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意外にしぶとい米朝和解

2018年7月11日   田中 宇

 6月中旬のシンガポールでの米朝首脳会談のあと、2週間後ぐらいから「北朝鮮が核兵器開発を再び加速している」「ミサイル工場も拡張している」といった報道が、米国で相次いで出てきた。北朝鮮を上空から撮影した人工衛星写真を解析して北の軍事情勢などを分析する米国のシンクタンク「38ノース」が6月末、北のヨンビョンの核施設で増設工事らしき動きがあると結論づけ、これをWSJが報じた。38ノースは、6月21日に民間人工衛星が撮影した写真を分析し、寧辺のプルトニウムを製造していた原子炉の冷却装置に改良工事が加えられており、同じ敷地内の軽水炉でも建設工事が行われていると結論づけた。 (North Korea Still Building at Nuclear Research Facility Despite Summit Diplomacy) (North Korea Keeps Enriching Uranium

 WSJはその後、別の分析機関(Middlebury Institute of International Studies)が、北朝鮮の弾道ミサイル製造工場でも、シンガポール会談と同時期に建設工事が行われていたと衛星写真解析から結論づけたことも報じている。 (North Korea Expands Key Missile-Manufacturing Plant) (N Korea boosting weapon-grade uranium enrichment at secret sites: US report

 ほぼ同時期に、米国防総省の諜報機関であるDIAが、これまでの米朝交渉で北朝鮮が米国に、北が持っている核弾頭やミサイルの総数や性能について間違った情報を伝えていたとする秘密の報告書を作成したと、NBCとワシントンポストが報じた。NBCは、北が秘密の場所で核兵器開発を続けているとする米諜報界の匿名情報もあわせて報じている。 (North Korea has increased nuclear production at secret sites, say U.S. officials) (North Korea working to conceal key aspects of its nuclear program, U.S. officials say

 これらの記事が出たあと「それみろ」「やはり北朝鮮は信用できない」「トランプは金正恩にだまされた」「トランプ外交は失敗した」「外交専門家がみんな反対したのに米朝首脳会談を強行したトランプが間違っていた」といった論調が米言論界に広がり始めた。 (America’s Moment of Truth With North Korea Is Coming

 7月11日には、ポンペオ国務長官が訪朝したが金正恩に会わせてもらえなかった。この時の米朝交渉で何が話されたか定かでないが、交渉後、北朝鮮の国営通信社が「米国がヤクザな要求をしてきた」「米朝和解を決めた首脳会談の精神に反している」と米国を非難する論評を流した。ポンペオが北に、核ミサイルの開発中止を要求し、北がそれを強く拒否したとの見方が流布している。 (Trump’s North Korea Policy: Treating Reality Like Reality Television) (KRN North Korean Denuclearization Talks Uncertain After Pompeo Visit

 シンガポール会談の直前、トランプは「北の核廃絶を速攻でやる」と宣言していたが、会談直後には「北の核廃絶は時間がかかる」と態度を転換した。ポンペオらトランプ側近は「年内に北核廃絶にめどをつける」と言っていたのが「次の大統領選挙(2020年)までにやる」に変わり、今回ポンペオは訪朝後に「北の核廃絶は何十年もかかる」と発言し、期間的に大幅後退した。核廃絶をめぐる米朝の交渉が難渋していることがうかがえる。北が「経済制裁解除など、米国が北敵視をやめたと判断されるまで核廃絶を進めない」と言い出したことが難渋の原因と言われている。 (Pompeo says North Korea denuclearization "decades long" challenge) (North Korea Slams "Extremely Troubling" US Attitude, Says "Resolve For Denuclearization" May Falter

 トランプと軍産複合体との暗闘構造が見えている分析者の間では、「北が核開発を再開した」「北は自国の核能力について米国にウソをついた」という38ノースやDIAの分析結果を「トランプの米朝和解を潰そうとする軍産の情報歪曲の策略」だと見る向きがある。DIAは軍産そのものだし、38ノースは、軍産ネオコン的なSAISやスティムソンセンターの傘下にあり、最近文在寅の韓国政府からもらっていた資金を絶たれ、財政的に軍産依存が強まっている。DIAの報告書なるものが本当に存在しているかどうかも不確定だ。軍産が米朝和解に猛反対なのは確かだ。 (Despite Anonymous Carpingあら探し, US–North Korea Talks Continue) (CIA Teams Up With Defense Industry To Undermine Korea Negotiations

