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中東の覇権国になったロシア(1)

2018年2月11日   田中 宇

 1月20日、トルコ軍が、南隣のシリアに侵攻した。内戦後のシリア北部に自治区(準独立国)を作ろうとしているクルド人の武装勢力(YPG)を弱め、アフリンとマンビジという2都市から追い出して2都市でのクルド人自治を廃止し、代わりにトルコにいるシリア難民(アラブ系)を移住させるのがトルコの目標だ。シリアのクルド人は、トルコ国境沿いに東西に長く点々と住んでおり、以前から勢力が強かったユーフラテス川の東岸だけでなく、アフリンとマンビジがある西岸にも占領(自治、分離独立)を拡大しようとしている。トルコは、この2都市からクルド人の軍事行政勢力を追い出すことで、シリアにおけるクルドの自治領域をユーフラテス東岸のみに限定しようとしている。 (Is US bailing on Syrian Kurds?

 シリア内戦は、米国(軍産、サウジ)が、育てたISやアルカイダを使ってアサド政権を倒そうと2011年から始めたが、結局、ロシアやイランに加勢されたアサドがISカイダを倒して終結し、後始末の段階に入っている。米国では、軍産がISカイダを支援してきた一方、非軍産的だったオバマや、反軍産なトランプは、米軍を動かしてISカイダを退治しようとしてきた。 (露呈するISISのインチキさ

 シリアの総人口の約1割を占めるクルド人は、内戦後の自治(準独立)を勝ち取ろうと、内戦開始後、最初はアサドの政府軍と協力してISカイダと戦い、その後は、オバマやトランプ傘下の米軍に協力してISカイダと戦ってきた。アサド政権は、クルド軍がISカイダと戦っていることを評価し、2012年に、トルコ国境に近いアフリンなど3つの町を、クルド人の自治都市と認定している。その後、最近になってトランプがクルド軍(YPG)に大量の兵器をわたし、クルド人の支配地域が、シリア北西部のイラク国境からトルコ国境までの広い地域に拡大しそうだった。そこに今回、クルドを敵視するトルコがまったをかけた。 (シリアをロシアに任せる米国) (Russia Accuses US Of Carving Out "Alternative Government" In Syria As Mattis Says No Longer Focusing On Terrorism

 トルコは、シリア内戦の前半、米諜報界やサウジが供給する武器や資金、新兵をISカイダに供給する兵站役を担っていたが、15年にロシアがアサドを支援して参戦し、内戦の形勢が逆転した。これを受けてトルコは16年に親ロシアに転向し、ISカイダを武装解除し、トルコ国境に接するシリア北西部の町イドリブ(アフリンの南隣)に結集させて「生かさず殺さず」で監視する役割に転じた。 (ロシア・トルコ・イラン同盟の形成

 トルコは、国内(人口の2割)と近隣諸国(シリア、イラク、イラン)のクルド人が結束して分離独立していくことを恐れ、内戦後の自治獲得をめざすシリアのクルドを敵視している。トルコは、ISカイダ支援時代、ISカイダにクルドとの戦いをやらせていた。ロシアが参戦しISカイダが弱まると、こんどはロシアに頼ってクルド潰しを画策した。トルコは昨夏、ロシア側との会合で、トルコ軍をシリアに侵攻させ、クルド人をアフリンなどから追い出すことに関し、ロシアの同意を得ようとした。ロシアは、アサド政権のシリア統治をトルコが了承することを条件に、トルコ軍のアフリンなどへの侵攻を認めた。 (Why is Russia helping Turkey in Afrin?

 この密約の後、ロシアはまず、アフリンなどをクルドの自治領からアサド政権の統治下に戻すことで、トルコの侵攻を招かずに、トルコがある程度満足する事態を作ろうとした。ロシアはクルド自治政府に、アフリンなどへのシリア政府軍の駐留を認めてアサドと協調してくれないかと要請した。だが、自治獲得の目標に固執するクルド人は、ロシアの要請を拒否した。 (Is US bailing on Syrian Kurds?

