大使のヘイリーは国際協調主義(品の良い軍産)の人で、世界を怒らせて反米非米主義にしたいトランプの隠れ多極主義(=ネオコン)の戦略に沿ってヒステリックな演技をしつつ、何とか米国の外交に国際協調主義を残そうとしてきた。だが、トランプはどんどん強くなり、ヘイリーはもう無理だと思い、国連大使を辞めることにした。トランプの敵である国際協調主義の気風があったヘイリーと対照的に、ナウアートは根っからのトランプ主義だ。今回の国連大使の交代により、トランプはすっきりした外交を展開できる。 (Trump to nominate State Department spokeswoman Heather Nauert as the next U.N. ambassador

ナウアートは露中敵視の姿勢をとりつつ外交的に頓珍漢な言動をたくさんやり、米国への国際信用を落とすだろうが、それはまさにトランプが欲していることだ。トランプは、覇権多極化の一環として国連を「非米化」しようとしている。米国は、ブッシュ(子)政権のころから、この傾向だった。ナウアートの国連大使就任は、軍産的に最悪の人事だが、トランプ的にはかなり良い人事だ。トランプが国連を侮辱しているのは事実だが、それは意図的な戦略だ。この人事は「失敗」でなく「成功」だ。 (Trump Picks Nauert for UN Envoy But Not for Seat in His Cabinet

トランプは、ナウアートを国連大使にすると同時に、国連大使をそれまでの「閣僚ポスト」から、閣僚でない職位に引き下げることを決めた。国連大使はレーガン、クリントン、オバマの各政権で閣僚ポストだったが、パパと息子の2つのブッシュ政権では閣僚でなかった。トランプは就任時、国連大使を閣僚以下に引き下げることを検討したが、トランプが頼んだヘイリーが閣僚級の維持を就任の条件にしたので、トランプはオバマの「閣僚級国連大使」を維持してきた。閣僚級だと、国連大使は国務長官と同格なので、大使だが国務省の傘下に入らなくてすむ。自由行動を欲したヘイリーと対照的に、ナウアートはポンペオ国務長官の忠実なしもべなので、閣僚級を維持する必要がない。 (U.N. ambassador to no longer be Cabinet-level position

トランプは今回、ナウアートのほかに、中東担当のトランプ側近(安保担当副顧問)だったディナ・パウエルも国連大使の候補にしていたが、彼女は途中でことわった。トランプは、女性を国連大使にしたいようだ。国務長官に昇格したポンペオの後任のCIA長官になったジーナ・ハスペルも女性で、ポンペオとトランプの忠実なしもべだ。 (A Major National Security Shakeup: Nauert In—and Kelly Out?

トランプの覇権放棄・隠れ多極主義的な世界戦略を進める最重要な部下は、ボルトン安保担当補佐官とポンペオ国務長官というネオコン的な姿勢がある2人で、2人とも今年4月から現職だ。後知恵になるが、2人の就任がトランプ政権の人事の山場だった。トランプ政権で、2人の次に次に重要なのは、トランプと外部の連絡役をつとめるクシュナーとイヴァンカという親族2人だ。残りの人々は、ペンス副大統領やマティス国防長官を含め、あまり重要でない。マティスは辞任のうわさが絶えない。ペンスは国際協調主義者だが、トランプから「踏み絵」として過激な中国敵視策の担当をやらされ、必死にトランプに尻尾をふりつつ、杓子定規な中国敵視をやっている。軍産系の2人は、政権内ですでに哀れな存在だ。 (米中どちらかを選ばされるアジア諸国

▼トランプを拘束する首席補佐官の権限を引き下げる

トランプは最近、もうひとつ似たような人事をやっている。トランプは12月7日にジョン・ケリー首席補佐官を解任し、後任に、ペンス副大統領の首席補佐官をしていたニック・エアーズを横すべりで昇格させようとした。68歳のケリーは、海兵隊が長い職業軍人で、占領期のイラクに駐留していたほか、米軍の中南米担当の責任者である南方軍司令官や、閣僚ポストである本土防衛長官などを歴任し、国際政治や安全保障に造詣が深く老獪だ。対照的に、36歳のエアーズは、共和党本部の中枢にいて議会運営や選挙参謀の経験があるが、外交や安保などについては未経験だ。エアーズは、副大統領首席補佐官までが妥当な職位であり、大統領首席補佐官にするには力量不足だと米マスコミで批判された。 (Chief of Staff John Kelly to leave White House by end of month, Trump says