 しかし、その一方で北朝鮮が、人工衛星から見えると知りつつ核開発施設を増強したり、保有核弾頭数をごまかして米国に伝えるといったことを、交渉術として平気でやりかねないのも事実だ。北は、米国がどう反応するかを見るために、意図的に施設増強っぽい工事を進めている可能性がある(建屋だけ増築し、中身は空っぽといったこともありうる)。米国は北に核廃絶を求めているが、中露はもっと寛容な「核ミサイル開発の凍結(すでに作った核兵器は隠し持っても良い)」を求めている。最終的な落とし所は中露主張のダブル凍結案だろうが、北の核施設増強は、このダブル凍結案にすら違反している。北は、わざと違反してみせることで、米中露の反応をうかがっている。 ("They're Trying To Deceive Us" - North Korea Adding To Nuclear Stockpiles, Satellite Photos Reveal) (北朝鮮を中韓露に任せるトランプ

 そもそもDIAなど米諜報界は、北が核弾頭を何発持っているか確定的な数字をおそらく持っていない。確定的な保有弾頭数を知らない以上、DIAが「北は保有核弾頭数についてウソを言っている」と確定的に言うこともできない。同時に、米国が北の弾頭数を知らないなら、北が適当なウソの数字しか言わないことがほぼ確実だ。 (No One Knows What Kim Jong Un Promised Trump

 このようにトランプ政権は、軍産と北朝鮮の両方から反逆・妨害・試練付与され、窮した感じになっている。政権入りの前は北の政権転覆を主張していたネオコン出身のボルトン安保補佐官が、北の核開発再開について記者団から問われて「大した問題でない」と苦しい返答をしているのは「奇妙」を通り越して「お笑い」だ。以前は北を先制攻撃すると脅していたトランプが、今では「北は間違いなく核廃絶をやり遂げる」と言っているのもお笑いだ。 (Bolton undermines alleged attempts by N Korea to hide nuclear activities) (Trump ‘Confident’ North Korea’s Kim Will Honor Commitment to Denuclearize

▼トランプが米国の北敵視を抑えている限り南北和解と極東の非米化が進む

 とはいえ、トランプ政権が北と軍産からやり込められて「失敗」しているのかというと、そうではない。トランプたちは北と軍産からやり込められているが、これはトランプらがやりたくてやっている、意図的な戦略の結果である。 (トランプのイランと北朝鮮への戦略は同根

 トランプ政権の目標は、米国の覇権体制の解体だ。前回の記事「ポスト真実の覇権暗闘」でも少し説明したが、第2次大戦後に米国が覇権国になって以来、米覇権の運営は英国イスラエルG7など同盟諸国と米国の軍産に牛耳られ、同盟国や軍産が好む世界的な対立構造(東西冷戦、米欧イスラエル対イスラム世界)に恒久的に陥れられ、対立構造の敵にされた諸国(露中BRICイスラム)の経済発展が長期に妨害され、世界経済の全体的な成長が阻害されてきた。 (ポスト真実の覇権暗闘

 冷戦下、世界経済の成長は西側だけになったが、それも米欧日の経済成熟化で成長が低下し、80年代の米ソ和解・冷戦終結が必要になった。冷戦終結で、世界的な対立構造の終焉と、旧東側や途上国(のちのBRICSや新興諸国)の発展が始まると思いきやそうならず、米国(米英)金融界が、長期的な債券金融システムの(バブル)膨張の仕組みを使った金融覇権の新体制を考案し、米国の覇権が延命した。01年の911テロ事件で、米国対イスラムの第2冷戦構造を引っさげて軍産が覇権運営権を奪回する展開も起きた。

 金融覇権体制は、米国が無限の債券発行によって作った資金で世界から製品を輸入し、輸出国は輸出品の代金収入で、米国債など米国の債券を買い、資金を米国に還流させる仕組みだ。世界的な米金融覇権体制は1985年から20年あまり続いたが、バブル膨張が限界に達して08年のリーマン危機が起こり、その後は米日欧の中央銀行群が造幣して債券を買い支えるQE策で米覇権を延命させている。そのQEも、もう限界だ。バブル依存の米覇権体制とは別の世界体制を作って移行しないと、いずれ来るリーマン型の危機再来とともに、世界経済全体が長期に破綻してしまう。 (貿易戦争で世界を非米・多極化に押しやるトランプ

 ドイツや日本は戦後、米傀儡国になって対米従属なので覇権転換の主導役になれない(トランプはメルケルをわざと怒らせ、ドイツやEUの対米自立を扇動しているが)。最も期待できるのは中国やロシアなどBRICSであり、米上層部で米覇権の限界性を把握している人々(隠れ多極主義者たち)は、911後、米国が中露をことさら敵視する傾向を煽ることで中露やBRICSを団結させ、中露が多極化の準備をするようしむけた。こうした隠れ多極主義の流れをさらに一歩進めるために出てきたのがトランプ政権だ。中国は発展して経済大国になったが、いまだに中国経済は、対米輸出の見返りに米国債を買い支える米金融覇権の体制下にある。トランプは、中国を米覇権体制下から追い出し、中国中心の多極型の経済体制(一帯一路)への移行を加速させるために、中国にしつこく貿易戦争を挑んでいる。 (Paul Craig Roberts: "How Long Can The Federal Reserve Stave Off The Inevitable?"