 その後、今年に入って米トランプ政権が、シリアの対イラク国境の警備をクルド軍(が率いる軍勢)に任せる戦略を示唆し始め、1月18日に正式発表された。これは米国が、イラク国境からトルコ国境までのシリアの広範囲でのクルド人の自治(シリアからの事実上の独立)を支持したことを意味する。この手の宣言は本来、アサド政権や、その後見役の露イラン、近隣のトルコやイラクに相談して決めるべきことだ。この米国の独断での内政干渉的な宣言を、アサドや露イランが批判したが、最も怒りをあらわにしたのはトルコだった。トルコは、対米関係やNATOの結束を破壊することをいとわず、シリアに侵攻した。トランプの宣言はトルコにとって、侵攻の口実を作るゴーサインとなった。 (Washington Widens the War in Syria by Provoking Turkey

 トルコ軍の侵攻を受けたクルド人は窮地に陥った挙句、アサド政権に対し、アサド政府軍のアフリンなどへの駐留を認めるから、トルコ軍を撃退してほしいと泣きついてきた。事実上の自治返上である。現在、トルコ軍はアフリンの中心街を包囲している状態だが、今後、アサド政府軍のアフリン進駐、クルドのアフリンに関する正式な自治返上と引き換えに、トルコ軍は撤退していくと予測される。クルド人の自治地域は、ユーフラテス川の東岸のみに再縮小する。(私が事態を読み解けていない部分があると、違う展開になる)。 (Kurdish-run Afrin region calls on Syrian state to defend border against Turkey) (Kurdish Leaders Implore Assad To Defend Afrin From The Turks

 シリア上空は、ロシアが制空権を持っている。ロシアがその気になれば、侵攻したトルコ軍を空爆できた。だがロシアは傍観した。ロシアは、トルコの侵攻を容認した。アフリンには、クルド自治政府との連絡役としてロシア軍の顧問団が駐在していたが、トルコ軍の侵攻とともに撤退した。クルド側は、トルコ軍の侵攻に何も反撃せず撤退したロシア軍を批判したが、ロシア側は、クルドが自治に固執してアサド政権との協力を拒んだからこんな結果になったのだと静かに言い返した。アサド政権を支援してきたロシアは、トルコ軍の侵攻によって、それまで自分たちが言っても聞いてもらえなかったアフリンなどでのクルドの自治返上を実現できた。アサドは、ますますロシアに感謝し、喜んでロシアの傀儡になっている。ロシアのシリア支配が盤石になっている。 (Kurdish militia repels Turkish Afrin invasion amid continuing Turkish air blitz) (Russia builds four new air bases in Syria, deploys another 6,000 troops

 トルコ軍のアフリン侵攻の同日、アフリンの南にあるイドリブでは、シリア政府軍が、空軍基地(滑走路)を、何の抵抗も受けずに占領した。イドリブ周辺は、アレッポなどシリアの北半分で内戦を戦って負け、政府軍側に投降して武装解除されたISカイダの兵士とその家族が集められて住んでいる。トルコが彼らに食糧を支援している。彼らは、再武装して政府軍に反攻する傾向だ。だが今回は、政府軍が滑走路を占領する際、ISカイダ系の抵抗を受けなかった。これはトルコが、抵抗するなとISカイダ側に圧力をかけたからだろう。すでに、ロシアを仲裁役として、トルコとアサドの連携ができている。 (Assad is using Turkey’s Afrin offensive to make gains in Syria) (アレッポ陥落で始まった多極型シリア和平

 イドリブは、シリア領内だが、以前からトルコの影響下にある。トルコは、クルドが占領してきたアフリンの隣にあるイドリブを取ることで、クルド勢がさらに西進して地中海岸まで占領してしまうのを防いでいる。4か国とも内陸が居住地域であるクルド人は、海に出る経路がとてもほしい。海に出られれば、イラクのクルド地域の石油を地中海から直接輸出できる。(イラクのクルドは昨秋の敗北で、油田がイラク政府に占領されてしまったが) (Turkish and Syrian threats in Afrin put U.S., Russia in a bind) (Turkey Erdogan's plans for Afrin might not sit well with Syria