実のところ、この件は国連大使と同様、トランプが力量不足の新任者を選んだ話でなく、トランプがそのポスト自体の重要性を引き下げたという話だ。これまでの歴代政権における首席補佐官は、大統領のスケジュールを握る人、誰を大統領と会わせるかを管理する役目であり、大統領府の最重要ポストの一つだった。トランプのような言うことを聞かない大統領を軍産が牛耳るには、このポストが必要だ。トランプは、軍産系の人々から管理されることを非常に嫌がっている。大統領就任直後、大統領府や共和党内でトランプの支配力が弱かった時は、軍産や共和党の圧力に譲歩し、トランプは軍人や党人を首席補佐官に就け、自分のスケジュールをある程度握らせていた。トランプの初代の首席補佐官だったプリーバスは共和党本部の重鎮だった。マスコミによると、彼は管理が下手だったため、3月後にトランプに辞めさせられ、軍人のケリーと交代した。 (White House chief of staff Kelly expected to leave imminently

今回トランプが選んだエアーズは、共和党本部でプリーバスの部下だった。トランプは、首席補佐官を、党人、軍人、そして今回また党人に戻すことにした。それだけでなく、すでにトランプは、ボルトンとポンペオという、反軍産的なトランプの覇権放棄・多極化戦略を遂行してくれる2人の側近を身近に得たため、首席補佐官を経由した戦略遂行を行う必要がなくなった。それでトランプは、ケリーを辞めさせると同時に首席補佐官の職務を事実上格下げし、そこに若く未経験なエアーズを置くことにした。 (Trump Doesn’t Want a Chief of Staff) (Nick Ayers, Aide to Pence, Declines Offer to Be Trump’s Chief of Staff

このような人事は当然ながら、格下げされた後の首席補佐官にならないかと誘われたエアーズにとって魅力がない。エアーズは、トランプの誘いを断った。エアーズはそれだけでなく、トランプ政権の全体から身を引くことを決め、現職の副大統領首席補佐官も辞めて、故郷のジョージア州に帰ることにした。エアーズは以前、今秋のジョージア州知事選に立候補するつもりだったが、ペンスから副大統領首席補佐官にならないかと誘われ、州知事立候補をやめて大統領府に入った。今回、トランプの誘いを断ったことで、副大統領首席補佐官に残ってもトランプから意地悪されて居づらくなると考え、ジョージア州での政治活動に戻ることにしたようだ。 (How Trump diminished the job of his chief of staff) (Pence Chief of Staff Nick Ayers Won’t Be Next White House Staff Chief

トランプは、首席補佐官を事実上の権限のない無意味なポストにした上で、イヴァンカやクシュナーあたりにスケジュール管理などの補佐をさせることを、すでに進めている。連邦議員や州知事を経ていずれは大統領になりたいと思っている野心家のエアーズにとって、大統領首席補佐官はすばらしい職歴になる、というのが従来の見方だ。だが今や、首席補佐官はそのような職位でなくなってしまった。 (Trump seems to think he can be his own chief of staff) (John Kelly and the myth of the ‘adult in the room’

ケリーの辞任予定日は大晦日だ。エアーズが後任になるのを断ったことで、首席補佐官のポストは空席状態があり得る事態になった。トランプは、空席でもかまわないと思っている。ムニューシンが財務長官から横滑りする案も取り沙汰されているが、ムニューシン自身が乗り気でない。ケリーが辞めさせられずに留任する可能性も出てきた。トランプがケリーの辞任を発表した後、ケリーは記者団との辞任会見を行いたいとトランプに申し出たが、トランプに断られている。ケリーは、辞任について公式に発言することすら許されず、大統領府を追い出されるという屈辱を受けた。しかもその後、後任が決まらないので辞めずにもう少しやれとトランプから言われかねない展開だ。ケリーは、若造のエアーズでさえもが断った首席補佐官の職に残留しても、トランプからないがしろにされ続ける。 (Trump in ‘No Rush’ to Fill Chief of Staff Job) (Trump Chief of Staff Kelly to Stay Through Jan. 2, Conway Says

トランプは、就任1年後の今春にボルトンとポンペオを重要側近に据えて覇権放棄・多極化を進められる大統領府の内部体制を強化し、11月の中間選挙でトランプ支持の議員を増やし、共和党を「軍産エスタブ党」から「トランプ党」に変質させる動きを加速した。これらの達成を踏まえ、トランプは中間選挙後の今、国連大使や大統領首席補佐官の入れ替え・職位の格下げをやり、大統領府や米政府、米政界、国際政界の全体において、軍産(同盟諸国システム、国際協調主義、諜報界による世界支配の体制)を弱め、そのぶん露中BRICSを隠然と強化して、トランプ流の覇権転換を進めている。トランプはこのほか、司法長官や国土安全保障長官、統合参謀本部議長なども入れ替える人事を進めている。 (Kelly’s Exit Only a Part of Looming White House Staff Remake) (Trump Hints He Has Picked His Next Joint Chiefs of Staff Chairman



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