 トランプは「北朝鮮が米国の言うことを聞かずに核開発を再開しているのは、米朝和解を好まない中国が黒幕になって北を動かしているからだ」と言っている。実際には、中国も北に核開発をやめさせたい(北の核開発を煽ってきたのは、中国でなく米国の軍産だ)。トランプは、中国を怒らせ、米軍産のトランプ批判をかわすために、こんな歪曲分析を発している。中国は米朝会談後、対北制裁を事実上大幅緩和して北の経済を傘下に入れる傾向を復活しており、最終的には北朝鮮も韓国も中国の経済圏になる。それがトランプの目標でもある。 (Trump Suggests China May Be "Exerting Negative Pressure" On North Korea Deal

 トランプはNAFTAやTPPを離脱し、同盟諸国が米金融覇権に依存する体制を破壊している。彼はまた、7月11日からのNATOサミットで欧州諸国の軍事費の対米依存を批判し、欧州から米軍を撤退すると息巻いている。その一方で、多極化の雄であるロシアのプーチンと首脳会談し、プーチンへの支援を強めようとしている。トランプは、世界的な次の金融危機が起きる前に、覇権構造の多極化を加速しようと動き回っている。その一つが、シンガポール会談以来の米朝和解である。 (米露首脳会談で何がどうなる?

 トランプの米朝和解の意図を説明するために延々と書いてしまった。私の解説は、根本的な覇権体制の説明から始まるので長くなってしまう。北朝鮮問題におけるトランプの目標は、米朝が本格的に仲良くなることでない。トランプと金正恩の首脳間の個人的なつながりを創設することで、北朝鮮が米国からの脅威を感じない状態を作ってやり、北朝鮮が韓国と不可逆的に和解するように仕向けるのがトランプの目標だ。従来、北は米国から敵視されていたので、米国の傀儡国だった韓国と和解して軍縮してしまうことに懸念が残り、南北が和解できず、在韓米軍も撤退できなかった。トランプは北との首脳会談後、北から試されたりウソをつかれたりしているが、それでも北を擁護し、米国の北敵視への逆戻りを防いでいる。北も、米国をヤクザ呼ばわりして非難するが、米朝対話はやめないと宣言している。 (北朝鮮に甘くなったトランプ

 今のように、トランプが米国の北敵視策の再来を防いでいる限り、北は米国からの脅威を感じず、韓国と和解していける。南北の軍事連絡通信線の再開、38度線からの大砲の撤去、開城工業団地の再開、離散家族会合の再開、文化交流など、南北の和解が急進展している。この状態がこのまま2年も続けば、南北和解が定着し、韓国軍の米軍からの指揮権移譲の準備も進み、在韓米軍の撤退が可能になっていく。これがトランプの目標だと考えられる。 (Here's How North Korea Will Keep Some Nukes and Get Sanctions Relief

 7月16日の米露首脳会談では、トランプがプーチンに、北の核開発再開(の濡れ衣?)をやめさせてくれと頼むかもしれない。この依頼は、今後の北朝鮮問題におけるロシアの立場を強化する。北が本当に核開発を再開しているのなら、米露中が北に圧力をかける展開になるだろうし、米の軍産が情報歪曲をやっているのなら、露中が情報を修正し、軍産の歪曲が暴露されるかもしれない。トランプが北や軍産の妨害策に悩まされるほど、トランプは、プーチンや習近平に支援を頼み、トランプが露中の立場を強化する口実ができる。 (As Donald Trump’s North Korea Deal Collapses, Vladimir Putin Awaits

 ロシアにとって北朝鮮問題の次の節目は、9月上旬の東方経済フォーラムのサミットに金正恩を招待することだ。そこでは北各問題が話に出ず、北の経済開発に周辺諸国がどう関与するかという話になる。プーチン提案から1周年になる。そこには日本の安倍首相も参加し、日朝首脳会談が行われるかもしれない。 (プーチンが北朝鮮問題を解決する

 日本政府は、トランプからさらなる貿易戦争(関税引き上げ)を吹きかけられることを恐れている。そのため日本政府は、本心と裏腹に、トランプの対北和解に賛意を表明せざるを得ない。日本の本心は、北を敵視し続け、北を仮想敵とする在日米軍の駐留を恒久化し、対米従属を続けることだ。トランプの目標は、米朝和解を維持し、在韓米軍を撤退させた後、在日米軍も撤退させることだ。日本がトランプの関税引き上げを恐れ、トランプの機嫌をとるために米朝和解を礼賛し続けることは、在日米軍の撤退と、日本(官僚独裁機構)にとって不本意な対米従属の終わりにつながる。



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