 だが今や、トルコの侵攻によって、イドリブとユーフラテス西岸の間にあるアフリンとマンビジがアサド政権の支配下に戻り、クルドの自治がユーフラテス東岸に縮小していく中で、クルドの西進抑止のためにトルコがイドリブを保持している必要もなくなっている。今後トルコがイドリブのISカイダ残党を見捨て、イドリブもアフリンなどと同様、アサド政権の支配地に戻るかもしれない。アサドの支配力の増加は、シリアにおける露イランの勢力の維持強化になる。トルコも、露イラン同盟に入れてもらう傾向だ。プーチン、エルドアン、ロウハニは、前から定期的に話し合いを続けている。トルコの提唱で、近いうちに、シリアの今後を決めていく3人のサミットも開かれる。 (Russia, Turkey and Iran presidents do not rule out meeting over Syria) (Turkey to host Syria summit with Russia and Iran

 今回のトルコ軍の侵攻は、トランプの米国がクルド人の自治(分離独立)をテコ入れしたために起きた。しかも米国は、NATOの結束を優先し、アフリンに侵攻したトルコを批判しなかった。クルドは、またもや米国にはしごを外され、負け組に落とされた。米国に乗せられていると、クルドはシリア内戦で得たものを失うばかりだ。クルドは、今後のシリアで、ある程度の広さの領域で自治を認められそうだが、それには、従来のように米国と親密にするのでなく、シリアの覇権国となったロシアと親密にせねばならない。自治獲得が何より大事なクルドは今後、米国を見限ってロシアの言うことを聞くだろう。ラッカなど、ユーフラテス川のもっと下流でも、クルド軍は川沿いの地域から砂漠に撤退させられ、川沿いはイラン系軍勢の支援を受けながらアサドの支配地に戻るのでないか。 (Will Washington's Chess Game In Syria Lead To War With NATO Ally Turkey?

 トランプはシリアで自滅している。私から見ると、これはトランプの覇権放棄の一環であり、意図的なものだ。米軍はその後も、シリア東部のユーフラテス川を渡河中の露アサドイラン系の軍勢を空爆するなど、ロシア側を怒らせる行動を続けている。シリアの覇権を確立したロシアは今後、米軍をシリアから追い出す策略を強化するだろう。 (More on US strike: Russians who laid Euphrates bridge among targets) (Turkey's Offensive In Syria: The US Falls Into A Trap Of Its Own Making

 米政府中枢では、トランプがシリア空爆に関して過剰に好戦的なことをやりたがり、米軍側(軍産複合体)がそれを嫌がって止めるといった展開になっている。軍産よりも過激に振る舞うことで、軍産の好戦性を抑止する、ネオコン的なトランプの典型的な戦略だ(北朝鮮に関しても同じ構図だ)。 (Mattis Dismisses Fears of Wider War After Massive Syria Strike

 マティス国防長官は最近、アサド政権が化学兵器(サリンなど)を使ったということで、米国はアサド政権を攻撃してきたが、アサドが化学兵器を使ったという主張に根拠はないのだとあっさり認める発言をした。マティスは、米国が2013年以来ついてきたウソ(濡れ衣)を認めた。マティスは、無根拠性を認めることで、アサドの化学兵器使用を理由にシリアを再び攻撃したがっているトランプを抑止しようとしている。 (US has no evidence of sarin gas used in Syria: Pentagon chief) (米英覇権を自滅させるシリア空爆騒動

 今回のトルコ軍の侵攻で、シリア北部の内戦後の勢力分布に関する諸勢力間の争いが一段落し、ラッカ周辺も決着すると、あとは対イスラエルが問題のシリア南部が残る。イスラエルとシリア・イラン・ヒズボラの関係も大きく動いているが、これは続編の(2)として書きたい。シリア全体で内戦が終わると、次はアサドと反政府勢力との暫定政権が作られ、新憲法の制定、総選挙の実施を経て、新たな民主的なシリアが誕生する。アサドは、シリアの多数派であるスンニ派でなく、少数派(人口の約1割)であるアラウィ派で、その意味では民主的な選挙に勝てそうもないが、スンニ派が結束して強い対抗馬を出せず分裂したままな場合、アサドが新生シリアの大統領として続投する。ロシアやイランは、アサド続投を望んでいる感じだ。 (Western, Arab states sidestep Assad fate in Syria proposals



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